『楽園の果てで1』




丁度その時ヘイゼルはラトリクスに居て、スクラップ置き場で放置された機械達を自分に重ね合わせて眺めていた。

ベルトコンベアに乗せられ運ばれていく鉄屑。
溶鉱炉に運ばれて姿を消す使い物にならないゴミ。
まるで無色に捨てられた(もしくは によって引き入れられた? )自分のようだと人事のようにヘイゼルは思った。

「アティに優しくされて逃げ出したのか?」
「まぁ、そんなところね」
考えに耽るヘイゼルの思考を打ち破る の無遠慮な一言と。
それを肯定するヘイゼルのかつての同僚? だった男の声。

「………」
ヘイゼルは声を無視して視線をスクラップ置き場から外さない。

「しかしヘイゼル、汝があの『禿』の知り合いだったとは……世の中は不思議に満ちておる。この場で禿を仕留められぬのが辛い」
心底悔やまれる。
忌々しげに吐き捨てた を、背後から抱き締めたスカーレルがふっと小さく笑った。

「そうねぇ。あのハゲ殺しちゃったらバノッサお兄さんを筆頭とした、セルボルト兄妹が生まれないんでしょう? でも似てないわよね〜、あのハゲと」
スカーレルの脳裏に描かれるバノッサ。

顔立ち、性格共にオルドレイクとは正反対という印象を受ける。
もしかしたらバノッサは母親になのかもしれない。
だとしたらとても素晴らしい事だ、スカーレルは心の中でオルドレイクに嘲笑を送った。
ざまあみろ。なんて気持ちを込めて。

「当たり前だ! 子供からも『真剣に狂っている』呼ばわりされた禿と兄上が似ている訳がなかろう!! 兄上は苦労したのだぞ、死にかけたしな」
スカーレルに背を預け重心もスカーレルに移した
口先を尖らせ大好きなバノッサ兄上について熱弁を振るう。

「微妙な苦労じゃない?」
「スラムで頼れるのは己だけ。……召喚術を操る才がないだけの理由で捨てられ、生きてきたのだ。出会った当初は相当キておったがな」
スカーレルの腕に頭を乗せ は人差し指を左右に振った。

「無色に騙されかけてる、というのには薄々察しがついておったのだ。兄上も。スラム育ちの兄上が早々甘い話に乗ると思うか?」
尚も小さく人差し指を左右に振りながら はスカーレルへ言い返す。

「でも、どうしても見返したかったんでしょう? 召喚術を使ってみたかったんでしょう。顔も碌に覚えていない父親に捨てられた恨みだけはあったから」
スカーレルの指摘に は黙って一回首を縦に振る。

「すまない、ヘイゼル。ついつい禿の話題になると頭に血が上ってな」
「気にしないでね? ヘイゼル。だいたい二十年後にはあのハゲも死ぬんだから」
揃って笑顔で力いっぱい断言されても、この二人は妙に迫力があって怖い。
口にこそださなかったがヘイゼルはちょっぴり怯えていた。

「駄々を捏ねるでないぞ? 汝、知らぬ世界に出て行くのが不安で怖いのだろう」
相変わらずスカーレルに抱き締められた格好で、顔だけヘイゼルに向け。
はヘイゼルに直球を投げつける。
「………」
嘘を許さない の蒼い美しい瞳。
の瞳に強張った自分の顔が映っており、ヘイゼルは咄嗟に顔を逸らした。

「誰かに指図されて動いておれば良い時は過ぎた。汝自身の責任を持って汝自身が考え動くのだ。
自由とは響きは良いが責を伴う重き権利であり義務である。我が汝に与えるのは自由という名の不自由だ、返品は受け付けぬ」
嫣然と微笑みヘイゼルを諭す は輝いている。

裡から発生する自信に満ちたオーラと、超然とした存在が放つ独特の空気。
どちらもヘイゼルには縁遠かったモノばかり。
いっそ羨ましいと妬めればどれだけ幸せか。
ヘイゼルは胸にチクリとした痛みを覚えた。

に気に入られた時点でアナタもこーなる運命だったって事で、諦めなさいよ。逆らうだけ疲れるわよ〜」
背後から抱いた の頬を擽れば、 がクスクス笑い始める。
久しぶりにゲットした との濃密な時間を堪能してスカーレルはにこやかに言い切った。

後ろめたい過去は過去。
時間が経っても消えるものじゃない。
それでも。
それでも、現在の自分は幸せで居場所があって毎日が楽しいのだ。

考えられるきっかけを与えてくれた にスカーレルは深く感謝している。

「幸せに生きよ。禿が許さざるとも、無色が汝を追い詰めようとも、生き延びよ。汝の世界の神ではないが我が許す。幸せになるのだ」
は腕を伸ばして指先でヘイゼルの口元を覆うマフラーの裾へ触れる
。ヘイゼルは驚いて咄嗟に距離とをった。

