『海から来た暴れん坊4』




ベルフラウは剥れていた。
表面上は何時もと変わらず、胸の奥深くだけで。

弟のウィルは島に来て という怪しい美少女に助けられ変わった。
いや、本来の自分を取り戻しつつあり自然な感情を表に出す。

海賊達もそこそこは島に住む『はぐれ』達を受け入れ、協力体制?
らしきものをとろうとしている。
けれど? けれど??

 わたしは……一人だわ。
 何処にも居場所なんてないもの。

頼みの綱の家庭教師も島の護人とかに気に入られ、なんだかんだ言ってベルフラウだけを見てくれているわけでもない。

口先では『家庭教師としての責任』だとか『必ず貴女を護るから』なんて調子の良い事を言っている。

ある程度家庭教師も本音でああ発言しているのだろうが、口約束ほど当てにならないものは無い。
良家の息女として教育を受けてきたベルフラウは厭という程目の当たりにしてきた。
平然と笑いながら相手を裏切る者達を。

帝国で見上げた空とは違う、抜けるような薄水色の青空。
頬を撫でる潮風。
帽子が飛ばないよう手で押さえベルフラウは空を見上げる。


野菜泥棒退治に向かったアティ達は、今頃どうしているだろうか?


頭の片隅で考えていたのが数十前。
カイル一家の船まで迎えに来た とウィルによってこの場所に連行されたのがつい八分前。

海賊船から足を伸ばした場所にある海岸。

半壊した海賊船と、その持ち主。
髭の海賊と揉めるカイル達。
岩場の影から覗き込み、傍観する とウィルにベルフラウは当惑気味。
タダの覗きにしては の行動は変だし、ウィルが に黙って従っているのも気に掛かる。


「どういうつもりなの?」
カイルと髭海賊が押し問答をし、一方的に逆切れした髭海賊が戦闘を宣言する。
その一部始終を観客席に座り堪能する へベルフラウは小声で問いかけた。

「我としてはアルディラとファルゼンの助太刀に入りたい。彼女達は友だからだ。不躾に尋ねるが、ベルフラウはどうしたい?」
真顔の
蒼い美しい瞳が困惑するベルフラウの顔を映し出す。

「このまま眺めているか? 一応は仲間、のアティやカイル達を助けに入るか?」
が小首を傾げれば、ベルフラウは瞬間的に頭に血が上り の頬を引っぱたいていた。

理屈ではない。
感情がベルフラウの心の奥の部分が怒りを訴える。
憤怒は、煮えたぎるマグマのようにベルフラウの頭を支配した。

「出来たら……出来たら、今頃行ってるわよ!! でもわたしは子供で、何の力も無い。自分の出来る事と出来ない事くらい弁えてるわ」

小馬鹿にされているとしか思えない。
アティの上っ面の気遣いとは間逆。

傷口をナイフで抉るに等しい発言をかます に殺意さえ覚えてしまう。

憤ったベルフラウの肩を慌ててウィルが掴み岩場に隠れさせた。

「すまない、ベルフラウはウィルの姉だったな。聡明なのは分かって居ったのだが、つい失念してしまう。
幾ら姉弟といえど個性は違う。だから我はベルフラウを別物扱いしたのだ。不快感を与えてしまってすまない」
頬に手を当て静かに応じる にベルフラウは目を見開く。

は態良くウィルを利用し、更にアティ達も利用するかもしれない。
島の『はぐれ』達を信用できないベルフラウは無意識にそんな敵愾心を胸へ抱いていた。

なのに は『ベルフラウ』という女の子を理解しようと手を差し伸べている。

だからアティ達のように仲間外れにしないで、この場所までベルフラウを連れてきた。
ウィルと共に。
弟程ではなくても察しの良いベルフラウは理解して息を詰める。

はね? 僕やベルの事を色眼鏡で見たりしないよ。アティ先生のように腫れ物に触れるようにしたりもしない。対等に扱ってくれるんだ、良くも悪くも」
取り成すように囁くウィルの台詞さえベルフラウの耳には入らない。
戦慄くベルフラウに慈愛に満ちた眼差しを送り は立ち上がった。

