『地球からの幕開け3』




リィンバウム特有の澄んだ空気と青い空。
科学物質に汚染されていなければ、オゾンホールの心配も無い平和な空。

見上げて はため息一つ。

「突然このような場所へ放置されてもな……ハイネルめ。概要だけ説明して逃げるとは良い度胸をしておる。矢張りあ奴は説教せねばならぬな」

愚痴を言っても仕方ないが、言いたくもなる。

人の気配が皆無のこの場所で はどうしたものかと思案中。

ロレイラル製と思われる円形のモノが宙へ突き出ていて、 が立っている場所は何かの儀式に使用したと思われる台座? らしき様相。
は一瞥してこの場所を突き抜ける四つの世界の魔力に眉を顰めた。

 核識の能力を応用して、ここから召喚獣を呼び出しておったのか?
 四つの世界の魔力が円形のブツから感じられる。
 
 しかも……ここは魔力が潤沢過ぎる故、姿の封印をしておいた方が負荷がかかるか。

 だとしたらこの姿の方が良いな。
 セルボルトの家の者に会う事も考慮して、偽りの姿は見せぬ方が良かろう。

服装も何時の間にかサイジェントで着用していた着物姿。
己の蒼い髪を横目に は小さくため息ついて兎に角移動しようかと首を動かし。

ソレを見つけた。

「緑の人型虫?」

初めて目にする存在に、 は内心『矢張りリィンバウムは奥が深い、虫の形も変わっている』なんて考えていたりするのだが。
大ハズレである。

「マ、マルルゥは虫じゃないですよぅ!! ルシャナの花の妖精です!!」

緑の髪と緑の服。
手首に花がついていて、宙をフワフワ浮いているソレは、甚くショックを受けた口調で叫び返した。

「それは済まなかった、リィンバウムは奇怪なモノが多いからな。我は と言う。汝の名はマルルゥで良いのだな?」

はマルルゥに謝罪をして自分の名を名乗り、改めてマルルゥの名を尋ねる。

緑のフワフワ、マルルゥは頬を膨らませたまま一度だけ頷く。

「……気配を隠しておるような、もう一人はマルルゥの知り合いか? 無闇に殺気を向けられると条件反射で応戦してしまうぞ」
物陰から注意深くこちらを観察する一対の瞳。
分からない ではなく、小首を傾げて島の住民らしいマルルゥともう一人へ疑問を投げかけた。

驚いて固まるマルルゥと相手の反応を待つ

何を考えているのか姿を見せないもう一つの気配。
奇妙な沈黙が暫くの間続き、もう一人は渋々といった態で姿を現した。

「……尻尾の生えたシマウマ?」
「すまないが、俺はメイトルパの亜人でフバースという種族だ。名をヤッファという」
大真面目にもう一人にコメントを出す だが、彼は の言葉を遮って自己紹介。

恐らく の言った単語を理解している様ではないが、 が勘違いをしているのは察したらしい。

「喚起の門を通じて召喚されるなんざ、お前も災難だな。 、だっけか?」
ヤッファはチラリと丸い物体を見上げ、 へ言葉をかけた。

「あの珍妙な装置は『喚起の門』と申すのか。成る程な」

対する は自分の状況はさておき、丸い円形の物体・喚起の門を見上げて関心頻り。
自分の心配など微塵もしていない、混乱もしていない。

というより、偉くマイペースな羽つきの正体不明少女にヤッファは肩を落とした。

「アオハネさんは何処の世界の人ですか? マルルゥとシマシマさんはメイトルパです」

更に呑気なのがマルルゥか。

の周囲を飛び跳ねながら興味津々。
好奇心に瞳を輝かせて へ問いかける。

「強いて言えば名も無き世界、になるのだろうな」

誤魔化せるなら『サプレス』とでも言っておけば良い。
ただ、ヤッファという亜人。
面倒臭そうにしているが隙が無い。
今もこうして とうい存在が危険でないかを確かめている。

そのような人物に嘘は良くないだろう。
は判断して正直に答えた。

「名も無き世界?? ……こりゃまた珍しい所から呼ばれたな……」

「シマシマさん!! 説明しないで皆さんを呼ぶのは駄目ですよ! アオハネさんはとーっても優しい空気を持ってるんです。
こうへにゃ〜ってなるような……マルルゥ、アオハネさんともう少しお話したいです」
顎に手を当てたヤッファの言葉を今度はマルルゥが奪い、必死の形相で頼み込む。

 ……とうより、我は『アオハネ』で、ヤッファが『シマシマ』なのか??
 ほう、マルルゥは面白いあだ名をつけるな。

を他所に話し合うマルルゥとヤッファ。

取り残された はこの場を吹き抜ける風に目を細め、小枝にとまってこちらの様子を窺うメイトルパの獣達へ視線を移す。

にっこり。

は微笑み手を差し伸べれば、鳥の姿や獣の姿を取った魔獣達が我先に へと群がる。

本来神である が持つ魔力は優しく温かく慈愛に満ちている。
例えるなら母親が持つ空気。
漂わせる にじゃれつき魔獣達はゴロゴロ喉を鳴らし、他は囀ったり、擦り寄ったりと忙しい。
真剣に語り合っていたヤッファとマルルゥは何時の間にか へ集る魔獣達に度肝を抜かれた。