「どうして?」

分らない。
彼女が何を考えているのかも。
かつての同僚がどうして彼女の肩を持つのかも。
自分だけが助けられた理由も。
聞くには聞いたが理解できない。

ヘイゼルは全ての感情を込め疑問を発する。

「仲間に囲まれ笑っている汝の未来(さき)を垣間見たから、だ」
「………分らないわ」
何度も聞いた理由にも関わらず、本当に理解できない。
無表情で顔を横に振るヘイゼルを咎める事無く。
は慈愛に満ちた眼差しをヘイゼルへ向けた。

「今は分らずとも良い、いずれ分る」
ここで漸く はスカーレルの腕の中から脱しヘイゼルへ近づく。

「汝が我を知らずとも、汝は我の友なのだ。汝が拒否しようが我の友である以上、幸せにならねばならん。アティにも外へ出て自身の可能性を活かせと。諭されたであろう?」
怯えた色を含ませたヘイゼルの瞳を見据え、 はその頬に手を当てる。

「ヘイゼル、いや、パッフェル。ヘイゼルはもう死んだ。何処にもおらぬ。パッフェルよ、我と再び出会うまで息災でな?」
小さな声で囁かれる最後の言葉。
ヘイゼルが目を見開き何かを言いかけた瞬間、力強い何かに襟首を持ち上げられ身体が浮き上がる。

『一々世話の焼ける女だな、手前ぇは。行くぞ』
いつの間に登場したのか? オルドレイクの未来の息子だと言う青年が、機械兵士を従え仏頂面で立っていた。
機械兵士がヘイゼルの襟首をつかみ、猫の子を運ぶように歩き始める。
機械兵士の隣でヘイゼルを監視すべくバノッサも歩き出した。

『俺や に文句が言いたいなら、せいぜい頑張って生き延びるんだな』
何か言いたげなヘイゼルはバノッサの一瞥に目を左右に泳がせる。

高圧的だけではない。
ヘイゼルのこれまでの経験が本能に警鐘を鳴らしていた。

この男に逆らってはいけないと。バノッサに睨まれて言葉を出せなくなったヘイゼル。
金魚のように何度か口をパクパクさせ口を引き結ぶ。

「あらら、お兄さん自らお出ましなんて珍しいわね」
スカーレルは頬に手を当てて少々大袈裟に驚く。
「非常時だからな。バノッサ兄上は避難する者達を集める手伝いをしてくれておる。まだ遺跡がこちらを攻撃してくる気配はないが……時間の問題ではないか」
去っていくヴァルセルドの立てる独特の足音。
微笑ましく見送る はそのままの姿勢でスカーレルへ応える。

紅の暴君の主、イスラが死んでしまったと同時に蘇った遺跡の意識。
あからさまに悪意を剥き出しにしてアティ達を襲おうとした遺跡。
仮の封印はされているとはいえ、それが破られれば確実に狙われる。

それは誰もが認識し、カイルの海賊船の一室を使って対処法が検討されていた。

「日に日に気候も何もかもが悪くなってるし、怖いわねぇ。そう考えると」
わざとらしく身震いしてスカーレルが怖がってみせる。

「だが負けぬだろう?」

数々の修羅場を潜ってきた御仁だ。
この段階で島に残ると言っているのなら。
きっと必ず生きて戻ってくるつもりでいるのだろう。

スカーレルの常と変わらぬ平常心を頼もしく感じながら が茶化す。

「当然でしょう? こうなったら最後まで付き合っちゃうわよv センセや護人にね」

無色の派閥で召喚師として育てられた幼馴染。
彼と再会し剣の話を聞いた段階で、もう運命そのものは回り始めていたのかもしれない。
無色と決別し新たな自分の道を切り開き未来へ向かう運命が。

スカーレルはウインクしてみせた。

「さてと。 はこれからメイメイの店に行って移転の手伝いしてくるんでしょう? アタシはラトリクスでクノンと打ち合わせしてから船に戻るわ」
島のあちらこちらで目撃されている亡霊兵。
彼らに対する処置と集落の者の安全を確保する為、スカーレルはクノンとラトリクスの住民の移動を話し合いに来ていた。
そこで と一緒になって、去っていくアティと、スクラップを眺めるヘイゼルに遭遇したのだ。
本来の目的を思い出しスカーレルも口早に自分の次の行動を に伝える。

「うむ」
幼い仕草で は頷き、リペアセンター方面に続く通路を歩き始めたスカーレルを見送る。
スカーレルも通路を三分の一程度歩いたところで何故か慌てて引き返してきた。

? メイメイに勧誘されても付いて行っちゃ駄目よ?」
大真面目に。
子供に『お菓子をあげるといわれても、知らない人に付いて行ってはいけない』なんて言う母親のように。
スカーレルはこう付け足した。

「分っておる。メイメイと共に島から逃げたりはせぬ、案ずるな」
お菓子になんてつられたしりないよ。

言いたげな子供の顔で はスカーレルへ約束するのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 スカーレルって口調はアレだけど一番世の中分かってる風ですよね。
 ゲーム上でも密かにヤッファさんと飲み友達してたし。
 因みにスカーレルが主人公へ向ける感情は家族に近いモノです。ブラウザバックプリーズ