『もつれあう真実4』
とアルディラの間に割って入った少女に、何よりアルディラが肝を冷やした。
「ファリ……エル………!? そんな、嘘……でしょう?」
張り詰めていたアルディラの気持ちが一気に弛緩する。
目を見開くアルディラの前で、ファリエルと名前呼ばれた少女は首を横に振った。
『黙っていてご免なさい。こんな姿になってしまったけど、わたしはファリエルです』
一瞬だけ俯き、直ぐにファリエルは顔を上げ明言する。
シンと静まり返った制御室にファリエルの声だけが響く。
『あの日、わたしは死ぬ寸前だった……彼等との戦いに敗れて』
背後のキュウマの衝撃も感じてファリエルは語り始める。
が睨みを聞かせているお陰で、カイル達の余計な質問がファリエルに向けられることはなかった。
『でもフレイズのお陰でこうして島に留まることが出来たの。
最初は後悔した……兄さんの事、アルディラ義姉さんの事、キュウマの事、ヤッファの事。皆のことを考えてわたしに何が出来るんだろうって』
強張った微笑をアルディラに送りファリエルは懸命に胸の内を語る。
『わたしだって兄さんに会えるなら会いたい! もう一度顔を見たい!! でも、でも。
先生を犠牲にしてまで兄さんを見たいとは思えない……。兄さんも、きっとそんな犠牲を望んでいないわ』
震えるファリエルの隣に が立つ。
励ますよう表情を和らげた
にファリエルの顔色が明るくなった。
『お願い。もう止めてアルディラ義姉さん。兄さんを愛してくれていたなら尚更、もう止めて欲しいの』
「知って……いたの……」
床に座り込んだアルディラが呻くように声を吐き出した。
『直接聞いたわけじゃないけど、兄さんとアルディラ義姉さんを見ていたら自然と。周囲の目もあったから何も伝えられなかった……。
だけどあの時から、わたしはアルディラを義姉さんだと思ってきたの』
慈愛に満ちたファリエルの表情は兄妹だけあって、雰囲気が彼の人に似ている。
アルディラは崩れ落ちる自分の何かを感じながら、惚けてファリエルの言葉に耳を傾ける。
『アルディラ義姉さんが引けないように、わたしも引けない。兄さんの願いが詰まったこの島を再び混乱に陥れるのが義姉さんなら、余計に。
先生を犠牲にしても兄さんは絶対に喜ばないって分かるから』
ファリエルは潤んだ瞳で遺跡内部を見渡して言い切った。
震える声や悲しそうな態度からファリエルがどれだけの葛藤を抱えていたかが垣間見える。
『キュウマもご免なさい。貴方だから分かっていると思うけど、リクトもきっと望んでない。
先生を犠牲にしてミスミさんやスバル君をシルターンに還しても、リクトさんは喜ばない。逆に怒られるわ』
隣の
の存在を頼もしく感じ、ファリエルはキュウマにも言葉を投げかけた。
『どうしてこの島で次の幸せを、主を見つけてくれなかったのか、って』
「…………」
振り返らず語りかけてくるファリエルに、キュウマは何かを堪える顔で俯いた。
『先生も、ベルフラウも、ウィルもご免なさい。遺跡の事を隠していて』
今度はきちんとアティ達の方へ体の向きを変えファリエルは深々と頭を下げた。
「いいんです、ファリエルさんは私を遺跡に近づけまいと忠告してくれたのに……私が勝手に遺跡に入ったから」
アティが両手をウィルとベルフラウに繋がれたまま慌てて首を横に振る。
「知識もなしに遺跡に接触したのは僕等の慢心だ。遺跡の謂れを知ったら先生は確実に遺跡に入ろうとするだろうしね。ファリエルの判断は正しいと思うよ」
しっかりアティの右手を握り締めたウィルが淡々と応じ。
「遺跡が復活すれば島の住民が元の世界に還れるかもしれない、なんて考えてね」
続けてベルフラウが笑えない予想を平然と声に出す。
「え!? そ、そんなことないです!! そこまで気楽には考えないです」
少々ムッとしたアティの反論に、ベルフラウとウィルは白い目を向ける。
「どうだか? 先生に否定できて? もう一度恋人に会いたいっていう一途な恋心とか」
「『故郷に帰りたい』なんて訴えてくる島の皆の願い、だとか」
ベルフラウ→ウィルの順に容赦なく突っ込まれてアティが固まった。
「ううっ……」
ヒクヒク頬を引き攣らせて笑うアティの図星を突く優秀な生徒二人。
言葉に詰まったアティを眺めカイル達はこの危険な状態が漸く終わったのだと、胸を撫で下ろした刹那。
パチパチパチパチ。
手を叩き登場するのはイスラ。
この茶番劇が大層不愉快だったらしい。
酷く醒めた眼差しを
だけに向け唇の端を持ち上げる。
「どうせだったら、相打ちになってくれればね。僕の仕事も楽に終わったのに」
イスラは人懐こい笑みを形ばかり顔に貼り付けて言う。
「でも仕方ない、君達にはここで死んで貰うよ。リィンバウムの人間が憎いっていっても結局は利用するだけなんだ。
……親切面して善人面して。そんな島のバケモノ達を僕が殺しても問題ないって分かったからね」
笑顔は絶やさず口にする言葉はえげつない。
これが本来のイスラなのか、それとも?
