『すれ違う想い3』



ラトリクス・中央管理施設。
常ならばクノンが応対する筈なのに、何故か居るのはスカーレル。

スカーレルも珍しい とカイルの取り合わせに目を丸くしていた。
「どうしちゃったの!? 二人がお揃いなんて珍しいわね〜」
スカーレルは丸めた紙を片手に、もう片方の手で頬に手を当て驚く。
「まぁな」
カイルは苦笑い。

スカーレルが珍しがるのは無理もない。
自分でも自覚はある。

「クノンは何処におる?」
スカーレルの疑問はさくっとスルー。
面白半分・好奇心で尋ねてくるスカーレルと喋りたくない訳ではない。
寧ろ時間が許すなら喋りたかった。

 アルディラから音が消える、断続的に。
 忌々しい事に、遺跡から電波が出るとアルディラの自我が弱まり音が途絶えておる!
 しかもヤッファと違いアルディラは電波に逆らわぬ。逆らわぬから……。

は中央管理施設のアルディラ専用のサイドテーブルにジャムの瓶を置き、お目当ての人物その一の所在をスカーレルへ問う。

「クノンはお出かけよ。薬の材料を取りに行くってアルディラが言ってたわ。リペアセンターでの薬かしら?」
スカーレルの答を聞くや否や は身を乗り出してアルディラの姿を捜し出す。
勝手にキーを叩きシステムを起動、アルディラの姿を監視カメラ上発見する。

「ならアルディラと少々話をしてこよう……あそこだな。行くぞ、カイル」
「おう」
入ってきた時よりも足早に中央管理施設を出て行く
カイルは名指しされて大人しく の後を付いていく。

 フシュー。

電動で開くドアが閉まった。

「残念、今日の のお目当てはアルディラなのね。カイル……ってコトはなさそうだし。アタシは一先ず船に図面を持って帰らないと」
海賊一家の相談役だけあって、スカーレル、中々鋭い。
カイルの立場を微妙に理解して、もう一度閉まったドアへ視線を送るのだった。





叶うなら、もう一度だけ。もう一度だけでいい。

逆らわず、ソレに身体を預けアルディラは瞳を閉じる。
二度と聞くことはないと諦めていた『彼』の声を聞いた瞬間。

泣きたいのか、笑いたいのか。
不可思議な衝動に突き動かされアルディラは我を忘れた。

どれだけの裏切り行為をしているのか理解している。
護人として許されない行為であることも。

それでも。
もう一度だけで良い。

もう一度だけでいいから、数秒でも構わないから。
会いたいのだ。

「……はい、既に第二段階へシフトしつつあります…」
瞼を開き焦点の合っていない瞳でアルディラは彼へ応える。
ずっとずっとアルディラの心を捕らえて放さない彼に。

、カイル? どうしたの?」
天へ向けていた顔を真横に戻し、アルディラは駆け寄ってくる とカイルへ不思議そうな気持ちを込めた眼を向ける。

「アルディラこそ顔色が優れぬが大丈夫か?」
手をアルディラへ差し伸べ は静かにアルディラへ口火を切った。
「え?」
笑顔だったアルディラの顔がカイルにだって分かる位、見る間に強張っていく。

アルディラの瞳には初対面の時の鋭さが宿っていた。
はアルディラへ向けた手を元の位置に収める。

 そうか、そうなのかアルディラ。
 そこまでしてハイネルに逢おうとしておるのだな?
  例えそれが『偽りの』ハイネルであったとしても。

 碧の賢帝・紅の暴君・遺跡。

 三つに分断されたハイネルの意識は全てがハイネルであり、ハイネルではない。

 融機人のアルディラがこの矛盾点に気付かぬわけがなかろう。
 知っていて敢えて、といったところだな。

カマをかけたのは自分。
アルディラの顔色は遺跡の意思に蝕まれ少し青い。

自分で望んで受け止めている遺跡の意思であっても、それ自体がハイネルではない。

核識からの指令とも云える。
伝達を受ける側、アルディラにもそれなりに負荷は掛かる。
だからわざと は尋ねた、顔色が優れないと。

「クノンが薬の材料を取りに行っておるのだろう? その間の薬は足りておるのか? もし急ぎなら」
「有難う。薬なら余分にあるから大丈夫よ。御免なさい、少し勘違いしてたわ」
心持ち声のトーンを落とし はアルディラだけに聞えるよう囁く。

の台詞にアルディラは直ぐに破顔して笑顔を取り戻した。
アルディラは言葉を強引に遮りこの話題を終わらせる。

「………」
はアルディラの無作法を咎めず、沈黙した。

 焦がれた相手がアティという部品で出現したとして、アルディラ。
 それで本当に良いのか?
 ハイネルがその行為を喜ぶと考えておるのか?
 幾ら求めてもあの時にハイネルの生は終わっておる。認めてはやれぬのか?
 ハイネルの死を。

