『話題休閑・海から来た暴れん坊4後』
手紙を握り締めた、青紫色の髪を揺らし少年はゼラムの町を走り抜ける。
バタァン。
荒々しく開け放たれた扉は壊れる一歩手前。
店主はズリ落ちた眼鏡を持ち上げ、肩で息をする少年……青年に苦笑い。
「メイメイさん!! これって一体どういうことなんですか!?
から手紙が来たんだけど、えっと」
青年は酒焼けした顔をニヤ付かせる店主・メイメイを凝視し荒い呼吸を繰り返す。
当人にしてみれば相当な速さで駆けてきたらしい。
「はいはい、マグナ。落ち着きなさいって」
メイメイは青年をマグナ、と呼び。
珍しく手ずからコップに水を汲みマグナへと渡す。
マグナはその水を一気に煽ってメイメイに返し、物問いそうな眼差しを送った。
名も無き世界に行った筈の から届いた手紙。
帝国領の島に居るという報告と島での暮らしを当たり障りなく綴った内容。
読んでいても経っても居られず、マグナは手紙にあった『メイメイに頼んで手紙を届けてもらった』部分に着目し、彼女の店へとやって来たのだ。
「 はね、とても遠いところに居るの。あの子のお兄さんお姉さん達。つまりは、セルボルトの因果を絶つ為に戦っているわ……。
歯痒いかもしれないけど、わたし達に出来るのは
を信じて帰りを待つだけよ」
文字通り、それしか方法がないのでメイメイは正直にマグナへ告げた。
「でも……帝国の島に郵便があるなんて思えないし。どうやって手紙が運ばれてくるのか俺にはさっぱりだよ。メイメイさんが運んでいるのは分かるけど」
「あ? 色々あってね? わたしが手紙の配送の代行をしてるのよ〜。にゃははは♪」
テーブルの上に鎮座する酒瓶を豪快に煽って、それからメイメイはマグナに説明する。
とはいっても、適当な説明なのでマグナには訳がわからない。
「どうやってですか!? 手紙が届くなら俺が助っ人に行けるんじゃないですか?」
マグナは大声で言って勢い込む。
想いは相変わらず届いていないが、大切な少女の一大事? である。
手紙が届くなら何らかの手段を以てしてそこへ行けないのか?
考えたマグナはメイメイに問い質した。
「ソレは無理なのよ〜。ま、どうやって手紙が届くかは、乙女の秘密ってことで♪」
ウインク決めるメイメイは、どっから見ても怪しい。
疑ってくださいと謂わんばかりの胡散臭い態度である。
だがメイメイとしても が『過去に行って歴史の流れを正している』なんて口が裂けても言えなかった。
幾らマグナがクレスメントの能力を持つ召喚師だったとしても、島へマグナを送れば歴史が変わってしまうのは目に見えている。
それでは意味がない。
だからこそ敢えて言葉を濁す。
「……乙女の秘密って、メイメイさんって一体幾つなんだ?」
マグナは思わず愚痴モード。
どう見ても乙女の域を脱しているメイメイの外見に、ぼやきが出てしまっても致し方ない。
「なんか言った? マグナ?」
「な、なんでもないよ。メイメイさん」
マグナのぼやきが聞えたのか? メイメイが怪訝そうな顔でマグナに問いかける。
マグナは背中に冷や汗を流しながら上擦った声音でこう応じたのであった。
「手紙? ……変な質問をするようだけど、誰に書いているの?」
驚愕すら混じるアルディラの問いに、
は紙から目を上げる。
「聖王国のゼラムに居る筈の親友に宛てた手紙だ。島での暮らしを報告しておる。成り立ちについては触れておらぬぞ、疑うなら読むか?」
ゼラムでの傀儡戦争が片付いて以来、 とマグナ&トリスは文通友達である。
互いにしょっちゅう合える間柄ではないので定期的に文を交し合っているのだ。
今回もその延長。
当初は手紙を出す予定の無かった だが、島に居座る過去のメイメイに出会い文通を再会する。
こう見えても友達想いの
なのだ。
「ええ、悪いけどそうさせて貰うわ」
から差し出された手紙を受け取りつつ、内心は半信半疑なアルディラ。
島を覆う結界は健在なのにどうしたら島の外へ手紙が運ばれていくのか?
