『始まりは突然に1』



問答無用で『ユクレス村』に押しかけた

マルルゥは喜び、ヤッファも口では小言しか言わないが概ね を認めている。

最初は驚いていたユクレスの村の面々も、 がリィンバウムの人間ではないので特に文句は無い様で。
が喚起の門で発見されてから早二週間が過ぎ去っていた。

「アオハネさん、何してるですか??」

ヤッファの『なまけものの庵』近くの小屋。
与えられて暮らしている の家に朝早くから押しかけたマルルゥは、 の手にしたサプレスのサモナイト石に目を丸くした。

「うむ、これから兄上を呼ぼうかと思ってな。流石に一人では心細い」

未契約のサモナイト石。
手にして はマルルゥの疑問に応じる。

徐々に迫ってくる封印の剣の気配。
遺跡から感じた魔力と同質の魔力が二つ。
この島の遺跡によって引き寄せられている。

日に日に強く成るその気配に、 は警戒を強めていた。

剣が来るという事は剣の持ち主もセットで来る訳で。
望まなくても災禍の火種が向こうからスキップしてやって来るのだ。

 そろそろリゾート気分も頭から追い出さねばならぬな。
 時を遡ったこの島に姿を現せるのはバノッサ兄上を置いて他に居るまい。
 セルボルトが蒔く不始末なら同じセルボルトが防ぐまでよ。

事情を知ったら兄も必ず自分を呼べというだろう。
分かっているからこそ、兄を呼ぶのだ。

「マルルゥもシマシマさんも居るじゃないですか〜!! 心細くないですよう!!」

 ムムー。

すっかり と仲良し(自称&自負)だと考えているマルルゥは、大層不服そうに剥れる。

マルルゥの心情を慮り、 は申し訳ない顔で謝り紫色のサモナイト石へ魔力を込めた。

収束する の魔力と反応を示すサモナイト石。
目を開けていられないほどの光が溢れ、光が収まった先には。

「アオハネさんのお兄さんですか??? なんだか似てないですねぇ。アオハネさんのお兄さんは幽霊さんなんですか??」

薄っすら透けた身体を持った白髪・赤目の無愛想な男が一人。
怪訝そうな顔をしてマルルゥを見て、それから へ視線を戻す。

はマルルゥへ胸中でもう一度謝って密かにセイレーヌを召喚。
高い魔力値を誇る の一撃は強烈で、マルルゥは心地良い眠りの渦へと落ちていった。

? どうした』
自分の体が薄い。
気がつきつつもまずは妹優先。
バノッサは へ口を開く。

「兄上、トウヤ兄上が倒れてはおるまいか? 実はハヤト兄上が倒れたのだ」

『そうか、そっちもか。サイジェントでもトウヤが意識不明だ。キール達が四方手を尽くしているが、回復の見込みはない。
ギブソンやミモザもゼラムで色々調べてるみたいだがな……原因は不明だ』

の告白に驚かず。
バノッサは が欲しがるだろう情報を喋る。

「……その原因がこの島にある。俄には信じがたいが、我等にも因縁があるらしい。
禍根を断たねばトウヤ兄上もハヤト兄上も救えない。バノッサ兄上、無茶は承知だ。我を助けて欲しい」

不吉な予感が胸を覆う。
ゼラムよりも酷い悪寒が背中を走る。
は素直にバノッサへ手助けを願った。

『お前が無茶をするのは何時もの事だろう。一人で抱え込もうなんてするな、さっさと事情を話せ』
ぶっきら棒に言い、 へ話しの先を促すバノッサの顔はとても穏やかだった。

バノッサの態度に胸を撫で下ろした はハイネルから聞いた話と、ヤッファから仕入れた情報を兄へ伝える。
所々質問は飛んだが、バノッサは大体の事情を飲み込むと口元を歪めた。

『セルボルトの連中は頭のネジが飛んだ奴しかいねぇのか……物好きだな』

うんざりしきったその口調。
心底以前のセルボルトが嫌いらしい。

バノッサのらしい反応に は肩を竦めた。

「致し方あるまい。彼等は本気なのだ、それが正しいかどうかは別として」
は兄へ応じながら、その代表格の彼を思い出しかけて。
慌てて首を横に振る。

「それで、過去という時間軸に召喚しても大丈夫であろうバノッサ兄上を呼んだのだ。魔力を込めれば実体が取れる状態での召喚となってしまったが」
続けて言って は不安そうにバノッサを見上げた。

バノッサは特異体質で、憑依してきた悪魔の魔力と能力を吸い取る力を持っている。
しかもそれだけの魔力を有しても正気を保てているという凄さ。
サイジェントの無色の派閥の乱の折にも一体魔王を吸収している。
悪魔の力も持つバノッサだからこそ、時を越えた召喚に耐えられたのだ。

