『黄昏、来たりて3』



全体的にくすんだ草色の装飾が施された衣服。
身に着ける防具はグレーか黒で統一された兵士達。

他には足音を立てず移動する不思議な紅いマフラーを着用した身軽な兵士。
すっかり囲まれてアティは勿論アズリアも驚いている。

「え、援軍なのか?」
呆然と呟くギャレオを嘲笑う笑みで見詰め、イスラが両手を広げる。
「そう、僕の援軍が漸く届いたんだ」
イスラの台詞に は周囲を見回す。

ある人物を発見した は一瞬意識を手放しかけ、覚悟が足りなかったと己の不甲斐無さを激しく嫌悪した。

見間違いようが無い。
黒髪ではあるが片目で油断のない立ち居姿。
シルターンの装束に身を包んだ剣匠ウィゼル。

が知っているウィゼルより二十歳程若いだろうか。


 以前にウィゼルは禿の為に剣を作ったと申しておったな。
 自身も若かったと。
 歴史は合致しておる……という事はこの背後の『セルボルト』とは禿の事か。

飄々とした空気を纏ったウィゼルへさり気なく視線を走らせ、次なる人物に目を丸くした。
想像外、の人物がそこには立っている。


 この音、この気配!
 間違いない、パッフェル!!
 ……何故パッフェルが無色に居るのだ……?
 いや、待てよ? 我が読み違いをしておったのではないか?
 ゼラムで出会い我の性格を観察したパッフェルはなんと申した?

 幸せです。そう申しておった。


冷たい空気をバリアのように張り巡らせたパッフェルからは、絶望だけが滲み出る。
虚ろな瞳は宙を彷徨い、口元まで覆う赤いマフラーに何もかもを沈めている。


 カイナが申しておったな。
 エクスとパッフェルには時間に関する呪(まじな)いが掛けられておると。
 ならば我の目の前に居るパッフェルは本物、と考えて妥当だ。
 暗殺業を生業としておったとも自己申告はしていたからな。
 この事だったのか。


点と点で点在していた様々な事象が線で結びつき始めた。
はシスターの格好をした女性に視線を移し。
それから容赦なくアティ達へ襲い掛かる謎の兵士達を横目にテコ姿のイオスへ魔力を注ぎ始める。

「ミャー」
イオスは明るい紫色の瞳に固い決意を込め に呼びかけた。

「うむ、あれは在りし日のパッフェルだ。パッフェルというのが本名だとは思うが、無色に怪しまれるわけにはいかぬ。初対面のフリをして容赦なく攻撃するぞ」
イオスの言葉を理解して は小さな声でイオスへ段取りを明かす。

雰囲気や年齢こそ違えどパッフェルはパッフェルだ。
かつての……というより、未来の仲間。
不用意に傷つけるつもりは無いけれど容赦はしない。
無色に与しているなら尚更である。

「ミャミャ」
イオスも軍人、弁えている。
に同意して、次にカザミネのようなシルターン風の装束を身に着けた中年男性に視線を動かした。

「そしてあのシルターンの中年はウィゼル。有名な剣の作り手だ。雰囲気から察するにカザミネのような剣の使い手でもあろう……居合いの技は使えると踏んで構わぬ」
こう説明する間にもヴァルセルドは着実に帝国兵を穴へ沈め、指示を出した帝国兵の一部は謎の兵士に殺される真似をして崖下へ落ちていく。

血の匂いが一段と濃くなる夕闇に包まれた墓標。
疲弊したアティ達はそれでもアズリア達を助ける為に謎の兵士達を蹴散らす。
戦場へ を誘ったフレイズも実は回復要員として墓標近くに配置済み。
恐らく今は が合図するのを待っているだろう。

「ミャ」
油断は出来ない。イオスは重々しく相槌を打つ。

「女は分からぬ。我が出会ったことも無い人物だ。持っている杖から考えて召喚師であろう。あの三人の背後を纏めておるのが口に出すのも忌々しい、禿だ」
の伝言を信じずに散っていく帝国兵。
逆に半信半疑ながらも言葉に従い、死体に紛れて命を拾う帝国兵。
それぞれ明暗が分かれていく。

 全てを救えると慢心してはおらぬ。
 ゲームでもハッピーエンドが定石の物語でもない。
 現実はかくも甘くないのだ。
 出来る範囲でしか動けぬ我だが足掻かせて貰うぞ。

余談だが、 がココまで考えた時。
ウィゼル・パッフェル両名を激しい悪寒が襲ったのは二人だけの秘密である。

「ミャ?」
禿の単語にイオスが首を捻った。
心なしか の機嫌が一気に悪くなった気がする。

「バノッサ兄上や、キール兄上、クラレット姉上、カシス姉上の実の父親。真剣に狂っておると称された禿、オルドレイク=セルボルト。
無色の派閥の大幹部だったな、あの時は。恐らく現在も相応の地位におるだろう」
はイオスへ十二分に動き回れるだけの魔力を分け与え、一歩後退した。
テコの輪郭が徐々に薄れ見慣れた本来のイオスがそこに出現する。

