『黄昏、来たりて1』




戦場で、見詰め合う二つの影。
「「………」」
エラーであった偽りの人格を放棄したヴァルセルドに、ゼルフィルドやエスガルドのような明確な人格はない。
基礎的な人格しか持たないヴァルセルドが命令を忘れ魅入るのは蒼い美しき瞳と髪を持つ神々しい空気を放出する美少女。

 じぃいいぃいぃぃ。

擬音が付きそうな熱い視線をヴァルセルドに送るのは、 である。

「うぉおぉおぉおおおお」
動かない二人に帝国兵の一人が剣を片手に突っ込んでくるが、 とヴァルセルド。
二人は兵士を見もしないで腕だけ伸ばしそれぞれに一発ずつ発砲した。
二発分の銃声が響き帝国兵が地面へ倒れる。

「アティ、あれほど私が注意していたのに……忘れてたわね?」
アルディラが召喚術を帝国兵に放ちながら、傍らのアティへ自身のこめかみに指を当てた嫌味ポーズを決めた。

前衛で戦うカイルやスバル、キュウマにヤッファが、見つめあうヴァルセルドと を時折恨めしそうな顔で睨んでいる。
『頼むから戦ってくれ』なんて、前衛組の悲壮感溢れる瞳が とヴァルセルドにそそがれているのは言わずもがなだ。

「だって!! さんを捜したのに居なかったんですよぉ〜!!! 何処にも」
アティはもう泣き出しそうだ。

様の所在ならわたしに尋ねてくださればよかったのです。 様がお持ちの機械兵士のデータをスキャンする事により、大まかな位置の特定が可能となっています」

 ガキッ。

外見は少女でも中身は機械。
クノンが腕から突き出した槍先が夕闇の墓標の壁の一部を破壊する。
壁向こうに居た兵士が仰け反って驚けばベルフラウが兵士の足元へ弓矢を放ち、控えていたオニビが豪火で兵士の武器を焼く。

「ええええ!!! クノンに聞けば分かるんですか???」
アティは頬を両手で押さえてムンクの叫び状態。
杖も地面に投げ捨てて、今更ながらに知った情報に驚きを隠せない。
場違いなアティの裏返った悲鳴が戦場に響き渡った。

「え? 知らなかったですか? 先生さん」
傷ついたヤッファを中心にジュラフィムを召喚したマルルゥが、不思議そうに言う。

「知らなかったのかえ? アティ」
機械に縁がなさそうなミスミですら小首を傾げてアティへ言っている。

「知らなかったの……アタシでも知ってたけど」
ソノラが遠慮がちにアティへ言ったのがトドメ。
涙ぐんだアティは鼻を情けなく啜って地面に『』の字を書いた。

「あれじゃぁ暫く使い物にならないわね、二人とも」
長く伸びた髪をかきあげ、アルディラは疲れた手つきでシャインセイバーを召喚する。
光に輝く無数の剣に攻撃された帝国兵の悲鳴が墓標に轟いた。





ウィルとカイルの海賊船に向かう傍ら はある気配に気づく。
ウィルを一人先にあるかせ自分は船から少々離れた浜辺に立つ。
の背後に立つ白テコ姿のイオスも何かの気配を感じ取って、周囲をしきりに警戒していた。

『……有難う』
ぼんやり浮かび上がる青年。
ファリエルのような幽体だろうか。
身体向こうの風景が透けている。

「まだ礼を言われる段階ではない、ハイネル」
は背後のイオスを腕に抱え上げつれない態度で否定した。
敵意むき出しの にハイネルは苦笑いを浮かべる。

『それでも君は約束通り剣の主を守ってくれている。時間の流れも乱れが少ない。後は彼等を追い返すことが出来れば……全ては……』
憂い顔のハイネルは遺跡へ顔を動かし息を吐き出した。

「パナシェが船影を見たと騒いでおったからな。帝国の最後の総攻撃に合わせて島に上陸するのだろう。
あ奴から見れば我等も帝国も邪魔な存在だからな、漁夫の利でも狙っておるに違いない」
冷静に応じた に、イオスも「ミャ」等と鳴いて の考えを肯定する。

『そうか……』
「クノンも地形データと照合させあらゆるパターンを算出させておる。加えてフレイズとオウキーニ&シアリィでさり気なく島の見回りを強化してもらっておるからな。
まぁ、帝国も一枚岩でないようだから……無駄な警戒といえばそうだが」
暗い顔になるハイネルに が現在行っている警備内容を伝えた。
暫くハイネルは黙って海を眺めていたが眉根を寄せ重い口を開く。

、封印の剣は二度と遺跡に近づけさせないで欲しい。島の皆は過去を断ち切ってくれた。それでもう十分なんだ。分断された僕の精神の犠牲になってはいけない』
ハイネルの台詞にイオスが毛を逆立てて何かを に訴える。
はイオスの毛並みを整えながら耳に小さく何かを囁く。