注意深くイスラを観察するのは だけ。
アティ達はイスラの辛辣な言葉を聞くだけで精一杯だ。
「イスラ、お前……」
カイルはイスラの言葉の端端から悪意を読み取って双眸を険しくする。
「飼い犬に手を噛まれるのは不愉快だろう? 使い勝手が悪い『道具』は早くに処分しておかないとね」
意地悪く告げたイスラの決定打にアルディラとキュウマは眉間に皺を寄せた。
常ならばイスラに反論する二人だが、沈黙を守るのは自分達の狙いが露呈した直後だからだろう。
「血の気が多いのは構わぬが、物好きだな。アティ、イスラ達を適当に蹴散らして帰るぞ。
ファリエル、アルディラ、キュウマ。あそこまで言われて『はいそうですか』等と引き下がる訳ではあるまい?」
は一人元気。
素早くイスラ達帝国軍を敵認定する。
『でもアルディラ義姉さんとキュウマは』
ファリエルは躊躇してアルディラとキュウマをチラッと見た。
に脅され短剣を投げつけられ、禄でもない扱いを受けた二人が、戦える状況にあるとは考えられないファリエルである。
「召喚」
片や はファリエルの困惑をスルー。
紫のサモナイト石から天使エルエルを召喚する。
過去のこの世界であっても誓約していれば召喚は可能。
広範囲の癒しの力を振りまき天使エルエルは消えた。
次に が行ったのはヤード、アルディラ、アティ、ベルフラウ、ウィルの魔力の回復に移る。
以前トリスとバルレルを癒した経験もあってあっという間に五人の魔力は満タン、MAXとなった。
「さあ、はぐれの根性を知らしめてこい。もし負けて我の助太刀を受けるようなら……分かっておろうな?」
極上の笑顔でアルディラとキュウマを脅し、後半部分の台詞は全員に向けて。
が取り出した『はりせん』が空を切って唸れば全員が背筋を伸ばす。
「
の顔を間近に見れるのは良いけど、あれはちょっとね」
正座+ハリセン+お説教=楽しくない。
手早く脳内で方程式を完結させたスカーレルが短剣を真横に構えいち早く戦闘体制を整えた。
「嫌! 嫌! 嫌!!! 二度とアレはい〜や〜!!!」
ソノラも足の痺れと終わる事のない説教を思い出して悲鳴をあげる。
ベルフラウとウィルは言わずもがな。
表情を引き締め互いに護衛召喚獣を召喚し互いに敵の陣形を分析、崩す部分を決め始めた。
「痛いぜ、あれ」
フレイズ以外の『はりせん』経験者、カイルがキュウマとアルディラに告げ、間髪入れず帝国兵が銃を撃ってきて戦闘開始。
背後で野球の監督宜しく仁王立ちする の視線を痛いほど浴びながら必死に戦うアティ達に帝国兵が勝てるだろうか?
否、無理だ。
敵にもあれだけ容赦ない は味方にも容赦ない。
ハリセン説教正座を逃れようと全員一丸となって戦う。
二十分を切るか切らないかの新記録を樹立して、アティ達はイスラ率いる帝国軍に勝利した。
「……偽善だね」
侮蔑の意味合いが強い皮肉を残しイスラは去っていく。
「褒め言葉として受け取っておくぞ」
からすれば痛くも痒くもない。
逆にイスラの苛々を余計に煽る台詞を返すから始末に終えなかったりする。
「似てる気がするのって僕だけかな?」
イスラと
。敢えて固有名詞は省いてウィルが本音を吐露した。
『ううん、似てると思う』
ファルゼンモードから本来の姿に戻ったファリエルがウィルに同意する。
「それよりファルゼン……っていうか、ファリエル! ちゃーんと事情を説明してもらうからね!!」
有耶無耶で片付きそうなその場のまったり空気を打ち破り、ソノラがファリエルに詰め寄る。
背後でベルフラウとウィルが『うんうん』なんて頷いていた。
『ソ、ソノラ!? え、ベルフラウにウィルも?』
たじろぐファリエルの姿に笑うヤードとカイル。
そんな中、なんとも後味が悪い遺跡探検を終えたアティは眉根を寄せ、アルディラとキュウマをそれとなく見るのだった。
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