『始まりは突然に2』



取り戻した意識が最初に認識したのは、ドアップの猫? らしき獣の姿。
咄嗟に反応できずに、少年はたっぷり十数秒間は固まっていた。

「ミャー」

 ペロペロ。

少年の頬を舐める猫? らしき獣は懸命に少年を起こそうとしているらしい。
ぼんやりする頭を叱咤し、少年はどうして見慣れない砂浜に己が居るのか思い出そうと試みる。

「船に乗っていた……それから、海賊が襲ってきて。あの家庭教師が追払って……そしたら突然嵐が起きて。僕とベルは甲板から海へ……!? そうだ、ベルは?」

猫? を転がさないよう抱きとめ、少年は慌てて上半身を起こす。

綺麗な砂浜に広がるのは何も無い。
船の残骸も、誰かの荷物も何もかも。

動揺に激しく波打つ少年の周囲を猫? らしき生物はウロウロして頻りに鳴いていた。

「………」

これはウィルの予想を遥かに超えた事態。
呆然と砂浜に佇む少年、その周囲を右往左往する猫? そんな少年へ近づく人影が一つ。

島を守る結界が揺らぎ、剣の気配を察知し砂浜まで無断で出かけてきた である。

「大丈夫か?」

 ポン。

何気なく少年の肩に手を置いた は、少年が飛び上がって驚いて腰を抜かした様を呆気に取られて眺めていた。

何もそんなに驚かなくても、といった気分で。

「少年、大丈夫かと聞いておる。その様子からして汝は島の者ではあるまい? 生粋のリィンバウムの人間であろう」
呆然とする少年の視線を一身に浴び は苦笑い。

確かにこの姿は人とは思われないだろうし悪目立ちする。
不信感をもたれても仕方がない。

「ミャ!!」
口を開けない少年に代わって何故か猫? らしき生物が挙手して何かを へ訴える。

「難破者か……それを汝が発見して介抱しておったのだな?」
「ミャーミャ」
はしゃがみ込み、猫? らしき生物を目線を合わせた。

ただの人間からすれば鳴き声にしか聞えないが、 にはちゃんとそれが言葉として届いている。

 か、会話が成り立っている。

少年驚愕。
今まで生きてきてこんなに驚いた事はない位、少年は驚き。
ついていけない現実に眩暈を起こしかけた。

ここで現実逃避を起こして気を失えたらどれだけ楽か、とも思う。
しかしそうは問屋が卸さないのが現実である。

「ギャギャ!!」
気がつけば砂浜一体にゼリー状の塊が大量に押し寄せていて、 や猫? 少年を取り囲む。
口を開き吼えるゼリーモドキからは悪意しか感じない。

 むぅ……、護人の意に従わず、徒党を組み悪さをしておるはぐれ達だな。
 ならばバレてもヤッファやマルルゥへ迷惑はかかるまい。

素早く状況を把握して は短剣を取り出す。

なんでもこの島では銃は使用禁止との事でヤッファへ預けてあるのだ。
背後に少年と猫? を庇いながら、 は声をかける。

「我は と申して、名も無き世界出身の元はぐれ召喚獣。現在は理由あってこの島におるが、本来は聖王国のサイジェントに住んでおる。汝の名は? 少年では呼びにくい」

の言いたい事は分かる。

でも躊躇う。

少年は口を開きかけ、閉じた。

「……名乗りたくなくば良いが、もう少し己の直感を信じよ。男であろう? 誰を信じ誰を疑うか、自分で行動を起こせ」
苦い口調で は言い、飛び掛ってきたゼリーへ短剣を振りかざす。

魔力同士が反発しあってゼリーは痺れてその場へ落下。
そこを猫? が健気に少年を護ってゼリーを攻撃する。

魔力を使って水を投げてくるゼリーの攻撃をかわし、 は姿勢を低く保って駆け寄るとカザミネ&フォルテから教わった横切りで効率よく敵を痺れさせた。

その後から猫? がやって来てトドメをさして歩いている。

数分も経たないうちにゼリー達は恐れをなして退散。
美少女チックな外見に似合わず戦いなれしている

ぼんやり見上げて少年は縺れる舌を動かして漸く名を名乗った。

か細い声で「ウィル=マルティーニ」と。





朝。
何時ものように友達の家へ遊びに行って、何故か眠気に襲われて。
目が覚めたら人間がいました。
これで叫ばなかったらそれこそ愚かだろう。

「いや〜!!!! ニンゲンです!!! ニンゲンです!!! マルルゥ、食べても美味しくないですよう!!!」

目尻に涙を浮かべて部屋の扉へ慌てて飛んで行き、激突するマルルゥ。
額を強かに打ち付けて目を回すマルルゥをウィルは仕方なく受け止めた。

「あう〜」
妖精生短かった、なんて世を儚むマルルゥを見てウィルはため息。
一体どんなモノを見たら人間に食べられるなんて考えるんだろうと苦悩を深める。

「マルルゥ、勘違いするでない。ウィルは難破した船から流されてこの島へ辿り着いた者だ。先程我が拾ってきたのだ」
そこへ湯気のたったスープボウルを持って が入ってきた。

