『自分の居場所2』
授業の終わりと控え目のノック、きっちり四回。
「はぁ〜い、皆。ひと段落ついたならお茶でもどう?」
つらつら考えていた の思考を現実へ引き戻すスカーレルの顔。
扉から顔だけ出してアティ・ウィル・ベルフラウ・ に提案する。
どう考えてもアティの授業が終わるのを外で待っていたようだが、この際それはスルー。
会話のきっかけが欲しい としては有難い申し出だ。
はアティにだけ分かるよう、意味深な視線を送る。
「そうですね、折角だからお茶にしましょう」
察しの良さは大人だからか、軍人だからか。
の助けを求める視線を受け、アティにしては強引な態度でベルフラウとウィルを椅子から立ち上がらせ。
先頭切ってスカーレルのお茶のお誘いに招かれる。
船外の一角、木箱をテーブルに見立てた奇妙なお茶会が始まった。
スカーレルを手伝ってお茶を淹れる に、何処から調達してきたのか芳醇な香りを放つ果物一セット。
カッティングされた果物がガラスの皿にのり、紅茶カップが目の前に置かれる。
「ところで
は名も無き世界の住人だったのよね? 事故で召喚されたの?」
まずは当たり障りの無い会話から。
きかっけを作ろうと、お茶会を催したスカーレル本人が口を開く。
「初回は。二回目からは自由意志だ。名も無き世界の者の中でも我は特殊で、同じ世界の住人とは大きく異なる力を持つ。リィンバウムで目立つ事はないがな」
は果物にフォークを差込み、迷惑顔のイオスの口元に無理矢理果物を押し込む。
白テコ姿でなければマグナが歯軋りして悔しがるだろうが。
この姿では役得でもなんでもない。
イオスの葛藤など はお構いナシで、愉しそうにニコニコ笑ってイオスへ「あ〜ん」なんてやっている。
傍から見れば微笑ましい光景だ。
「自分の意思で自由に行き来しているんですか!? あ、在り得ないです」
の発言に驚き、アティはフォークに刺したナウバの欠片を持ったまま奇声を発する。
「我は特殊なのだ。寿命も他の同胞達とは大きく異なる。他の同胞の寿命はせいぜい百年だからな。
互いに干渉せず距離と節度を持って付き合う。これが我に課せられた宿世であった、リィンバウムへ事故で召喚される前までは」
は地球の神だ。
本来の寿命はハヤトやトウヤとは大きく異なる。
彼等二人がエルゴの王となり を受け入れた事でこれから先の二人の寿命は異なるかもしれない。
あの事件さえなければきっとハヤトとトウヤは高校を卒業し、大学を経て社会に出。
平凡に結婚をし子を成し平穏に暮らしていっただろう。
が見守る青き星の片隅で。
「リィンバウムが良くも悪くも我に多少の自由と、家族を与えた。我は家族と親友を守る為なら……表現は悪いが手段は選ばぬ。
加えて我の行動を正義だと決め付ける気もない。単純に我の我儘で動く部分が多いからだ」
自分の行動を客観的に語る を、スカーレルとアティは珍しそうに見た。
外見だけならサプレスの女神と言われても頷きそうな気配を持つ 。
蓋を開ければサプレスの悪魔、いや魔王並に凶悪なキャラで周囲を圧倒する。
その彼女が自分を語ると凡そこんな言葉で纏められるらしい。
その意思の強さとはっきりした目的意識が
という存在をより一層輝かせている、ように見えた。
「「……」」
大人組の感想とは別に、現実の柵に塗れるマルティーニ姉弟。
ベルフラウとウィルは同時に黙り込んで俯く。
親に望まれたレールを歩くことに不満は無い。
家の為に、軍人となって守り立てていく事にも不満は無い。
マルティーニの歯車である自分達。
自分の手で家族を仲間を居場所を掴んできた 。
違いすぎる現実を前に、自分達がどうしても矮小で子供じみた存在に感じてしまう。
無理に背伸びした心は直ぐに壊れてしまう。
頼りなくとも力及ばなくても。
これが己の気質なのだと開き直ればそれだけで誰かを支える糧となる。
ウィルとベルフラウなら気付ける筈だ。
今の我の言葉が耳に痛い棘となっても。
はチラッと視線を走らせウィルとベルフラウの様子を窺う。
「アティは帝国出身なのだろう? スカーレルは? 我の話ばかりでは不公平ではないか。二人の話も聞かせてくれぬのか」
木箱に肘を乗せ、 は組んだ手に顎を乗せる。
単純にスカーレルとアティを『識る』要素を欲する
にスカーレルが長い前髪を指先で弄った。
「アタシはねぇ……孤児、だったのよ。で、あるよらかぬ組織に誘拐されてそこで色々あったのよね。
なんか成り行きで組織を抜けたのはいいけど、組織の追っ手に殺されそうになっちゃってさ。そこをカイル一家の先代に助けられて、そのまま海賊業ってわけ」
カルーイ口調で喋るスカーレルのハードな過去。
ギョッとするマルティーニ姉弟を他所に、アティは「スカーレルさん、大変でしたねぇ」なんて。
事の重さを分かっているのか、分かっていないのか怪しい発言をかます。
「過去は過去だ、足掻いても取り戻せぬ。スカーレル、汝、今は愉しいか?」
は敢えて『幸せ』かとは問わない。
この島に漂着した事態がスカーレルにとっては幸も不幸も紙一重。
幸せか不幸せかを問うのなら、スカーレルが無事にこの事件を乗り越え生き延びた後に問うべき質問であろう。
「ええ勿論よ。海賊業は褒められたものじゃないけど、カイル一家は弱者を襲ったりはしないわ。筋を通しているもの。
アタシがアタシで居られる場所、とても大切な還るべき場所ね。今回の事件もなんだかんだ言って幸運なのかしら?
