『地球からの幕開け1』




耳につく蝉時雨。
短い夏を謳歌しようと忙しなく恋歌を綴る蝉をバックに、ハヤトは の家の居間。
ビデオ鑑賞を愉しみながら と一緒に久しぶりの寛ぎタイム。

「まったく、クラレットもちょーっとは遠慮してくれればいいのになぁ。俺一人、除け者にするなんて卑怯だ」
テレビ画面に映し出されているのはサイジェントの夏祭りの模様。
浴衣に身を包んだフィズとラミが揃ってブイサインしている姿が流れている。

「仕方あるまい、あの日取りだとハヤト兄上の試験と重なっておったぞ」
口を尖らせるハヤトに、幼子の姿のまま は微苦笑。

幾ら異界を司るエルゴの王だとしても身分はまだ学生。
地球の現実からも逃げないと決めたのなら、試験からも逃げてはいけない。
ルールには従うべきだ。

言外に含ませた にハヤトは盛大に息を吐き出してみせる。

子供じみたリアクションをするハヤトだが、トウヤのスパルタのお陰で今年の春から大学生。
着実に地球での大人の階段を登っていた。

「分かってるけどさ。夏祭りに参加できなかったのが残念なだけだよ。シオンとアカネがハサハと協力して花火作ったんだろ? 見てみたかったな〜、生で」

第二の故郷・異世界リィンバウム。
実質の生活は地球へ戻したが、イベント毎にはサイジェントへ戻っているハヤト。

折角の祭りを見逃した・体験し損ねたのが残念なのだろう。

「しかもマグナとイオスが居るってのはなんでだ? アメルが居るのはなんとなく分かるけど……」
映像はサイジェントの仲間と。
二年前知り合った蒼の派閥の召喚師&元デグレア軍人の姿が映し出されている。

アメルがなんだか目が笑っていない笑顔でパラ・ダリオを連発してやや暴走気味?
ブラウン管越しの相変わらずの構図にハヤトは口をへの字に曲げた。

「マグナはトリスとハサハ・バルレルを連れ花火見物。イオスも声をかけたらルヴァイドと共に祭り見物に来ただけだ。それにモーリンもミニスもユエルも来たぞ」

は次々にテレビに出る仲間を指差しハヤトへ伝える。

聖なる大樹がにょきっと生えて一年後。
アメルとネスティは の計画通り樹から生還したとの設定で、世間に姿を現した。

当然世界の救世主である二人に誰もが手を出せなかった。

元の静かな生活を望む二人。
その要望を叶え、現在ネスティは蒼の派閥へ籍を起きつつ聖なる大樹で生活を送り。
アメルも聖なる大樹の元で、アグラバインやロッカ・リューグと共に畑に囲まれて暮らしている。

マグナ・トリス・ハサハ・バルレルも派閥に籍を置きながら、クレスメントの名を復活させ大樹の傍でネスティやアメルと共に生活していた。

イオス・ルヴァイド・シャムロックは騎士団を創設し、着実に成果を上げ。

ファナンに住むモーリンやユエルはノンビリと平和な日々を満喫し。

ミニスは相変わらず修行と称して旅に出て。

フォルテもケイナも相変わらず冒険の日々。

行方知れずのカザミネも、まぁ、便りを読む限りでは元気に過ごしているのだろう。

「マジで!? はぁ……俺だけ不参加かぁ……」

今の所、 に言い寄る阿呆達の熱意は一方通行で。
は親友が増えたと無邪気に喜んでいる。

サイジェントに居るクラレットとカノンが護っているのもあり、概ね の周囲は平和だ。

夏休み、課題がひと段落着いたら絶対サイジェントへ戻る!! 決意を新たにして言いながら、ハヤトが僅かに咳き込む。

「夏風邪か? ハヤト兄上」
はビデオ再生を一時停止にし、ハヤトの顔色を窺う。

「あ〜、どうなんだろ。なんか最近妙にダルいんだよな……クーラーのつけすぎとか、そーゆうんじゃないんだけど。不調でさ」
ガラスコップに注がれた麦茶。
喉に流し込んでハヤトが喉に手を当て眉根を寄せる。

言われてみればハヤトの顔色は宜しくない。
は小さな手を伸ばし、ハヤトの額に手を当てた。

「熱は無いようだな……、食欲は?」
はハヤトの調子を確かめるべく、医者のような物言いでハヤトに問う。

 音の乱れは微塵も無い。
 第三者の介入も無いように思われる……。
 しかし、兄上が不調を訴えるなら何らかの理由があるに違いない。
 風邪のようなそうでないような? 新種の病気か何かであろうか。

つらつら考える の手を自らの額から外し、ハヤトは弱々しく笑った。

「や、だからさ。他は平気なんだけど力を奪われるっつーかそんな感じなんだよ。どう説明していいのか……こういう時トウヤが居ないのって不便だな〜」

じわじわ身体を侵食されているような、奇妙な感覚。
召喚魔法というファンタジーな世界のリィンバウムでなら兎も角、ここは科学の発達した地球である。
在り得ない現象と体の不調を上手く言葉に出来ずハヤトは悶えた。

