『すれ違う想い4』




燦燦と降り注ぐ太陽は相変わらず温かく……というよりは、寧ろ暑い。
朝夕は過ごしやすくても流石に昼間の前後の時間はかなり気温も上昇する。
ユクレス村近くの森で涼をとりつつ とカイルは細い道を歩く。

「うむ、こちらから気配がしておるな」
は何かを確かめて時々方角を確かめては移動している。
散歩というより明確な意図を持った探索に近い。

「気配? 誰かを捜しているのか?」
黙って付いてきたカイルは の行動を漸く理解し、何かを捜す に尋ねる。

「ああ。我が今一番会ってみたいと考えておる人物だ……!」
穏やかに言っていた が突如カイルに横蹴りを一つ。

蹴りを脇腹に受けたカイルは太い木の間に吹っ飛ばされた。
呻くカイルを無視して はポーカーフェイスを一つ、浮かべて真正面の小道を歩いている女性へ顔を向ける。

「………お前は?」
小道を反対側から歩いてきた女性は から十分に距離を置いたところで立ち止まった。

僅かな警戒心を滲ませ、鋭い目つきを へ送る。
聞き覚えのある女性の声にカイルの双眸が限界まで見開かれた。
はカイルを盗み見て眉を片方だけ持ち上げる。

「………」
黙っていろ、という のジェスチャー。

腕っ節だけで海賊をしている訳じゃないカイル、理解して仕方無しに脇腹を擦った。
自分がこの場に居ては拙いのなら最初に言ってくれれば良かったものを。
何も蹴りを入れて場外へ押し出すことはないではないか。
恨みがましく感じてしまうカイルである。

「我はサイジェントに住んでおる という。元はぐれだ。誤ってこの島に召喚されて暮らしておる立場の者でな。汝は帝国軍の者と察するが間違っておるか?」

物怖じせず数メートル先で足を止めた女性・アティの級友アズリアへ初対面の挨拶を行う
相変わらずの破天荒な の言動に、サモナイト石に納まっていたバノッサがため息をつく気配がした。

「一人で出歩くとは無謀だな。私の服装を見て帝国軍だと分かったなら大人しく引き返せ。発見したのが私だから良いものの……」
「アズリア=レヴィノス。帝国軍で優秀な軍人を輩出する名家だとアティから聞いた。剣奪還の任務を帯びて島まで来た事も」
を追払いに掛かるアズリア。
そのアズリアを制して は名を言い当て、彼女が置かれる状況までもご丁寧に先回りして説明した。

「!?」
アズリアの顔に緊張の色が走り、反射的に腰から下げた剣に手を掛ける。
手馴れた軍人としての的確な動作に は微苦笑を湛えた。

「無益な争いは望まぬ。ここで争っても汝の手元に剣は戻らぬぞ? 我は剣の主ではないからな。ただ汝と邪魔されずに喋ってみたかったのだ。
元帝国軍人の親友が我にも居り、汝の様に潔い者だから……余計気になっておるのかもしれん」
戦う意思は無い。
は予め口に出してアズリアを牽制する。

アティと同等の実力を持つ彼女なら がそれなりに戦える人物だと予測し、無闇に攻撃は仕掛けてこないだろう。
隊長を務める女性だ、出鱈目に喧嘩を売って回るほど愚かではない。

「元帝国軍人?」
が考えた通り、アズリアは剣に置いた手を外し行動で戦う意思がないと表明。
それから気になった単語をもう一度音に出す。

「ああ。ある地域への侵略戦争において敵地で一人生き残った。腕を見込まれ敵の大将だった男に命を助けられ。故郷である帝国を選択の余地もなく捨て。
生き延び、己の生きる道を見つけた直情型の女性に甘い男、かな」

聞いたならムッとして を睨むだろう留守番のイオスを想像し、クスクス笑う。

アズリアは、目の前の不思議な空気を持った美少女の普通の態度に唖然としていた。

育ちの良さそうだったかつての級友の教え子?
あの子供達も帝国軍の自分を見て怯えた。
当然の反応である。
島側に味方するアティの敵なのだから。
それがアズリア相手に普通に会話しているのだ。

この美少女は外見の儚さを裏切って相当豪胆な気質らしい。

「何故警戒しない? 島の者から見たら私は侵略者だ」
憮然とした面持ちでアズリアは目の前の美少女に自分から質問を発した。

「汝ほど優しき者を警戒する程落ちぶれてはおらぬ。これでも人を見る目はある方だぞ」
何処から出るのかその自信。
は胸を張り誇らしげにアズリアへ告げる。

「優しい? 私がか!?」
予想もしない の切り返しの台詞にアズリアの声は上擦っていた。

この場合、流石は物好きアティの知り合いと感嘆すべきか。
危機感の無さはやっぱりアティの知り合いだから、なのか。
両方なのか、判断に迷う。

「問答無用で島の面々に大砲を打ち込んだって良いではないか? 船から島を狙えば効果的に彼等を脅せる。
アティだって大多数の命を犠牲にしてまで剣を保持し続けまい。奇襲をかけ集落を襲い、島民の大量虐殺だって汝の力量なら実行可能な筈だ」

