『黄昏、来たりて2』



喧々囂々(けんけんごうごう)。己の矜持をかけて戦いあうアティ達とアズリア達。
双方譲れない立場と願いを抱えてぶつかり合えば双方共に深い打撃を受ける。


 ふむ……アズリアとギャレオの音に比べ。
 イスラは深い闇の音を奏でておるな。
 パナシェの見た船影は間違いなく無色のもの。

 ならばイスラが武者震いをしておるのも理解できよう。
 ……迎合しておるようでしておらぬ理由も、アズリアから聞ける良い機会かもしれん。
 その為には被害を最小限に抑えなければ。


傾き始めていた太陽が斜めに差し込み、夕暮れの墓標を橙色に染め上げる。
物陰に隠れ戦況を窺う白テコ姿のイオスを視野に納め、 は真正面のヴァルセルドに直接語りかけた。

羽を広げ魔力を高め結界を構築する。

無論何人(なんびと)にも破る事が出来ない、神が作り上げる強固な結界だ。

二人が立っていた場所がアティ達の戦列の最後尾とあって、 の奇行はイスラには見えなかった。

「……ヴァルセルドよ、これから起こるもう一つの戦を迅速に収めたい。且つ、帝国兵に極力犠牲を出さず救出すべく、我と二手に分かれ行動して欲しいのだ」
ビジュ、イスラ、呆気なく倒されていく二人と、アズリアを庇うように立ちふさがるギャレオ。
結界の中から状況を客観的に把握し はヴァルセルドへ声をかける。

「帝国ハ敵ト認定サレテイマス」
の台詞にヴァルセルドは即答した。

「帝国も所詮は第三の勢力が到着するまでの前座よ。本物の舞台に上がる悪役がもう間もなく本性を現すであろう。
汝等、機械兵士は戦う為に生み出された……戦いは滅びしか招かぬかもしれん。だが」
は喋りながらエスガルドやゼルフィルドの言葉を思い浮かべていた。

エスガルド本人から機械兵士については聞いているし、ネスティやアルディラからも。
機械兵士が戦うべく生み出された存在だとは重々認識している。

 だがどのような存在にも魂は宿る。
 魂が奏でる音色は嘘をつかぬ。
 ヴァルセルド、汝の真っ直ぐな魂の音色は我にも届いておるぞ。
 ロレイラルらしく、重厚でいて硬質な音色だが不快ではない。

 真っ直ぐ、そう真っ直ぐ。

一端言葉を切りヴァルセルドの反応を窺いながら、 は続けて口を開く。

「己にとり、とても大切な人を護る為に避けて通れぬモノであるのも真理。戦いとは相手を打ち負かすだけが全てではない。己の守護する対象を護る行為でもある」
「貴女ノ言葉ハ真理ヲ説イテイマス」
首をぎこちなく動かしヴァルセルドは頷いた。

「機械兵士として命令だけが全てでも。心の音は我にもきちんと届いておるぞ、ヴァルセルド。汝がアティによって見出された意義は我が証明してみせよう」
の嫣然とした微笑は何もかもを見透かすよう。

ヴァルセルドは機体の異常を感知していないのに、自身のざわめく回路異常を発見した。
教官(アティ)とは違う気高い存在が己を見込んでいるのは理解でき、自然とやる気が沸いてくる。

「先ず汝は丘側を担当して欲しい。戦闘で拵えたと見せかけた大穴が幾つかある。あそこへ帝国兵を気絶させ放り込んでおけ。あたかも戦死したように見せかけてな?」
が丘の何箇所かに出来上がっている穴を指差す。

事前にバノッサとイオス、それからメイメイの助言も考慮に入れて作り上げておいた即席の大穴だ。
大人の兵士なら七・八人は落とせる深さと大きさを持つ。

「抵抗する者もおるだろうが、痺れさせて黙らせておけ。幾つかの穴の近くには血糊の袋が落ちておる。ソレを破いて兵士に振りまくのだ。
時間にすればそうだな……三十分もあれば片が付く。その間だけ帝国兵を沈黙させておければ良い」
テキパキと指示を出す の作戦をデータとしてヴァルセルドはインプットした。
「了解シマシタ、 様」
ヴァルセルドは敬礼して に最大限の敬意を示す。

彼女は何故だか自分の回路を乱すけれど同時に温かくもしてくれる。
温かさは気持ち悪くもなく、回路異常も起こさず、ただただ、ヴァルセルドの気持ちを高揚させていくだけ。
戦いに対する高揚ではない。
アティを、島を護る自分の回路を強固にしていくのだ。

「畏まらずとも良い。我等は仲間ではないか」
は握った拳で軽くヴァルセルドの胸の装甲を叩き無邪気に微笑んだ。
「でーたニ違反シマス」
主にクノンから住民&仲間データを再入力してもらったヴァルセルド。
どうやらクノンの思惑が大きく反映されたデータとなっていたらしい。
生真面目にヴァルセルドは砕けた対応は出来ないと拒否してくる。

