『楽園の果てで4』




海賊船と集落の者達の護衛はジャキーニが快く引き受け、不安材料は消えた。
満を持して遺跡へ乗り込むアティ達を待ち受けるのは大量の亡霊兵。

「ちっ、キリがないぜ」
拳を亡霊兵に打ち込んでカイルが盛大に舌打ちする。
「こうなったら!」
次から次へと溢れ出る亡霊兵を前に、アティは目を閉じ精神集中を始めた。
「駄目よアティ。果てしなき蒼の力は遺跡を封印する為に温存しておいて」
アティの行動を見抜いたアルディラが慌ててアティの肩を掴み、剣を出そうとしたアティを止める。
「あそこを抜ければ最深部です、急ぎましょう」
常なら慎重な行動を心がけるヤードも小走りに移動し、最深部へ通じる一点を指差す。

スカーレルがヤードとソノラを守りながら奥歯を噛み締める。
目には見える出口でもそこに犇く亡霊兵も多いのが現状。
急ぎたいのは山々なのに辿り着けないのだ。


「時間なら我が作る。早く行かぬか」
アティ達の奮闘を珍しく静かに見守っていた が徐に告げる。

思い付きとも最初からそうするつもりだったのか。
判断に迷う の台詞に誰もが一瞬だけ動きを止めた。

……」
ミスミがハッとした顔で の瞳を見つめ表情を引き締める。

これだけ大量の亡霊兵を前に全員が奥へ進むのは無理があった。
通路の幅という物理的な問題もあるが、アティの力を温存した状態での戦闘を繰り広げる自体が厳しい。
がミスミへ視線を走らせ悠然と微笑み小さく頷く。

「こちらはわらわ達に任せておけ」
着物の裾を翻しミスミは に言い捨てて最深部だけを視野に入れ本気で疾走を始める。
「おいっ! マルルゥ」
ヤッファは空中に浮かぶマルルゥへ言ってから自分は へ目線を戻した。

が何をしようとしているかなんて一目瞭然である。
少なくとも散々迷惑を掛けられたヤッファにしてみれば分りやすかった。

「分かったです、シマシマさん。マルルゥはシマシマさんの代わりに大活躍してくるですよ〜!!」
空中を一回りしてマルルゥは自分の胸を叩いた。
「おう! 任せたぜ」
どこまでマルルゥを信頼しているか謎だが。
ヤッファはニヤリと笑って踵を返す。

「わたしはアルディラ様と共に行きます。ハイネル様のディエルゴを倒す為に」
クノンは決意の色を固め の隣を駆け抜けていく。
「ヴァルセルド、クノンとアルディラを守ってやれ」
「了解シマシタ」
は傍らに控えていたヴァルセルドに命じ自分は階段状の通路を下へ逆戻りしていく。

!? どうして」
先頭に居たアティは大声で を呼び止める。

本来なら が一番怒って良いのだ。
身勝手な願いばかりを押し付けられ兄の命を危険に曝されている が。
なのに後方支援に回るなんて らしくない。

アティには解せなかった。

「行け、アティ。そして我に証明してみせてくれ。汝の気持ちがディエルゴに負けぬと。我はアティの気持ちを信じておる」
銃を片手に はアティへ大声で返した。

果てしなき蒼を手に無色へ立ち向かったアティ。
の独善的な暴走を咎めなかったアティ。
大好きだと言ってくれたアティ。

彼女の音色の美しさを は信じる。

彼女達に降りかかった災厄は彼女達自身の手で断ち切るべきで。
が手助けを出来るのはきっとここまで。
アティ達に牙を剥く亡霊兵を減らす事だけ。
ハイネルもきっと怒ったりはしないだろう。

不思議と には確信があった。

「絶対勝ってくるから!! そっちは頼んだよ、
ウィルは友の判断を素早く飲み込み身を翻すと通路を全力疾走し始める。
戸惑うアティの手首を掴みベルフラウと共に奥へ姿を消した。

カイルとスカーレルは親指を立てて。
ソノラは帽子を僅かに傾け、ヤードは胸に手を当てて。
最大限の礼を に示して矢張り遺跡の奥へと駆け抜けていく。

『フレイズ、貴方は』
ファリエルも姿はファルゼンながら声だけは自分の声で副官に頼もうとして。
「ええ。分ってますよ、ファリエル様。わたしはファリエル様を信じるからこそ 様達と共にここで待っています。御武運を」
妙に自信たっぷりな副官に先を越されてしまう。

