『はぐれ者たちの島1』




その瞬間の鮮烈な蒼を、カイルは惚けて眺め。
アティとソノラは揃って感嘆のため息を漏らし、ヤードは目を見張った格好で動きを止めた。

「骨のある奴はいねーのか!!」
お決まりのポーズを決め、拳に力を入れて啖呵を切ったカイルの後頭部を狙う白い何か。

 ばっちこーん。

薄気味悪い赤い鳥居をバックに、脳髄を刺激する恐ろしい音が周囲に響き渡った。

「馬鹿者が!! 島への闖入者は汝等であろう!! 自らの住まいを護ろうとする者達を攻撃し悦に入るとは何事だ!!!」
仁王立ちする蒼い髪と瞳を持つ、女神とも錯覚しそうな超美少女。
濃紺色のキモノを身に着けた雰囲気的にはサプレスの召喚獣のような風貌の少女である。

白いビラビラ片手に仁王立ちして眦吊り上げ。
後頭部を押さえて地に伏すカイルを見下ろす。

美少女の背後では、アティ達によって傷つけられた雪女・鬼忍衆が美少女へ感謝の視線を送っていた。

「ちょっと待って……アタシ達は……」
「問答無用! 良い歳した大の大人が揃いも揃って恥ずかしいとは思わぬか!! そこに直れ! 我が汝等の誤った認識を正してやるわ」
ソノラが誤解を解こうと口を開くが、美少女はぴしゃりと言い捨て再度白いビラビラで近くの浮遊岩を叩く。

恐ろしい音にカイルはビクリと躯を震わせ、アティ・ヤードは思わず耳に手を当てて、ソノラは咄嗟に首を竦めた。

そんなこんなで何がなんだかわけも分からないまま。
アティたちは美少女の説教を拝聴する羽目になったのである。

正座、というオプションつきで。





理路整然と綴られる美少女の説教より何より辛いのは、正座である。

カイルとソノラは頬を引き攣らせて「はう」だとか「あう」だとか。
悲鳴に近い呻き声を時折零している。

アティは痺れる足に意識を奪われそうになりつつも、目の前の美少女が気になって仕方がない。

唯一、心得があるのかヤードだけは普通に正座していた。


家庭教師になって帝国の名家・マルティーニ家の姉弟を預かって。
その船がカイル率いる海賊に襲撃されて……不思議な声がして剣を手に入れて。

マルティーニ家の姉弟のうち、姉を発見し、島のはぐれに襲われていた海賊達の客分になって、それから?

島の探索一日目にして不可思議な美少女に説教されている。

アティはサプレスの気配を持つ美少女を眺め、胸の奥から湧き上がる奇妙な安心感に激しく動揺していた。

「……まぁ、汝等も大方ウィルのように嵐に流されてきたのであろう? 知らないとは云え、汝等が行った行為は正当防衛とは申せぬ。
そこの木陰に責任者がおる故、土に額をつけて非礼を詫びるが良い」
振り返らず、美少女は背後の何本もある木の中の一本を指差す。

「やっぱすげー!!! !! 今日こそオイラと真剣勝負だ〜!!!」

 ガサガサガサ。

木の枝と葉が揺れて小さな子供が地面へ落下。
着物を着た黒髪の子供は喜々とした空気を発しながら美少女へ駆け寄る。

その背後から銀髪が印象的な二つの角を持つ忍装束の青年がゆったり歩いてこちらへ近づいてきた。

「申しておくがあの子供は責任者ではないぞ」
大真面目に注釈する美少女、 と呼ばれた少女へヤードが「見れば分かります……」と。微苦笑して返答した。

「あ、あの!? ウィルって……ウィル=マルティーニじゃないんですか?」
一瞬新たな人物の登場に気を削がれたアティが、慌てて へ問いかける。

「……すると汝が、ウィルとウィルの姉上の家庭教師か」
必死なアティの表情に は何度か瞬きを繰り返し、会得がいったのか小さく笑った。

少女らしい愛くるしい微笑みにアティはなんだか緊張し、頬を赤く染めながら名を名乗る。
「あ、はい。アティと申します」

「我は 。聖王国領、サイジェントに住む者で今は縁あってこの島住まいをしておる」

年頃はウィルやもう一人の生徒、ベルフラウに近いのに威厳が違う。
自然と腰が低くなるアティを眺め は躊躇いもせず自身がリィンバウムに暮らす者だと告げた。
アティだけにではなく、背後に居るスバルの保護者にも向けて。

ヤッファに限らずこの島に住む者ならリィンバウムの人間に対して拒絶反応を示す筈。

案の定、スバルの保護者は一瞬だけ顔色を変え直ぐに無表情に戻り先ずは へ向けて口火を切った。

「……貴女は? ユクレス村に厄介になっているという、 さんでしたか?」
警戒心も顕なスバルの保護者。
は剣呑な視線を一身に浴びる。

「汝はスバルとスバルの母上殿に仕える鬼忍のキュウマだな? 確か、風雷の郷の護人をしておるとスバルから聞いておるが」
は全身に突き刺さる棘のような目線に怯む事無く、寧ろ愉しんでさえいるようで。
唇の端を持ち上げ相手の疑問に応じず己の質問を押し付けた。