「矢張り汝等は礼節を重んじるのだな……好ましいが、時として歯痒いぞ」
は冗談めかして恨めしい視線をヴァルセルドに送り、結界を解く。

アティの広範囲召喚術によりギャレオが地面に膝を付き、戦意を喪失した帝国兵達があちらこちらに蹲っている。
ヴァルセルドに合図をし は左へ、ヴァルセルドは右へ。
夕闇の墓標外周を取り囲むように素早く移動を開始した。

途中白テコ姿のイオスへ目配せも送り、来るべき時に備えて物影を移動する。


「我が分かるか?」
いつぞや、イスラと共に遺跡に乗り込んだ召喚兵と銃兵がいる。
は気配なく近づき背後から二人の肩を叩いた。
飛び上がって悲鳴をあげかける銃兵のホルスターから銃を引き抜き、召喚兵の手から杖を叩き落す。
それから は二人に奪った銃をつきつけ、一先ず黙らせてから震える兵士達に耳打ちを始めた。

「なっ……偽りを」
「黙れ。死にたいのか、この地図にもない名も無き島で。死にたいなら今すぐ我が引導を渡してやるぞ」
俄に信じがたい人物の正体と背後に蠢く闇。
知らされて を疑う銃兵に殺気を放ち は銃のトリガーに力を込めた。

目を見開く銃兵の口を押さえ、召喚兵は瞬きを一つして の話を真実と認める。

彼女の実力は計り知れない。
その存在が自ら足を運び自分達に危機を警告しているのだ。
嘘だとしても生き延びる事は出来る。

だから召喚兵は の話を信じることにした。

「ならばこの傷薬を使い、周囲の者の怪我を治し。我が指示した崖下へ撤退せよ。崖下には我が召喚した召喚獣が待っておる。
そ奴に受け止めて貰い表向きは崖下に落ちたと見せかけよ。良いな?
他の丘側におる者は、機械兵士の背後にある大穴へ落ちよ。血糊は用意してある故、死んだフリをするのだ」

警戒の色が和らいだ召喚兵に は薬の入った紙袋を一つ差し出した。

 犬死など簡単にさせぬわ。
 死ねば味あわずに済んだ生(せい)の苦痛に耐え抜いて。
 耐え抜いて天寿を全うせよ。

 下らぬ妄想の為に安易に死すなど我が許さん。

が更にもう一つの紙袋を懐から取り出し銃兵に突きつける。

「何故お前が……」
目の前の紙袋に大量に入った薬草を前に銃兵は躊躇する。

これが最終決戦だと隊長に聞かされていた彼は自分が戦死すると薄々察していた。
名誉の戦死なら……それは、それで構わないのかもしれないと。
頭の片隅でぼんやり考えながら。

「理由か? アズリアを窮地に追い込みたくは無いからだ。汝等の隊長であるアズリアはとても立派な軍人だと思うからな」
がアズリアの名を出せば、銃兵も奇妙に納得した顔になって傷薬を受け取った。

召喚兵は一足先に移動を始め薬草を元気のない兵士に分け与え、耳打ちを始める。
これで命拾いをするかしないか。
確立は五分五分だが見殺しにはならないだろう。

は墓標の丘部分で盛り上がるアティを一瞥し、

「何より……我等、新生セルボルト家が行わなければならない、正当な罪滅ぼしでもあるのだ。我が自己満足の為に生き延びてもらうぞ」
夕日を浴びてひとりごちる。

 そうであろう? ハヤト兄上、トウヤ兄上。
 必要な犠牲など嘘なのだ……。
 その様な曖昧な言葉に踊らされて命を散らしてはならぬ。
 力が無ければ支え合えば良い。
 心細ければ仲間の知恵を頼れば良い。
 虚脱感に苛まれたなら仲間の心に問いかければ良い。
 一人で居るなど考えては……駄目なのだ。

白テコ姿のイオスとも合流して は頭の中でカウントダウンを始めた。
そんな の耳に飛び込む二人の女性の声。



「負けだ……私達の、負けだ」
折れた長剣を無造作に投げ捨ててアズリアは自棄に微笑む。
「アズリア……」
気丈な友が初めて見せた気弱な表情。
アティは万感の思いを込めアズリアの名を呼ぶ。

「任務は失敗した。アティ、お前の好きなようにするがいい」
アズリアは事実上の敗北宣言を公にして全身から力を抜いた。

「そんな!? 私はただこれ以上争いたくないだけです。どうして」
「ふざけるな!! 任務に失敗した私達にどうやって帝国に戻れというのだ!! それを知らないお前ではあるまい」
アティの反論を無理矢理遮ってアズリアは声を張り上げた。
慟哭が入り混じるアズリアの本音にカイル達もアルディラ達島の住民も立ち尽くす。

「でも嫌です。嫌なんです!! 絶対に見つけてみせます! 皆で帰れる方法を。だから信じてはくれませんか?」
アズリアの本音を受け止めアティは瞳を逸らさず、アズリアへ伝える。

もう二度と犠牲を出したくない。
それに二度とアズリアとは戦いたくなかった。

アティの真摯な瞳にアズリアが篭絡されると、彼等は見計らったかのように姿を見せた。



Created by DreamEditor                       次へ
 少しずつ変化していく歴史は果たしてどんな変化を帝国兵達に齎すのでしょう。ブラウザバックプリーズ