「あやや〜」
マルルゥは思わずそれだけ言い、どうしたものかと傍らのヤッファを見る。

その場に座り込んだ が全ての魔獣達の頭を撫で、優しくあやす。
彼女の肩に止まった小鳥は余りの居心地の良さにうとうと。

「ほれ、ユクレスへ戻ったら遊べるだろうが。さっさと帰れ」
取りあえず が脅威でないのは分かった。

ヤッファが気だるげに手を左右に振って魔獣達を追払う。
追い払われた魔獣達は恨めしそうにヤッファを睨み、 へは名残惜しそうな視線を残して去って行った。

「構わぬでは無いか? 皆愉しそうだったのに」
が不思議そうにヤッファに言えば、苦い顔をしてヤッファは首を横に振る。

「この場所が拙いんだ。取りあえず俺達の村へ案内するから、ちゃんと事情を飲み込んでくれ。話はソレからだ」
「マルルゥ達が暮らしている村なんですよ〜」
いまいちシリアスになりきれない。
マルルゥの微妙に間違っている説明に乾いた笑みを零し、ヤッファは厄介な拾いモノをしたと。
珍しく考えて を伴いユクレスの村へと戻って行くのであった。




ユクレスの大樹に見守られた緑豊かな村。
そのまんま『ユクレス』
訊けばメイトルパ出身の者達が作った村だという。

ヤッファの家、通称『なまけものの庵』にて村の説明を聞いた は何度か瞬きをした。

はリィンバウムに居た経験があるらしいから、召喚術については省くぜ。問題はここからだ」

草で編んだ丸座布団? らしきものに胡坐をかいて座るヤッファ。

マルルゥは天井から吊り下げられているハンモックへ座っている。

ヤッファは床板を指先で叩き真顔になった。

「ここは以前ある派閥が実験施設として作った島だ。メイトルパ・サプレス・シルターン・ロレイラル、四つの世界の召喚獣を効率的に呼び出せるようあの門がある。
施設は廃棄されたが門は時々 みたいな、予想外の召喚獣を召喚する。いうなれば事故だ」

ヤッファの説明に は黙って頷く。

「あの門の機能は今じゃ不完全で、送還する術が無い。よって も還る術がない……悪いが、この島で暮らしてもらうしかない。意味は分かるな」

辛い現実だ。
でもこの不思議な空気を持った羽持ちの少女が何れ直面する現実である。

ヤッファが言えば は「そうか」なんて至極あっさり現実を容認した。

「………」
現実を突きつけたのは自分だ。
自分なのだが、ヤッファは妙に物分りの良い の態度に毒気を抜かれる。
本当にこの少女は事態を理解しているのだろうか。

「どうした? 帰れぬのならば仕方あるまい。この島のルールを守れば、我も島の住人として生きていけるのだろう? 問題があるのか??」

はヤッファの危惧を他所に前向き。
というより、これから起こる波乱を正さなくては兄達の生命が危険に曝されるのだ。

現段階で還るつもりはないし、逆に還るに還れないという状況は にとってはプラス要因である。

「えーっとですね、この島には四つの集落があるんですよ。
一つはここ、メイトルパの人達が住む『ユクレス』
サプレスのお化けさん達が住む『狭間の領域』
ロレイラルの機械さん達が住む『ラトリクス』
シルターンの妖怪さん達が住む『風雷の郷』
それぞれの世界から来た人達が、護人を纏め役として暮らしているんです」

ヤッファの予想を裏切る の反応。

マルルゥは気にならないのか、人懐こいのか。
の傍らまで降りてきて島の内部を説明する。

「護人?」
「はいです。シマシマさんがユクレス村の護人なんですよ。今日は警備当番がシマシマさんで、マルルゥはお供であの場所に行ったんです。そしたらアオハネさんが居たですよ」

たどたどしいマルルゥの説明。
それでも が求める情報はきちんと含まれている。

なんとなく事情が飲み込めてきた は複雑な顔をするヤッファをさらっと無視して、マルルゥへ極上の笑みを向けた。

「そうか、汝等が居なければ我は素性の知れぬ奴として攻撃されていたかも知れぬな。感謝するぞ、マルルゥ・ヤッファ。それから世話になる」

悠然と微笑む に『出て行け』と言えるほどヤッファもチャレンジャーではない。

それに不思議な魔力を持つ彼女を野放図に出来ないとも、ヤッファは思ったのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 仮に出て行けと言われても、フレイズ辺りに拾われてたと思うけどね。
 個人的に苦労症なヤッファ兄さんが好きなもので。当然マルルゥとセットで!! ブラウザバックプリーズ