考えて は俯く。

自分とは精神の造りが違う人の心を持つアルディラの痛み。
察することは出来ても感情を共有する事は出来ない。
が想像を巡らすしか術がないのだ、その痛みの大きさを推し量って。

「で、俺達がココに居る理由だけどさ。 がお裾分けをしに来たんだ。果物と花のジャム。それをクノンが淹れる紅茶にブレンドしてもらいたかったらしくてな」
頭を掻きカイルは に代わってアルディラへ説明する。

「そうだったの? 嬉しいわ……紅茶にジャムって案外美味しいのよね。クノンが戻ってきたら早速味見してみるわ。私は仕事があるから、これで失礼するわね」
とってつけたように単語を並べ、アルディラはそそくさとこの場を去っていった。

は黙ったまま別れの挨拶はなし。
カイルもカイルでアルディラのらしくない態度と様子に腕組みして考え込む。

暫くそうやって考え、逡巡し、カイルは を凝視した。

「カイル?」
カイルから頂戴する熱い視線。
不躾な視線に は俯き加減の顔を上げる。

「俺より年上な はどう考えてるんだ? この島に起き始めている変化を」
カイルは軽い口調で喋りながら、その目には真剣な光が宿っていた。
カイルなりに真実を求めようと手探りで動いているのかもしれない。

「人に意見を求めるなら、まず自らの意見を述べよ」
見極めたい。
カイルの真摯な眼差しを盗み見て は考える。

の耳に聞えるカイルの音が安定しているのもあるし、ジルコーダ事件で垣根を越えた今のカイルなら。
きっと広い視野で剣を巡る争いを見通せるかもしれない。
だから確かめたい。
カイルの考えを。

「悪かったな。そうだな……護人達はどういう経緯で護人になったんだろうな。この島で起きた召喚師達の争いとどう関わりあったんだ?
いや、どんな役目で関わっていたんだろうな、あの四人は」
アルディラが消えた通路、中央管理室へ繋がるその入り口へ顔を向けカイルは小声で言った。

薄明るい照明だけが通路に点在し、通路の先にある筈の中央管理室はここから見えない。
真っ暗な穴があるようにも見える。

「それからアティを中心に回る見えない糸も気になるぜ? 蜘蛛の糸みたいにアティを捕らえて取り込もうとしている雰囲気だな。
島そのモノがアティを、って思うのは俺の誇大妄想かもしれないけどよ」
自分でも上手く思考が纏められないらしい。
カイルはたどたどしい言葉遣いで自分の感じたままを へ伝えた。

「下らない海の男の責任感さ。俺が剣の主になったんだったら、それで良かったんだけどな。まして剣の奪還さえ出来れてれば……こんな面倒にもならなかった」
苦渋に満ちるカイルの声音。

『口先だけで懺悔するなら誰でも出来るぜ? 海賊の頭、さんよ』
強烈な魔力が風を巻き上げ、 が肌身離さず持ち歩くサプレスのサモナイト石。
紫色の石からバノッサが自分の意思で具現化する。

皮肉るバノッサの喋り口調にカイルの表情が僅かに固まった。

「兄上」
は上目遣いにバノッサを見上げ咄嗟に彼の上着を掴む。

カイルも反省しているのに追い討ちでは流石にカイルが気の毒だ。
これだけカイルは男気をみせているのに。

『ああ、分かってる。もし手前ぇが責任を取りたいというなら止めねぇよ。ただ一旦聞いてしまったら後戻りは出来ねぇぜ。この島と、これからの戦いそのものからな』
最終確認の意味も込めバノッサはドスを利かせカイルを威圧する。

この程度で怯むようなら話は聞かせられない。
生半可な覚悟では乗り切れない戦いだからだ。

「構わない。教えてくれ、この通りだ」
カイルは上着を翻し素早い動作で固い床に正座する。

シルターン風に土下座をして額を冷たい金属の床に押し付けた。
海賊一家の頭領が名も知らない正体も分からない、バノッサ相手に頭を下げる。
尋常ではない覚悟だ。

『ここじゃ場所が悪いな、 出来るか?』
無数の眼がカイル達を捉えている。
大多数は が無力化していたが、長時間これらを誤魔化せばアルディラに疑われるだけだ。
バノッサが短く問いかける。

「出来る」
対する は悠然と微笑み蒼い羽を緩やかに持ち上げた。



Created by DreamEditor                       次へ
 最初は(カイルの初期設定ってズレまくりです・汗)カイルは主人公側になる筈じゃなかったのに……。
 船長、イスラと同じくらい勝手に動いてくれてます。ブラウザバックプリーズ