『地球の物語の終わりに』




耳鳴りと倦怠感。暫し続いていた二つが綺麗サッパリ消えている。
ハヤトはクーラーの利いた の地球にある家の居間で目を覚ました。

「はぇ!?」
そして己にしがみ付き、わんわん泣いている妹の姿に腰を抜かしかける。

何故か布団に寝かされている己の胸の上に圧し掛かって泣く
常ならば封印している姿は解除されていて美少女の外見。
蒼い髪が布団の上に散乱している。

固まっているハヤトは の向こうで興味深そうに周囲を見回しているスケスケ少年を見つけた。

、落ち着けって!! てか、何がどうなってたんだよ」
注意深く見れば夏祭りのビデオが再生されていた筈のテレビに映っているのは砂嵐。
俗にいう画面が移っていないアレだ。

加えるなら幽霊モドキの少年の服装はどっからどうみても、リィンバウム風な訳で。
これで何も無かったなんてハヤトには思えない。

しかしながら肝心の はハヤトに答を与えず泣いているだけ。
埒が明かない。

『どうも初めまして』
やがて少年がハヤトの視線に気がつき頭を下げた。

黒髪に黒い瞳。
良家のボンボン風な空気を醸し出しつつ何故か、そう何故か、クラレットやカノンやアメルに似た笑みを湛える少年。

危険だ、ハヤトは第六感で感じ取る。

『今回、 の護衛召喚獣になったイスラです。宜しく、誓約者殿』
にこーっと笑うイスラの笑みは何かありすぎ。
目を丸くしたハヤトに愛想笑いを浮かべたイスラはまだ泣いている を見下ろし嘆息した。

『君が情に脆いのは分かったから。早いところ泣き止んで事情を説明してやったらどうなんだい? 誓約者が混乱してるよ』
至極尤もの意見を吐き出しながら を促すイスラ。
助言は有り難いが腑に落ちないものをハヤトは感じる。

「ほら落ち着けって、 。どうした? 何があったんだ?」
自分も十二分に驚いているけれど。
一先ず の頭を撫でてやりハヤトは宥めに掛かる。
「兄上が死に掛けたのだ」
鼻を情けなく啜ってから が一言言った。
「?? キール? もしかしてバノッサじゃないよなぁ」
兄上と単語で表現されても幅は広い。
ハヤトは自分を除外して他を名指しした。

『……この妹にしてこの兄か。成る程ね』
ある意味、会話が自然とボケボケしているのは家族の影響か。
妙に気が抜けているようで、締める時は締める。

早くもハヤトと のボケ具合に共通点を見つけてイスラはひとりごちた。

「違う!! ハヤト兄上とトウヤ兄上だっ!!」
相変わらずの『のほほん』な兄に安堵する反面、もう少し自覚を持って欲しいと切実に感じる。
思わず は怒鳴って恨みがましくハヤトを睨みつけていた。

「え!? 俺えぇぇえぇぇ!?」

 まじで!?

付け加えて叫んだハヤトは上半身を布団から起した。
それから をもう一度座らせ直して話を聞く体制を整える。

「無色の派閥の始祖、が作り上げた遺跡があってな? そこは人工エルゴを作り出そうとした巨大実験場だったのだ。
過去の時間軸において遺跡が在りえない作動を起し、未来にて誓約者となったハヤト兄上とトウヤ兄上の誓約者としての力を奪っておった」

一息ついてから は気を取り直して語り始めた。

「へぇ〜」
ハヤトの相槌はコレである。

内心では『8へぇだな』なんて考えているに違いない。
呑気な誓約者の反応にイスラも呆気に取られた様子で何度か瞬きをした。

「へぇ〜、ではないっ!! 魔力を根こそぎ奪われたら、その後は生命力を根こそぎ奪われて死ぬところだったのだぞ」
敏い はハヤトの脳内トリビアをいち早く見抜き。
厳しい声音で生死の境を彷徨わされたハヤトの状態を詳しく説明する。

口先を尖らせる は身内の前とあってまったくの自然体。
島での はなんだか張り詰めていたのかもしれない。

傍観者に徹しながらイスラはつらつら考えた。

「や、でも過去の遺跡の悪さは防ぎようが無いだろ……流石に。ってまさか!?」
に怒鳴りつけられシリアスモードへ頭を切り替えたハヤトは、途中まで言いかけて言葉を飲み込む。

誓約者だから知っているあの世界の理。
掟。
そこいらの召喚師よりかは知識があると自負があるハヤトだ。

尤も知識は笑顔のクラレットによって容赦なく頭に叩き込まれたものであったけれど。

「遺跡の実験に立ち会った召喚師が助けを求めてきた。我の神としての力を以て捻じ曲げられてしまった争いの歴史を正して欲しいと」
「………そっか」
一気に引き締まったハヤトの表情に が重ねて簡単に説明すれば。
数十秒の沈黙の後、妙にあっさりとハヤトは の説明を、いや実際に起きた現象を受け入れた。

