『自分の居場所1』




ウィルがユクレスに留まるといっても、船の修理が終わるまでである。

船の修理以前の問題が山積だと知っているのは だけで。

アティも軽い気持ちでウィルの意見を尊重した。
一つの条件付で。

「はぁ……通いで先生の授業、かぁ」
カイル一家の海賊船。
目指して歩くウィルの足取りは重い。

「良いではないか? 元々ウィルとベルフラウは軍学校に入る予定であったのだろう? その為の家庭教師がアティなのだから、アティの教示を受けるのは当たり前だ」
ウィルと共に歩く は在りのままを指摘する。

アティからも詳しい事情を聞いた
ベルフラウとの距離を縮めようと、ちゃっかりウィルとベルフラウの授業を覗かせてもらう約束を取り付けた。

「分かってるけどね、すっかり忘れてたんだよ。誰かさんのお陰で」
横目で を睨みつけ、ウィルは皮肉たっぷりに へ言う。

これまでの友達とは違う。
は嫌味を言ってもそれをウィルの冷たい気質だと受け取らず。
単なる皮肉屋の友達として受け止める。
マルティーニの凄さを気にもしない豪快な だからこその解釈だろうが、ウィルにとっては有難かった。
言葉のキャッチボールにも慣れ、ウィルも遠慮ない本心を にはぶつけている。

「早い歳から物忘れとは……ウィル、痴呆に気をつけるのだぞ」
も負けてはいない。
本気に近い同情の視線をウィルへ送り、気遣わしげにその背中をポンポン叩き始める。
無論ウィルの嫌味を受けての返答だ。

「……手強いな」

 ちっ。

小さく舌打ちしてウィルはそっぽを向く。

召使だってこれまでの家庭教師だって。
ウィルの毒舌に怯えていたのに。
太陽の光を浴びて横暴を振りかざす、この凶悪な存在にはまったく歯が立たない。
零した自身の言葉は、偽らざるウィルの本音である。

「汝もな」
は鼻でウィルを笑い愉快な感情を含ませ発言。

とウィルは互いに口を噤み、同じタイミングで大きく息を吐き出し。
それをきっかけに笑い合う。

 小気味良い遠慮のないウィルの意見は貴重だ。
 我を神とは知らずとも、いや、薄々は察しておるのだろうが。
 我を我として捉えておる。
 我がウィルをマルティーニではなく、ウィルとして捉えておるのと同じ様に。

子供の口喧嘩を超える ・ウィルの舌戦。
イオスは表立って口を挟む真似はしないが、似た者の二人を微笑ましく見守る。

ウィルが に友達以上の感情を抱いていないのは明白で、ウィルが気にかけているのは寧ろあの先生、だからだ。

 嵐によって海に落ちた、ベルフラウとウィルを助ける為に剣を手にしたアティ。
 あの者の気持ちが剣の力を呼び寄せた。
 護りたい、その気持ちだけで貫ける敵なら良いが。
 セルボルトが、無色が現れると分かっていれば悠長に構えてはおれぬ。
 出来る部分は極力早めに信頼関係を築いておきたいものだな。

島に住む者達の一致団結。
彼等が、アティ達が試練を乗り越えるに最低限の必須条件。
が手を加えなくてもきっとアティを中心に彼等は纏まれるかもしれない。

それでも が今敢えて動くのは理由がある。


 アルディラとキュウマの音。
 魂が揺らいでおる、良らかぬ方に。

 思いつめるタイプのアルディラとキュウマが暴挙に出れば。

 ハイネルが申したようにアティが次なる生贄にされるやもしれぬ。

 剣の封印を解く者か核識としての生贄に。

 ヤッファとファリエルの音。

 比較するならアルディラやキュウマとは逆の音。
 平穏と保守を望む音。

 アティが剣を携え現れた以上は変わってしまう島を守りたいと願う音。
 この考えの違う気持ちがぶつかり合えば……。

 ふぅ、世話の焼ける。


護人になってまで島に居座り続けた彼等だ。
揉めるレベルで済まされないのは確実である。

ここまで考えて は自分の思考にうんざして頭を軽く左右に振った。

「ミャミャ」
の頭上に陣取ったテコ姿のイオスが、ペシペシ の頭を叩きながら頭を左右に振る。

「分かっておる。先取りして案じても仕方あるまい。今を見据えるのが最良だ……分かっておっても兄上達の事を考えると急いてしまう我がいる。情けない」
苦い喋り口で は囁き返す。

サイジェントの時は、ややプラス傾向からの出発。
同じ世界からのトウヤとハヤトが居て面倒を見てくれたフラットがいた分だけマシだった。

ゼラムはややマイナス傾向のゼロからの出発。
マグナに拒絶された部分は痛いけれど、トリスやネスティ達の拒絶はなく。
まあまあボチボチといった部分。

今回はマイナス、完全にこちらが慎重にならざる得ない状況からの冒険。
境界線の異常から発したハヤトとトウヤの不調。
原因が遺跡だと分かっているから手っ取り早く壊せば良いのかもしれない。
だがそれは歴史の流れそのモノを変える荒療治。
ハイネルや、この時代のメイメイが言っていたように『島の者と剣の所有者&その仲間』で事件を解決していかなければならないのだ。