「拾ったですか!? あわわわわわ……シマシマさんに叱られるですよ!! アオハネさん、直ぐに元の場所へ……じゃなくて」
両手で頬を押さえ、マルルゥがグルグル回りながら半狂乱状態で叫ぶ。

自分でも何を言っているのか途中から分からなくなっているかもしれない。
騒がしい友人に は笑いたいのを辛うじて堪えた。

「人種で差別するのは我の流儀に反する。三年前、路頭に迷っていた我を助けてくれたのは人間だったのだぞ?
無闇に人間を信頼する訳でもないが、この者なら大丈夫だ。何故か猫に懐かれておるしな」

が指差した先にはオレンジ色の体毛を持つ緑の瞳の猫? が、ウィルの座っていたベッドの上で丸くなって眠っている。

どうやらウィルにひどく懐いたこの猫? は、どこまでもウィルに着いていくつもりらしく。
ユクレスへも着いてきていた。

「ヤッファになら先程伝えてきたぞ。後で様子を見に来ると申しておった、それまでにウィルへこの島について説明できるであろう? 偏見は良くないぞ、マルルゥ」
嗜める の口調にマルルゥは眉を八の字に曲げた。

が伝えたのは行き倒れを助けた事実であり、それが人間だとは一言も言っていない。
呑気に構えて の家を訪ねてくるヤッファが後に固まったのは、言わずもがなである。

「もう一度自己紹介をしようか? 我は 。名も無き世界出身者で、現在は聖王国のサイジェントに住んでおる。
が、今は訳あってこの島のこの村に厄介になっておる。この緑の小虫みたいなのはマルルゥ。メイトルパ出身の召喚獣でルシャナの花の妖精だ」

「だ〜か〜ら〜!! マルルゥは虫じゃないですよ!! アオハネさん意地悪です!!」

しれっとマルルゥを虫呼ばわりする と、ブン剥れるマルルゥ。

何度か瞬きをしたウィルは漸く硬い表情のまま笑った。

もし彼等が自分に悪意を持っていて襲うつもりなら、自分はとっくに殺されているし拘束されている。

こうして普通に喋っているという事は彼等に敵意がないという証。
それに不思議と懐かしい空気を持つ少女と妖精を、ウィルは疑う気になれなかった。

「そしてこれが我の兄上だ」
は続けて紫のサモナイト石へ魔力を込める。

召喚術独特の反応がして、黒髪・黒瞳のやや? かなり色白。
仏頂面のバノッサが姿を現す。
今回は前回の失敗を考えて、実体を保持できる魔力込みで。

「なっ……」
そもそも人間が召喚できるなんて聞いてない。
というか、絶対に在り得ない。

手のひらにマルルゥを載せたまま絶句するウィルと案外平気なマルルゥ。

サイドテーブルにスープボウルを置き、小さなカップにスープを注ぎながら はニマニマ笑い。
の悪戯に付き合わされた形のバノッサは小さく息を吐いた。

『悪いが現段階で名前を名乗るつもりはねぇ。血は繋がってないが、俺は の兄だ。サイジェントでこいつと一緒に暮らしてる』
の髪を乱暴に乱しバノッサが自己紹介。
と、マルルゥは冷静さを取り戻し、持ち前の好奇心を発揮してバノッサの傍まで移動する。

「アオハネさんのオニイさんですか。オニイさん、始めましてマルルゥです」

人間の容姿をしていても、発する魔力はサプレスのもの。
バノッサの空気から人間臭さが感じられないので、マルルゥとしてはウィルよりも不安が少ない。
笑顔で挨拶したマルルゥにバノッサは僅かに口元を緩めた。

『マルルゥ。うちの妹が迷惑を掛けるかもしれないが、宜しく頼む』
「はいです〜」
ポーカーフェイスを崩さないバノッサの頼みをマルルゥは安請け合いする。

途端に不機嫌な顔で兄を睨む と飄々とした態度を崩さないバノッサ。

これだけの仕草でどれだけ二人が近しい間柄かがよく分かる。
ウィルは自らの環境と比較して少しこの兄妹を羨ましいと思った。
すべてを認めるのは癪なので、本当に少しだけ。

「マルルゥ、兄上。こっちがウィル、ウィル=マルティーニ。見ての通りの人間の少年でつい数刻前、我が海岸で発見して拾ってきた。
猫はその際にウィルに付属してついてきおった……放置するのもアレなので猫も連れて来た」
はウィルにスープの入ったマグカップを渡し、簡単に? 大幅に省略して事情を説明する。

大味な の言動に呆れるウィル。

すると騒がしさに目を覚ました、オレンジ色の猫はウィルに擦り寄りながら一人呑気に間延びした鳴き声を発したのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 アティ先生とベルフラウは一緒に海岸に流れ着いてる筈です(笑)
 あっちはストーリー通り、ウィルは主人公によって運命を狂わされています(爆笑)ブラウザバックプリーズ