『地球からの幕開け2』



投げやりにハイネルへ魔力を与え、 は憮然とした面持ちで彼と対峙する。

きちんと正座したハイネルに は一応の礼儀を考え茶を出した。

『あ、お構いなく』
「構う。魔力は与えた、さっさと用件を話せ」
乱暴に湯飲みをテーブルへ置き、不機嫌そのもので はハイネルへ言う。

ハイネルはその の行動が残してきた妹に重なって微笑ましい。
微笑をたたえるハイネルに対して はムッとした表情を崩さない。

奇妙なお茶の時間が始まろうとしていた。

『さっきも言ったけど、僕の名前はハイネル=コープス。無色の派閥の召喚師だった』
の魔力で一時的に具現化したハイネル。
湯飲みを片手にもう一度自己紹介。

「無色か……、また随分と過激な集団に所属しておったのだな」
穏やかな空気を持つハイネルには似つかわしくないその名。
は遠慮も容赦もせずに率直な感想を口にした。

『……僕は孤児でね? 彼等の遣り方は知っているだろう? 召喚師としての才能があった僕は妹を養う為に派閥へ入ったんだよ』
ハイネルは の手痛い台詞に曖昧に笑って応じる。

「成る程。我をセルボルトの末妹だと知って来ておるのか。ならば話は早いな……無論、
ハヤト兄上が二代目のエルゴの王だと知っておるのだろう?」

ハヤトは居間に布団を引いて寝かせてある。
念の為に が結界を張った布団の中、目覚める気配もなくハヤトは眠り続けていた。

視線をハヤトへ走らせ がハイネルに確認の意味を込めて尋ねる。

『知っているよ。だからこそ彼等を助けなくてはならないんだ。不本意なこの状況から』
外見は洋風だが緑茶は好きらしい。
ずずっと緑茶を啜ってハイネルが言う。

内容はシリアスなのに、お茶する二人は長閑な雰囲気を発していてアンバランスである。

『とてつもなく昔の話だ。無色の派閥が創設された時代にまで遡る。無色の派閥は、リィンバウムを取り巻く四つの世界を詳しく調べる為実験施設を作り上げた。
その島の責任者として僕は妹や護衛召喚獣達と島へ向かった……』

ハイネルは湯飲みを手で包み込み、何処か遠くを見詰めた。

「懐かしい思い出に浸るのは勝手だが、それは全ての説明を行ってからにしろ」
無色のサモナイト石からハリセンを召喚しようか迷いながら、 はハイネルに先を急がせる。

少しぼんやりしていたハイネルは『ごめん、ごめん』なんて謝ってからもう一度 へ顔を戻した。

『僕はあの島を楽園にしたかった。召喚装置を介し、望みもしないのに召喚される彼等が安心して暮らせる楽園が欲しかった。
……あの島は召喚獣を召喚するだけのモノではなかったから』

ハイネルは表情を翳らせ自嘲気味に呟く。

『当時の無色の派閥では、エルゴの王について研究がされていた。
いや、エルゴがどうやって世界に存在しているのか研究がされていてね。結果、一つの理論が確立された』

黙って聞き手に回る に配慮してハイネルは本題に入った。

『物質を構成する境界線を操る意識がエルゴではないかと無色の派閥は考えた。
ロレイラルのプログラムに、シルターンの呪術式・メイトルパの呪いに、サプレスの魔法陣。これ等を統制し、界の狭間=境界線と呼ぶ場所へ意識を飛ばす。
境界線を操る意識、即ち核識……エルゴそのものを無色の派閥は作り出そうとしていたんだ』

「ふむ、人工のエルゴか。しかし無理があるのではないか?
エルゴが見ているもの、感じているものを人へ移し変えるには容量が足りぬ。人の精神が許容出来ずに崩壊するのがオチではないか?」

ハイネルの説明の入り口部分を聞いた は口を挟む。

自身も神であり、人とは違う視野と思考を持ち、当然ハヤト達とはキャパシティも違う。
もし自分が普段見ているものを人へ移し変えたらその人にもよるが、きっと、情報量の多さに気が狂ってしまう筈だ。

の推論をハイネルは頷いて肯定する。

『その通りだよ。核識の実験に参加した召喚師達は次々に命を落としていった。それでも無色の派閥は核識になり得る人材を探し続けたんだ……世界を手中に入れる為に』

どうやら無色の派閥は昔から過激だったらしい。
ハイネルの言葉の端々に現れる不穏な台詞の羅列に はなんとも言えない気分になった。

 だとしたら?
 実の娘二人を生贄等とはまだ可愛い方だったのだな、ハイネルの話を聞く限りでは。
 人を人とも思わぬ所業は伝統と見た。
 しかし嫌な伝統だな……。

『ほんの僅かな間なら、核識になり得る存在が現れる。それが僕。
当初無色の派閥はそれを喜んだけれど、恐れもした。僕は成り上がりだったからね……結果、派閥での意見は割れ島で争いが起きた』