「我は我が護りたいモノを護る。汝等に迷惑をかけるかもしれぬが、悪い結果にはならない筈だ。だが利害が対立するならいつでも攻撃するが良い」

「……はいはい。迷惑ならもう十分被ってるから、いちいち断らないでも良いよ。助けに行くんでしょ? さっさと行かないと、皆ピンチだよ」
決め台詞を吐き出す を手のひらで追払うウィル。
は僅かにムッとした表情を浮かべたが、一度も振り返らずに戦場へと掛けていってしまった。





野菜泥棒の犯人。
一ヶ月前に正体不明の嵐に巻き込まれ、不運にもこの島に流れ着いた海賊であった。

しかもカイル一家を敵視する海賊『ジャキーニ一家』
船長のジャキーニと副船長のオウキーニ。アティが彼等との穏便な話し合いを試みるも不発。
売り言葉に買い言葉の応酬の末、戦闘へ。

アルディラは自身の想像を裏切らない展開に脱力する。

それでも現実が変わるわけも無く。
戦いの場へ足を踏み入れるのだった。

召喚術の連発が効いた。
アルディラは途切れそうな集中力をコントロールして、野蛮な野菜泥棒達の攻撃を弾き返す。
ロレイラル製の召喚獣は投具をそのボディーで弾く。

「ったく……あんの馬鹿!!」
傍らに立つソノラが忌々しげに舌打ちして、アルディラを狙った手下に投具を投げ返す。

ソノラの投具を交わした手下が素早い動きで二人の前に迫る。
咄嗟にソノラは自分よりは肉弾戦に弱いアルディラを庇うべく、アルディラの前に立った。

「ソノラ!?」
アルディラの驚いた声音を背後に聞きながらソノラは衝撃に備える。

投具を構えたソノラの前に飛び込む、謎の青年。
黒髪・黒瞳。
手にした長剣が太陽の光を浴びて煌いたと思ったら数メートル先の砂地に吹き飛ばされる手下。

『大丈夫か? それより話している暇はなさそうだな』
青年は、言わずもがなバノッサは目を細め。
髭面の海賊・ジャキーニに圧されているスカーレルへ向け駆け出していく。

呆然とするソノラとアルディラの近くでは、槍を振るう金髪の青年が手下を次々に砂へ静めていく。

更に奥。

ジャキーニを護ろうと仁王立ちしたエプロンの海賊、オウキーニを白いビラビラで叩きのめす の姿が確認できた。

「あれ…… !? どうして がここにいるの〜!?」
ソノラは素っ頓狂な声音で奇声を発し、同じ気持ちなのだろう。
ヤードとアティから視線を浴びる。

アルディラは自分の予想が外れたのに、不謹慎にも可笑しくなってクスクス笑い出してしまった。

ヤッファ曰くの『暴走娘

ここ数日のヤッファのやつれ具合を見ても、別段こんな風には感じなかった。
彼女の実力は相当なものだろうが、自分のように冷めた部分も持ち合わせる不思議な少女。
彼女がこうも普通に助太刀に来るなんて想定範囲外である。
薄っすら微笑を湛えるアルディラの視界には、仁王立ちしてジャキーニとオウキーニの頭部にタンコブを作成した の背中が収まっていた。

しかもお説教まで始まっていて喚く の声だけが砂浜に響き渡る。

アルディラは興味を覚えてヤードとアティに白いひらひらについて尋ねてみたが、明確な返答は返ってこなかった。

「あらら、また助けられちゃったわね」

の説教攻撃からスカーレルがいち早く我を取り戻す。
近寄ってくるヤードとアティ、ファルゼンとソノラ、アルディラ。
数歩手前で固まっているカイルを他所にバノッサへ話しかける。

