『話題休閑・楽園の果てで1前1』




荒れる島は比較的小康状態を保っている。

そんな中、アルディラの提案で各集落からカイル海賊船への避難が始められていた。
遺跡の意思により亡霊達が蘇ってしまったら、集落の者達に抵抗する術はない。
流石に帝国兵達にも荷が重い。
そんな慌しい空気が流れる中、 はアズリア達と話し合う時間を持った。


からの提案に最初こそ二の句を継げなかったアズリアだが。
心落ち着かせ の提案を熟考した後「修業が足りないな、私も」等と言い早々に降参した。


「しかし良いのか? 私とギャレオは責任を取る意味で島に残るのは当然だと考えているが。何もそこまで帝国軍に温情を掛けなくても」
アズリアは最後まで言わず途中で言葉を区切り口を噤んだ。

未来から来た名も無き世界の女神。
オプションで未来の誓約者の妹分であり、セルボルト家の末子でもある。
彼女が無為にアズリアの部下達を帝国へ送り返すとなど言うだろうか? 答えは否だ。

「我とイオスが困るのだ。温情と受け取らず未来の歴史を変えぬ為、と受け取っておいて欲しい。嫌か?」
もアズリアが途中で口篭った理由はおぼろげに掴み、先回りして融通の利かないギャレオに確認を取る始末。
突然話題を振られたギャレオは一瞬驚いた風に身動ぎしたが直ぐに持ち直す。
腐っても軍人、精神面の強さは伊達ではない。

「いや、構わん。自分がこの事件の結末を最後まで見届けられるのならな」
ギャレオは手の焼ける人質(ヘイゼル)だとか、裏切り大好きの元部下(ビジュ)の存在に頭悩ませながら返答する。
「案ずるな。ビジュとヘイゼルも共に連れて行ってもらう予定だ。あ奴等は元々島の命運とは無関係の人間だからな。危険な島からは早々に退いてもらうぞ」
無用な人間と用済みは早々に追い出すに限る。
はあっさり言った。

島の成り立ちを深く知らない、また知っても感慨の浮かばない連中を島に残すだけ無駄である。
下手に名誉の戦死でもされたら敵わない。
何のために死相が浮かぶビジュを助け、ヘイゼルを無色から引き剥がしたのか。
そんな彼等を島に残しては の努力が無駄になってしまう。

「ビジュを、か?」
今度はアズリアが秀麗な眉を顰めマジマジと の瞳を見つめる。
「そのように約束し協力してもらっておったのだ。安全にこの島から逃がしてやるとな」
はアズリアの疑問に分りやすい答を与えた。
「情けない! 己の身の安全と引き換えに裏切ったのか……」
ガックリ項垂れるギャレオの偽らざる本音に思わずアズリアも苦笑い。
も真っ直ぐなギャレオの気質に微苦笑を浮かべ白テコ姿のイオスと目を合わせた。

「良いではないか? ビジュは己の直感に忠実に従っただけだ。汝等も島への残留を決めたのは個人的理由からだろう?」

イスラの死によって復活した遺跡。
遺跡が島に害をなすならば責任はある。
島からの脱出を勧めたアティの提案を即座に却下したアズリアは記憶に新しい。

は探る目つきでアズリアを見上げた。

「責任がある、私には」
イスラの件を別にしてもアズリアには責任がある。
剣の曰くも危険性も無視して任務を与えた軍も軍だが。
鵜呑みにした自身も愚かだったのだ。

の助力がなければ危うく部下達を見殺しにしてしまうところだった。

「だからといって自棄(やけ)は起すでないぞ? レヴィノス家とマルティーニ家、どちらも帝国にとっては必要なのだ。イオスにとっても。間接的に世話になったからな」

イオスが傀儡戦争を乗り越えた後に掴んだ事実。
何故だかは知らないが、レヴィノス家当主とマルティーニ当主が己を戦死扱いとしていたという事実。
戦死したイオスがデグレアで生き残っていたらしい、とは帝国にも伝わっているだろうが実質お咎めなし。
推察するに両家の圧力が裏で働いていたのだろう。
軍人であった彼等が何を考えてそうしたか、イオスは知らない。

いや、島に招かれるまでは思い当たる節もなく『何がなんだか』だったのだ。

この島で将来の両家の当主と出会うまでは。

「イオスか。お前ともいずれ関わり合いになるというのか?」
アズリアが白テコ姿のイオスへ目を移す。
紫色の瞳を瞬かせたイオスは肯定とも否定とも取れる声音で「ニャーニャ」とだけ鳴いた。

「我等の心がけ次第であろう? まだハイネルのディエルゴとの決着がついてはおらぬ」

遺跡が目覚めるなり名乗ったのは自身の呼称。
ヤードの解説曰く『ディ』というのは否定の意味で、『エルゴ』は言わずもがなエルゴである。
つまり『否定するエルゴ』ということらしい。
一時的に封印した遺跡が封印を破るのは時間の問題で、アティ達は遺跡対策の為アルディラ達と会議を重ねていた。

