『すれ違う想い1』
最近島に学校が出来、比較的 の朝は平和になった。
ウィルやマルルゥと朝食を摂り、パナシェがウィルとマルルゥを学校に誘いに来て二人を送り出す。
そうこうしていると、シアリィがスキップしながら の家へ押しかけてきて惚気大会。
オウキーニの腰が引けてしまっているのはご愛嬌だが、二人の相性は良いと見抜いている 。
適度にシアリィへ相槌を打ち昼食の下準備を行う。
これがほぼ午前中の日課だ。
「あの……実は……先生が助けたイスラ君なんですけど……実は、実は」
とお揃いのエプロンの裾。
ギューっと力いっぱい握り締めシアリィは一生懸命に言葉を口から押し出す。
「帝国のスパイだったのであろう? 把握しておる、捨て置け」
カイル一家と狭間の領域とラトリクス。
差し入れするジャム製作の手を止めず、
は煮詰まってきた果物を木ベラで適度に均した。
「違うんです!! ジャキーニさん達に不意打ちの手伝いをさせるつもりなんです。召喚術の使い方をジャキーニさんに教えて……。
まだ、ジャキーニさんは決めてないみたいですけど。わたし心配で……」
眉根を寄せ表情を曇らせたシアリィはほぅとため息を付く。
「ジャキーニも海賊。我が身可愛さに帝国軍へ尾尻を振るほど落ちぶれてはおらぬ。いざとなればオウキーニがジャキーニの早計を止めるであろう。案ずるな」
は一旦作業の手を休め、シアリィの肩を軽く一回叩いて彼女を宥める。
主にシアリィが心配しているのはオウキーニの身の安全だけ。
恋する乙女は正に。
今のシアリィなら片手で龍を殺せるやもしれんな。
マグナの読んでおった恋愛小説、確か帝国で昔に流行したとミモザが申しておった。
ニンマリ笑う
と複雑な顔になるシアリィ。
「信じてやらぬか? オウキーニを、リィンバウムに住む人という種族を」
がニンマリ笑いのままシアリィへこう言葉を投げかける。
「あ……!? はい、信じたいです。ううん、信じます。信じます! わたし」
シアリィは に最初に言われた台詞を思い出し、慌てて自分の発言を訂正した。
を信じるからこそ協力しているのだし、オウキーニを信じているからこそ島の成り立ちを教えたのだし。
自分の行動が正しいと信じているからジャキーニ一家とも積極的に交流を持っているのだ。
「すみませんでした。早くジャムを作って皆さんにお裾分けしに行きましょうね!」
ふっきれた調子でシアリィは機敏な動きを取り戻す。
普段の明るくて素直なシアリィの手際よい料理の手さばきに満足し
は自分も作業を再開するのだった。
ジャムのお裾分け先、最初は狭間の領域。
フレイズの熱烈な歓迎を受け、瞑想の祠で待つファリエルの元へ向かう。
『素敵、お花のジャムなんて聞いたことがないわ。こっちは果物のジャム……良い香りね。これなら素敵なお茶が出来そう』
篭から出したファリエルとフレイズへのお裾分け、バラの花に似たリィンバウムの花のジャムと、苺味のする果物から作ったジャム。
瓶詰めにした二つをファリエルに渡すと、ファリエルは弾んだ声音でそれを受け取る。
「ええ、そうですね。
様有難う御座います」
ファリエルの喜びに満ちた笑顔を慈愛に満ちた瞳で見詰め、フレイズが穏やかに応じた。
「喜んでもらえて我も嬉しいぞ。サイジェントのフラットという孤児院で母親代わりをしておるリプレママ直伝ジャムだからな」
は鼻先を擽るジャムの香りに満面の笑みを浮かべる。
常にサイジェントではフラットで味わっていた甘い香り。
リプレママに教わったとおりに出来たと、ジャムの出来に大満足の
だ。
『
が戻ったら、リプレママさんにお礼を言っておいてね! 素敵なジャムだって』
ジャム瓶の蓋を閉めファリエルが頬を赤らめて告げる。
は黙って一度だけ瞬きして返した。
と、姿を消したフレイズが果物ジュースを持って戻ってくる。
これはファリエルが と友達になってから、狭間の領域に新たに常備されるようになった代物だ。
ファリエルの変化を心地良く感じながらフレイズは祠の入り口に腰を下ろす。
「さて、ファリエル、フレイズ。帝国が動き始めようとしておるが、どうも隊長のアズリアという女傑、無色とは無関係そうなのだ。
決め付け動くには情報が足りぬ、よって暫し状況を傍観しようと思う。その間にメンバーの底上げを図りたい」
甘酸っぱいピンクグレープフルーツ味のジュース。
一口含み、
は今日の議題をファリエルとフレイズへ持ち出した。
「メンバーの底上げ、ですか? わたしやファリエル様は、彼女にお願いして定期的に界廊を利用しておりますが……。
それに 様も、兄上様もイオス様も訓練の必要はないでしょう?」
一応は密談なので邪魔が入らぬよう警戒中のフレイズ。
顔を祠入り口から外へ向け、振り返らずに会話に参加する。