「仮にも護人の一角を担うなら、先ずは名を名乗れ。それに棘々しい態度はどうにかならぬか? 猛スピードでこちらに向かっているヤッファの方が幾分はマシであったぞ」
「てゆうか、 が普通すぎるんだよ。もうちょっと緊張感を持った方が良いって」
保護者のキュウマと が居るからなのか。
スバルは新しい人間を怖がる素振りもなく平然と へツッコんだ。

「スバル、汝はまだ昨日の教訓が生かせておらぬようだな。かくなる上は汝の母上殿に顛末を説明せねばならぬ。覚悟は良いか」
はハリセンを手に隙なく構える。

ザーッと音が聞えてきそうな位、一気に青ざめていくスバル。

キュウマは訳がわからず眉根を寄せ、更に訳のわからないアティ達は完全に取り残されていた。

「それとこれとは話が別だろ!!! 今日は を心配してかけつけたんだぞ」
スバルは顔の前で腕を交差させ と間合い取りつつジリジリ後退する。

「我がどれだけ強いか知っておってか? 助太刀は無用だとスバルは理解しておろう」
の発言に『うんうん』と頷くのが雪女と鬼忍衆。
カイルを一撃した攻撃と良い、自分達の纏め役の気配を察した事と良い。
彼女がタダ者じゃないのは分かる。

「うっ……、それは……」
「分を弁えぬ好奇心は身を滅ぼす。それに母上殿に無闇に心配をかけるでないわ。汝に何かあったら母上殿は心痛で倒れてしまうぞ」
たじろぐスバルへ畳み掛けるよう が言い聞かせれば、背後のキュウマが の発言の正しさに毒気を抜かれていた。

スバルからは『友達』だと聞いていても、相手はリィンバウムに深く根付いた人物。
島側を自負する己からすれば胡散臭いとしか感想を持ちようが無い。
なのに、目の前の少女は真剣にスバルの軽率な行動を怒っていた。

「それはどうかなぁ」
腕組みしてスバルは疑問符を顔一杯に浮かべた。

自分になにかあったら母は倒れる前に暴れそうな気がするから。
になんとなく雰囲気が似ている凛々しく雄雄しい母。
彼女が挫ける所をスバルは見た事が無い。

例のアレだけを除いては。

「それよりさ、 。自分の心配をした方がいいぜ、きっと」

 ポンポン。

背伸びして の肩を叩き、スバルが顎先で茂みを示す。

ガバッと勢い良く飛び出してきたヤッファは頭や鬣に絡んだ木の葉に構わず。
の細い肩をがっしっと掴んで激しく前後に揺すった。

「どーしてお前はそう次から次へと……」
飄々としたヤッファらしくない態度に驚くキュウマと、これ幸いと逃げ出すスバル。
ヤッファの鬣にしがみ付いてきた白テコ姿のイオスは、地面に着地して の髪を伝い彼女の頭上に納まる。

「ミャー」
人間の姿を認めたイオスが一礼すれば、呆気にとられた人間達。
カイル・ソノラ・アティ・ヤードがおずおずと頭を下げ返す。

その間もヤッファの説教という名のマシンガントークは続き、さしものキュウマも口を挟める雰囲気ではなく。

「俺が庇える部分なら構わないが、自分の立場を少しは弁えろ!! お前はこの島に召喚されたはぐれなんだぞ!!! 他の住人達と揉め事を起こすなら……」
ヤッファの真剣な怒りを前に、力強く身体をシェイクされ は舌を噛まないよう懸命に耐える。

ほどほどにしないと、自分のせいでヤッファが禿げたらどうしよう。

等と説教とはまったく異なった事を考えながら。

「これこれ、あの者は争いを諌めてくれたのじゃ。そう目くじら立てるでない」

更にもう一人? 鳥居の手前から別れた小道。
歩いてやってくる美しい妙齢の女性。
頭に生えた角が彼女を鬼人だと知らしめている。

女性はキュウマとヤッファに言った。

「しかしミスミ様」
キュウマがいち早く反応し、黒髪の美しい女性の名を呼ぶ。

「キュウマ、ヤッファも。あの者はスバルの友で、スバルの恩人でもある。目を見れば、あの者が悪さを働く者ではないと分かるであろう?
それ位で止めぬか。泉にて会合を開き、互いに事情を話し合ってから。それからでも遅くあるまい」

「……分かりました」
ミスミと呼ばれた女性はキュウマを嗜め、キュウマも不承不承それを受け入れる。

「スバルの母上殿か? 助かった」
耳ざとい はヤッファの口を羽で塞ぎ、ミスミに近づき深々と頭を垂れた。

「ふふふふ、構わぬ。そなたは良い目を持っておるし、なんだか他人の気がせぬな」
の頭を撫で撫でして満面の笑みを湛えたミスミ。

二人の和む空気を他所に、ヤッファは「禿げないよう気をつけろよ」なんて。
キュウマの肩を軽く叩いてこれから先の更なる波乱に頭を痛めるのだった。



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 アティ、初めて主人公に出会うの巻。因みにスカーレルは船でお留守番でーっす。ブラウザバックプリーズ