の綴る文字を目で追いながら考える。
無論、幾ら考えても結論は出ない。
アティ達に惨敗したジャキーニ一家。
彼等はアティの裁量により、当面はユクレスで野菜作り労働の刑に処せられた。
今迄無断で人様の野菜を盗んでいたのだから当然だろう。
その夜、アティ、アルディラは に招かれてユクレス村に居た。
夕食を共にしその後のティータイムでの一幕である。
「アティ? どうした?」
は手紙をチェックするアルディラを放置、こちらをさっきから見詰めるアティへ話を振った。
そもそも二人を招いたのは距離を縮めるためと、ウィルの為。
ウィルがこの村への逗留を強く希望したのでそれをアティに伝える意味合いも含む。
「いえ、
さんは強いな〜って思って。私の方が大人なのに」
剣の、封印の剣の力だけでは護れない。
ウィルの笑顔を取り戻したのは だし、ベルフラウの何だか落ち着いた雰囲気を取り戻したのも だ。
自分は何一つ成し得ていない。
目まぐるしく変化する島の状況についていくだけで精一杯の自分と余裕の 。
悔しくはないが、己が情けないとアティは感じていた。
「期待を裏切って悪いが、我は五千歳を超える。アティより遥かに年上だぞ」
今回ハイネルに島に呼ばれるに辺り は腹を決めていた。
目的だけはある程度時間が過ぎなければ語れないが、極力自分の立場については語っておこうと。
ゼラムでの失敗を生かしての今回。
正直に
は己の実年齢をアティへ教えた。
「え? えええええぇぇ!? そうなんですか?」
アティは座っていた椅子を蹴倒して立ち上がり、絶叫。
目を白黒させるアティとは別に、なんだか色々 によって開眼させられたウィル。
対してダメージを受けずに『さもありなん』等といった風に食後のお茶を嗜む。
「その割に大人気なさすぎだよね、
は」
同じくテーブルに座り紅茶を飲む友達に同意を求めれば、テコは顔を上げ
とアティを交互に見遣ってから「ミャー」と重々しく鳴いた。
「年齢を重ねれば分別が付くとは限らぬ。ウィル、汝の周囲の大人達は歳相応に、大人であったのか? 残念ながら我は我の速度でしか成長できぬぞ」
は事実を事実のまま、ウィルへ告げた。
神としての自身の価値。
地球での役割。
数年前から加わったリィンバウムでの価値。
存在意義。
ニュアンスは全て異なるが、 はどの自分も好きだし大切だと考えている。
今の自己意識というモノを作り上げたすべての要因がつまっているから。
今のウィルに理解を求めるのは難しくても、友として対等に在りたいからこそ真摯に事実を口にした。
「 の意見も一理あるね。僕やベルの周りの大人達はどこか幼稚だったし。歳不相応だった人も居るよ。
だけど
は五千歳だろ? だったらもう少し『遠慮』というものがあってもバチは当たらないよ」
アティの手前、やや醒めた口振りでウィルは意見する。
「ならウィルも子供らしい『遠慮』があってもバチは当たらぬな」
はウィルの棘など気にしない。
寧ろウィルくらいの機知があった方が、今後の展開が楽になるとも踏んでいる。
試す意味も込めて棘をそのままウィルへ投げ返した。
「……」
ウィルの理知的な双眸が細まる。
手紙を読み終えたアルディラは興味深く とウィルを見守り。
アティはオタオタしていた。
イオスとテコは二人の距離を理解しているらしく、見なかったフリをして互いに紅茶を飲みあっている。
「皮肉屋」
ボソッとウィルは
を端的に非難した。
「類は友を呼ぶのだ、ウィル」
は驚かない。
逆に澄ました顔で鮮やかな反撃の単語を音に出す。
奇妙な静けさに包まれた小屋。
アルディラが少々大袈裟に息を吐き出し、ポンと手を叩いた。
「
の勝ちみたいね、ウィル。それにしても貴方達、本当に短期間で親友同士になるなんて……私からすれば、そちらの方が驚きだわ」
ウィルは人間。
しかもリィンバウム色が濃い。
対する はリィンバウムに住みながら、どちらかといえば島の住民達に近い思考を持つ。
環境が反対の二人が直ぐに打ち解けた事の方がアルディラにとっては驚きだった。
「親しくなるのに時間は余り関係ない。我とウィルの相性が単に良かったのだろう。事実、ベルフラウには少々嫌われておるしな」
大人びた仕草で肩を竦めて見せる に、アルディラは小さく頷いて の意見を肯定する。
ウィルは眉を顰めたが口を挟まなかった。
アティを気にするのは、アルディラもウィルも同じか。
まぁ、感情のベクトルは違うがな。
それにしてもメイメイが島に居たとは。
ゼラムで我の存在に驚かなかったのもうなずける。
こうなる、と分かっておったのか。
策士め。
夕食の準備に動いていた に、スカーレルが店の存在を教え。
出向いた が遭遇したのは、 を知らない過去のメイメイ。
ハリセンの間から出てきた手紙がきっかけでメイメイは事態を悟り への協力を申し出た。
こうして新しい武器を調達できる環境を手に入れた
は、当座はウィルやベルフラウ達を鍛えようと目論んでいる。
力だけが全てではない。
しかしウィルもベルフラウも、護られているだけで満足するタイプでもない。
お節介ついでに強く成っておいてもらおう。
いざという時、アティやアルディラ達を手助けできるようにな。
はひっそりこう考え、決意を新たにするのだった。
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