『黄昏、来たりて4』
神速で己に近づいた蒼にパッフェルは僅かに目を見開き、振り上げられた短剣の銀色に光る刃を仰け反って交わした。
パッフェルがこれまでに見たこともない美しい顔立ちを持った美少女が、己よりも遥かに冷たい瞳でこちらを見詰めている。
「なっ……」
訓練されている暗殺者であるパッフェルは声を荒げたりはしない。
口内で驚愕の呟きを飲み込みすぐさま自分も手にした短刀で美少女めがけ踊りかかった。
「ふん。暗殺業を幾つこなそうと我には敵わんぞ、汝」
鼻で哂って美少女、 はパッフェルの短剣を素手で掴む。
美しい肌色をした手のひらから滴り落ちる血が奇妙なコントラストを描き、パッフェルは数秒虚を突かれた。
はニヤリと哂い血の滴をパッフェルの瞳めがけ飛ばし、パッフェルが条件反射のように顔を背けたところで。
握り締めた自身の短剣を投げつけ更にパッフェルの立ち姿を崩してから、容赦なく銃で両肘を撃ちぬいた。
約五秒間内に起こった攻防である。
「ぐっ」
パッフェルが耐え切れず眉根を寄せその場に膝を着く。
の手のひらを傷つけた短剣がパッフェルの手から零れ落ちた。
矢張りな。
無色に訓練されたなら恐らくは自我を硬く封印されておるに違いない。
キール兄上から話を聞いたときは流石に腹も立ったが。
パッフェルのこの反応を見れば会得がいく。
態の良い殺人人形か、禿らしい発想だ。
震える腕を動かしパッフェルはリアクションを起こそうとする。
はパッフェルの努力を嘲笑うべく彼女の脇腹に渾身の力を込めて蹴りを入れ、彼女を地面へ落とし込む。
悲鳴を上げぬか。
いや……上げ方すら忘れたと思い込み、一人闇を生きると勘違いしておるのか。
未来の汝は幸せだと申した。
ならば導(しるべ)を立ててやるのが我の勤めであろう。
遠慮なく汝の道筋変えてみせる故、我慢いたせ。
瞬きする時間だけパッフェルに慈愛の満ちた眼差しを送り、 はポーカーフェイスに戻る。
キュウマ以上の戦いぶりにアティ達でさえ言葉を失くして立ち尽くす墓標周辺。
が茶番の主役へ身体の向きを変えた。
「イスラ!! これが汝の描く未来図か? 随分と規模の小さい絵図だな」
身体を丸めて黙って呻くパッフェルを無視。
後方支援のフレイズが だけ癒すべく聖母プラーマを召喚する。
は少し離れた場所に立つイスラへ嫌味を投げつけた。
「僻みなら受け付けないよ、
」
イスラは動き出した何かに確信を得た様子で、鷹揚に
へ応じる。
「愚かな!! これでも喰らいなさい」
の傲慢さに我慢がならなかったのだろう。
女が叫んで高々と手にした杖を掲げた。
女の放った強力なサプレスの召喚術が
と倒れたパッフェルを包み込む。
「その程度か……悪名名高き無色の召喚師の力とは。拍子抜けだぞ」
痙攣を起こすパッフェルを他所に の身体には傷一つ付かない。
涼しい顔で立ち尽くす
に女は眉根を寄せた。
「召喚術はこう使え、そう教わらなかったか?」
パチン。
が指を鳴らすと女とイスラ、イスラに唆され腰ぎんちゃくよろしく帝国を裏切ったビジュを。
四体の召喚獣が取り囲む。
サプレス・ロレイラル・シルターン・メイトルパ。
パラ・ダリオ、機神ゼルガノン、鬼神将ゴウセツ、ワイヴァーン四体が二人を取り囲み身に宿した魔力を一気に放出、魔力は収束し爆発した。
「きゃああああ」
「うぅ」
魔力防御が高いだろう女とイスラが四つの召喚獣が織り成した魔力の渦、の暴発に耐え切れず吹き飛ばされる。
見た目には大砲が爆発した様に似ているが、中身は大きく違う。
四つの魔力が干渉・反発しあい対象の二人を強烈な圧力で押し潰したのだ。
物理的重圧とは異なる魔力的重圧。
女とイスラは外見で判別しがたい怪我を負う。
しかも魔力も根こそぎ奪われ身体が鉛のように重い。
「ひいいぃぃいぃ」
ビジュに至ってはすっかり逃げ腰で、這いずるように後方へ後退していく。
戦意はすっかり喪失しているビジュである。
盛大に暴れる とは対照的に、イオスはウィゼルと互いの隙をつかんと対峙したまま。
イオスは己の腕を過信していない。
ただ戦闘経験は豊富だと自負している。
だからこそ分かるのだ。ウィゼルは強いと。
「……平常心、か」
イオスは隙など何処にも見当たらないウィゼルを眼前に、やや自嘲気味に呟く。
かつては大悪魔に踊らされ何が正しいのかさえ考えなかった。
ルヴァイドを止める立場にあったのにゼルフィルドが全てを持っていってしまった。
自分で考えて責任を負う。
