『話題休閑・始まりは突然に3後2』



寄せて返す波。
真夜中の海は真昼と違って趣がある……ようで、案外怖い。

真っ黒な波と何処までも広がる海面は全てを飲み込む濃紺色。
月明かりだけを反射する海面はほんの微かに光っていた。

「さて……野宿する前に結界でも張るか。そうすれば昼間のようなはぐれに襲われる事も無いだろう。……ウィル?」
枯れ木を集め火を起こす準備をしていた は傍らのウィルを振り返り、声をかける。

昼間にやって来た砂浜は真っ暗で何処となく怪しい様相を呈していた。

「いや、慣れてるね。外見に似合わず」

自分も良家のボンボンだが、 だって外見だけならとびきりの美少女で。

口さえ開かなければ大人しいお嬢様に見える。
(生憎実の姉や肉親が美形ばかりだったので、 を美しいとは思いこそすれ。顔形の美しさに臆するウィルではないが)

のに、サバイバルの知識は豊富そうで今も手際よく野宿の準備を進めているのだ。

不躾な視線を送りウィルは率直な感想を述べる。

「経験の差だ。我の外見に惑わされる輩が多いが、外見通りの小娘ではないぞ。戦闘能力も高い魔力も高い、追い剥ぎもする、金には五月蝿い。
良くも悪くも我は自分に正直なのだ。綺麗事では生きていけぬと割り切りすぎてるからな」
唇の端を持ち上げて不敵に笑う

豪胆な表情にウィルはなんだかウジウジする自分がとても小さく感じてため息。
どうしてこうも肝心な時に自分は役に立たないのだろう。
自分自身に苛立ちさえ感じてしまう始末。

「羨ましいよ……そうやって何でも一人で出来るんだから。僕みたいな中途半端とは大違いだ。凄いね、 は」
両手を組んで外へむけ腕を伸ばしてウィルは務めて軽い口調で言ってのけた。
自分を支える精一杯の見栄を動員して。

「生い立ちの差だ。我が暮らしてきたのはスラムだ、汝のような屋敷ではない。自分でなさなければならぬ部分が多かっただけ。
明日からはウィルも問答無用で手伝って貰うつもりだ、覚悟しておけ」

ウィルを責めるでもない事実だけを喋る のさっぱりした語り口。

これまでにないタイプのトモダチにウィルはこの遭難にちょっとだけ感謝した。
なんだかこの悲惨な状況も がいれば愉しくなりそうで、不謹慎にも笑いたくなる。

「うん、そうだね。出来たら姉や家庭教師の行方も捜したいし……テコとも誓約をかわしたいし。覚えなければならない事、実行しなければならない事。山盛りだ」
膝の上。
既に寝込んでいるテコの穏やかな寝息。

感じてウィルは自分の両頬を叩いた。

混乱する己を叱咤鼓舞するべく。

「落ち込んでいる暇など無いぞ」

枯れ木を束ね召喚魔法ではなく己の魔力を使って火を起こし、続いて青白い光を撒き散らし円形の結界を張れば野宿の前準備は終了。

はウィルの隣へ座る。

静かな浜辺に仄かなオレンジ色の灯りがともった。

柔らかなオレンジ色の焚き火を眺め二人は夜空に輝く星を見る。
周囲に人工的な明かりのない星空は筆舌、表現し難いほど美しく瞬き夜空を彩っていた。

「分かってるよ」
これが同じ人間だったらウィルも構えていたかもしれない。
逆に相手が人間離れしている だからここまで素を出せる。

やっとその事実に気付いたウィルはこれまでで一番穏やかに笑ってみせた。

正に丁度そのタイミングで、背後の森の手前。
木の茂みが風に逆らってガサガサ動く。
「!? 伏せろ」

 バッチン。

は言った傍からハリセンでウィルを砂浜へ沈め、自分は手近な石を拾って茂みへ投げつける。

早業は構わないし、こういう は頼りになる。
もう少しこっちの状況を顧みてくれれば。

裡だけで愚痴りウィルは自分と運命を共にしたテコと一緒に、砂塗れになった身体を起こした。

「……気配が読めるクセにこの歓迎とは手荒いな。それとも新手の嫌がらせか、 ?」
石は見事彼に当たったらしい。
顔を顰め額のバンド上から額を押さえるヤッファ。

僅かに涙目になっているから、相当な速さで石はヤッファを襲ったようである。

「びっくりしたですよ〜、アオハネさん」
ヤッファをさり気なく盾に使い、ヤッファの肩背後からマルルゥも顔を出す。
おっかなびっくりといった態度で。

そんな二人が可笑しくてウィルが堪えきれず、二人に悪いなとも考えながら笑い出した。

緊張に次ぐ緊張ばかりを強いられ、想像以上に気を張っていたウィル。
その糸を切ったのは人間臭い人間離れした美貌の持ち主、自称自分の友達と。
ご丁寧に自分達を追って来たメイトルパの召喚獣達。

 僕らしくない……でも、ベルフラウがまだ従姉妹で、母上が生きてた時には。
 僕はこんな風に笑っていた。
 笑い方なんて忘れてた……いや、忘れた振りして無理矢理押し込めて。
 幾ら冷静ぶったって僕はまだまだ、駄目だね。

テコがウィルを心配して鳴いている。
それに構えず笑い転げるウィルをヤッファが抱える。

ウィルの発作的な大爆笑に目を見張る も続いて片方の腕で抱えた。

悪意が無ければ結界は越えられるので、ヤッファが入ってこれても。
マルルゥが近くでニコニコ笑っていても不思議じゃない。

「???」
何故ヤッファに抱えられるのか? 訳がわからず は首を動かしヤッファを見上げた。

は年齢不詳だが……ウィル、子供が妙に引き際良くするなんて真似はするな。種族も背景も違う俺達だが理解は出来るはずだ。挑戦する前から諦めるのは……な」

ヤッファは懸命に普段を装うが、耳が僅かに赤くなっていて彼が照れていると知れる。
爆笑するウィルの酸欠を心配しつつ、 は目を弧の形に細めた。

「とか言って〜!! シマシマさん、大慌てでお二人を追いかけてきたんですよ♪」
口元に手を当てたマルルゥがバツの悪いヤッファを更なる窮地へ追い込む。

ウィルは笑い止み は薄っすら口を開き、共にまじまじとヤッファへ熱い視線を送る。
とウィル、付属するテコの視線を一身に浴びたヤッファは耳を赤くしたままそっぽを向いた。

「護人である前に俺はフバース族のヤッファなんだ、御託はもう受け付けないからな。夜中になればもっと冷えるし、さっさと家に帰るぞ」
ヤッファのとってつけたような言い訳を、月だけが黙って見下ろしていた。



Created by DreamEditor                       次へ
 相手がウィルだからヤッファも決めたんです。相手がヤードとか、カイル、アティとかだったら警戒するでしょう。
 大人の方が色々偽りますからね(苦笑)ブラウザバックプリーズ