『始まりは突然に3』




ヤッファにとってはとんだ災難である。

喚起の門で を拾って以来、厄介事を嫌い長閑と惰性を愛するヤッファの元には問題の種がわんさか引っ付いてくる。

これを災難と云わずしてなんと表現すれば良いのだろうか。

目の前の新たな住人? を前に、ヤッファは深々とため息をついた。

「護人の割に狭量だな。それにそのため息、いつか自慢の鬣が剥げるぞヤッファ」
その元凶一がやたらデカい態度で、さり気にヤッファを貶める台詞を吐く。

。目上を前におちょくる発言は止めろ、大人気ないぞ』
の手作りスープを飲みながら、バノッサが眉を顰めて妹の暴言を嗜めた。

この神に近い不思議な魔力を持つ少女の兄だと言う青年。
人型なのに限りなく悪魔、しかも上級のソレに近い魔力を持った存在感のある青年は意外にも良識的。

ヤッファは、理屈では説明のつかない事もあるモノだと改めて認識する。

「すまぬな、兄上。鈍った勘を取り戻そうと我なりのリハビリだ」
『一宿の恩を忘れるつもりか』
ニッコリ笑って誤魔化そうとした の額を小突き、バノッサはゆっくり首を横に振った。

さしもの傍若無人美少女も兄には勝てないらしい。
バノッサにきっちり言い返されて渋々ヤッファへ向き直る。

「……すまぬ、ヤッファ」
「いや、それは問題じゃねぇ…… 、知らないとは言わせねぇぞ? 俺達は頼みもしないのにリィンバウムの人間達に召喚され、良い様にコキ使われてきた召喚獣だ。
当然リィンバウムの人間には良い感情を抱いていない。それを理解していながら何故連れて来た」

棘のあるヤッファの台詞にウィルの肩が震えた。
ヤッファは刺々しい口調で言い捨てて、涼しい顔の を睨みつける。

「召喚師でもない良家のボンボンにさえ敵意を向けるとは、護人の知能もたかがかしれておるな。
確かに人間は尊大で傲慢で召喚獣を道具と見なしておる。否定はせぬ。そのような場面に我は遭遇してきたからな。だが全ての人間をそうだとは云わぬ」

は言い、無表情を装いながらも怯えているウィルの横顔を見詰めた。

 乾いた音を響かせ水を待ち望むウィルの音色。
 後ろめたく護人に甘んじるヤッファより遥かに良い音を出せるであろう。
 その迷いと悩みを絶てたのならば。
 可能性がない者を助けるほど我とて物好きではないわ。

砂浜で見かけたウィル。
剣の気配が無かったのでこの少年は剣の持ち主ではない。

でも が助けたのはウィルに纏わり着く猫? のせい。

猫? の存在に驚きつつ、でも、とても優しく猫? を見ていたウィルの瞳は優しい光を放っていた。
歳相応の少年らしい無邪気な光を宿して。
だからこそ はウィルの前に姿を見せたのだ。

「誰彼構わず信じる事は出来ぬがな? 少なくともウィルは得体の知れぬ猫モドキを大切そうに庇っていたのだ。その性根は曲がってないと断言できる。
しかもこの島の謂われも知らぬのに、矢鱈と敵意を向けられ萎縮もしておるし。子供相手に大人気ないとは思わぬのか?」

「ミャーミャッ、ミャッ!!」

の言葉に応じて、オレンジ色の猫? も威勢良く鳴き声を張り上げる。

ウィルを盗み見てヤッファはどうしたものかと思案。

確かにこの子供一人で島の何かを壊せるとは思っていないし、口で言うほどヤッファだって彼を危険視はしていない。
だが、護人として村を預かる以上、余計な災禍の種をこの村に持ち込むわけにはいかないのだ。

「大人気ないのは認めるさ。だがな? それとこれとは別問題だ。悪いが、この坊主には元居た場所へ戻ってもらうのが最良だと俺は思う」
「脳が腐ったのか!!! この阿呆!!」

よく言えば保守的。
悪く言えば頑固。

案外融通が利かないヤッファの返答に がブチ切れ。無色のサモナイト石を取り出しソレを召喚。
遠慮も容赦もなくヤッファの後頭部を目にも留まらぬ早業で張り倒した。

「アオハネさん、暴力はいけないですよ〜」
の鮮やかな攻撃にマルルゥはヤッファと の間に割って入る。

「そうだよ、 。幾らなんでもいきなり攻撃するのは卑怯だ」
ウィルも自分を庇ってくれる の言葉は嬉しいけど、これはやり過ぎだと思って。
マルルゥに倣いヤッファと の間に割って入った。

「退かぬか!! 様子を見ようとも言い分も聞こうともせず、人種だけで他者を排除するのは愚の極み。砂浜で倒れていた者をまた砂浜へ戻せだと?
ウィルは自身を護る術すら持たぬのだぞ!! 汝等の行動はリィンバウムの人間と何ら代わりが無いではないか! 便利だから召喚獣を使う。危険だから憎いから人間を見放す。どこに違いがある!」

 ビッシ。

真っ白い紙で作られたビラビラ=ハリセンを片手に凄む は本当に怖い。

音も痛そうだったのでマルルゥとウィルは、共に生きた心地がしなかった。

あれで叩かれたら相当痛いだろうと覚悟して。
の発言は正論でもヤッファの言い分も分かるので、マルルゥとウィルは揃って首を横に振る。

「この島の事情は大体聞いたし、仕方ないと思う。僕も同じ立場だったら、やっぱりリィンバウムの人間を恨むかもしれないから。砂浜に戻って誰か居ないか捜してみるよ」
ウィルは極力己の弱気を悟られないよう、毅然とした態度で へ告げる。