とも知り合えたしv」
スカーレルは の頬を撫で、次に頭を撫でつつご満悦。
イオスの唸り声も無視して楽しそうに
へ手を伸ばし撫でまくっている。
「それは良かった。自分の居場所があるのは良い事だ、多少弊害もあるが」
極上の笑みを湛える 。
スカーレルだけに真っ直ぐ向けられる好意。
一瞬だけスカーレルは表に貼り付けた『飄々とした』自分を取り落としかけ、慌てて拾上げる。
「……
はアタシが嘘をついてるとは考えないの?」
ちょっぴり心配になってスカーレルは自分から尋ねてみた。
アティと 。
好対照の二人の共通点は『度が過ぎるほどのお人好し』だという事。
カイルやヤード、ソノラは見抜けて居ないだろうがスカーレルは早い段階から二人の共通項を見つけ出していた。
だからこそ危なっかしく感じる。
この二人の行動と言動を。
「我が信じたいと思ったスカーレルの言葉が嘘でも、それは構わぬ。我が信じたいと考えているだけだからだ。裏切られたからといって駄々を捏ねる我ではないしな」
悪役チックに哂う はやっぱり格好良い可愛い。
腹を括って相手の言質を信頼する潔さは外見のか弱さを裏切る肝の大きさを示す。
スカーレルは内心だけで両手を挙げて万歳をしつつ目線で今度はアティに合図を送った。
「あ、私はですね。帝国の中でも田舎の方に住んでいました。早くに両親を無くして孤児だったんですけど、村の人達が家族代わりになってくれて優しさを沢山貰いました。
だから私も恩返しがしたいなと思って、それで軍学校に入ったんです。主に医学を勉強したくて」
膝の上に手を置き、もじもじ照れながらアティが己を語る。
「結局初任務が大失敗で、責任を取る意味も込めて軍は辞めました。辞めたまでは良かったんですけど、生活もありますし。
どうしようかと思っていたら家庭教師のお話を頂いて、ベルフラウさんとウィル君の家庭教師になったんです」
ベルフラウとウィルを気にかけ、当たり障りの無い身の上話を披露するアティ。
「あら〜、先生も苦労したのね」
アティの空のティーカップにお代わりを注ぎ、スカーレルが相槌を打つ。
「いいえ、そんなことないです。両親が居ない寂しさはありましたけど、村の皆が私の家族代わりでしたから。軍学校も、様々ことを勉強できてとても為になりましたし」
胸の上に出した両手を激しく左右に振り、アティは首も横に振る。
「故郷はどのような村だったのだ? アティ」
ともすれば重くなる一方の空気。
和らげるために はアティの故郷について質問した。
絶妙な問いかけにアティも無意識に強張っていた表情を和らげる。
「雰囲気的にはこの島に似てます。小川で魚も取れましたし、空気的にはユクレスに近いかもしれません。
あそこまで大自然がある訳でもないですけど。空気の美味しいとても穏やかな村ですよ、何もありませんけど」
アティの胸に去来するこれまでの出来事。
島での生活に精一杯すぎて、こんな話題が会話にのぼるとは思わなかった。
それだけ
の持つ空気が皆を和ませているからなのだが、アティの郷愁に襲われた頭ではそこまで考えが至らない。
「ふむ。するとアティは幼少時、それなりに御転婆だったか? 我の親友にも村生まれ・育ちがおる。彼女も木登りをしたり川で魚を取ったり遊んでおったそうだからな」
は瞼裏にアメルの映像を出しながら探りを入れる。
今は聖なる大樹のそばで芋畑の主と化している、元聖女。
で とは大親友を自負するアメル。
年々
逞しくなりすぎてはいるが概ね元気に日々を過ごしている。
「ああ! 木登りもしました。達成感があるんですよね、てっぺんに辿りつくと」
一気に顔を輝かせ、幼子のようにはしゃぐアティに黙って頷く 。
スカーレルはベルフラウのティーカップにお代わりを注ぎ。
ウィルは会話に加わらないものの、耳をこちらに傾けっぱなし。
きっちりアティの身の上話を聞いている。
「ではいずれユクレスのてっぺんを制覇してはみぬか? 実はこの島に来たときから気になって気になって仕方がないのだ」
悪戯っ子の顔で企みを明かす
に、アティは目を丸くして笑い出す。
「駄目ですよ、ユクレスの木は象徴なんですから。ヤッファさんが倒れちゃいますよ?」
会話を重ねるごとに距離が薄れていく。
アティは
へしっかりと釘を刺したのだった。
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