『話題休閑・黄昏、来たりて4後3』




上機嫌で高笑いを轟かせて去っていくメイメイ。
方角がユクレス村なので本気でヤッファ所蔵の酒を狙っているらしい。
千鳥足のメイメイが小さくなってくのを眺め、バノッサと は帰路を変更。

狭間の領域傍の泉で一休みしてから帰る事にした。

紫色や青色をした水晶が地面から突き出す幻想的な景色の中をバノッサと は歩く。
イオスは戦闘の疲れもあって舟を漕ぎ始め、気がついた が召喚術で強制的にイオスを眠らせた。

『あれはあれで、頼りにはなる……筈だ。しかしセルボルトの手の者が奴だとはな。しかも直々にやって来るとは恐れ入るぜ』
ファリエルが時折心落ち着けに来る泉だけあって人気はない。
鏡のように平らな湖面が月をその身に包み込んでいる。
岸に腰を落ち着けたバノッサは肩に頭を持たれかけてくる妹に切り出した。

「うむ。サイジェントの時も、計画が頓挫するまで姿を見せようとはしなかった。夕焼けをバックにご大層な登場をしてきたのだ、裏がある。
イスラが呼んだのだろうが……イスラレベルの同志の呼びかけに易々応じる性格でもあるまい」
は若いあの姿を思い出して苦い顔。

自分を中心に世界が回ると信じて疑わないのは、なまじ中途半端に力があるから。
下手に権力を持ってしまっているからだ。
しかも遺跡を手に出来れば世界を自在に操れるかもしれない。

見え見えの下心に はげんなりした。

『遺跡の力、即ち人工エルゴの力を手中にする為だろうな。権力主義は昔からって訳か。キールあたりがこの話を聞いたら暴れそうだ。戻って説明する時、頭が痛いな』

ずっと彼の傍らで魔王召喚儀式の計画に加担させられていた次男。
彼が子供達をどう捉えていたか深く知る、ネガティブ思考な弟は、きっとあの男の過去の暴挙を許せないだろう。

バノッサは早くもぶつかる長男としての難問に顔を顰める。

「ふふふふ、勢い余って森を壊しかねない」
静かに眠っているか不明だが彼の人生最後の場所。
大分緑が戻ってきた森でキールがマジ切れして暴れるかもしれない。

物静かな二番目の兄が本気で怒るととても恐ろしい。

知っている はその場面を想像して明るく笑ってしまった。

以前なら心の中で考えてどんどん沈んでいたキールも、最近では表に感情を出せるようになっている。
それ自体は良い傾向だとバノッサも歓迎していた。

『まったくだ。遺跡にはハイネルの精神が眠っている。入り口はアルディラとファリエルが潰してある、しかも鍵である剣はアティが持っているからな。
まだ本格的には動かないだろう。当座の目的は剣、だ』
バノッサは少々外れた話の筋を元に戻す。

無論、周囲から目を閉ざし本質を見抜こうとしなかった過去の己と今の己は違う。
護るべきモノも増えた。
それなりに顔見知りも増えた。
家族もいる。
過去の亡霊に負けるつもりなど毛頭無い。

逆に手痛く痛めつけ二度とこの島にやって来られないようにしてやろうと考える。

未来の生活を取り戻す為にはきちんと妹と腹を割って話す。

言葉にしないと伝わらない考えや気持ちもあると。
バノッサは理解している。

「うむ。利用できるモノがあるかないか、裏で調べ上げ我等の情報も入手するに違いない。幸い我等は『はぐれ』の様な状態であるし勘付かれる確立は低いと思う」
は本来の姿を取っていて、魔力も半分程度は封印していても。
サプレスあたりの『はぐれ』として見なされるだけの力はある。

イスラが の出自を述べようとも彼等の事だ。
態の良い実験材料くらいにしか考えないだろう。

『ああ、利用できるか出来ないかだ。その点俺や は排除対象だろう……奴等の事を快く感じていない反逆的態度を取る、はぐれだからな』
バノッサがシニカルな笑みを口元へ浮かべた。

彼が野心家なのは昔からで、若いうちから世界の覇権を欲していた。

それはつまり、未来において彼が企てた
『魔王に世界を壊して貰い、新たな世界を創生。自分の願った儘の世界を実現する』
に繋がる。

懲りてないというか、これが出発点というか。
利用された過去の自分にも反吐が出るが、増して、自分に懐いてくるこの妹の笑顔は死守しなければ。

バノッサは誓いを新たにする。

「それからパッフェルだ。我と兄上にやたらと懐いておったから、どうしたのだろうと考えておったのだが。コレだったとは……正直、驚いておる」
は凍れるパッフェルの空虚な瞳を思い出して小さく呟いた。

『無色の手先だった。だが未来のあいつは蒼の派閥のお抱えだろう? どこかで更生したと考えて妥当だとしたら。更生、したのは俺等だ。場所はこの島で。
ああ見えて無色は裏切りを許さない。クラレットとカシスの怯えぶりを見ていれば分かる』
パッフェルの感謝の瞳を脳裏に描きバノッサは推論を組み立てる。