「帝国兵がどれだけ訴えようとも、島の存在は公にはならぬ。そうであろう?」
「ふん。我が家とマルティーニの力で押さえ込むのか?」

島がどんな島だったのか。
アズリアが報告さえすればある程度は疑われない。
まぁ、その前にマルティーニ姉弟が父親に頼んで島ごと買い取りそうだ。

策士の顔になった にアズリアも策士の顔でニヤリと笑う。

「命を助けてもらった『はぐれ』達に恩を仇で返す真似はすまい?」
腹の裡なんて読めやしない。
女神は悠然と微笑みヒトへ問いかける。
超然とした存在でありながら目線は同じに保ってくる妙に礼儀を気にする女神。

「さてな、そこまで恩知らずではないつもりだ」
明らかな名言は出来ない。
生きて戻れるか不明でも地図にない島でおめおめ死ぬつもりはない。
アズリアは曖昧に言葉をぼかした。
目線を同じくしてくれる女神に最大限の礼を以て。

「隊長、宜しいのですか?」
黙っていたギャレオが単刀直入に聞いた。

気の利いた言い回しで尋ねれば良いのかもしれないが、言葉遊びは趣味じゃない。
訓練された軍学校のエリートとは違う門を潜って軍へやって来たギャレオである。
自分らしさを損なわない一言だ。

「私的な意見は、な? 逆に聞くがギャレオ、お前はどう思う? この島での争いを」
既に事態は軍が裁量できる範囲を超えている。
アズリアは私的な意見だと潔く認め逆に副官へ本意を質問し返した。
「………」
腕組みしたままギャレオは考え始めた。

率直で軍人らしい考えを持つギャレオが島という生活を経験してどれだけ変わったのか。
変われたのか。
流石に も茶化したりはせずにギャレオ自身がどう考えているのか。

答を聞くべく大人しく待つ。

「正直、自分にとっては縁遠い世界だと感じます。召喚術だけでも手馴れないのに、遺跡や封印の剣・無色……。
自分には目まぐるしく変わる変化についていけては……いません。ですが、この島の者達が与えてくれた命と信頼には応じたいと願います」

数分間黙り込んだギャレオは、時折沈黙を挟みながら自分の言葉で自分の考えを伝える。

「決まりだな」
長年の付き合いだ、ギャレオが何を言いたいかは分る。
アズリアは人差し指で一回だけテーブルをトンと叩く。

「最後の最後まで部下達を危険な目には遭わせられない。部下達にも家族が居るからな。通達は私がしておくから は店主と共に準備を頼む」
アズリアは隊長としての見解を に伝え、肩の力を抜いた。

庇護するべき対象、部下が島から消えることでアズリアの精神的負担も減るのだろう。
心持ちアズリアは安心した顔つきで小さく息を吐き出す。


「ふぅ〜ん、 ったらそういうオチを望むのねぇ」
そこへ割って入る第三者の声。
とはいっても、アズリア達が真剣に額をつき合わせて喋っている場所がメイメイの店である。
明るめのシルターン装飾が施された店内にシリアスは不釣合いだった。

「先に申したであろう? メイメイ。汝の力を最後までアテにはせん。必要とあらば逆に退いて貰う。
戦場となる島に汝を残してはおけん、汝と我の力で帝国兵とビジュ、ヘイゼルと島から追い出す」

 ドン。

メイメイへ断言して はゼラムでもメイメイに送った高価な酒の瓶をテーブルへ置く。

この際なので何処から取り出した等という些細なツッコミは誰もしない。
サモナイト石から兄を召喚出来る女神なのでどうやって酒を取り出したかなんて。
一々原理を尋ねるだけ愚問というモノだろう。

「んまぁ〜vvv ったら話が分るじゃないvvv メイメイさん、 のお願いならしっかり叶えちゃうわ♪ にゃは、にゃはははははははは♪」
途端にメイメイは大真面目(マジ)モードを解除、酒瓶に頬擦りしながら相好を崩す。
頭の中は恐らく酒一色に塗りつぶされただろうメイメイの変わり身の早さ。
初めて目撃した帝国軍コンビは目を丸くする。

「……物欲に屈したか、店主」
メイメイを深く知らないアズリアが感じたそのままを口にした。
隣でギャレオも難しい顔で唸っている。

「いや、元々メイメイは酒で釣るのが王道なのだ」
今も昔もメイメイと酒は一セット。
変わらないメイメイの気質に安堵しながらも、未来のメイメイが酒に囲まれて小躍りする風景が展開されるかと思うと。

 変わらぬ、というのも考えものか?

なんて危惧してしまう である。

「そうか」
微妙に疲れた気がするのは気のせいじゃないかもしれない。
アズリアは本音を出す事無く短い相槌を打つに止めるのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 主人公がビジュと帝国兵を返す理由は二つ。ビジュとはそういう約束だったから。
 帝国兵は、彼等の失言によって帰還するであろうアズリア達とウィル達の立場を危うくしない為の二重保険。
 島がどうなったかを見せずに、島が危ない島だと感じられる状況で避難させれば誰もがある程度は口を噤むと。
 主人公は考えているわけです。アズリアは純粋に部下の心配もあるので同意。
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