『必要な時だけ体がありゃいい。常時戦うようでもなさそうだしな。それよりあの時のように髪と瞳の色を変えたい。 、出来るか?』

あの時、とは二年前の傀儡戦争時。
傭兵と偽って戦いに参加したバノッサは髪を染め、瞳にカラーコンタクトを入れて目立つ容姿を隠していた。
尤も、戦い振りは一番目立っていたのだが。

今回もセルボルトが絡むとなると、未来を狂わせない為に己の容姿は隠しておいたほうが良い。

判断したバノッサは言った。

「今回の兄上は基本が幽体だから、我が魔力を込め封印しておけば大丈夫。以前の黒髪・黒い瞳で構わぬか? 他の色が良いならそうするが」
『それで良いさ。姿形に拘るのは二流の証だからな』
の頭を撫でる仕草をしてバノッサは口元に笑みを浮かべる。

『名前も知らせるつもりはない。当面は兄上だけで呼べ』
少し照れ臭そうに付け加えたバノッサに、 は最上級の笑顔を以てして応じた。





流れ行く海の景色。
少年は無表情のまま窓から海を眺める。

全てが色鮮やかなはずなのに色褪せて見える風景。

まるで乾いて何も残されていない己の心のようだ。

少年はそこまで考えて自嘲気味に笑う。

「どう思う? あの家庭教師」
一つ年上の姉、といっても正しくは元従姉妹が金色の髪を横に振り払い少年へ声をかけた。

少年は表情一つ乱さず姉へ目線を戻す。

両親を失い少年と姉弟になって早五年。
少女にとっては長かったような早かったような五年。

それももう直ぐ終わりを迎えようとしていた。

帝国の名家マルティーニ家。

二人の両親は、子供達に軍人の道を与え、子供達はそれを享受。
家庭教師に伴われ、二人は軍学校の試験を受けるべく船に乗り込んだのだった。

「別に」

期待はしない。
馴れ合いもしない。

家が自分に押し付ける役割を果たせば円満に解決するのだ、何もかもが。

少年が感情の篭らない声音で姉へ言葉を返す。

「……ウィル、貴方……」

感情に一切蓋をした弟は時々全てを悟りきり、大人気ない。

いや、年齢からすれば子供なので子供気ないと称した方が正しい。

良家の子女という肩書きを甘んじて受け入れた自分とは違う、とても傷つきやすい弟。

母親を失くしてからは特に頑なになって。
最近では姉であり従姉妹であった自分でさえ彼の感情を推し量る事は出来ない。

「僕達はマルティーニ家の者。軍学校の試験を受けて合格すればいい、目的はそれだけだ。違う? ベル」
悟りきったというより、諦めきった口振りで言葉を投げ捨てるウィル。
ベルフラウはこれ以上の会話を諦め小さく息を吐き出す。

 コンコン。

そこへ控え目なノックの音がして、赤髪が珍しい家庭教師がおずおずと部屋へ入ってきた。

「飲み物持って来ましたけど、何か飲みますか?」

一回りくらいは違う年齢。
なのに、受ける雰囲気は年下。
今時珍しい普通そうな女性。
これでも帝国の軍学校を主席で卒業したというのだから世の中は不思議に満ちている。

ベルフラウはつい数時間前に出会った『アティ』なる女性を眺め、つくづくそう思う。

「有難う、頂きます」
彼女なりの気遣いを無碍にも出来にない。
ベルフラウはアティから冷えた果物のジュースを受け取った。

明らかにホッとするアティに、もうちょっと考えた事を裡に仕舞っておけないものかとベルフラウ、苦笑。
これで家庭教師なのだから、矢張り世の中は矛盾に満ちている。
改めて思う。

「あの、ウィルくんは?」
刺々しい空気を放つウィルへ近づき、恐る恐る話しかけるアティ。
彼女なりにウィルと仲良くなりたくて必死なのだろう。

「結構です」
にべもない。
取り付く島もない。
ウィルは目線すら合わせず断った。

「そうですか……あの、ここに置いておきますから。気が向いたらどうぞ」
ここら辺りは流石大人という所か。
少し傷ついた顔をしながらアティは、ウィルの分の飲み物をテーブルの上に置く。

本来ならこんな調子で船旅は続き、何事もなく目的地まで到達出来る筈だった。

船を襲う激しい振動さえ、この船に帝国軍人さえ乗っていなければ。

この船が例の剣を運ぶ船でなければ。


和やかな船旅の空気を打ち壊す激しい揺れ。
ドガァンという爆発音も相俟ってきな臭い雰囲気が漂い始める。

「な、何!?」
咄嗟にテーブルにしがみついたベルフラウが驚きの声を発する。
これはウィルも驚いたようで僅かに眼を見開いて物問いそうにアティの顔を見上げた。

「誰かが船を襲っているようです……でも心配しないで下さい! お二人はちゃんと護りますからね」
どっからどう見ても頼りなさ気な家庭教師は、根拠があるのか、ないのか。
胸を張って二人へ約束したのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 今回の助っ人はバノッサお兄さんです〜。要所要所でしか出てきませんが。
 ファルゼンみたいな考え方でお願いしますv ブラウザバックプリーズ