この先彼と共にいて無色を抜けられるなど考えにくい。
だとしたらこの島が彼女にとっての転機になった筈。
きっかけを作ったからこそ未来の彼女は、自分達を『命の恩人』だと言うのだ。

「とすれば……矢張り引っこ抜かねばならぬだろうな。生死不明にして」
顎に手を当てて はさり気に聞き逃せない単語を口に出す。

『奴からすればあの女だって単なる手駒だ。必要なくなりゃ捨てるさ。生死不明になるようこちらで細工すれば良い。
後はウィゼルか? ウィゼルは後に自分から奴の元を去っている。放置しておけ』
しれっとバノッサは物騒な案を持ち出し、 の反応を待つ。
何度か瞬きをして思案した はやがてニッコリ笑ってバノッサに頬を摺り寄せた。

『場合によっては俺も出る。余り一人で先走るなよ? ファリエルもフレイズも、クノンもゲンジもオウキーニもシアリィも……カイルも。
俺等の目的を知って協力してくれているんだ。頼れ、きちんと』

ゼラム事件の の暴走もあって兄は油断しない。
いざとなれば自分は神だからとのたまって一人犠牲になる だ。
節目、節目で言葉に出しておかないと は必ず勝手に動く。

バノッサのささやかなお小言に は首を竦め舌を出す。

『分かったな?』
誤魔化そうとする に強い口調で言ってバノッサは に約束させた。
そして訪れる沈黙を愉しむ兄妹の近くに引き寄せられる影が一つ。

「如何されましたか? 様、兄上様」
翼が風を掴む音と、舞い降りる白い羽。
夜空から降りてきたフレイズが不思議そうにバノッサと を見る。

『一寸休憩をしにな』
「フレイズこそ、夜更けにどうしたのだ? ファリエルは?」
バノッサ、 の順にフレイズに言葉を返すと、フレイズは二人の近くに着地した。

「ファリエル様はソノラ様に強請られて今晩は海賊船へ泊まっていらっしゃいます。わたしは狭間の領域を見て回ってきたところです」
フレイズは疲れを感じさず丁寧に に応対する。

「それはご苦労だったな……我が頼んだ仕事も引き受けて貰っているのに」
はフレイズに労いの言葉を掛けながら少し申し訳ない気持ちになった。

兄と自分を見てファリエルが決意して、引き摺られるようにフレイズが仲間に。
それ以来忙しく互いに動いていたのでこうして静かにフレイズと会うのは久しぶりだ。
感謝してもしきれない、有難いと は思う。

「いえ構いませんよ。天使は人と身体のつくりが違いますから」
煌く の魂とこの湖のように穏やかで力強いバノッサの魂。
二つの輝きがフレイズの目には保養になっている。

「それよりフレイズ、汝は戦列に加わらぬのか? ファリエル一人を戦場に送り出すなど汝らしくない。……大切な存在なのだろう?」
は過保護な発言が目立ったフレイズに歯に衣着せぬ言葉で問い正した。

主であり大切なパートナーのファリエルの命を助け、フレイズ自身は堕ちた状態にある。
以前はファリエルのサポートに徹していたフレイズも、最近は比較的己の考えで動いている。

様と兄上様を見て、ファリエル様と相談して考えたのです。常に傍にいて守りあうだけが絆ではないと。
距離を置いても顔をあわせなくても互いを信じ、己に出来る最善を尽くす。こうしようと決めたんです」
フレイズは常の張り詰めた、それでいて天使らしい表情を捨て。
穏やかな本来のフレイズの顔色を持って に微笑みかけた。

「ファリエル様の能力をわたしは信じています。仲間と友が出来たファリエル様なら無茶はしません。死んでしまったら何も残らない、ファリエル様が一番理解されてますから」
ソノラと友達になり、益々輝くファリエルの魂。
ファリエルの参戦を巡ってアティと口論したけれどフレイズはファリエルの戦いを容認している。

「わたしは、わたし自身が守りたい方々を守りたいのです。 様や兄上様と守りたい範囲が、若干異なるかもしれませんが」
『構わねぇさ。手前ぇは自分が大事だと感じる何かを守れれば良い。皆そうやって自分の住む場所を守ってるんだ、罪じゃない』
バノッサもフレイズの過保護に理解は示せるので、さり気なく彼を励ました。

「他人を押しのけて得る幸せでないなら、美しい幸せだろう? 汝の言葉を借りるなら」
は自分を引き合いに出されているとは露にも思わず。
バノッサに擦り寄りながら自分の言葉でフレイズの背中を後押しする。

「……お二人を見ていると本当に……。種族という尺度でしか全てを図れなかった自分自身が恥ずかしくてなりません」
フレイズは器の広い二人の兄妹に感謝を新たにし、照れて顔を俯けた。

『気がつければ良いんだ、深く考えない事だな。奴等が来た以上は嫌でも忙しくなる』
目が覚めるような鮮やかな月、嵐の前の静けさが押し寄せる。
腕に妹の温かさを感じながらバノッサが誰に言うとはなしに言った。



Created by DreamEditor                       次へ
 この部分は不要に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが。
 兄妹設定大好き管理人としては、必ず入れなければならないモノなので。
 ブラウザバックプリーズ