『今度こそ皆で幸せになって欲しいんだ。平和になったこの島で』
噛み締めるが如く呟かれるハイネルの次の言葉は当然スルー。
二人はコソコソ話し合っていて感慨深いハイネルの喋りは宙に浮かぶ。

「死者の戯言に耳を貸さねばならぬほど我は暇ではない。勝手に申しておれ」
ファリエルの話に始まり、アルディラ、ヤッファ、それから最後のキュウマにまでハイネルが言及したところで。
はストップをかけた。

『え?』
キュウマの忍としての力量を喜々として語っていたハイネルが動きを止める。

「死者が今更何を言う? どれが『幸せ』かはアティが決める事。各人それぞれが決める事で汝が押し付ける表面上の平和ではない。
そもそも汝がそのようにハッキリせぬから周囲が断ち切れなかったのではないか。偽善を振りまくようなら我が封印するぞ」

は浮かれ気味のハイネルに冷たく吐き捨てた。

自分の気持ちに蓋をして他を優先した挙句、仲間に未練という名の後悔を残し逝ったハイネル。
彼が自分と向き合わず、妹や仲間と最後まで精神面で向き合っていなかったから。
だからアルディラはハイネルを想い悩み、キュウマもリクトの遺言を叶えようと躍起になったのだ。
ファリエルだってファルゼンとして偽りの自分を演じる羽目になったのだし、ヤッファだって遺跡からの誓約という干渉に苦しんでいる。

『ご、ごめん』
ハイネルは の剣幕に圧されどもりながら謝った。
「どこまでも平和ボケしたいようだが、剣の奥で眠るにはまだ早い」
はハイネルの『のほほん』オーラに眩暈を覚え額に手を当てる。

無色の派閥の狙いは封印の剣であり、遺跡だ。
核識たりえるアティを道具として組み込み、人工エルゴを使って世界征服なんて。
冗談と笑い飛ばしたいのは山々でも彼等なら大真面目に考えて実行するだろう。
実子を寄り代に魔王召喚儀式を行ったくらいなのだから。

「今度はきちんと向き合え。再び……遺跡で汝の歪んだ精神と見(まみ)える場合もあろうが、汝の歪んだ精神も汝である。向き合え、ファリエルと、アルディラと、皆と」

が危惧するのは全てが終わってからハイネルが黙って消えることである。

それでは何のためにアティが辛い思いをしたのか、アズリアが貧乏籤を引かされるのか。
意味がない。
島の住民がハイネルと直接言葉を交わし『決別』しなければならないのだ。
過去と、ハイネルと。

「己は大罪を犯しただとか諸々は捨てよ。汝がどうしたかったのか、そしてどうなったか。きちんと話せ。綺麗事は聞き飽きた」
うんざりした調子で は頬に流れ落ちた髪を払いのける。

『僕がこんなだから皆は迷ってしまったんだね……。あの笑顔を守る為なら僕の命なんて惜しいとは思わなかった。皆も理解してくれてるんだと思ってたけど……』
戦いの最中の非常時だから、ハイネルは仲間が納得してくれていると固く信じていた。
だから大人しく封印されたのだし、その後も剣の中で永い永い眠りに入っていたのに。

「理性で理解できても、状況を見て仕方がないと思っても。あ奴等の本音は別であろう、虚(うつ)けが」
『僕が次に皆に会うなら、いや、会う時は必ず伝えるよ。僕が何を考え何を望んで戦いに挑み核識の座に赴いたかを』
に叱られハイネルは表情を引き締めた。

神でありエルゴの王に近しい彼女が言うのだから、確実に彼等と自分は再会できる。
だからその時までの宿題を は自分に与えようとしているのだ。
理解できないハイネルではない。

「汝の言い訳が聞けるのを楽しみにしておるぞ」
霞み空気に溶けていくハイネルを見送り、 は皮肉気に笑うのだった。


その後 が海賊船に向かえば慌てたフレイズが空からやって来る。
なんでも帝国軍が最終決戦を挑むべくアティに接触しているらしい。

閑散とした船から人の気配もしない事から はフレイズと共に戦場へ歩を向けたところ……。


「なんとヴァルセルド、汝、修理が終わっておったのか!?」
堂々たる対応で戦況を有利に運ぶ機械兵士の姿に が叫び。
の姿を認識したヴァルセルドが活動を止め、命令もないのに の前まで無許可で移動をして。


「「……」」
見詰め合う二人が完成した。
帝国軍は背水の陣とばかりに必死の戦闘中に、である。

「ご免なさい〜!!! 本当に知らなかったんです〜!!!!」
なんとも間抜けたアティの悲鳴が、一際大きく空気を震わせているのだった。



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 こんな幕開けで始る帝国との最終決戦。良いのか?? ブラウザバックプリーズ