ケロッとした調子で は空恐ろしいプランをアズリアへ喋って聞かせる。

たった二回しか遭遇していない帝国だが、 は、イオスの予想とフレイズの偵察である程度の戦力は把握していた。
駄目元で声をかけた件(くだん)の人物からも不思議と定期的に連絡がある現在、アズリアの手の内は完全に の頭の中へ納まっている。
持久戦になれば不利なのは帝国軍。
短期戦でケリをつけるなら が口に出した策がある程度は効果的である。
かなり非人道的ではあるが。

「なっ……。貴様、帝国へ寝返るつもりか?」
眼を白黒させたアズリアは、 の言葉に頭の芯が冷えていくのを感じた。

考えなかったわけではない。
部下の報告からここは『化け物』達が住む島だと分かっている。
しかも数日前には島の『化け物』と協力して戦いを挑んできたアティが居た。

人質をとったのは早計でも、お陰でアティの考えは垣間見えた。

お人好しのアティの弱点を突くなどアズリアには容易い。
それが軍人として恥ずべき卑劣な行為だったとしても。

「生憎、二重スパイは我の性分には合わぬ。我が指摘したのは汝が取れる行動の一例であって、汝にソレを推奨しておるわけではない。
一例、として口に出しただけだ。汝も大事(おおごと)にしてまで剣を奪還しようとは考えてはおらぬだろう? 今は」
滔々と喋る からは迷いがない。

アズリア相手に隙もみせない。
毅然とした態度で敵になるかもしれない相手と冷静に喋る。
の器が大きい証拠だ。

アズリアは思わず瞠目する。

、だったな? 流石だと褒めておこう。甘ったれた思考回路のアティよりかは遥かに頭が切れるようだ」

の柔軟さと鋭さ、アズリアは がはぐれ召喚獣として相当の腕を持つと判断しカマをかけた。

「我は頭が切れるのではない。このような思考が出来るのは堅実的だから、なのかもしれん。
アティは叶いもしない理想を叶えようとトコトン足掻く性格らしいからな。自ら貧乏籤を引く典型的お人好しだ。見ている我がハラハラしておるぞ」

 やれやれ。

は心底困った表情で大きく息を吐き出す。
愛くるしい外見とは裏腹に苦労人のような空気を纏う

「くっ……」
アズリアは噴き出して笑いかけ、必死に笑いの衝動を堪えた。

軍学校時代からアティがあまり変わってないとしたら?
だとしたら確かに典型的お人好しで、 のような現実的思考の持ち主から見たら『ハラハラ』する。
そのような行動ばかり取る。
手に取るように浮かぶアティのボケっぷりにアズリアは肩を震わせた。

「あれがアティの長所といえばそうなのだろうが。もう少し慎重になって欲しいものだな。無理ばかりしおる」
自分の事は棚より高い天井に上げてます。
がこれみよがしに嘆息する。

人の事を云えた立場じゃない、アティと同じかそれ以上 だってお人好しで貧乏籤を引くタイプだ。
木の陰に隠れていたカイルは の性格を知っているので、かなり白けた目線を へ送ったが無視される。

「剣を奪還するまでは汝は本国へ帰れぬのだろう? 己の落ち度で隊員達を路頭に迷わせるわけにはいかぬからな……厄介な任務を与えられた事には同情するぞ」

コレに関してはアズリアにも運がないと云える。
イスラに仕組まれたのか、無色に仕組まれたのかは知らない。
この島に関わらなければアズリアだって普通の軍人でいられたのだ。
正義を愛する軍人で。

「任務は任務だ。邪魔をするなら容赦はしない」
刹那、目線を逸らしアズリアは素っ気無く言い放つ。

「構わぬ。遠慮するな? ただ、一つだけ言わせて欲しい。アズリア、汝は優しすぎるのだ。その優しさが大切にしたい相手を酷く傷つけるかもしれん。傷つけて心に怪我させておるのかもしれん……。
任務よりも大切なものを見つけたなら、全てを諦めその大切なものを護れ。汝が後悔せぬように」

? お前は一体何処までを知っている?」

アズリアは探る目つきになって の頭からつま先までを一瞥した。
忠告にしてはお節介すぎるし、揺さぶりにしては幼稚すぎる。

「我が知っている事は些少な事ばかり。汝の役には立たぬ」
嫣然と微笑んだ にはアズリアでさえ口を挟めない威厳が漂っていた。



Created by DreamEditor                        次へ
 アズリアとファーストコンタクト。アズリアって考え方は違うけどアティに似て優しい人ですよね?
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