『断罪の剣1』
「無論、仔細を聞かせてもらえるのだろうな? ヤード」
太陽を背に仁王立ちする と真正面で正座中のヤード。
緊迫感がカイルの海賊船周囲を包み込む。
が手にするハリセンが無駄に白く光っていた。
「わたしは余り何も知らないのですが……」
目を左右に泳がせヤードが乾いた声で応じた。
「白を切ろうとするな!! ネタは上がっておるのだ!!」
ブゥン。
声を荒げた はハリセンを振り下ろす。
唸りを上げて空を切るハリセンに、帝国側の面々以外の全員が一斉に首を竦めた。
ヤード等は顔面蒼白。
小刻みに震えながら唇を噛み締める。
「アティ……何なのだ? あれは」
昨晩はアティにせがまれアティの部屋に泊まったアズリア。
怪訝そうに目の前で展開される とヤードの二人芝居を眺める。
周囲のテントに宿泊した生き残った部下達も何事かと目を丸くしていた。
「いえ、そのですね。
さんなりの…………えーっと………」
ハリセンの恐怖は味わった人間にしか分からない。
アティはアズリアに がハリセンを使う理由を説明しようとし。
適当な言葉が見当たらず頭を抱えてしゃがみ込む。
そんな友の姿にアズリアの頭の疑問符は増える一方だ。
「
なりのボケた気遣いだよ。ああでもしないとヤードは喋らないだろうし」
ウィルは薄々ヤードと のスレ違いを察しながら、一人冷静である。
腕の中のテコも興味がないのか二度寝に突入し始める始末だ。
「面白い余興じゃな」
キュウマ警護の元、船へ足を運んだミスミが扇で口元を隠し笑う。
隣のスバルも手で顔を押さえながら指の間から目を凝らし、
とヤードの二人劇を観劇中だ。
「わ、わたしは何も知らないんです」
ヤードが気丈にも否定の言葉を再度放つ。
自分が無色の派閥の出身だとは申告した。
けれど今の段階でスカーレルの前の家業を見抜かれる訳にもいかない。
どうしても譲れない二人だけの恨みがある。
せめて一矢報いたかった。
に助けられてしまう前に。
「惚けた真似をするでない!!! 知っておるだろうが!!」
は苛々した態度でヤードへ詰め寄り詰問する。
オルドレイクと対面したヤードに元気が無いのが気になったが、アズリアが仲間になった現在、悠長に親睦を深める暇は無い。
今後の戦いの為に必要な情報なのだ。
「知りません!!!」
ブンブン頭を左右に振ってヤードは頑なに否定する。
「……ええい! 物分りが悪い!! 敵の名前を知らなければ策を練りようがないであろう!!! 分かっておるのか、ヤード」
堪忍袋の尾が切れる寸前のドスを利かせた
の声が響く。
「だから知りません……は?」
条件反射で否定の言葉を喋って、それからヤードは間抜けた疑問形の言葉を付け加えた。
「無色の親玉、オルドレイクの名前は分かった。召喚術を使った女と、侍風の中年男性、それから短剣使いの女。名前を教えろと申しておる」
は不機嫌そのものでハリセンの先をヤードの鼻先に押し付ける。
「……な、名前、ですか?」
間抜けた声でヤードは
の発した単語を復唱した。
「まさか、本当に知らぬのか?」
ヤードだって無色の大幹部の周辺の名前くらいは知っているだろう。
考えて正座させた
だが、予想外のヤードの反応に眉根を寄せる。
「いえ、知ってます」
ヤードは自分の激しい勘違いに顔を真っ赤にして小さな声で答えた。
鋭い だからてっきりスカーレルと自分の宿願が見抜かれたのかと。
勝手に勘違いして尋ねられる前から黙っていようと決めた。
結果が、とんでもない勘違い。
項垂れるヤードに耐え切れずミスミが声を立てて笑い始める。
「見事なボケとツッコミです。一つ学習しました」
クノンは顔色一つ変えずに
とヤードの遣り取りをメモに認(したた)めていた。
「あれは学習しなくて良いと思うの、クノン」
一気に脱力したアルディラが、クノンの肩を叩いてメモ取りを止めさせる。
「召喚術を使った女性は、オルドレイクの妻でツェリーヌといいます。彼女自身も強力な魔力を持った召喚師です。
侍風の男性は、ウィゼル。本職は剣匠ですが、剣の腕も立つ用心棒をしています。
最後の短剣使いの女性はヘイゼル。無色の派閥が組織した暗殺集団の者です」
ヤードが気を取り直し説明すると、
によって集められた護人達が一斉に唸った。
「先ずは私からね。セルボルトという家名は古くからある召喚師の家系なの。エルゴの王と共にリィンバウムを窮地から救った格式ある家系でもあるわ」
