『話題休閑・黄昏、来たりて4後1』



イスラとビジュが裏切り、オルドレイクという名の召喚師と去っていく。
弟の背中を見送りアズリアは声を上げず涙していた。

 これが本物の戦争だよ。

能面を被った表情で事実を突きつけてきたイスラの顔が脳裏から離れない。
一時の幸せと引き換えに現実から目を逸らしてきた結果がコレだ。

預かった部隊員は無色の派閥兵により殲滅され。
隊長である自分と副隊長のギャレオだけが生き残った。

「アズリア……」
アティが気遣わしげにアズリアに寄り添い、ポケットからハンカチを取り出しアズリアへ渡す。
隣のギャレオも憔悴しきっていて、無色の派閥兵に殺された自分の部下達の屍を呆然と見下ろし微動だにしない。



「アティ、アズリア、ギャレオ、カイル、ヤード!! クノンも手伝ってくれ。皆を回復させるぞ……ファリエル、マルルゥ、汝等もだ」
戦闘の疲れを感じさせない がツカツカと歩み寄ってきて、ギャレオの背中を蹴り付ける。
構える間もなくギャレオは地面に倒れ込んだ。

「何を……?」
が何を言いたいのか。
理解できずアズリアは涙に濡れる顔も気にせず小さな声で へ問いかけた。

アズリアにとっての皆、命を預けてくれた部下は全員殺されてしまったというのに。
皆? それは誰を示すのか。

「「「隊長!!」」」
そこへ崖からワイヴァーンが飛んできてその背には死んだはずの部下が。
怪我はしているものの元気そうに、こちらへ手を振っている。

「崖下に避難したのは後何名だ? ヴァルセルド、ヤッファ、キュウマ、フレイズ。手分けして崖下を探索してきてくれ」
ワイヴァーンから降りた兵士に聖母プラーマを召喚してやる傍ら、 が矢継ぎ早に指示を出す。
幾ら無色が引き上げたからといって安心できない。
は早々にこの場から引き上げ体制を整えたいと考えていた。

「承知しました、 様」
フレイズが羽を広げ飛び立ち、いち早く崖下へ降りていく。
「了解」
ヴァルセルドも敬礼をしてから崖下へ続く道へ移動を始めた。

ヤッファとキュウマは苦笑いを浮かべ、すれ違い様それぞれ の頭と背中を軽く小突いて崖下へ姿を消す。

「大穴気絶班!! 意識は戻ったか」
は崖下救護班を結成してから複数ある大穴へ怒鳴った。
穴には数人の帝国兵が折り重なるように倒れ込んでいて、血の匂いが鼻につく。

「な、なんとか……」
穴から誰かが手を出して振る。
は残りのメンバーを見渡して次なる指示を出した。

「うむ。マルルゥ、クノン、アティ、ヤード。状態回復を優先し、後でファリエルとカイル、ギャレオで体力を回復、良いな?」
「はいです! マルルゥに任せて下さ〜い♪」
の台詞にまずマルルゥが反応する。
マルルゥは単純に殺されかけた帝国兵が無事だったのを喜び。
空中で一回転してから穴へフヨフヨ飛んで行く。

「承知しました 様、お任せください」
クノンが心持ち笑い手にした注射針の針先を陽光に当てた。
まともな注射の筈なのに、クノンがこの仕草をすると何故か恐怖感が煽られる。

「はい!! 頑張りますね」
無抵抗に斬り殺される帝国兵。
自分の身を護るだけで彼等を助けられなかった。
ソレが一転どうしたことか。
によって一部が助け出されている。

心の底から湧き上がるのは歓喜、それから深い感謝。

涙ぐむアティに は小さくウインクしてみせた。
ヤードは黙って作業に取り掛かっている。

『先生達の仕事が終わったら回復はわたし達で』
ファリエルも本来は得意ではない召喚術を使えるよう、サモナイト石を手にカイルの隣に立った。
の行動には驚いてばかりでも、受身ではいられない。

あの時当事者でありながら何も出来なかった自分。
あの時と今回は似ていて大きく違う。
ファリエルは自分でも不思議な位仲間を心の底から信頼していたし、不思議とアズリアや帝国に対しても嫌悪感が沸いていなかった。

「おう。ストラもそこそこ役に立つだろ」
拳を肩の位置まで持ち上げたカイルがファリエルに力強く応じる。

連戦の疲れは当然身体に蓄積されていた。
なのに のドッキリに素直に嵌って疲労なんて吹っ飛んでいる。
我ながら単純だと苦く考えながらも悪くないとも思えた。

姫は意地悪で優しい天邪鬼の偉大な戦い人だから。
こんな騙され方は厭じゃない、カイルは腹の中だけで本音を漏らす。

「お前達……」
ギャレオもカイル達の張り切り振りに戸惑いを隠せない。
こちらは命を奪うつもりで戦ってきたのに。
こうもアッサリ受け入れられてしまうと逆に気後れが先に立つ。

