『話題休閑・すれ違う想い3後(薬を探して)』
カイルに事情を説明し、クノンを捜しにラトリクス外へ出た 達を待っていたもの。
腰に手を当てて白けているウィルと、額に手を当てているベルフラウ。
やや疲れた顔のヤードと顔の汚れを拭き取るソノラ、無表情のキュウマ。
それから擦り傷だらけのアティと何かを手にしたクノンだった。
「肝心な時に居ないんだから、しかもカイルまで
と一緒だし」
仰々しい態度で肩を落としウィルが
へチラッと視線を走らせる。
「ラトリクスまで
を迎えに行く暇がなかったんだもの。仕方ないじゃない」
意外にもベルフラウが を庇う。
素っ気無く肩を竦め、 にだけ分かるようウインク一つ。
はベルフラウの配慮に感謝して表情を緩めた。
「ジルコーダの巣にクノンが薬を取りに行ったのよ、一人で。先生が気付いて、ウィルがアタシ達を呼びに来て、この間の炭鉱まで助っ人しに行ってたの」
怪訝そうなカイルに近づきソノラが経緯を軽く説明する。
「無茶をする方ですね、アティ殿は」
やんわり困った感情を音に乗せ、キュウマが誰に言うとはなしに口を開く。
「でも不快ではない。汝にとっても良き刺激になっておるではないか?」
は揶揄する口振りでキュウマに声をかけた。
刺々しさだけが目立っていたキュウマの対応。
ジルコーダ事件をきっかけに彼も確実に郷以外の者へも心を開き。
周囲をキッチリ見極めようとしていた。
「鋭いですね、
殿は。その通りですよ、アティ殿の行動は自分の短慮を悉く覆していくものです。修行不足の自分を痛感しているところですよ」
キュウマは照れた風な笑み付きで の指摘を潔く認める。
叶わない遺言を抱え行き続ける機械、それがアティが島に来るまでの自分だった。
今は違う。
僅かに光明が差し込み始めている。
この好機を逃したくはない。
彼女の説明を鵜呑みにしたわけではないがキュウマにも譲れないモノがある。
キュウマの不自然に、見た目には自然に落ち着き払っている態度が気に入らない。
顎に手を当て考え始めた
の着物の袖部分を控え目にクノンが引っ張った。
「
様、少し宜しいでしょうか?」
クノンは手に持った鉱物らしき物体を丁寧に広げた袋に入れ、腕にかける。
目線でアティ達から距離をおいた場所を示したクノンに反応するのはカイル。
「俺はソノラ達とアティの活躍話を拝聴、といくか」
ニカッと笑ってカイルが手を振り から離れていく。
カイルはアティに近づき、ベルフラウやウィル、ソノラにキュウマを巻き込み会話を始める。
時々ウィルに睨まれ頬を引き攣らせるのはご愛嬌だが、カイルにしては器用に囮役をこなしていた。
「ふむ。カイルの気遣いを無駄には出来ぬな。あちらに移動しよう」
ラトリクスの壁と建物が視界に入るギリギリのライン。
草地を顎先で示し
が歩き出し、クノンが後に従う。
「ここまで来ればキュウマとて我等の会話を聞くことは出来ぬ。クノンよ、深刻な悩みを抱えておる様だが大丈夫か?」
は顔を傾け少し目線の高い、クノンの瞳を上目遣いに見上げた。
「………わたしは、壊れてしまうのかもしれません。主を疑うなんて異常を起こしているから……それでも最近のアルディラ様は。わたしから見ていて本当に不自然なのです」
両手を組んで胸に当てクノンは悲しそうに眉根を寄せる。
細かく震えるクノンの声と身体が当人の不安を最大限に顕していた。
「夜な夜な電波塔に赴き、誰かの、第三者の声を受け止めて。昼間は、わたしの知らない表情を沢山みせる明るいアルディラ様なのに。
わたしだけが見る夜のアルディラ様はとても暗い。アルディラ様がアルディラ様ではなくなっていきます。そうとしか思えません」
乏しい表情ながらクノンは顔を恐怖に強張らせる。
大切な者を失うかもしれない、その恐怖に理性を凌駕されて。
「良く決心して我に打ち明けてくれたな? クノン、感謝の言葉もない」
は震えるクノンの組んだ手に自分の手を重ね、微笑を浮かべる。
ふんわり笑った
にクノンは混乱をきたす電子回路の熱が引いていくのを感じていた。
「だって 様はわたしを友だと言って下さいました。
様になら打ち明けられると思ったのです」
クノンを一個の個として認識し接してきたのは、アルディラを除けば が初めてである。
の行動は時々度し難いけれど、彼女はアティとは違った意味で強く美しい、そしてとても優しい存在。
さり気なく を観察し続けていたクノンはこう判断を下した。
だからこそ、アルディラの『眼』が届かないこのギリギリの場所で胸中を明かしたのである。
「そうか」
クノンの瞳を真っ直ぐ己の眼(まなこ)に受け止め は短く返答した。
動き出す。
時の歯車がそれぞれの思惑と闇を乗せ、島という舞台に照明を落とし、悲劇という名の茶番劇が遅まきながら開幕のベルを鳴らす。
