『楽園の果てで2』
メイメイの店中、かつての部下と話していたビジュは片手を上げて に居場所を教える。
は顎をしゃくって店の奥を示した。
「苦労をかけたな、ビジュ」
ウィゼルがアティの果てしなき蒼を鍛えた鍛冶場。
椅子の一つに座って が苦笑いを浮かべる。
特殊な報酬と引き換えに を手伝ったビジュ。
ここだけの話、を は最後にビジュとしておきたかった。
よって人気のないこの場に移動する。
「いや? バケモノだらけの島で野垂れ死にしなかっただけマシだろ」
人気のない場所で平然と本音を零すビジュ。
好意的に帝国兵を受け入れた後でもビジュは心の底から『はぐれ』達には馴染めないでいた。
無理もない。
価値観も何もかもが違う、ある種『道具』である『召喚獣』。
彼等の人権(獣権? )を認め共に歩める者はそう多くない。
寧ろハヤト達やマグナ達が特殊なのだ。
「島で野垂れ死にか、帝国で死ぬか。……汝の協力によって死相の色は薄められたが、完全ではない。下手な延命措置としかならぬ。意味が、分るな?」
最終確認を行う
の説明を聞き、ビジュは小さく頷いた。
「ああ。想定外の出来事、だからだろう? 俺の存命そのモノがな。
多分、俺は隊長殿に引き抜かれずイスラと一緒に無色へ寝返ったんだろう。そしてイスラの裏切りと同時に無色に消された……こんなオチだろうな」
自分の本来の運命を想像しビジュは淡々と推理を展開する。
生き残りたい。
これは今でも変わらない気持ちで自分の矜持だ。
島で野垂れ死ぬか見知った場所で死ぬか。
死に場所しか選べないのは癪だが、選べるならビジュは躊躇いなく選ぶ。
死に場所を。
「死に場所しか選ばせてやれぬ」
は深々とビジュに頭(こうべ)を垂れた。
「それでも、俺はこの島が嫌いなんだ。アズリア隊長の遣り方も、先生とやらの遣り方もな。下っ端の俺が吼えてるだけかもしれないが、生理的に駄目なんだよ」
眉間に皺を作ったビジュが嫌悪感を顕にして顔を顰めた。
どうにもこうにも。
温情に長けている元上司とその旧友。
類は友を呼んでいるのか、似た者同士。
情けや義理人情で動かされる、ビジュからすれば驚異的な偽善家コンビ。
悪いが人間の本性はあんな美辞麗句で飾れるものではない。
もっともっと醜悪で、ドロドロだったりするのだ。
「生ぬるい、か」
頭を上げた が片眉を持ち上げ呟けば、ビジュは黙って肩を竦める。
後に合流したギャレオから聞いたビジュの過去。
敵兵に拘束され拷問された経緯を持つビジュからすれば、戦は綺麗事ではないのだろう。
だから余計、絆で勝利を……等と戯言を抜かすアティを受け付けられないのかもしれない。
人それぞれ経験によって考え方、感じ方に差は出る。
ビジュにはビジュの考えがあり。
アティにはアティの考えがある。
重ならぬからといって責める真似は出来まい?
ビジュはビジュなりに精一杯我に協力してくれたのだから。
否定はしない。
逆に相変わらずの現実主義ぶりに
は安堵の息を零した。
「一応は俺をニンゲン扱いしてくれる場所、帝国へ帰りたい。その気持ちは嘘じゃねぇからな。感謝してるぜ、それなりに」
何も明後日、明々後日に死ぬわけじゃないのだ。
ビジュは皮肉気に唇の端を持ち上げ薄く笑う。
けったいな経験をしたけれど、危ない橋も渡ったけれど。
取り合えず一先ずは生き延びた。そのきっかけ(
)には感謝しているビジュである。
「構わぬ。帝国兵達とは口裏を合わせてあるな?」
ビジュの感謝の言葉を受け止めて
はもう一つの懸案を持ち出す。
「ああ。島の所在なんざ証明しようがないからな、こんな状態なら。遭難して気が付いたら海岸線に打ち上げられていた……召喚術の反応があった。
なんて誤魔化して十分だろう。あの酔っ払いが細工してくれるみてぇだしな」
胡散臭さならオルドレイクとタメをはれる酔いどれ店主。
かるーい口調と態度で真意を量らせない兵である。
メイメイをぞんざいに酔っ払いと称し、ビジュは
に肯定の意を含ませた台詞を吐いた。
「酔っ払いだがメイメイの細工は見事だぞ。安心して口車に乗っておけ」
一抹の不安も払拭するべく。
はビジュにこう請合う。
確かに常にアルコールばかりを摂取しているメイメイだが。
決める時は決める……筈である。
「
〜、そろそろ出発の準備をするわよ〜」
ここまで
