『陽気な漂流者1』
ユクレス村の畑。
無残に荒らされたソレを前に、ウィル・ ・テコ・イオス・マルルゥ・スバルは立ち尽くす。
修行をしようと意気込むスバルを宥め、
はウィルやイオスに村を案内すべく外出した。
「酷い有様だな……確か一ヶ月ほど前からなのだな? 畑に泥棒が出現したのは」
潰れたトマト(何故か食材が一致する事もある地球とリィンバウム)と芋の苗。
アメルが見たならきっと野菜泥棒は全員あの世逝き。
食べ物を粗末にする事を嫌う大の芋通。
元天使の親友の顔を思い返し、
はマルルゥへ話を振った。
「そうなんです。マルルゥや皆で育てたお野菜を泥棒していくんですよ〜!! 許せないです、プンプン」
マルルゥは小さな腕を伸ばし、萎れた何かの野菜の苗を支え憤りを顕にする。
「人間の仕業だとしたら許せないや……というより、同じ人間として恥ずかしいかも」
ウィルは俯き加減の顔位置を保ち、無造作に踏みにじられた野菜の苗を見下ろした。
メイトルパの亜人達は姿形が珍しい者も多い。
それでも召喚術の誓約効果で話は通じるし、それなりに分かり合えると悟ったウィル。
自分は偶然 と出会い、マルルゥやヤッファの温情に預かれたが、普通に遭難すればきっとこの島は『化け物だらけの危険な島』
人間達も人間達で、きっとこの島の住人を警戒し、危険だと思っているに違いない。
それでもさ……盗みはどうかと思うよ、盗みは。
この野菜泥棒の正体を知った時。
ウィルは妙な納得を覚えたが、それはまだもう少し先の話である。
「食べ物は粗末にするなって、キュウマも母上も言ってるのに」
スバルもその場にしゃがみ込み、荒らされた畑を見て小さく呟く。
大雑把な性格かと思いきや、スバルは言葉の端に品のよさを窺わせ。
シアリィが付け加えていった『鬼姫様の息子』という肩書きは本当らしい。
「メイトルパの亜人達は鼻が利くであろう? 我の知り合いのオルフルの者も嗅覚に優れておった。犯人の目星はついておらぬのか?」
「それが……夜中に盗んでいくんで追いかけるのが難しいです。匂いは海の匂いがして不思議な感だったそうです。……やっぱりニンゲンじゃないかって」
マルルゥは一瞬申し訳なさそうな視線をウィルへ送り、小さな声で言った。
「良いんだよ、マルルゥ。人間の僕が言うのもなんだけどさ、人間は色々な考えを持っているから……良くない事をする人間も居るし。そういう人間が多いのも事実だよ」
視線に気づいたウィルが顔を上げ、なんでもない風を装って喋る。
「だがどの種族にも当て嵌まるであろう? 悪さを働く不貞の輩は居る。全種族共通だ」
は自然体。
基本的に嘘までついて場を和ませようという気性は持っていない。
当たり前の事を当たり前に言う。彼女の言葉にマルルゥとスバルは低く唸った。
「そうですねぇ……シマシマさんの言う事を聞いてくれない仲間もいます」
「母上や、キュウマの意見に反対して郷に住まない妖怪も居るよなぁ」
ニンゲンだからと一方的に責めたけど、ウィルの言う通り仲間同士でもそれなりに意見の違いはある。
争いにまで発展しないが彼等は護人の意に従わず、徒党を組んで島のあちこちを移動し何かと騒動を起こしていた。
「偏見は良くないし、種族で相手を括るのも良くない。鬼人族だからとか、妖精だからとか、ニンゲンだからと色眼鏡で相手を見るな。
要は自分がその者を受け入れ、付き合っていけるかどうかが問題なのだ」
これまでで一番精神年齢が低い友人達を前に、滔々と
が言い聞かせれば。
「正論だけど、
が言うと信憑性に欠けるよね」
大人びた仕草でウィルに反論されて。
「オイラもそう思う!!」
同意を求められたスバルは、やけにあっさりウィルに賛成し。
「アオハネさん、乱暴ですからね……。こっちの言い訳も聞かないですっぱーんですし」
マルルゥに至っては。
ハリセンを振り上げる
の仕草を真似て意見するものだから、それを目撃したウィル・テコ・イオスは揃って頷いてしまった程である。
……リィンバウムの者ではない故、中々遠慮ないな。
この者達。
しかもウィルが口火を切るとは……我等に慣れたといえばそうなのだろうが。
姉や家庭教師の行方はヤッファが捜すと申しておったし。
一応は気持ちに整理をつけたのだな、ウィルなりに。
ぎこちない。
けれどウィルを取り巻く壁はウィル自身が薄くして、ソレを感じ取っているマルルゥはウィルと友達になり(ウィルがどう捉えているかは不明)、スバルもスバルでウィルを受け入れ始めていた。
すると?
「ミャーミャミャ」
の肩に乗るイオスが何かを発見し指差す。
指差した先。
何かの小さな足跡が点々と、畑からユクレス村の森奥まで続いていた。
「野菜泥棒の足跡かもしれないぜ!! オイラが一番乗り〜」
イオスの見つけ出した足跡を辿り、当人は冒険気分?