『でもフレイズ、実際に頑張ってもらわないといけないのは、剣の主である先生だわ。結局わたし達は外野でしかないもの。
帝国も無色も遺跡もそうだけど、彼等が狙っているのは封印の剣よ。剣を出し入れできるのは先生だけ』
ファリエルはアティ達の戦力不足を指摘した。
戦闘を重ねチームワークも形になってきたアティ達。
相手が帝国だけなら事足りても、その背後に鎮座するのが無色だと知ったらどれだけ準備をしておいても無駄という事はない。
あの悲劇の戦いを実体験したファリエルだからこそ発言にも重みが加わる。
「ファリエルの真意も分かる。しかしな? 我は全てをアティに押し付けるのは不本意だとも感じておる。
また剣の成り立ちと遺跡の真実、ハイネルの末路を知った上でアティに判断して欲しいのも本心なのだ」
が苦い口調で苦言を呈した。
確かにキーパーソンはアティ。
アティにしか出来ない事も現段階では多い。
でも一人に決断を迫るというのは酷である。
沢山の命を巻き添えにする争いの行方を決めろというのは余りにも残酷だ、アティの性格を考慮すれば。
「アティもジルコーダの一件から喚起の門・遺跡について疑念を抱きつつある。結論下すのを急がせてはならない。我々で出来るだけアティを支え、考える時間を与えねば」
なんだかんだ理屈を捏ねても矢面に立っているのがアティ只一人。
カイル達はアティの仲間として無意識にアティの剣の力を当てにしている。
島の面々、遺跡の活性化を望まないヤッファは沈黙し、アルディラは何かを画策、キュウマは現在のところ水面下でなにやら動き。
ファリエルは と一緒に今後を考え鍛錬の最中。
全員が全員『アティは強いから大丈夫』と決め付けている節がある。
『先生って元軍人だけあってとても強いし、召喚術も得意だし。碧の賢帝もあるのだから心配は要らないと思うけど?』
「あの方の魂の輝きはとても美しいですよ? 勿論、ファリエル様や
様には遠く及びませんが。意志の強い方だと思います」
の見立て通りアティへ寄せる信頼から、ファリエルとフレイズは発言。
その内容に危機感は感じられない。
は眉間に皺を作った。
「兎に角笑って周囲を和ませ誤魔化すアティの精神が、汝等の云う様に強いとは思えぬ。周囲は安心するだろうがアティは何に安心すれば良いのだ?
一人に背負わせておいて我が口出しできた義理はないが、支えはアティにも必要だと感じるのだ」
若しくはアティ自身が個人的に大切に想える誰かを。
ハヤトやトウヤだって博愛主義者じゃない。
不特定多数の誰かの為に笑っていられるほど酔狂でもない。
それがあの時は効果的に働いていた。
今回は違う。
アティは余りにも『聞き分け』が良すぎるのだ。
アティにだって不安な気持ちはあるだろう。
孤独に感じる気持ちも、嫌悪感も人並みに持ち合わせているだろう。
なのにアティは自身の不快と孤立を押し隠し笑って励まして皆を陽光の如く照らす。
だから誰もが安心してしまうのだ、アティは強いから大丈夫と。
『先生がどうやったら安心できるか……わたし、先生はいつも笑ってるから。大丈夫だって云うから気にした事……』
なかった。
続けて喋ろうとしてファリエルは顔を強張らせ、口元に手を当てる。
兄の悲劇の記憶を無意識に避けていたせいかずっとずっと忘れていた。
兄がどのような願いを抱えこの島を作りそして護り散っていったかを。
「そうだファリエル。ハイネルと似ておるのだろう? 今のアティは」
固まったファリエルに は念押しのようにその台詞を吐き出す。
音に出して気持ちの良い内容ではない。
でも現実を把握するという行為は痛みを伴う。
は胸に刺さった棘が痛み出すのを認識しながらも、きちんと発言した。
『そう、兄さんにそっくりだわ、先生。性別とか性格とか、まったく違うのに考え方や行動が本当にそっくり……。
わたしは護人になって少し成長したと思ってたのに。まだまだなのね、色々と』
笑う。
笑顔・笑顔・笑顔。
相手を安心させる為と自分を安心させるための自己暗示。
その脆くも強い精神に惹かれ剣はアティを『新たな適格者』と認定した。
在りし日のハイネルが無理だと悟っていて核識となった時と同じ様に。
ファリエルは重なる兄とアティの笑顔に身震いする。
「ファリエル様……」
心配顔のフレイズが上半身を捻ってファリエルの名を呼ぶ。
『フレイズ、わたしなら大丈夫。逃げたりしないって決めてるもの。それに心強い仲間がいるわ。相談も出来るし、遠慮なく考えを言い合える……でも先生は一人』
親指の爪を無作法に齧り、ファリエルは遠くを見詰め小さな声で呟いた。
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