『有難うフレイズ! 義姉さんや先生と一緒に遺跡を封印してくるから、後は任せたわ』

声から滲み出るのは信頼だけ。
過去の戦いの悲壮感はない。

大剣を振り下ろしたファルゼンは亡霊兵を剣圧で吹き飛ばして階段状の通路を奥へ、上へと駆け上っていく。

「はい」
もうファリエルには届かない声だったが。
それでもフレイズは肯定してみせるのだった。
ファリエルが戻ってくるべき退路は守ると。

「頼んだぞ、遠い後輩であるお前に を託す」
ギャレオと共にアティの露払いを務めるアズリアが人型となったイオスへ想いを託す。

弟は救えなかったけれど。
間違いに気付かせてくれて部下の命を救ってくれた美しき女神。
彼女は自己満足だと己の行動を卑下するけれど。
彼女に出会えて、彼女を知って。
やっと自分が無知だとアズリアは悟ったのだ。

だから遠い後輩の彼に女神を任せる。

「心得てるよ、アズリア隊長」
イオスは槍を一閃、亡霊兵を打ち倒した格好で振り返らずアズリアへ答えた。
そしてここでももう一人がある決断を胸に口を開く。

「キュウマは残って 達を助けるんだっ」
駆け抜けるミスミに続いて走りながらスバルはキュウマへ命令した。
「スバル様!? ……しかしっ」
シュチュエーション的にはリクトとの別れにそっくりである。
キュウマは言葉に詰まって目を白黒させた。

「オイラは必ず帰る! 母上やウィルや先生と一緒に。皆と一緒に絶対に帰るっ! だからキュウマなオイラ達の背後を守ってくれ」
遺言は残さない。
スバルは が残ると言い出した時にキュウマに彼女の背を頼もうと思いついた。

一番信頼できる彼に。
友達の背中を守ってもらいたかった。

父親の影に未だ囚われる母親とキュウマ。
父親は嫌いじゃないが、もうそろそろ。
いい加減卒業させてもらって良い筈である。

父親の死から。アルディラやファリエルがハイネルの死から立ち直った様に。

会議を重ねた後、それとなくウィルやベルフラウと一緒に過ごす機会が多かったスバルも格段に成長していた。
ミスミやキュウマが知らない間に。

「頼んだぜ、キュウマ」
瞳の輝きを一層強めたスバルが背後をキュウマに託して、最深部へ繋がる扉向こうへ姿を消す。
小さな身体にみなぎっていたのは力強さとカリスマ。
在りし日のリクトとスバルの影が重なった瞬間である。

「ふぅ〜、リクトに瓜二つだな。ありゃ」
居残り組みヤッファが爪を振り上げて嘆息の息を吐き出した。
「そうなのか?」
背中合わせに戦う が場違いに相槌を返してくる。

「鬼姫サマに似てる部分もあるけどな。チビリクトだぜ、どっちかというと」
的確な状況判断と上に立つ者だけが放つあの雰囲気。
どれをとってもかつてのリクトに瓜二つでヤッファとしては複雑な心境だ。

時の流れを喜ぶべきか、己もうかうかしていられないと叱咤すべきか。

「それだけスバルも考え成長したのだろう。子の成長は早いと聞く」
銃を二回。
撃ち放ち亡霊兵の頭蓋骨を打ち抜き平然と が言った。
『肝の据わった面白いガキだな』
が残ると決めたなら当然家長である自分も足止めに加わるべきだ。
サモナイト石から姿を見せたバノッサも早々に参戦して 達を助けている。
比較的近くでスバルとキュウマの遣り取りを聞いていたバノッサがこう感想を洩らした。

「魂の輝きも中々のものでしたよ」
フレイズが剣で亡霊兵の剣を受け止めつつ、バノッサへ言葉を返す。

フレイズらしい表現にバノッサは失笑しかけ眼前に迫った亡霊兵に蹴りを入れた。
魔王の力を取り込んだ能力を全開にしたバノッサの蹴りに亡霊兵の身体は遺跡の床へ叩きつけられる。

「キュウマ? 追いかけたいなら追っても良いぞ? スバルも怒るまい」
動かなくなったキュウマの背中に が声を投げつける。

「……」
残されたキュウマは呆気に取られて扉向こうを凝視していて、キュウマに狙いを定めた亡霊兵をバノッサが防いでいた。
「いえ……わたしは、スバル様を信じます。二度と過ちを繰り返さないためにも」
逡巡の後、キュウマは躊躇いを残しつつも。
振り切るよう最深部へ通じる通路へ背を向け刀を構えるのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 ここがアティ達(元軍人の家庭教師・大人)とマグナ達(新米召喚師・子供)の差です。
 主人公は信頼しているからこそ見送り(アティ達を)、共に最終決戦に臨んだ(マグナ達と)のです。
 2では結構逆ハー気味でしたが3ではそれを敢えて払拭したかった、というのもあります。
 3は登場人物の平均年齢も高いし、皆さんそれなりに人生経験としての苦労をしてるから(笑)

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