『話題休閑・始まりは突然に3後1』



夜の獣道を歩きながら、月明かりを頼りに砂浜へ向かう。
奇妙な美少女と一緒に歩きながらウィルは思い切って口を開く。

「どうしてそんなに人間の肩を持つわけ? に利益があるようには思えないよ」
腕に抱き締めた猫? の温もりが温かい。
ウィルの問いかけに、青い光を撒き散らす人ではい少女は口角を持ち上げる。

「利益ならあるぞ。こうして汝と知り合い友達になれた。立派な利益だ」
含むものは一つも無い。
純然たる事実だけを口に出す に、ウィルは虚を突かれ口を開いた間抜け面を数秒間彼女へ曝した。

漸く の言質を理解して今度は羞恥に顔を赤らめる。

少なくとも自分の周りにはこんな直球で物を言う人物は居なかった。
面と向かって言われると結構恥ずかしい台詞である。

「そう簡単に割り切って良い事じゃないだろう? だってここは……」
ウィルは言いかけて口を噤む。

かつてリィンバウムの人間が召喚実験のために作った島で。
この島に住むのは彼等に召喚された召喚獣達で。
しかも人間は自分達で争って自滅した。

滑稽な昔話は彼等の中では未だ現在まで引き摺っているモノ。

も自分も部外者と言えば部外者。
軽々しく口を挟める問題でもないのだ。

「偏見や確執は誰にだって大なり小なりある。それを容認した上で一歩を踏み出さなければ心は萎縮したままだ。自由にはなれぬ。
……なのに、そのような輩に限って自由を欲する。与えられる自由など不自由以外の何物でもないのにな」
達観した調子で肩を竦める に、ウィルは苦笑い。
ウィルが考えるよりこの少女は頭が回る理知的なタイプのようだ。

「ミャー」
の意見に賛同してか、猫? が一声鳴く。

「ふむ、そう言えばウィル。その猫はどうするつもりだ?」
「あ、うん。はぐれみたいだし、出来るか分らないけど僕が面倒見ようかなって。それに猫じゃなくてテコ。テコだよ」

猫? 改め、テコ。

テコの頭を撫でながらウィルは照れて笑う。

テコもウィルに応じて嬉しそうにウィルの手に頭を擦り付けている。
短期間で馴染み互いを受け入れあったこのコンビを は好ましく思う。

 良い音をしておる。ウィルもテコも。
 互いの響きが、マグナとハサハ・トリスとバルレルのような力強い響きを奏で。
 耳に心地良い。
 魂の相性も良いようだしこれならば我が手助けしても構わぬな。

「テコか、良い名だな。ならいっそ……護身術も兼ねてテコを護衛召喚獣とするか?
汝等は主従というか相棒のような雰囲気だがな。我は召喚師見習い故、軽い手ほどきなら出来るぞ」

種族の垣根など高いようで案外低い。
受け入れられて受け入れてもらえるか。

複雑に考えなければ単純な公式となる。

の申し出にウィルは歩みを止め狼狽えた。

「そ、そこまでしてもらう理由が……」

屋敷で傅かれるのは慣れている。
だって自分はマルティーニの子息なのだから。

打算無しにヒトは親切を働かない。

そうした環境で育ったウィルはギブ&テイクの慣習が染み込んでいてそれを当然だと考えていた。

下心があってウィルに近づく輩と、家名に頭を下げる輩。
真っ二つに別れる自分を取り巻く暗雲。
ウィルが知っている人間関係はそれだけだった。

だからこそ、単なる好意で申し出てくれる の言葉を擽ったく感じる。

「何度も言わせるな。閉鎖的な島での貴重な友を助けて何が悪い? ……汝は良いトコのお坊ちゃまなのだろうが……我は汝の家柄には興味がない。
ここでもそれは意味を成さぬしな。これからは自分で考え行動し生き延びねばならぬのだ。それとも汝は自殺願望でもあるのか?」

「まさか! この島が特殊なのは分かったし、これから大変だとは思うけど。この歳で人生を捨てるほど僕も考えなしじゃないさ」

慌てて自殺願望を否定するウィルに は満足気に何度か頷き、ニヤリと笑う。

「あ〜、 の好意は有難く受け取っておくよ。テコは……どう?」

親切の押し売りは の十八番らしい。
敏い自分の頭にうんざりしながら へ返し、後半部分はテコへ向けて。

すっかり のペースに乗せられているけど、嫌ではない。

年齢も近しいからか、ウィルの素性に興味を示さないからか。
酷く居心地の良い相手だとウィルは無意識に感じていた。

「ミャv」
テコはウィルの申し出にはしゃぎ心底幸せそうな表情を浮かべ、更にウィルへ擦り寄る。

「決まりだな。サモナイト石をどこからか調達しさっさと誓約だ。そうしておけば汝等がはぐれてもウィルがテコを呼べる状況が出来る。一先ず保険くらいにはなるだろう」
静まり返る森に時折響く獣の声。
怯えた様子もなく は歩き、傍らのウィルへ喋った。

本当ならこんな非現実的状況下で取り乱したい位なのに、落ち着いていて。
何時もより普通になってる自分が居て。

ウィルは自分の心境の変化に驚きながら黙って頷く。

「そう言えば、汝、一人で船に乗っていたのか? 誰か連れは??」
自分達の立場ばかり説明してウィルの話は大雑把にしか聞いていなかった。

遅蒔きながら己の失態に気付いた はウィルの脇腹を肘で突く。

「え? 僕?」
目まぐるしく変わる展開にすっかり自分の周りを忘れていた。

ベルフラウや家庭教師の存在を思い出しウィルは焦る。
自分で考えていたより、自分は大人になりきれていない。
子供な自分に内心だけで驚いてウィルは説明を始めた。

「あ……えーっと、従姉妹で身寄りがなくなって姉になった人が一人。
それから家庭教師が一人。
……僕達は帝国出身で、姉と僕は軍学校の入学試験を受けるために船で旅をして居たんだ。そしたら海賊が襲ってきて、嵐が起きて僕は海へ。後は だって知ってるだろう?」

ウィルがしどろもどろに答えれば、 は僅かに目を見開いてウィルを見た。

「なんと! 汝は帝国出身だったのか……という事は、この周辺は帝国領。即ち島の海域を通るのは帝国の船となるのだな? そうか、そうか……」
真夜中の小道を歩く の場違いな関心を含む声。

「こんな時に感心しなくても良いじゃないか。時と場合を考えなよ」
ツッコミながら、ウィルは自分の気持ちが段々浮上するのを感じていた。



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 漸くテコに名前が付きました。命名理由は省略。ブラウザバックプリーズ