とビジュが確認しあったところでメイメイが声をかけてくる。
「気をつけてな」
「隊長もな」
握り拳をビジュに差し出した に、ビジュも応じて拳をぶつけ合わせた。
志を共にした一時的な仲間。
感傷に浸るなんて三流の真似はしない。
互いに信じる道が違うからの別れ。
別れは日常と考えられる二人だからこその素っ気無い別れの儀式だ。
拳をぶつけ合わせてから二人は連れ立って店の入り口部分へ戻る。
「アティ? 居ったのか」
店の入り口にメイメイと喋っていたアティの姿に は違和感を覚えた。
島の対策について考えるアティがこの時間にこの場所に居るなんて。珍しい。
「あ、はい。メイメイさんに最後の挨拶をしようと思って」
照れ臭そうに顔を紅くしたアティに嘘の影が漂う。
何かを隠しているのは確かだが凡そ見当は付く。
冗談半分にメイメイから誘われたのだろう。
一緒に帰らないかと。
見当はついても深く追求せず
はメイメイへ向きを変える。
「それじゃぁ、しっかりお届けしちゃうからね♪
将来の酒づる達がメイメイさんを待ってるわよ〜vvv にゃは、にゃはははははははははは♪」
から追加で差し入れられたお高いお酒を煽ってメイメイは豪快に笑った。
「「………」」
本当に大丈夫なんだろうか、この人。
ヘイゼルとビジュの視線が
に突き刺さる。
「案ずるな。酒さえ与えておけばメイメイは普段より真面目に事をこなす」
重々しい口調で言い切った
と、早くも酒を飲み干して二本目に手を伸ばすメイメイ。
「いや〜ん、照れるじゃない♪ 褒めたってなんにも出ないわよぉ、
ったら!」
バシバシと の背中を叩き悶えるメイメイ。
異常にハイテンションなメイメイの態度に帝国兵の何人かが不安そうにこちらを窺ってくる。
「褒めてないと思うんですけど……」
前のめりに転びかけた の身体を受け止めたアティが頬を引き攣らせ言う。
が深くため息をつく気配がした。
「メイメイ、ではそろそろ始めるか?」
定位置について移転の準備に備える帝国兵と所在なさそうに椅子に座るヘイゼル。
は酒瓶片手に高らかに笑うメイメイへ声をかける。
「にゃははははははは……♪」
が、笑いながらメイメイは三本目の酒瓶へ手を伸ばし、周囲の帝国兵をギョッとさせている。
恐らく の声は届いていない。
は小首を傾げ思案しメイメイに近づいて立ち止まった。
「メイメイ」
試に普通に声をかけてみる。
「にゃははははははははは♪」
が、メイメイからの反応はない。
「メイメイ」
胸いっぱいに大きく酸素を取り込んで はもう一度メイメイの名を呼んだ。
気持ちよく笑っていたメイメイは僅かに体を揺らしてから
に目線を落とす。
「あ、ごめんねぇ。では女神様のお力で店ごと帝国へ飛ぶから、後は各自解散してね〜」
適当な説明で空の酒瓶を振り回すメイメイに、全員が気圧されて首を何回も縦に振った。
なんともいい加減であるがこれもメイメイの一種の処世術である。
メイメイの説明が終わり
とアティは店から出て、少しはなれた場所に立つ。
「……私は……」
の広げられた羽が眩く輝く。
が持つ大量の魔力が放出されメイメイの店へと注がれていった。
の髪色と瞳の色と同じ美しい透き通る蒼。蒼一色に染め上げられるメイメイの店の中、ヘイゼルは咄嗟に腕を伸ばす。
店から飛び出してしまいそうなヘイゼルをビジュと帝国兵が背後から羽交い絞めにする。
「私はっ」
微笑むアティと に必死に手を伸ばしながらヘイゼルはもがく。
自分でもどうしてこんな行動が取れるのか。
心情を的確に言い表す事など出来ないけれど。
「忘れないで!! 私の名前はっ」
許されるなら、覚えていて欲しかった。
血塗られた手しか持たない自分を許容し、幸せになることを約束させた二人に。
自分という一人の暗殺者が居た事を。
それから一人は既に知っていたけれど……本当の自分の名前を。
蒼い光が青色を通り越し青白く、白く変化していく中で懸命にヘイゼルは叫んだ。
「忘れるものか」
閃光に包まれて消えていくメイメイの店。
光自体は召喚術が発動し終えた後の光に似ていて、送還術のようにも見受けられる。
店が消えてから
は呟く。
「ええ、忘れたりなんかしないです」
応じてアティも
に言うのだった。
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