アルディラが挙手してから、眼鏡の位置を直しつつ基礎知識を仲間へ与える。
すると全員が声を揃え「へぇ〜」と相槌を打つ。
「加えて無色の派閥は能力を高める為、家名を保つ為。優秀な人材を夫や妻として迎え、優秀な子供を残そうとします。
恐らくはオルドレイク自身がセルボルトではなく、あの女性、ツェリーヌがセルボルトの後継者なのでしょう。家名を残す為にオルドレイクの妻となったと考えた方が妥当です」
クノンも昨晩のうちに情報ライブラリから引き出した『無色』に関するデータを、声に出して全員に伝える。
矢張り相槌は「へぇ〜」だ。
『ツェリーヌの召喚術は危険よ。サプレスの高位の悪魔と契約しているみたい。昨日、不運にも亡くなった帝国兵の魂を代価に召喚術を行使していたもの。
魂達が彼女の呼び出した召喚獣に飲み込まれていたわ』
続いてファリエルが自分から見たツェリーヌの危険性に言及する。
アズリアを筆頭とした帝国兵達の顔が一気に暗くなった。
「それから、あの中年男性・ウィゼル。シルターンの侍が使う居合い抜きを得意としているようです。居合いとは、刀を抜き放つ刹那に溜めた力を外へ出す剣技と考えてください。
下手に間合いを詰めても、間合いをとっても彼の攻撃はこちらへ牙を剥くでしょう。召喚術で遠くから攻撃するといっても油断はできません」
キュウマの冷静な指摘にウィルとベルフラウが何度も頷き返す。
それから二人揃ってミスミを見詰め、大いにミスミを慌てさせた。
「あ〜、それからなぁ。あのヘイゼル率いる素早い動きを見せるマフラー集団。あいつ等の行動はオルフルの狩りに似てるぜ。
特に決めた策はねぇ。互いに吼え声を掛け合って攻撃目標を定め、片っ端から倒していく」
とヤードの茶番劇を欠伸交じりに眺めていたヤッファが最後に口を開く。
実に面倒臭そうに発言するのは地だからか。
「シャー、って叫んでたあれが掛け声ですね!」
マルルゥがマフラー集団の声を真似れば、帝国兵から失笑が漏れる。
「まぁ、逆に頭であるヘイゼルを倒せば群れは崩壊する、とも言えるがな」
シャーと叫ぶマルルゥの口を塞ぎ、ヤッファは最後にこう付け加えた。
「まさか」
一連の会話を聞いていたアズリアが に近づきその肩に手を伸ばす。
悪戯っぽく輝く の瞳に、アズリアはなんだか重々しく事態を考える自分が馬鹿らしくなった。
少数でも部下を失い副隊長のギャレオも深い怪我を負っている。
沈んで停滞するよりも前進を。言葉ではなく行動で示す には敵わない訳だ。
今更ながらに深い敗北感を感じてアズリアは大きく息を吐き出した。
「ふむ、矢張り汝等は的確に物事を見ておるな。無駄に護人をこなしておったわけではなかったのか。
以上を踏まえ、アズリア達の今後も話し合っておきたい。無色は島内を物色し集落によからぬ影響を齎すであろう。事前に対策を練ることも大切だ」
褒められ半分、貶され半分。
は澄まし顔でヤッファ達の推察を労い、近寄ってきたアズリアに話題を移す。
昨日の今日で兵達は疲れているものの、アティ達に敵対する気持ちは消え失せている。
島の住民に対する警戒心は若干あるが概ね互いの印象は良い。
今後は無色の派閥との戦いとなるので、面倒事は一気に片付けようと は考えていた。
だからこそ護人達に招集をかけ、無理矢理この場に集めたのである。
「その事なんだが、事前にこの場に居る全員に伝えておきたい話がある。今後の戦いに関わる重要な話だ」
アズリアは の考えを即座に見抜く。
彼女が己に何を求めているかも。
昨晩アティに話した事実をもう一度公で語るべく、アズリアは覚悟を決める。
何(いず)れにせよ避けては通れない道なのだ。
「アズリア……」
アティはアズリアが何を喋るか察知して心配そうにアズリアの名を呼ぶ。
駆け寄って背中を支えてあげたい。
でもきっと彼女は自分の支えを今は嫌がるだろう。
もどかしい気持ちを抱えアティは懸命にアズリアに近寄りたい自分を抑えた。
全てを吐き出し周囲を頼れ。
汝は一人で頑張りすぎたのだ。
何もかもを一人で解決できる等、奢るは浅ましい。
人は誰かを信頼し絆を繋げるからこそ強いのだ。
はアズリアの迷いを捨てた瞳に表情を和らげる。
「島の者達にも、生き残った部下にも是非知っておいて欲しい」
前を見据えて告げるアズリアは軍を預かる隊長に相応しい凛々しい顔に戻っていた。
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