『断罪の剣2』
背筋を伸ばしアズリアは一端瞳を閉じ、深呼吸して。
目を開き全員の顔を見渡しながら慎重に第一声を発した。
「他でもない、弟のイスラの事だ」
アズリアの言葉に数人の帝国兵が露骨に嫌な顔をする。
彼の裏切りで同僚を失ったのだ、無理もない反応だろう。
「我がレヴィノス家は帝国の治安維持に貢献している。父親も犯罪を取り締まる任についていた……。
治安維持の任務の中で無色の派閥と度々対決していてな? 無色の派閥からすればレヴィノス家は目の上の瘤だったのだろう」
自嘲気味に笑うアズリアから苦悩の色が滲み出る。
彼女なりに様々な重責に耐えてこれまでを暮らしてきたのだと。
ベルフラウは唐突に悟って目を見開く。
自分も殻に篭ってしまったウィルに随分手を焼いた。
だからか、アズリアに強い親近感を覚える。
「だから無色はレヴィノス家に報復行動に出た。跡取りである弟、イスラに呪いをかけたのだ。病魔の呪いを」
アズリアが淡々と言葉を紡ぐ。
事実を事実として語る彼女に誰もが聞き入り、余計な野次を入れる者はいない。
病魔の呪い、の単語にファリエルが険しい顔になった。
「イスラは生まれながらに病弱だった訳じゃない!! 生まれながら、病魔の呪いに身体を蝕まれていただけなんだ!!
……死の淵まで叩き落されては、かろうじて生を繋ぐ。治療法は無い、イスラ自身も死ねない身体を持て余して随分荒れて。
好転しては悪化するイスラの体調に家の者全てが嘆き、憎んだ。無色の仕打ちを」
握り拳を作り何かに耐えるアズリアに、アティはそっと近寄って拳を自分の両手で包み込んだ。
無言の友の励ましにアズリアは弱々しく笑う。
「レヴィノス家だって手をこまねいていた訳ではない。治療法を探した……様々な識者に意見も求めた。でも……全ては徒労に終わり、絶望だけが残された。
そこで私は決意した。無色の呪いを解き、イスラを開放してやるんだと。
だから軍学校に入り様々な学を学び経験を積んだ。けれど……イスラを助け出す方法は見つからなかった」
アズリアの顔がくしゃくしゃに歪む。
当時を思い出して遣る瀬無い気持ちばかりが胸に込み上げるのだ。
「だから……だから。イスラが突然元気になって軍に入隊して来た時は驚いた。ありえないと頭の中では分かっていたのに。
元気に走り回るあの子を見ていると何も出来なくて。都合の良い夢なんてないと……分かっていたのに」
ここまでアズリアが喋り、もう言葉にならないのか口を歪ませる。
アティは黙ってアズリアを抱き締め、アズリアは抗いもせずアティに抱き締められた。
帝国兵は一連の情報にざわめき互いに小声で喋り始める。
『病魔の呪い。恐らくは呪いを掛けた本人にしか解除できない死の呪いです。無色の派閥ならそれ位するでしょう』
帝国兵を他所に、ファリエルは衝撃を受けるカイル達に無色の冷酷さを解説する。
兄と自分が所属していたから無色の非道さの一端は知っているつもりだ。
「するとイスラは死に掛けては生き返るを繰り返してきたのね……。残酷すぎるわ」
アルディラが腰に当ててイスラの状態を語る。
するとざわめいていた帝国兵達が一瞬にして黙り込んだ。
知られざる隊長の苦悩を前にかける言葉が見つからない。
「イスラが元気になったのは一時的にせよ。オルドレイクの手の者が呪いを緩和しておるのだろう。
イスラを仲間に引き入れたという事は、イスラに何らかの利用価値があるに違いない。……イスラが自覚しているか分からぬが」
ユウ は重苦しい空気を蹴破って議論を展開し出す。
ここでアズリアに、イスラに同情していても無色は撃退できない。
必要なのは前に進んでいく方法を考えること。
この場にいる全員で。
「でもニコニコさん、本当にお姉さんを嫌いになったですか? ニコニコさんは、ワンワンさんやヤンチャさんやマルルゥにも優しかったです」
難しい話は別としてマルルゥには、イスラが根っからの悪人には見えず。
口先を尖らせ自分の疑問を口に出した。
「生まれながらに悪役を演じる生き物などおらぬ。イスラも日陰暮らしが長すぎて拗ねておるのだろう。己が要らない存在だと。
自分の為に頑張る姉が自分を追い詰めていると曲解し、姉に八つ当たりしているだけなのだ」
ユウ は点で瞬いていた接点が、また線で繋がれていくのを感じる。
無数に存在する不確定要素が明確な点となって、この島を巻き込む争いに発展していく。
何故この島でなければならないのか。
何故無色なのか。
何故イスラなのか。
この島を取り囲む争いの構図、薄っすらと線が出来上がっていく。
「壮大な八つ当たりねぇ、あんまり笑えないんだけど」
スカーレルが肌を擦りながら頬を引き攣らせる。
