『島の物語の終わりに』
スカーレルは『ほぅ』なんて盛大にため息を吐き出し、地脈も火山活動も収まった島から海面を眺める。
「あ〜あぁ。アタシは絶対に誘うつもりだったのよ? 定住は無理でもね? 暫くの間、船で過ごして貰えたら
だって楽しいだろうし。アタシも楽しかったのに」
不満タラタラのスカーレルに近寄れる兵は少ない。
愚痴るスカーレルを遠巻きに見詰めソノラとベルフラウがお手上げした。
「そうだなぁ」
哀愁たっぷりにカイルがスカーレルに相槌を打つ。
どうやら二人して を自身の海賊船へ客人として招く予定だったらしい。
肝心の が早々に還ってしまったので計画そのモノは頓挫してしまったが。
黒いオーラを垂れ流す男二人ほど見苦しいものも無い。
愚痴りあうスカーレルとカイルに近づく者は居なかった。
「まったく残念です。ファリエル様と精一杯のもてなしをと計画していたのですが」
スカーレルとカイルからやや離れた場所で語り合うのが、狭間の領域コンビ。
フレイズが心底残念そうに言った。
『本当よ。詰まらないわ……強制的に が還されちゃうなんて!!
兄さんの意地悪っ!! 少しはこっちの事情も考えて欲しかったわ』
フレイズと一緒に憤っているファリエル。
こちらは例の二人と比較すると微笑ましい。
「でも が『また会おう』って言っていたなら。絶対に会いに来てくれます。
が島に来てくれるいつかの未来の為に、島を守っていかなくては」
フレイズとファリエルの慎ましい文句を聞いていたアティが割って入る。
ヤッファ達に託された伝言で は必ず『また会う』と明言したのだ。
有言実行の が気紛れでそんな伝言を残すだろうか? 否残さない。
だとしたら確実に。
どんな手段を使ってでも は自分達に会いに島へ行くだろう。
アティは確信を持って告げる。
「そうじゃな。残念だが、成長したわらわ達を見て驚く がいたら愉快かもしれん」
扇の端で口元を隠しミスミは上品な笑い声をたてた。
「よーっし!! オイラもっともっと勉強して、刀の修行もちゃんとやるぞ〜」
スバルは新たな誓いを立てキュウマに早速修行の段取りをつけて貰っている。
「それまでにツッコミをマスターしておかなくては」
密かに決意を固めるクノンの思考は矢張り微妙にボケ属性。
を手本にした影響? が出始めているのかもしれない。
「それは……勉強しなくても大丈夫だと思うけど?」
よろめきかけて踏み止まる。
アルディラはさり気なくクノンの暴走を抑えようと試みた。
「いや、あきまへん。アルディラはん、ボケとツッコミを甘く見てはいけまへんのや!」
だが逆に鍋奉行を務めていたオウキーニに真っ向から反論を喰らう。
「え……だって……」
オウキーニの反論にアルディラは二の句が出ずに、しどろもどろになりながら反論しかけ。
気合の入ったクノンとオウキーニに説得を諦めため息を吐いた。
島を封印する為の結界は消え、船の出入りも自由になった今。
予定通りに軍学校へ進学すると決めたベルフラウとウィルの壮行会を兼ねた一時的なお別れ会。
が行われている。
「ボウシさんは早目に戻ってくるんですね? マルルゥ、それまでに算数頑張るですよ」
不気味な盛り上がりをみせるのとは逆。
ほのぼのした空気を漂わせているのが、ユクレス組である。
鍋を突きあいながら今後について語り合う。
「うん。軍学校に入学するのはケジメをつけたいから。軍人としての勉強を積んだら島に帰るよ。……ここが僕にとっての楽園だから」
ウィルは口に含んだ葉ものを飲み込んでから答えた。
島で本来の自分を見つけたアティは、家庭教師の仕事が終わったら島へ『帰る』という。
だったらウィルの答えも一つ。
成長してアティを支える男になって、彼女の待つ島へ『帰る』だけだ。
「頑張ってね!! お兄ちゃん。ボクも勉強頑張るよ」
顔をくしゃくしゃにして笑ってパナシェがウィルを励ます。
「有難う、パナシェ。マルルゥと一緒に勉強頑張って」
ウィルが差し出した手をパナシェは喜々として握り返したのだった。
「まったく……緊張感のない」
まったりのんびりゆったり。
三拍子揃った島の空気にギャレオは半分苦い顔で。
でも内心は寂しさを押し殺し鍋を突く。
「良いじゃないか、ギャレオ」
アズリアは苦笑いを浮かべ口先だけで注意を促した。
ギャレオの寂しさは分っている。
「まだ正直……イスラが死んでしまったとは認められない私だが。軍での昇進を諦めたわけじゃない。本国に戻ったら事後処理で忙しくなるだろう。気を引き締めないとな」
島での事件を誤魔化しつつ剣の行方も知れず。
最終報告はそうせざる得ない。
任務としては失敗で、失敗が許されない帝国軍が自分達を何処まで罰するか。