曲がりなりにもマルティーニの者としてそれなりの教育は受けてきた。
どんなに理不尽な通達だろうが相手の言い分が理に適っているなら従うしかない。
それ位は弁えているつもりだ。

『ウィルの話を聞いていたのか? ヤッファ。コイツが船の難破で島に辿り着いたのなら、他のニンゲンも少しは島に上陸しているだろうな。
悪意を持ってる連中が島に住んでいて、見捨てられました……なんてウィルに説明させるつもりか?』
すると、そこまで傍観者に徹していたバノッサが唇の端を持ち上げヤッファへ告げた。

「悪意を持っているのはニンゲンです!! マルルゥ達は悪くないです」
マルルゥは持ち前の先入観から咄嗟にバノッサへ叫ぶ。

『お前らを召喚するきっかけを作ったニンゲンじゃないのに?』
「そ、それは……」
鋭くバノッサに言い返されてマルルゥは言い淀む。

ウィルは最初は怖かったけれど、今は怖くない。
さり気なくマルルゥを気遣ってくれるし、なんだか優しい少年だというのは分かる。
少し話してみてマルルゥはウィルと猫? と仲良く(マルルゥビジョン)なっていた。

そして混乱する。

ニンゲンは『悪い』存在ではなかったのか?

考え込むマルルゥと苦い顔のまま黙ってしまうヤッファに、居た堪れない雰囲気を漂わせるウィル。

一気にどんよりと重くなった空気。

とバノッサは互いに目配せして嘆息しあった。

 人を好きになれとは申さぬが、柔軟なヤッファがこれだけなら。
 ロレイラル・シルターン・サプレスの護人はどのような考えを持つだろうか。
 中々一筋縄ではいかぬようだな……。

 ハイネルの語った過去が正しいなら。
 争いを起こした人間達を根本的に心地良くは思っておらぬだろう。
 しかしこれ程とは。

ウィルの足元に近寄って鳴くオレンジ色の猫?
猫? に弱々しく微笑みかけるウィル。

このメンバーの中で誰が一番心細いか一目瞭然。

は腹を決める。
どの道このままの仲良しごっこは長く続かないのだ。

「……仲違して欲しいのではないのだ。己達の立場が違うと認識した上で、付き合える器の広さを会得して欲しいのだ。
受け入れたくないものまで受け入れろとは申しておらぬ。ウィルを砂浜に返すなら我もここを出て行こう。禍根を残したくないからな」

ここで更に揉めても残るのは気まずさだけ。
ならば互いに考える時間を得るべきだ。

こう判断を下した は手際よくスープボウルやカップを片付け始める。

「でも!  はリィンバウムの人間じゃない、ここに居られるじゃないか。自分から貧乏籤を引くような真似をするなんて」
ウィルは動揺し、思わず声を荒げて の提案を否定した。

の申し出は嬉しい。
でも、ヤッファの言う通り『それとこれとは違う』だろう。

「構わぬ。召喚事故で名も無き世界から召喚された我を、サイジェントのスラムにあった孤児院の住民は温かく迎えてくれた。
誰かから受けた親切は別の誰かに。そうやっていけばそれなりにマシな人間が育つというもの」

本当は誰かを養う余裕なんて無かったのに。
何時も笑顔で台所を切り盛りしていたリプレ。

口煩く文句を言っても結局はこっちのペースに付き合う羽目になったガゼル。

種族の違いなど簡単に乗り越えてくるアルバ・フィズ・ラミの逞しさ。

レイドやエドスの懐の広さというか、お人好しさにも救われてきた。

だからこそ信じる気持ちだけは失いたくないと思う。

育った環境も何もかも違うけれど、誰かを信じる気持ちを殺してしまいたくない。
だから助ける。
動く。
理屈なんて蹴倒して靴底で潰してやる。

「本当にすまないな、ヤッファ。我の我儘と独断で余計な厄介を引き込んでしまって。汝をココまで困らせるつもりではなかったのだ」
はもう一度黙り込むヤッファへ頭を下げた。
自分なりのけじめとして。

「アオハネさん〜、ボウシさん」
マルルゥはオロオロして右往左往。
どうしようもない現実を前に対処しようが無く、涙目になる。

知り合って数時間しか経っていないのに彼等が悪い召喚獣だとは思えず。
ウィルは淡く笑った。

「良いんだよ……悪いのは僕達の方らしいから」
の頑固さを目の当たりにして、どうやら今晩は彼女と野宿決定らしい。

覚悟を決めたウィルは を手伝いながら部屋の片づけを始める。

元々荷物など持たない とウィル。
片付けも終わり、悲しそうなマルルゥに見送られながらユクレス村を去っていく。

猫? を腕に抱くウィルと兄を送還して自分ひとりで歩く

二つの余り大きくない背中を、ヤッファは口を引き結び暫くの間じっと眺めていた。



Created by DreamEditor                       次へ
 ウィルの成長に必要な要素として一度追い出されてみましょう(笑)レッツ野宿。
 今後、主人公とウィルは漫才コンビ? になっていくかもしれない。ウィルはツッコミ役で。ブラウザバックプリーズ