『楽園の果てで5』
ジルコーダの事件の時と状況は似ていた。
溢れ出る亡霊兵を奥の間に通さぬ様、敵を倒して倒して倒して……。
もバノッサもイオスも本気を出している。
「まったくメルギトス戦以来だな」
槍で骸骨兵の眉間を貫いてイオスは嘆息した。
『今更弱音か?』
バノッサの魔力の圧力に耐え切れず粉々に砕け散る亡霊兵の身体。
靴裏で踏み潰しバノッサが唇の端を持ち上げる。
「まさか。余りのしつこさに辟易しているだけだ」
半身を捻って敵兵の槍先を避けイオスは言葉を返す。
ヤッファは黙々と腕を振りかざし敵を屠り、キュウマも素早い移動で敵を翻弄する。
元々召喚術が得意なフレイズは回復役を担い傷ついた仲間を癒して回っていた。
実はヤッファもキュウマもフレイズも。
戦いながら軽口を叩き合う彼等に驚愕していたりするのだが。
「我が呼びかけに応じよ」
エイビスと牙王アイギスをダブルで召喚し、溢れる水に乗って縦横無尽に駆け巡る牙王アイギスを微笑ましく見守る 。
を目撃してしまえば。
流石は女神の兄と自称・将来の恋人を名乗る者だけはある。
等とも感じてしまう。
神様と一緒に居るには並大抵の努力では通用しないのだろう。
だからあんなに強いのだ。
喋る元気も余力もないヤッファ達は必死に戦いながら、アティ達の勝利だけをただただ信じていた。
そうしてどれ位戦い続けただろうか?
不意に亡霊兵の身体が砂上に崩れ通路に落ちていった……。
遺跡が激しく揺れると同時に何かの咆哮が響き渡る。
『ありがとう……』
陽炎のように揺らめく身体を伴って表れたハイネルを一瞥するなり、 は魔力をハイネルに込め実体化。
問答無用で無色のサモナイト石から獲物を取り出しふりかざす。
間をおかずブゥンと空気を切り裂く音がする。
ばっちこーん。
久方振りに聞く痛々しい音と壁に激突して涙を零すハイネルの情けない姿。
ヤッファは額に手を当てて俯き、キュウマは頬を引き攣らせ。
フレイズは無様なハイネルの姿を見なかったものとして記憶から抹消した。
『ひ……酷いじゃないか……。確かに無茶なお願いはしたけど……』
涙目のハイネルが恨みがましく
を見詰める。
「漸くスッキリしたぞ、ハイネル」
片やハリセンを手に晴れ晴れとした笑みを浮かべる は怖い。
瞳に剣呑な光を宿したまま笑う を敵に回さなくて本当に良かった。
認識を新たにするヤッファとキュウマである。
『……それで君の気が済むなら仕方がない。元々は君達には無関係な事件だったのだから。有難う、僕の願いを受け入れてくれて』
激しく強打された後頭部を擦りながらハイネルは立ち上がった。
「兄上達の命が掛かっておる。受け入れるも何もなかろう」
にべもなく言い捨てて
は両頬を膨らませる。
『違うよ、
。君はアルディラとファリエル、それにヤッファやキュウマ。皆の心を救ってくれたんだ。僕の身勝手で傷つけてしまった大切な人達の心を。だから有難う』
ハイネルの偽らざる感謝の気持ちに は肩を竦めて口をへの字に曲げた。
最後の最後で感謝されるくらいなら……悪態の一つもお見舞いしたいが、ヤッファ達にとっては今生の別れ。
は控え目に仕草を返した。
「ハイネル、お前……」
悲しみに沈んでいたのは自分達だけではなかった。
気付きヤッファはかつての友を、主に声をかけようとして口を閉ざす。
過ぎ去った過去を掘り起こしても何も出てきやしないのだ。
今更ながらに後悔が胸を駆け巡る。
『島を覆う遺跡の結界は消えた。魂達も無事に天へ還っていく筈だ。僕はもう一仕事したら還るよ、僕があるべき場所へ』
「ハイネル殿!?」
穏やかな表情で告げるハイネルにキュウマがその名を呼ぶ。
『死者は生き返らない。世界の理だ。最後まで我侭を言って悪いと思ってる。でも君達で島は守っていけると僕は信じている。信じているから僕はあの世に還るよ』
ハイネルは最後に極上の笑みを浮かべて空気に溶け込むよう、去っていった。
「ならばあ奴も天へ還してやらねばな」
ハイネルを見送って少々間の抜けた空気が漂う中、 が懐から何かを取り出す。
赤い破片を見てなんとなく嫌な予感に背筋を寒くするヤッファ。
面倒ごとに関わるまいと逃げ出そうとしてバッチリ見てしまう。彼を。
『……ああ、そうか。全てが終わったんだね』
透き通る身体で周囲を見渡して第一声を発するイスラ。
キュウマは空気を喉に詰まらせ盛大に咳き込み、フレイズも翼を広げたまま薄っすら口を開いて固まった。
バノッサとイオスは知っていたのか動揺は少ない。
「イスラの魂が遺跡に取り込まれるのを危惧して、我が暫定的に預かっておったのだ。アズリアに告げてもよかったが、悲しみを増すだけであろう」
疑問符を顔に浮かべる三人へ答え
はイスラへ顔を向ける。
「さてイスラよ。汝もあの光に乗って……」
『生憎だけど君の指図は受けないよ?