「……成る程ね。だからハイネルは君に接触したのか。それに君が他の兄姉を迂闊に頼ろうとしない訳だ。生半可な気持ちで引き受けられないな」

恨み辛みが先に立ちマトモな対応が望めないかもしれない。
即ち己の将来の首を絞める行為に繋がりかねない。

イオスは事態の重大性を把握して表情を引き締める。

「歴史が変わる。それは即ち」
は言いながら奮闘するアティ達をまだ傍観する。

いや、ウィゼルやパッフェル達を効果的に追払う為に力を温存中だ。
ここでオルドレイクが死んだらバノッサ以下、セルボルトの兄姉は生まれない。
即ちハヤトとトウヤが誤召喚されることも無い。
結果、アメルが聖女として覚醒する時間が遅れ、下手をしたらメルギトスが先に力を得るかもしれない。
マグナ達よりも早く。

「世界に大きな歪みを作る、か」
イオスの応えに は黙って首を一回だけ縦に振った。

「歪みだけならまだ良い。下手をしたらメルギトスにリィンバウム征服されてるやもしれんぞ。ゲイルによってな」
はイオスにだから分かるジョークを持ち出し唇の端を持ち上げる。

 イスラが呼んだ無色の派閥。
 どう繋がりがあるのか、後でアズリアを締め上げなければならんな。
 助太刀が必要なら助けるつもりだったが?
 ベルフラウとウィルが効果的に動き回って皆をフォローしておる。
 カイルもあの様子なら大丈夫だな。
 ヤードとスカーレルが若干動揺しておるが。

疲労の色濃いマルルゥがヤッファと共にジュラフィムを召喚し、アルディラもクノンと共に戦闘続行が見込めない仲間の避難誘導にあたっている。
ファリエルはカイル、ギャレオとトリオで最前線の壁を築き上げ。
アズリアはミスミやスバルと一緒に彼等の回復に従事していた。
拙いながらも連携が出来上がっている。

「ゾッとするね、それは」
イオスは余裕ある態度で大袈裟に自分自身を抱き締め、身震いしてみせた。

気の抜けない戦いになるのはイオスが一番理解している。
それでも平常心を失わないだけで相手よりも遥かに有利に戦える事もイオスは熟知していた。
全てはこの心優しき女神から教わったイオスにとっての指針である。

「まだ未来は不確定だ……だが、逆に今なら我等の手で未来を確定できるとも言えよう。
この手で屠ってやれぬのは残念だが彼等には彼等に相応しい結末が待っておる。我等が直々に鉄槌を下す事も無かろう」
再び順にウィゼル・パッフェル・女の立ち位置を確かめ は冷たく言った。

 報いは各々違うだろう。
 我は神であるがこの世界の神ではない。
 そこまで親切丁寧に末路を定める義理も無い。
残り少ない自らの生を愉しむ余力を与えても罰は当たらぬ。
 そうだろう? 禿!

オルドレイクと直接対峙していたのはハヤト達であったが、 もそれなりにオルドレイクの人となりについては知識がある。

ラスボス前の不気味なバックミュージックだ。

近づくオルドレイクのソレと分かる魂の音色に全身の産毛を逆立てて は嫌悪感を表に出す。
根本的に理解しあえないだろう予感が を貫く。

「そうだな。バノッサは出てこないだろう? まだ早い」
トドメは刺さない。
の意向を確かめたイオスは、許されるならこの場で暴れていたいだろう人物の名前を口に出した。
敢えて多くは口に出さないものの、本来なら彼が よりもこの場で暴走したいに違いない。
相手が己の父親に関連する者達だから。

「済まないな、兄上もこの場に姿を現すのには反対しておる」
イオスの真意を掴み は懐から短剣を取り出す。

 兄上は頼りになるがまだイオスの申す通り登場にはまだ早い。
 我等二人で動いておると相手に思い込ませるのも必要だ。
 一手が駄目なら次の手。
 オルドレイクの張り巡らせる罠は狡猾で悪質。
 娘が駄目ならとばかりに!!
 魅魔の宝玉を媒介にして息子を魔王にしようと目論んだのだ。
 油断ならぬ。

紫のサモナイト石奥深くで全ての状況を眺めるバノッサは、 の考えに賛同していた。
何より、自分の特異体質が相手(敵)に知られる状況下に出向く事には慎重な姿勢を取っている。

「構わないさ」
イオスはヤッファに頼んで隠しておいて貰った槍の位置を目測し、 に笑いかける。

茜色の光に照らされる誰かの血が不気味さを醸し出す戦場で、ボロボロになりながらアティ達が漸く勝利を収めようとした刹那。
は隠れていたフレイズに合図を送った。
適当に戦っていたヴァルセルドにも合図を送り自身は真っ直ぐパッフェル目掛けて駆け抜ける。


「茶番を演じるなら我は容赦せぬ、心して相手せよ?」
旋風をまとって己の前に現れた蒼にパッフェルが僅かに目を見開き、仰け反った。



Created by DreamEditor                       次へ
 主人公はパッフェルの名前を知らないので、パッフェルと認識。表記も敢えてパッフェルで通します。
 激しくネタバレですみません。ブラウザバックプリーズ