見当がつきかねるアズリアだが上層部の圧力に負けるつもりはなかった。
無残に死んでいった弟の代わりに軍の頂点を目指し。
出来る事なら一家を襲った悲劇の諸悪の根源・無色の派閥を取り締まりたい。
こう願うアズリアである。
「そうしてくれると嬉しいわ、
先輩」
わざと『先輩』の部分を強調しベルフラウはアズリアに喋りかける。
ドロドロした空気を放出し続けるカイル達を避け、アズリア達の席の隣へ腰を下ろした。
「貴様っ」
ギャレオがムッとした顔でベルフラウを睨みつけるが。
ベルフラウは涼しい顔だ。
「あら? だってそうでしょう? 姉のわたしがマルティーニ家の跡取りよ。ウィルに先を越されたのは腹も立つけど。わたしも素敵な旦那様と熱愛して婿を貰わないと。
勿論、軍人としての目標は貴女だわ。わたしが上に上がるまでせいぜい頑張って頂かないと」
家を背負う重み。
覚悟はある。
ベルフラウは敬愛する将来の義妹・アティよりも先にアズリアに伝えたかった。
同じ重みを背負い天井を目指す女性に。
自分なりの答を。
「ふっ、面白い。上に上がるつもりか?」
わざと挑発してベルフラウの反応を窺う。
実力と家名だけでは頂点は目指せない。
それはアズリアが一番良く知っている。
「上がるつもり、じゃなくて『上がる』のよ。頂点目指してね。アズリア隊長の昇進記録を塗り替えるのが当座の目標ね」
強く輝く瞳をアズリアに向けて宣言するベルフラウ。
アズリアは隣のギャレオにさえ気取られない数秒間、瞠目して目を細める。
このマルティーニの跡取りなら未来の後輩であるイオスを擁護するかもしれない。
当然ながら将来の帝国軍の上層部に立っているであろう自分も。
だからこそ彼はデグレアで生き延びその後の動乱の後も。
帝国から諌められる事無く、自由騎士団に所属できているのだろうから。
「待っているぞ」
自分は酒の入ったコップを差し出し、ベルフラウに行動を促す。
アズリアからの想い持つかない言葉と行動にワンテンポ遅れたが。
ベルフラウは相好を崩して自分のコップをアズリアのそれとぶつけ合ったのだった。
「はぁ……やっと戻ってきたんだな」
穏やかな火花を散らした帝国帰還組から斜め右側後方部。
海岸線際に生い茂る木々の木陰で直射日光を避ける亜人が一匹? 腕をグルグル回しながらヤッファが胡坐を掻いて座り込む。
何かと騒がしいマルルゥはウィルに押し付け一人静けさを満喫している。
「ヤッファさんお疲れ様でした」
オウキーニと一緒に鍋の準備をしていたシアリィがヤッファの杯に酒を注ぐ。
ヤッファの苦労を知る数少ない存在であるシアリィだからこその台詞だろう。
「静かになるな」
が来てからどれだけ時間が過ぎただろうか。
振り返ればあっという間だったようにも思えたし、とても長かったようにも感じる。
振り回されるだけ振り回され、嵐を巻き起こし去っていった暴走娘。
また会いに行くと言う。
それまでは静寂を楽しもう、ヤッファは固く心に誓っていた。
「静か過ぎると物足りなくなるかもしれませんよ?」
一気に杯を煽ったヤッファに再度酒を注ぎ足しシアリィはクスクス笑う。
ヤッファの怠惰を叱る貴重な存在。
マルルゥよりも効果的にヤッファの重い腰を上げさせていた の存在が消えたなんて信じられない。
でも……もうあの小屋に が帰って来る事はなく。
今度はやって来るのだ。
遠い遠い未来に。
寂しいけれどその時までにオウキーニともっと幸せになろう、なんて前向きにシアリィは考えている。
「あ〜、かもな」
静けさが物足りないのは想像がつく。
シーンとしたなまけものの小屋でぼんやり過ごす間抜けな自分さえも想像できてしまう。
頭をガシガシ掻いてヤッファは物憂げに応じた。
「安心せい! ヒヨッコが戻ってきて学校を開けば、嫌でも島は活気付く。女神が居ないのはモノ足り無いだろうが。平和になった証だ、我慢しろ」
お米のお酒。
を燗で呑みながら豪快に笑ってゲンジがヤッファに渇を入れる。
「アティ先生が教えてくれるなら、わたしも習ってみようかな〜」
クノンが読んでいた小説、あれは面白そうだから。
付け加えてシアリィはアティを盗み見た。
本音をいうならオウキーニとの子供に文字を教えたいから、だったりもする。
「良い心掛けだ」
思案顔のシアリィを褒めてゲンジは酒を口に含む。
何処までも続く青い空に浮かぶ白い雲。
身体を駆け抜ける潮風と鼻を擽る鍋の香り。
誰かが何かを言って、ドッと笑い声が沸き起こり弾んだ声が耳を通り抜ける。
ゲンジは破顔して誰も居ない空に杯を掲げた。
この時代には存在しない女神と、女神の思慮深い兄に感謝の意を示して……。
Created by
DreamEditor 次へ