また、という部分に力を込め発言して。

『余計なお節介は俺達の十八番、らしいからな』
訥々と喋るバノッサからは感情の一切合財は窺えない。

有体に表現すれば軽く無視されているといった所。
頭の中でお手上げして、スカーレルはイオスへ矛先を変えた。

「僕は自由意志で君達の助っ人に入っただけさ。まぁ…… に感化されて、というのは否定しないけどね」
視線を感じたイオスが飄々とした態で応じる。

唇の端だけを持ち上げて笑うイオス。
スカーレルは一筋縄では敵わない、 の騎士二人の壁の高さを改めて痛感した。

「でも……助けてもらう理由がないです」
アティが申し訳なさそうにバノッサとイオスの顔色を窺いながら発言した。

から見ればアティ達はウィルの知り合いであっても、赤の他人。
戦闘に姿を見せて助っ人する謂れなどないのである。

『そうでもないと思うが』
アティの発言を聞きつけた が身体の向きを変える。
目の隅で妹の行動をチェックしてバノッサが喉奥でクツクツ笑いながらアティへ答えた。

キョトンとした顔をするアティ。
忍び寄る怒りを纏った
触らぬ に祟りなし。

アティを見捨てるソノラ・カイル・ヤード・スカーレル。

「理由が無いと助けてはいかぬのか? ならば何故、昨日の晩に汝はファルゼン達を助けたのだ。理由があるのであろう?」
口先を尖らせ嫌味を言う様、さえ可愛らしい。
のジト目攻撃にアティは怯んだ。

「え? あ、あれは、その」

とりたててアティに理由は無い。
強いて言うなら双方に争って欲しくなかったから。
帝国が悪いとも、島のはぐれ達が悪いとも思えなかったから。

の切り返しにどもるアティを誰も助けない。

「大方、双方を本格的に衝突させたら大きな被害を生む。そうしない為に戦っておったくせに。我は違うぞ?
ファルゼンもアルディラも、汝等も。我の友だ。友の窮地を救うのに理由は要らぬ。
敢えていうならヤッファへの恩返しか? あ奴等、ユクレスの村から野菜を盗んでおったのだろう。信賞必罰だ」

 ぶぅん。

言いながら風を切ってハリセンを振り回す
その音にジャキーニとオウキーニが怯えて首を竦め。
カイルは少々顔色を悪くして。
アティも咄嗟に身構えて の笑いを買う。

クスクス笑い出す を目の前に、アティは見栄を張るのも馬鹿らしくなって肩の力を抜いた。
正体が分からないこの凄い存在。
自分にはない『何もかも』を持っているように思えるのに憎めない。
それはきっと が自分を対等の『友』として見てくれているからだろう。

「有難う御座います、助かりました」

だから今は正直に頭を下げておこう。

アティがお辞儀をすると は黙って首を横に振った。
魔力切れで元の白テコ姿に戻ったイオスを抱き上げ は再度首を横に振る。

「先程我が申したのを忘れたか? 汝と我は友達だ、他人行儀は止めて欲しい。それとも我の申し出は迷惑か?」
やや不安そうに後半部分を呟く は申し分なく可愛い。

強引な割に妙な部分では礼儀を重んじる少女。
黄色い悲鳴をあげるスカーレルを羽交い絞めするソノラとカイルに申し訳ないと胸中で両手を合わせ。
アティはぎこちなく、それでも精一杯の笑顔を へ向けた。

心の底から友達だとはまだ感じられないけれど。
友達になりたいという気持ちに嘘はない。

「いいえ、私も さんと友達になりたいです」
アティの発言に嬉しさを隠し切れずバノッサへ抱きつく を眺め。

自然体で生きる事がどれだけ凄いかを知る。
は飾り気なんて持っていないし、嘘をつくタイプでもなさそうだ。

精一杯背伸びをしている自分。
無理矢理笑っている自分。

色々な無理は、 にとったらとても小さなものなのかもしれない、なんてアティは感じ始めていた。


Created by DreamEditor                       次へ
 こうして徐々に主人公はアティ達や護人達と関わっていきます。ブラウザバックプリーズ