ここまで喋ってハイネルは伏目がちになって、お茶を口に含む。

『島を守りたかったんだ、島に暮らす仲間達を。
核識になれるといっても相当の負荷がかかる。戦いが長引くにつれ僕の精神は疲弊し、狂っていった……静かに、確実に。
そして無色の派閥が作り上げた二本の封印の剣により、施設諸共僕は封印され精神を分断された。
島に残った仲間達は僕の力の一部を使って島に結界を張り、島だけはかろうじて守られたんだ……こうして地図に存在しない島が出来上がったという訳さ』

「……」

語り口は淡々としているけれど彼の瞳に残るのは『残してきた仲間への懺悔と後悔』
見て取れて は顎に手を当てる。

『二本の剣は無色の派閥が厳重に管理していたけれど、ある野心家によって日の目を見る事になる。その野心家の家名は……セルボルト』
はハイネルが告げる家名に手にして持ち上げかけた湯飲みをテーブルへ戻す。

真夏日の日本。
湿度が最高潮の真昼、エアコンが静かに作動する音だけが聞える中訪れる静寂。

 セルボルト……古くから続く召喚師の家系だとキール兄上が申しておったが。
 なんとも業の深い家名か……いかん、頭痛がしてきた。

セルボルトと聞いて思い出すのは例の剥げ頭。
真剣に狂っていた彼の笑い声と最後。

嫌なものを思い出してしまったとばかりに は軽く頭を振った。

『本来ならば僕を封印した施設は数十年前に、ある人によって壊され、核識を生み出す装置もなくなっていた筈だったんだ。そして僕の魂も天へ戻る予定だった……。
なのに、どこかで運命の糸が縺れ歪みが生じ、その皺寄せがエルゴの王へ押し寄せた。エルゴの王は二人とも、魔力を根こそぎ吸い取られ意識が保てないでいる』

「境界線からの干渉が二人の変調に影響してると? 要はその施設を壊しあるべき宿世を齎せば二人は助かるという事か?」

漸くハヤトが倒れた全体像が見えてきた。
かなり壮大ではあるが。

がハイネルの願いを要約して言えば、ハイネルは黙って首を縦に振った。

『君なら時を越えてあの時の島へ行ける。僕は精神を寸断されて、封印の剣の持ち主を助けられない。
どうか君があの人を助けてあげて欲しい、未来に繋がる糸を繋ぎなおして欲しい。正しい時の流れを取り戻して欲しいんだ』

この通り。

テーブルに手を着きハイネルは頭を下げた。

 神でありエルゴに縁(えにし)のある我の魔力を辿ってココまで来たか。
 死して尚、残してきた者達を案じ奔走するとは面白い。

 まぁ、自ら核識となり消え果た時点で世界に負い目を背負ったのだ。

 荷を軽くしてやるのも一興。
 新生セルボルト家の十八番だな。

大の大人の癖してボケてる部分だとか、妙に子供じみた所は兄姉達に相通じる部分がある。
ハイネルの根本的にお人好しそうな性格を感じ取り、 は胸中だけで結論を下した。

「随分身勝手な願いだが、我の家族が巻き込まれておるとなると無視できぬ。ま
してや何時かのセルボルトが関わっておるとなると益々だ。良かろう、不本意だが汝の申し出に乗ってやる」

は大袈裟にため息ついて片眉を持ち上げる。

ハイネルは からの色よい返事に顔を輝かせ心底嬉しげに満面の笑みを湛えた。

これまでの悲しそうな微笑とは打って変わった本来の笑顔を。

「あるべき未来を取り戻す。ハヤト兄上とトウヤ兄上を見捨てるわけにはいかぬからな。尤もリィンバウムは見捨てても構わぬのだが」

仲間さえいなければリィンバウムがどうなろうが知った事ではない。
ヒトが考えるほど神様は優しくないのだ。

淡々と僅かな本音を漏らす にハイネルは目を丸くした。

『え……?』

「あの世界には我の家族と仲間が住んでおるから無碍にしないだけだ。
勘違いしてもらっては困る。
我は確かに神だが、世界平和に貢献しようと殊勝な思考を持っておるわけでもない。我にとって大切な存在を護る為だけに奔走しているだけだ。一種の自己満足だな」

キョトンとするハイネルを試すように。
は意地悪く言う。

「汝が考えるような神ではない。ましてや核識だと? まったくもって人は愚かだ。
己の力で他人の運命までどうこうしようと考える。当人の宿世は当人が決めるもの、他者に出来るのは決める人物へ助言を与える事だけだ。
自惚れが過ぎた者ほど他人を護りたがるが、先ずは己の不甲斐無さを正すべきではないか。そうは思わぬか? ハイネル」

遠まわしにハイネルへ嫌味を飛ばす。
の言質は正論で、ハイネルとしては反論の余地が無い。

居た堪れなくなって『すみません……』とハイネルは へ謝罪した。

仕方なかった犠牲とはいえ はハイネルの短慮を責めている。
自己犠牲で何もかもに蓋をするなと。

「分かれば良いのだ。事が済んだら汝にも存分に説いて聞かせてやる故、楽しみにまっておれよ。さて……参るか」
ハイネルの手首を掴み、 は捨てられた島へと意識を向けるのだった。



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 自分の運命は自分の行動で決まる、とか言いつつ。主人公色々人助けします(爆笑)ブラウザバックプリーズ