「トウヤ兄上はハヤト兄上の通訳ではないぞ」
 トウヤとは、サイジェントに残るもう一人のエルゴの王。
ハヤトとは幼馴染であり、付き合いの長い大親友でもある。

理知的な彼ならハヤトの言いたい事を汲み取ってくれるに違いない。
ハヤトの考えを先読みして は釘を刺した。

「へー、へー。自分の事は自分でって、分かってるって!」
拗ねたハヤトが次に何かを言いかけ、背後に倒れる。
マリオネットの糸が切れたような、そんな雰囲気で。

「……ハヤト兄上……?」
ハヤトの冗談だろうか? 訝しく感じて はハヤトの身体をそっと揺さぶる。

最初は弱く。段々と強く。
どれだけ強く揺さぶっても耳元で怒鳴っても、苦悶の表情を浮かべたハヤトが目を覚ます気配は無い。

 オカシイ。
 兄上の周囲に怪しい気配も無い、しかも倒れる謂れが無い。
 魔力も乱れておらぬし、魂の音は相変わらず聞える。
 何故意識が戻らないのだ?

奥歯をきつく噛み締め、混乱しそうな己の思考を叱咤し。
は大きく深呼吸をした。

「っ……」
咄嗟に自分の封印を解き、本来の姿で癒しの力をハヤトへ注ぐ。
それでもハヤトは目を閉じたまま意識を手放した状態から回復しなかった。


『……助けて……』
家に張り巡らせた結界の許容を越えそうな の魔力。
満ちる清浄な魔力に導かれ、闖入者の気配が一つ。

「!?」
振り返った の眼前。

明らかに地球出身ではない衣装を身に纏った青年が、沈痛な面持ちで を見ている。
ついでに青年の向こうはスケていた。

『助けて……』

長い髪と優しげな顔立ち。
年の頃は二十代。
衣服からして召喚師風で、十字架のようなモチーフが服にプリントされている。

男はもう一度そう言った。

「助けを求めておきながら兄上をこの状態にするとは、どのような了見だ。返答によってはタダでは済まさないぞ」
優男を前に は刺々しい殺気を放ち、懐から銃を取り出し銃口を向けた。

のTシャツ短パン姿と銃はなんともアンバランス。
男は倒れたハヤトへ目線を写し首を横に振る。

「……お前の仕業でないのなら、誰の仕業だというのだ」
眦を吊り上げ は男に狙いを定めたまま慎重に問いかけた。

『僕の名前はハイネル=コープス……無色の派閥の召喚師だった』
スケスケ男。
自称、ハイネルはそう名乗る。

は眉間に皺を作りながら顎先を動かし、ハイネルへ話しの先を促す。

無色の派閥とは浅からぬ縁を持つ だが、この青年の言葉を鵜呑みにする程世間知らずでもない。

 確信はないが、このハイネルの出現とハヤト兄上の異常は関連があるように思える。
 嫌な胸騒ぎもしておるし……この幽霊モドキを何処まで信頼できるか。
 見極めねばならぬ。
 幽霊は音が聞えにくい故、対処し辛いわ。

内心だけで舌打ちして は視線をハイネルから逸らさず、ハイネルの答を待つ。

『信用してくれるなら……僕が全てを話せるだけの……魔力を』
途切れ途切れになるハイネルの声と姿。周囲に散らばった の魔力の影響で辛うじて姿を保っているといった態か。
苦しそうなハイネルの姿に は逡巡した。

 そもそも、この名も無き世界への通路は不安定。
 幾ら幽体といえど、あの通路を通ってここまで来れるものなのか?
 しかも我を知っている……若しくは、ハヤト兄上の資質を知っているような口振り。
 益々以て怪しいではないか。

躊躇う の反応が予想範囲内なのか。
ハイネルは自嘲気味に笑う。

『気持ちは……分かる……でも彼を救えなく……なる……時間が……ない』
は再度深呼吸をして唇を真一文字に引き結ぶ。

さっきまでは五月蝿いくらいだった蝉の声も、夏の日差しも、テレビの中で笑っているモナティーの止まったままの笑顔も。
全てが遠くに感じられた。

 どうしてこう次から次へと厄介事が我等を襲うのだ……。

久しく感じていなかった新たな波乱の気配。
全身に感じて は眩暈を感じながらも、平和ボケしていた己の頭に油を刺す。

肌身離さず持っているゼルフィルドのメモリーと、イオスの勾玉と、マグナからのプレゼントの短剣。
それからサイジェントの兄姉&ハヤトからのプレゼントであるアクセサリー一式。

肌に感じる感触に気持ちを落ち着かせて、 は体から力を抜く。

「致し方あるまい……望もうと望まなくとも、災難は向こうからやって来るのであったな。平和が続いておった故忘れておった」

大きく息を吐き出し銃を下げる。
この幽霊を責めてもハヤトが倒れたのは事実。
ハヤトを助ける策がある訳でもない。

諦め半分に はぼやいたのだった。


Created by DreamEditor                       次へ
 こんな感じで始る3〜、これ迄で一番長い話となる筈です(涙)
 宜しければまた主人公にお付き合い下さいませ。ブラウザバックプリーズ