「自分が生きていると実感したい。願うイスラに甘言でも囁けば容易く仲間へ引き入れられよう。問題は集落の連絡形態と今後の警備だ」
イスラの話題を一先ず脇に置いて、ユウ は帝国兵をフル活用しようと矛先を変えた。
『ユクレス村はジャキーニさんに任せたら? 畑の仕事もしているし、地理にも詳しいじゃない?』
ファリエルが真っ先に悪ノリを始める。
ユウ
の近くに居て彼女の思考をある程度見てきたから出来る芸当だ。
「ラトリクスは警備システムもあるけど……そうね、数人常駐してくれれば助かるわ」
次に動くのがアルディラ。
ユウ のお仕置きで目が覚めたアルディラは常以上の聡明さを発揮する。
ファリエルとユウ
が望むモノを脳内で弾き出して行動に移した。
「風雷の郷はゲンジさんに頼んでありますが。ご老体に全てを任せるのは気が引けます。矢張り非常事態に備え連携できる警護の者が居ると助かりますね」
ユウ と友達になってから妙に張り切るご老体、ゲンジ。
普段の留守はゲンジと郷の若い面々に任せてあるが本職には負ける。
キュウマも表向きは真面目な顔で、心の中ではユウ
の提案に笑いを堪えての参戦だ。
「狭間の領域か……マネマネ師匠の冗談で最初は虚をつけるやもしれん。助けたタケシーも協力してくれるだろうが、人的な助けは必要だな」
気だるげに胡坐をかいて座るヤッファに期待するだけ無駄である。
既に役目を半分放棄気味のヤッファを無視してユウ
が最後を締め括った。
「ユウ
……それは……」
話を聞いていたアズリアがアティの腕を離れ、信じがたい表情を浮かべ立ち竦む。
「一つに勢力を集めるとそこが叩かれる。ヴァルセルドとイオスと我とフレイズで救った汝等の命、無駄に散らせるわけにはいかぬ。
汝等は三つの小隊に分かれ各集落で怪我を癒しながら待機。無色の襲撃を阻んでくれ。合図の狼煙はキュウマに用意してもらおうか」
マルルゥに耳を引っ張られているヤッファにニヤーと笑いかけ、安い挑発を送りながらユウ が話を進める。
ヤッファは恨みがましい瞳でユウ を睨むが、ユウ
は涼しい顔。
「承知しました」
お得意のポーカーフェイスを保ったキュウマが会釈して姿を消す。
アルディラとファリエルも準備があると言い出してウキウキした足取りで各々去って行ってしまう。
「だが、私達は」
アズリアは混乱する頭をなんとか深い部分に押し込め、冷静さを装い反論しようと口を開きかけ。
「信頼する。それで問題が起きたなら我が責任を取ろう。汝等とて最初から悪人だったわけではない。汝等は軍人だっただけだ」
見事ユウ に制されてしまう。
自分達の思惑を他所にどんどんと話が進んでいく。
帝国兵達も固唾を呑んで次なるユウ
の発言を待った。
「もし拾った命をゴミへ捨てる馬鹿がおったら、分かっておろうな?」
ブゥン。
ユウ が再度ハリセンを振り下ろす。
スッパーンなんて小気味良い音が砂浜に。
振り下ろしたハリセンは何故かヤードの頭を直撃し、ヤードは悲鳴を上げる間もなく砂の上に沈んだ。
ヒクヒク身体を痙攣させるヤードの末路に帝国兵全員が改めて心に誓ったのは言うまでもない。
これ以上彼女を敵に回してはいけないと。
「各集落の者達と馴れ合えとは言わぬ。汝に与えられた集落の警護という任務をまっとうせよ。汝等が生き延びるために」
左右にハリセンを振り払って爽やかに笑うユウ は、見惚れるのに。
その手にした白いビラビラが恐怖心を煽って仕方がないのは何故だろう。
帝国兵は全員、号令を賭けられたわけでもないのに立ち上がり敬礼姿勢を取った。
「各人、帝国兵としての誇りを忘れるでないぞ。無色の卑劣な手に落ちて死ぬでない」
一糸乱れぬ動作で立ち上がり敬礼姿勢を保つ兵を見渡し、王者の威厳を伴ってユウ は厳かに告げる。
了解、という兵達の声が数秒の狂いもなく砂浜に響き渡った。
「さて、アズリアは我等と共に無色と戦うな? 拒否権はないぞ」
クルリと振り返ったユウ の瞳はアズリアに拒否の答を許さない。
アズリアはユウ
の威圧感に呑まれ無意識に首を縦に振っていた。
「散々俺達に喧嘩を売ってきたんだ、当然の恩返しだよな」
ユウ の背後に移動を果たしたカイルが、豪快に笑ってユウ の頭を乱し始める。
すかさずスカーレルが「ずるいわ! カイル」と叫び自分はユウ に抱きつく。
そこへソノラが面白そうだとユウ とスカーレルに抱きつき、芋蔓式に感激したアティ、ウィルを引きつれ輪に飛び込むベルフラウ。
膨れ上がる輪にアズリアは肩の力を抜き、敬礼姿勢を崩せない部下達の元へ歩み寄る。
ユウ が話した三つの小隊の編成を話し合う為に。
砂に埋められたヤードは彼等を見上げながら一人暗い表情で小さな息を吐き出すのだった。
Created by
DreamEditor 次へ