「クノン、真にアルディラを救いたいと汝は願うか? 本心から願うなら我は最大限クノンの願いか叶うよう助力する。
だがアルディラを助ける行為は、禁断の扉を開くのと同等の重きを持つ。分かっていて尚汝はアルディラの精神の救済を望むか?」
は珍しく慎重にクノンの真意を測る。
クノンの協力は にとって有難い。
アルディラの奇行を食い止める歯止めになってくれるからだ。
ただファリエル達と同等に易々とクノンを引き入れる事はできない。
途中で
の魂胆が露呈した場合、クノンに齎される被害が大きすぎる為である。
「「…………」」
寸分の嘘も偽りも許さない。
真っ向から瞳をぶつけてくる
と、クノンの感情が表れにくい瞳が交差する。
「………はい」
たっぷり七分間
の蒼い瞳を堪能した後、クノンは決意を口に出した。
「わたしはアルディラ様をお救いしたい。それがアルディラ様の意に沿わなかったとしても。アルディラ様にずっとずっと笑っていて欲しいのです。
寂しい微笑ではなく、心からの笑みを浮かべて笑っていて欲しいのです」
きっぱりとクノンは言いきった。
他愛もないお喋りをして笑うアルディラ。
普段はラトリクスに篭りっきりだったアルディラが外を歩き、柔和な表情を湛える。
全て全てクノンのデータにはないアルディラばかりで、それが本来のアルディラだったのだと。
クノンはおぼろげながら理解していた。
アティ達と交流を持ち概ね順調だったアルディラの表情が、僅かな変化を始める。
時折空を見上げ躊躇うよう表情を曇らせる。
風雷の郷の護人とも自分に隠して接触している。
怪しい。
公明正大をポリシーとするアルディラらしくない。
「廃棄される覚悟は出来ています」
決意の拳を固めたクノンが最後に付け加えた。
「ならば公平に我の本来の目的を説明せねばな。今宵、ユクレスへ我に届け物があるとアルディラに説明し赴いてきてはくれまいか? ラトリクスでも良いが、眼が多すぎる」
は腹を括った。
誤魔化してもぼかしてもクノンは真実に辿り着く。
事実を知ったクノンが一人で耐え切れるだろうか?
否、人一倍(機械一倍?)繊細な心の造りを持つクノンには耐えられない。
だったらこの時点でクノンも仲間に加えるべきだ。
アルディラもキュウマも譲れぬだろうな。
だが、我も譲れぬ。どちらが正義だとか悪だとかは申さぬ。
どちらも互いから見れば『悪』だからだ。
我は我が護りたいと願う存在を救う為に戦う。
譲歩はせぬぞ、アルディラ・キュウマ。
遺跡の封印はハイネルの、ファリエルの、あの兄妹の願いでもある……。
綺麗事は言わない。彼女達も自分達も。
互いに近しい人を護る為に動いているだけで、その行動に正当性はない。
敢えて屁理屈をくっつければ以下のようなモノ程度だ。
将来の誓約者が消えてしまえばリィンバウムがメルギトスに蹂躙されてしまう事、位。
若しくはバノッサ、カノン。
追加するならキールを筆頭としたセルボルト兄妹も、精神破綻親父の魔手により魔王化。
最悪オルドレイク辺りが本当に『新しい世界を創造』しているかもしれない。
歴史が狂う、時間の流れを正す。
この二点においては がこの島に呼ばれた理由そのものであり、控え目に正義だと、自らの行為が正しいと。
主張出来る事由である。
それも今を生きるこの島の者や、アティ達に己の優位を示す理由にはならぬ。
未来とは現在の積み重ねであり。
本来ならば我が登場すべきではない、舞台(場所)だからだ。
未来のリィンバウムを笠に彼女達を脅す真似だけはするまい。
は改めて自身の胸に誓いを立てる。
当人に真実を見てもらい、それで考えて欲しい。
ハイネルが生きていると言えるのか? 他者を犠牲にして故郷に帰った時、自身を許せるのか。
知り合った以上、それ位のお節介は許されると考える。
尤も の考えはお節介を遥かに超越した、魂を揺さぶる干渉なのだが、
本人は自身の行動の偉大さに無頓着だった。
「了解しました、
様」
クノンは口元を数ミリ動かし綻ばせ
へ答える。
「有難う御座いました、アティ様。皆様、失礼致します」
何事もなかったようにクノンはアティ達へ自ら近づき、感謝の気持ちを伝えた。
それから卒ない態度でそそくさとラトリクスへ去っていく。
「我はカイルと散歩を続行させてもらうぞ。良いな? カイル」
帰る相談をしているアティ達へ一言断り、
はユクレスの方角へ足を一歩踏み出す。
「留守は頼んだぜ、アティ・ソノラ、ヤード。……姫様のお供も中々、面白いな」
「姫様?」
満面の笑みを浮かべるカイルに、姫様=ミスミか? なんて大ハズレな考えをした
は、訳が分からず頭の中で疑問符を大量に飛ばした。
Created by
DreamEditor 次へ