内容まではまだ言及しないが、(サイジェントに一回行ってからのほうが妥当だとハヤトは判断した は嘘を言ったりはしていない。
これだけは確かなのだ。
つまり『捻じ曲がった争いの歴史』とやらを妹は『正し』に行っていたらしい。
遺跡がある過去の何処かへと。

「ありがとな、 。疲れただろう」
鼻を真っ赤にして腫れぼったい瞼を曝す を胸に抱き締め直して。
ハヤトは の耳元に感謝の言葉を落とす。

イスラが口を開こうとしていたがハヤトはシカトした。
嫌な予感はヒシヒシしていて内容を聞きたくない。

『さり気なく僕を無視するなんて良い度胸してるよね』
腕組みしたイスラがハヤトの視線の先を捉えて冷ややかに言う。
「これ以上の面倒事は避けたいんだよ」
ハヤトはイスラの殺気を受け流し、遠い目をした。

一人(といっても魂だけ? の存在らしい)を認めれば二人、三人と認めなければならない。
に近づく下心満載の連中を。

そうなったらキールとクラレットとカノンが黙っちゃいないだろうし、トウヤだって笑顔で何をしでかすか分らない。
或いは? アメル、ハサハ、パッフェル……等といったゼラム組も何かしでかしそうで怖い。

「だがバノッサ兄上が承諾してくれたぞ?」
過去の島にバノッサを呼んだとはまだ打ち明けていない
事情を省きに省いてハヤトへセルボルト家長の決定を伝える。

「バノッサがぁ!? …………あ〜、ったく」

ココ(地球)に戻ってくる前にあっち(リィンバウム)に寄ったのか?

再度奇声を発しながらハヤトは頭をガシガシ掻いた。

なんだか勝ち誇った笑みを浮かべるイスラを見ると納得いかないのは何故だろう。
真意をバノッサに正したいハヤトである。

「帝国出身の亡霊、名をイスラという。事情があって我の護衛召喚獣となった」
ハヤトの葛藤を無視して は取り合えずイスラをハヤトに紹介した。

事情は追々話すにしても先ずは名前を知らなければ互いに『識り』あえない。
は早速、島での教訓を生かす。

「よろしくな、イスラ」
上っ面の笑みを浮かべハヤトは棒読みでイスラに挨拶した。

今後の嵐(クラレットの怒りやキールの不安、トウヤの怖い笑顔、カノンの拳に、アメルの追求に、ハサハの雷等等)を考えると一気にテンションが下がっていく。

頼みの綱はカシス。
ハヤト自身の怒りの矛先はバノッサに向けられるだろう。

棒読みで挨拶有難う、誓約者殿』
対するイスラも負けちゃいない。
極上の笑顔で痛烈な皮肉をお見舞いする。

バノッサが良いといっただけあって度胸はあるし、歯に衣着せぬ言動内容は正直だ。
に対して怪しい下心は無さそうで……どちらかといえば、立ち位置は『悪友兼相棒』か。
ハヤトは とイスラの関係を模索する。

「今回は仕方ないけどな、もう拾ってくるなよ」
の頭を撫で撫で撫で撫で……。
ハヤトは鈍痛が始まった頭に背筋を這い上がる悪寒(多分発生源はクラレット)を堪えながら に釘を刺す。

「?? 何をだ??」
はハヤトの苦言にキョトンとした目つきで兄を見詰め返す。
「あーゆう曰くありげなのを」
目線だけはイスラへ向けハヤトは力強く言い切った。

イスラの性格を正しく知っている訳でもないのに、彼の黒さはしっかり見抜いているハヤトである。

「イスラはペットではないぞ、護衛召喚獣だ」
「駄目なものは駄目」
言外に『犬と猫は拾ってきては駄目』とでも。
言いたげな兄の台詞と、さり気にイスラをペットレベルに近い扱いをする

『……』
大物兄妹だな。

口に出さず胸中だけで嘯き、イスラは軽く驚いて顎に手を当てた。

「とにかく行くぞ、あっちに行かなきゃ話しにならない。トウヤも死に掛けてたんだろ? 一応はリィンバウムの結界とか確認しておきたいからな」
ハヤトは の頬をふにふに抓んで気持ちを切り替えた。

自分が迷惑を掛けた云々は元より自分で選んだ道、エルゴの王という役職まで投げ出したわけじゃない。
レポートの行方は……暗くとも、先ずは友の居る。第二の家族のいる故郷の安全確認が第一だ。

プラスして とバノッサからイスラについて詳しく聞かなくてはいけない。

セルボルト兄妹が揃うフラットの居間で。
頭の中でガゼルに両手を合わせ詫びてからハヤトは立ち上がった。

『い』
一応はエルゴの王してるんだね。

イスラが嫌味を言う暇を与えず、ハヤトは早々とリィンバウムへ繋がる界の門を開くのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 サイジェントの描写を期待してくださった方、すみません。
 今回の始まりは地球のハヤトとビデオを見ているところからだったので、同じところに送還されて来ただけ。
 バノッサはサイジェントの自宅に送還されて、イオスは自由騎士団の駐屯地に送還されてます。

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