『命あってこその次だと思います。今は納得できないでしょうけど、お仲間の怪我を治す事を優先してあげてください』
少女の姿をしたファリエルに宥められ、ギャレオとしても引くしかない。
ギャレオは優しい言葉を与えてくれたファリエルに従い黙って準備を始めた。

、どうして」
活気付く元戦場(いくさば)。
一人取り残された格好のアズリアは幻の只中に自分だけが居るような気がして。
まだ信じられない顔のまま に答を求める。

「もしかしたら、こうなるかも知れぬと思っておった。イスラの胸のペンダント、以前、我が知っておった無色の派閥の召喚師が身に着けておったから。
……だが無色は狡猾な面々が揃っておる、事前に汝に申したなら更に裏をかかれると考えたのだ」
「………そうか、そうだな」
ハッとした表情で を凝視したアズリアが、不思議と己に言い聞かせる風に相槌を打つ。
遠い目をしたアズリアを とイオスは見逃さなかった。

「全員は助からなかったがな。一部だが汝の部下は生き残った……これが、我に出来る精一杯だ。許せ、アズリア」
は素直に己の力量不足を認め腰をおってアズリアに詫びる。

「いや。その必要は無い。感謝するぞ、
ここで漸くぎこちない笑みを浮かべ、アズリアは に手を差し出した。

は満面の笑みを以てアズリアの差し出した手を握り締める。
その上にイオスが手を置き大半の女性なら顔を赤らめる極上の笑みを へ向けた。
本来の姿なのに行動で に『良かったな』等と伝える、非常にイオスらしい行動である。

「ソノラ、スカーレル。一足先に海賊船へ戻り敵が潜んでおらぬか確認、ついでウィルとベルフラウは同行し二人の背後を警戒。頼めるな」
そっとイオスの手を退け、アズリアとの握手を解き は実際問題の解決に取り掛かる。
白テコ姿に戻ったイオスを抱き上げ腕に抱えた。

「「勿論」」
ソノラとスカーレルが親指を立てて歯を見せニカッと笑う。

最初は狐に化かされた気持ちで の手際に肝を抜かれたけれど。
本当に らしい。
命を大切にして出来る限り守ろうとする優しい らしい。

理屈なんて後から付いてくる、だから を今は信じて助かった人達のこれからを助けよう。

ソノラとスカーレルもなんだかんだ言って に感化されていた。

「何の為に訓練したと思ってるんだ、僕を甘く見ないで欲しいね」
戦争という名の殺戮現場を目撃したショックから立ち直ったウィルが、常の自分を取り戻しこう嘯く。
毒の入り混じった普段のウィルの物言いに は肩を竦める。

「今こそ腕の見せ所ね。任せて頂戴、完璧にこなしてみせるわ」
ベルフラウはズレた己の帽子を被り直しピースサインを浮かべ、ウィルに似た微笑を浮かべる。
ウィルが頼もしいとばかりにベルフラウへ手のひらを向け己の手を掲げ。
ベルフラウとハイタッチを交わした。

「さて……アルディラ、ミスミ、スバル。汝等はここで暫く待機の後、回復した兵を連れてカイルの海賊船へ一時撤退。オウキーニに連絡を取り食事の支度も頼んでくれ」
が最後に、島に詳しくある程度の戦力になる三人を名指しする。

「うむ、オウキーニの料理は美味だからな」
ミスミが腕組みして何度も頷く。
口元が緩んでいるのは、オウキーニの美味しい料理の数々を想像しているからだろう。

「疲れた時には彼の料理が一番ね」
凝り固まった肩を片手で揉み解しアルディラもミスミの意見に同意した。

「仲直りの鍋だな?」
舌なめずりしたスバルの腹が盛大に鳴って。
ミスミとアルディラが大爆笑。
顔を真っ赤にしたスバルの頭を交互に撫でて既に和やかな空気を放出している。

「さあ、帰ろうアズリア。失ったものは大きいやもしれん。だがまだ全てを失ったわけではない。我等には護るべきモノがある」
今度は から手を差し出す。

アズリアは の台詞にしてやれた、こう考えながら頭の中で白旗をあげ大人しく の手を握る。
修羅の如き強さを発揮する少女の手は、無骨な己の手とは違いとても温かく柔らかく。

涙ぐみそうになる己を叱ってアズリアは背筋を伸ばし毅然とした態度を取るのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 実際のところアズリアの部下の3分の2程度が生き延びました。
 主人公の話を半信半疑で信用して。残りは残念ながら主人公の話を真に受けなかったので戦死です。
 全てが丸く収まっている訳ではありませんがこんな流れがウチ流(苦笑)ブラウザバックプリーズ