』
天井を指差した
の言葉を見事に途中で遮ってイスラは首を横に振った。
『僕は何も知らないで死んだ。自分が馬鹿をやったからなのは百も承知さ。だけど僕にも心残りというのはあったみたいでね? ソレを解消してからあの世に行きたい』
一時的に紅の暴君に宿って の視野を垣間見た。
イスラは一種の感動と憤りを感じて自分が甘かった事を認めた。
の強さと脆さ。
バランスの悪い彼女は自分と似ている。
時の流れに家族を奪われる恐怖を胸の片隅に抱きながら、毎日を普通に生きる彼女の心。
だからこそ強く弱く優しい彼女と一緒に居たいと。
漠然とイスラは願い、決めた。
生まれて初めて自分の意思で、ココに残ると。
「
、彼を早く天国へ送ってやれ」
不吉な予感に苛まれたイオスが慌てて を促すも、イスラは鼻でイオスを笑い飛ばす。
二人の視線が絡み合い
を挟んで火花を散らした。
『馬鹿が一人増えようが、二人増えようが手間はかわらねぇよ』
問いかける眼差しを送ってくるヤッファにバノッサは無表情で答える。
『僕は世界を知りたい。いや、ごく当たり前の毎日を知りたい。君が見ている景色を見てみたい。……僕を君の護衛召喚獣として認めないか?』
幸い紅の暴君の力の一部はイスラの魂に流れ込んでいて。
いうなればファリエルのような状態となっていた。
サモナイト石に契約を刻めばイスラもココに留まれる。
には分るだろうから自分の状態を省いてイスラは望みを口に出す。
「我は強いぞ」
今更護衛召喚獣は必要ないだろう。
含ませた発言を行う にイスラは笑顔を崩さない。
秘策でも持っている風に笑う。
『その代り君が“母なる存在”へ還る日まで僕はずっと君の傍に居るよ』
『いいだろう』
したり顔で提案するイスラに静観していたバノッサが至極簡単に許可を出す。
「バノッサ兄上!?」
も突然バノッサが許可を出したので弾かれて兄の顔色を窺う。
一体どのような心境の変化だというのだろうか。
『扶養家族が増えようがこっちは困ったりしない。一気に魂を浄化され罪を許されるより、現実を嫌という程見せてやってからあの世に送っても遅くはないだろう』
言ったバノッサに は抱きついてグリグリと頬を押し当てる。
永遠なんて何処にもない。
時は移ろい全ては過去という名の言葉に流されていくのだ。
時の流れを傍観する に相応しいとは言いがたくても。
を知る者が と寿命を共にするなら。
それも悪くないと思えるバノッサである。
何より肉体を持たないイスラは適任だ。
なまじ肉体を持っていると目先の欲に囚われ暴走してしまうだろうから。
某派閥の双子の片割れのように。
『決まりだね』
勝ち誇った表情を浮かべるイスラにイオスが眼光を鋭くした。
イオスにもおぼろげにバノッサの思惑は理解できたが、それはそれ。
これはこれ。
これ以上 を巡る厄介な虫が増えるのはご免被りたいのが率直な本音である。
イオスが眉間の皺を深くしたまま口を開きかけ唐突に消えた。
バノッサが僅かに眉を持ち上げイオスと同じく消える。
「どうやら我の役割もここまでらしい」
召喚術独特の浮遊感を感じて
は三名の顔を順に見遣った。
「ハイネルの力……遺跡にある力によって呼ばれた我だ。遺跡の力が弱まってハイネルが成仏した今、送還されるのだろう」
還る=兄の無事である。
は無邪気にニッコリ微笑む。
「また会おう、と皆に伝えてくれ。頼んだぞ、ヤッファ・キュウマ・フレイズ」
『姉さんには内緒にしておいてね? でなきゃ
呪うよ』
呑気に手を振って消える とイスラ。
ある意味二度と係わり合いになりたくないコンビの別れの挨拶に一気に脱力してヤッファはその場に蹲った。
無論、役割を終えて還ってしまった をどうして引き止めなかったのか?
後にこの三名が決戦に挑んだアティ達から非難を浴びたのは言うまでもない。
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