スバルが出し抜けに宣言して、鬼人族……まではいかなくても、それなりの速度で足跡を追っていってしまう。
誰も止める間も与えないのは流石である。
「ちょっ、スバル!! 一人で行くのは危ないって……行くよ、テコ」
ウィルは風に飛びそうになる帽子を押さえ、もう片方の手でテコを掴み走り出した。
万が一この足跡が野菜泥棒のモノならスバル一人で行くのは危険だ。
本来なら村の護人ヤッファに指示を仰ぐのが筋だろうが時間が無い。
それになし崩しのまま友達になるのはウィルの本意ではなかった。
「待ってくださいボウシさん、ネコさん……、あ、アオハネさんまで〜!!」
「マルルゥ、汝はヤッファに事の次第を伝えろ。スバルとウィルは我等で保護しておく」
駆け出したスバルを追う、ウィル・テコ。
更にその三名(うち一匹)を追う、 とイオス。
移動を始めた の背中へマルルゥが言えば、
は背後を振り返らずにマルルゥへ指示を出し大分離れてしまったスバルの気配を辿り始める。
スバルなりに、さっきの発言を気にしておるのだろう。
ニンゲンのウィルを一方的に非難してしまった形になるからな。
ウィルも気にはしておらぬし、スバルも知らぬ振りをすればよかったものの。
母上殿の教育が良いせいか引き摺っておるわ。
だから野菜泥棒の犯人を確かめて、ウィルとの蟠りを解消したいのだ。
真っ直ぐな気質が吉とでるか……。
緑のジャングルを駆け抜ける
の耳に、スバルの悲鳴が届く。
凶と出たか……。
テコの威嚇の鳴き声と、ウィルが何かを喋っている声。
それからスバルの一際目立つ大声。
は嘆息しつつ肩にしがみ付くイオスへ目配せし、イオスを問答無用で声がする方角へ投げ飛ばした。
「ミャミャー」
テコが精一杯の威嚇をする中、森の中でサハギョに囲まれたスバルは己の短絡思考に涙。
腕に自信があるつもり、でも母親やキュウマには敵わない。
それに何より武器が無い。
の小屋に愛用の斧を置いてきた事を心底後悔しながら、スバルは自分を庇ってくれているウィルの背を見上げる。
「……こんな時、何かあったらよかったのに」
ウィルは舌打ちしながら目だけを動かし周囲を眺めた。
鬱蒼と生い茂る森と木の枝から垂れ下がる蔦。
足元を覆う下草は生え放題で石ころ一つ見つけるのも至難の業である。
スバルを庇ったまではいいが獲物(武器)が無い。
実戦経験は皆無でも剣の型は習ってある。
敵を傷つけられなくても追い払える程度は出来るとウィルは考えていた。
獲物(武器)が手元にある事が大前提であるが。
「ギャギャ」
サーモンピンク色の可愛らしい体色を持つサハギョの一匹が、両頬をプクーっと膨らませ何か行動しようとした時。
ウィルがサハギョから攻撃を喰らうと覚悟して両腕を交差させた刹那。
空から人が降って来た。
「……まったく、人使いが荒いのは相変わらずだな。無事か? スバル、ウィル、テコ」
青年は金色の髪と深い紫色の瞳を持ち、襟の高い上着を身に着けた美形。
結構な高さから降って来た筈なのに、軽々と草の上に着地して斜め後方に立ち尽くす三名へ声をかけてくる。
初対面の青年の奇抜な登場にスバルもウィルも自分達の危機を忘れて青年をまじまじ見詰めてしまった。
「ミャーミャ」
一匹、テコだけが青年と面識があるようで普通に返事を返す。
「えっと……? 誰?」
ウィルの背に庇われたスバルが顔だけ出しておずおずと青年へ尋ねた。
「戦う時はこの姿を取ると思う……イオスだ」
ふっと笑い、青年・イオスは手近な場所に生えていた長い木の枝を折り、葉を毟り取る。
素早く長い木の枝を槍を持つ要領で構え、細く尖った先をサハギョへ向けた。
頬を膨らませたサハギョが動くか動かないうちに木の枝を横に一振り。
サハギョを真横に払い、それから突っ込んできた別のサハギョを半身を逸らしかわして。
ウィルに一番近いサハギョの後頭部を背後から強打。
気絶させる。
気絶したサハギョを足蹴りして最初に攻撃してきたサハギョへナイスシュート。
一連の動きを息も乱さずやってのけ、木の上から召喚術を放とうとする へ合図。
がサプレスの召喚魔法『パラ・ダリオ』を発動・連発すれば、サハギョ達は全員麻痺。
物の数分もかからずにサハギョ達は戦う術を奪われた。
「うむ。イオス、汝の腕は相変わらず鋭い。鈍っておらぬようだな」
「それを言うなら君もだろう?
」
ハイタッチを交し合う
とイオスを、ウィル達は唖然として眺めていた。
Created by
DreamEditor 次へ