口で請け負うのは簡単でも実行となると難しい。
それでも、それでも。
未来に繋がる道を閉ざす者の悪巧みを易々と見過ごすわけにはいかない。
自分と自分を信じてくれる仲間の為に、 の為に。
ウィゼルも先程切りつけたカイルよりも腕が上のイオスに対し、どう一振りを入れ込むか思案しているように見える。
僅かな風がウィゼルの頬とイオスの前髪を通り過ぎた時、ウィゼルが動いた。
「破っ」
居合い抜きを放つウィゼル。
風圧に乗ってイオスを襲う風の刃は威力が高い。
イオスは槍を真横に構え風の流れを二つに切り裂いた。
「……」
ブゥン。
空気を唸らせ風を断ち切ったイオスは再度構えなおす。
第一撃をかわせたからと自惚れはしない。
護るべき人々の命が掛かった戦場での慢心は命取りだ。
かつての軍という後ろ盾に胡坐をかいていた己とは違う。
「……少しは出来るようだな」
剣を鞘に収めたウィゼルがイオスに始めて言葉を投げかける。
「そう感じていただけるとは光栄だ」
イオスが冷静に答えたところで第二派が。
ウィゼルの本気が窺える素早い抜刀から繰り出される居合い抜きの風。
白刃はイオスの槍を真っ二つに切り裂きイオス本人の身体を切り刻んだ。
頭や頬、肩に首、腕、足。
服上から至る所を切り裂かれイオスは痛みに顔を顰めるも倒れない。
「生憎貴方が現状では不利だ。出来る事なら今は引いて頂きたい」
血塗れのイオスが真剣な声音でウィゼルに喋っていれば、イスラの後方に控えていたフレイズが天使の癒しの力を発動する。
瞬く間に癒されていくイオスの怪我を前にウィゼルは微かに笑った。
「僕はどうやら悪運が強いらしく、しかも天使まで味方してくれているらしい」
イオスは、続けてフレイズが投げはなった予備の槍を受け止め、複雑な顔で笑う。
ウィゼルは構えを解き何メートルか後方に下がる。
夕闇をバックに悠々とこちらへ歩みを進める狂気の塊、その張本人がこちらへやって来るのが分かったからだ。
「ほう……役立たずのはぐればかりが揃っているかと思えば違うのか」
若い。
張りのある声に無駄に自信に満ち溢れた声音。
他者を見下す傲慢な目線。
鋭さは若干足りないが、若き日のオルドレイクが夕日をバックに舞台裾へ登場した。
「我が名はオルドレイク=セルボルト。この島に眠る始祖の作り上げた遺産を貰い受けに来た。感謝するが良い、はぐれ」
オルドレイクはサプレスの召喚獣を呼び出し、女とイスラ、パッフェルとウィゼルの怪我を癒した。
手駒を見捨てる事も可能だがまだ早い。
この島について深く探らなければならない。
若きオルドレイクの顔が歪んだ野心一色に染まる。
「あなた……」
女がオルドレイクを見上げ弱々しくこう言った。
は叫びそうになる自分の口を押さえ片眉を持ち上げる。
「良い。予想外の害虫とはあれの事だな、同志イスラよ」
「はい、オルドレイク様」
女の台詞を手で制しオルドレイクはイスラへ喋りかけた。
イスラはオルドレイクの言葉を肯定し恭しく頭を垂れる。
表向きは大人しく無色の手先と成り果てたように。
「黙れ禿!! 汝のご都合主義は目に余る、さっさと目的を我等に告げ船へ去るが良い。このまま戦いを続行しても勝ち目は無いぞ。
島の住民に恐怖感を植え付けるだけなら目的は達しただろう……それともアティの餌食となるか」
「え、はい!? わ、私ですか!?」
に指差されたアティが素っ頓狂な声を発して動揺し、周囲の失笑を買う。
オルドレイクはアティを一瞥し唇の端を持ち上げた。
「フン、雑魚が」
オルドレイクは引く様子が無い。
は業を煮やしゼルフィルドに合図として銃を空へ一発撃ち放つ。
銃声が響き渡ると同時にクノンと一生懸命セットして回った中規模の爆発を起こすシステムがヴァルセルドによって起動される。
ヴァルセルド自体が指揮権を持つ機械兵士なので遠隔操作で機械を動かせる、という特性を持っていたからだ。
「アタック、ヒット」
ヴァルセルドの掛け声をと共に爆弾がオルドレイクの周辺だけで爆発する。
眉根を寄せるオルドレイクだがニヤニヤ笑う
に舌打ちし、長いマントを閃かせて夕闇の中、手下を引連れて何処かへと消え去った。
「ミッションコンプリート」
誰のミッションなのかは火を見るより明らかだったけれど。
堂々と宣言するヴァルセルドを誰も咎めようとはしなかった。のは、余談である。
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