一人ちょっぴりアンニュイモードの 、ぼんやりしていれば視界にカイルの海賊船が飛び込んでくる。

「いらっしゃい、ウィル君、 さん」
目に鮮やかな赤。
美しい赤い長い髪を風に揺らし、アティが甲板からウィルと に両手を振っていた。
アティの背後に へ手を振るスカーレルが存在するのはご愛嬌である。

「よろしくお願いします、先生」
ウィルは直ぐにマルティーニ家の子息として仮面を被る。

隣を歩く はウィルの変化を非難しない。
これはウィル自身が自覚して克服しなければならない問題だ。
外野がどうこう騒いで解決する安直な問題ではない。

 無意識に自分を、等身大の自分を理解して欲しいと願いながら。
 相手からの優しさを拒絶する。
 アティに感じる憧れと尊敬と羨望。
 どれもが絡まりあいウィルの思考を鈍らせておるな。
 こればかりはもう少々様子を見て推移を観察するに留めよう。

ウィルが異性、としてアティを意識しているのは行動の端々に見て取れていた。
人様の恋路に横槍を入れるのは野暮というモノ。
本人が意識していないのなら尚更である。

「邪魔をするぞ、アティ。スカーレル、ソノラ出迎え感謝するぞ」
やや控え目に は挨拶をした。

は軍学校に入るわけでもない。
純粋な好奇心も手伝ってこの授業参観への参加を決めた。

かつて、いや、時間軸で表現するならイオスも近い将来通うことになる軍学校。

そこの卒業生アティが行う、帝国式の授業。

戦い方の参考にもなる興味もある。
最後のスカーレルとソノラへの言葉は愛想半分。
アティの背後に居たスカーレルはニコニコ笑い、船への出入り口でスタンバイしていたソノラは照れた笑みを浮かべた。

「そんな事無いですよ。 さんに仲良くしてもらえると嬉しいです」
素直にアティは へ本心を吐露する。

相手が年上だと理解しても雰囲気は自分が大人のような気がするアティ。
だが第三者から謂わせれば『どっちもどっち』だろう。

「仲良く? 友と仲良くするのは当然だ。だが今回は汝の仕事の邪魔をするのだ、最低限の礼儀は返すべきだろう」
大真面目にボケて返す のコメントは的を得ているようで大幅にズラしている。

「年の功、な の発言だね」
「あ、そこまで気を使って貰わなくても」
冷淡に言い切るウィルと、照れるアティ。

どちらが大人なのか分らない。
スカーレルとソノラは三人の遣り取りを聞いて肩を竦めあう。

「アタシが中を案内するよ。 達にじっくり案内する機会がなかったから」
船の入り口に立っていたソノラが とウィルを手招きして弾んだ声を出す。

立て続けに遭遇した非常時、異形の者達が住む島。
悪意を向けられた中でも、 だけは最初から公平な態度を貫いている。
その考え方行動が小気味良い。
同じ女の子なのでソノラとしては ともう少し仲良くなりたかった。

二人はソノラの案内で無事、教室となるベルフラウの部屋まで到達する。

「さて! 今日も張り切って授業を行いましょう」
眼鏡をかけたアティがベルフラウの部屋に入ってくれば授業開始。

元帝国軍人&軍学校主席は伊達でなく、武器の特性から召喚術の扱い、戦術。
滔々と流れる説明と講釈を始めたアティと時折メモを取るウィル&ベルフラウ。
ベルフラウの護衛獣、オニビとテコは互いにベッドの上に陣取って二人が授業を受ける様を眺めている。
もベルフラウのベッドを拝借して授業風景を眺めた。

 不安・恐怖。
 捨てられる事への恐怖と自尊心の鬩ぎ合い。
 以前のウィルからも感じられたが、ベルフラウの方が深刻か。

 実の両親を失い、従兄弟だったウィルとも円滑といえる間柄でもない。
 不安定な気持ちのままこの島へ放り出され、益々感情は良からぬ方へ傾く。
 良家の息女だけあり表に出さぬがな。

顎に手を当て閉じられた窓から水平線を眺め思案する

アティ・ウィル・ベルフラウが奏でる不協和音を耳にしながら。

知性が宿る の横顔を眺めるイオス。

のんびりする二人を他所にアティによって進められていく授業。
俄家庭教師にしては見事な手並みである。

「はい、今日はここまで」

長い時間なのか。
長い時間と感じさせないアティが偉大なのか。

アティの落ち着いた声音が静かな室内に響き、授業の時間が終わる。

同じ動作で肩の力を抜き大きく息を吐き出すウィルとベルフラウ。
当人達に指摘すれば否定するかもしれないが、その仕草は近しい者が行う生活上の癖。
見つけて はニヤリと笑う。

 距離を取っておる割に癖は同じ。
 仕草も似ておる。
 面と向かって認められないだけで、二人は本当の意味での姉弟なのかもしれん。

サイジェントで暮らし、自分にもセルボルトの兄姉の癖が感染ったものだ。

ハヤトとゲームをしていればガゼルとフィズに爆笑され。
トウヤと釣り糸を垂れると何故かスタウトペルゴに苦笑される。

無意識に出る似たような仕草は過ごした時間が長い証拠。

が抱いていた『ウィルの身内へ対する壁』の心配は杞憂に終わった。



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