『もつれあう真実3』




「さて、そろそろ参るか」
は漸く重い腰を上げてその場に立ち上がった。

アティを取り巻く魔法障壁は傷一つ付いておらず、アティの抵抗も徒労に終わる気配が漂ってくる。

「……」
呑気に立ち上がった の背中をイスラは何もせずに見送る。

このまま斬りかかるのは容易だが、反撃を受けて自分達の存在を海賊達に知られるのは不味い。

「もし僕が漁夫の利を狙おうとしたら、君は彼等に泣いて許しを請うのかい?」
効果は薄いと知っていても再度尋ねずにはいられない。
自分と行動を共にしていたと海賊達の動揺を誘うなんてイスラすれば朝飯前だ。

「いや? 弁解はせぬ。汝と行動を共にしたのは事実だからな」
一度もイスラを振り返らずに立ち去る と、遺跡の制御室にファルゼンとキュウマが重なり合って乱入してくるのは、ほぼ同時だった。





カイルは膠着する事態に心底焦っていた。
召喚術や遺跡の技術など詳しく分らないが、アティが危険な状態なのは分かる。

 ギリ。

カイルが奥歯を噛み締めれば、何故か遺跡に新たな闖入者。
戦いながら制御室へ入ってくるファルゼンとキュウマ。
互いに大剣と刀をぶつけ合って鬼気迫る戦いを繰り広げている。

「キュウマにファルゼン!?」
この展開は想像以上でソノラも素っ頓狂な声音で二人の仲間の名を呼ぶ。

 バシュウゥ。

更にカイル達を驚かせるのが一筋の軌跡。
紅く輝く光は魔法障壁目掛け一直線に飛び、障壁の一部を破壊した。

光を放った当人は音もなく制御室に着地し、ウィルの頭を盛大に叩く。

 ゴチ。

厭な音がしてウィルは顔面を金属の床に打ちつけた。

……アナタ、黙って跡をつけて来たわね」
スカーレルが複雑な様子で を咎める。

「ベルフラウ、ウィル。このままではアティと汝等の約束は反故とされてしまう。それで良いのか?」
はスカーレルに弁明せず呆気に取られるベルフラウへ口火を切った。

その間に魔法障壁は が与えたダメージを回復。
再び攻撃を受け付けない強固な防御壁へと戻る。

「約束……?」
「そうだ。アティは事ある毎に申しておった『お二人は私が守ります。ちゃんと軍学校にも合格させます。だから信じてください、頑張りましょう』と。
あの約束、このままだと嘘で終わるな」
腕組みして一人やけに冷静な顔で講釈垂れる

一刻を争う状況なのに場違いに長い説明をした。
に対して仕方がない、そんな風な顔をしたカイルは の目配せを受けファルゼンの援護に回る。

「そんな事あるものか!! こんな場所で終わらせたりはしない!!」
ウィルは顔面を手で擦り目尻に溜まった涙を乱暴に拭い去った。

一緒に転んだテコはじたばた足掻いているが、相棒の助けを求める声はウィルの耳には達していない。

「ウィル……。そうよ! 終わらせたりしないわ、それに冗談じゃないわ! ほやほや癒し系の空気を振りまいて自分が遺跡に部品として使われるなんて。
呆れるを通り越して腹立たしい!! わたし達を見捨てて易々と遺跡に呑まれようなんて百年早いわ」

復活したベルフラウ節炸裂。
仁王立ちしたベルフラウはキッとアルディラを睨み、それから苦悶の表情を崩さないアティを睨んだ。

「先生、早く戻ってらっしゃい! 今ならお説教はナシにしてあげるわ。わたしとウィルを軍学校に入れる仕事はまだ終わっていないもの。
それに……この島での戦いからわたし達を守ると決めた覚悟が、嘘じゃないって証明して!!!」
強気の台詞でもベルフラウの声は震える。

アティを失う恐怖とこの施設の異常さに怯えながら、それでも言うべき言葉は口に出す。
声にしなければ通じない。
アティが常に口にしていた言葉の意味、今なら理解できる。

「終わらせない。このまま終わらせるなんて認めない!! 貴女は僕達の先生になるって言ったじゃないか!! それなのに……」
一端言葉を切ってウィルは身体を震わせた。
握り締めた拳がブルブル震える。

「ベルと僕の先生でいるって言ったのは、嘘だったのか!!」
普段は大人しいウィルからは想像もつかない大声に、その場にいた全員が一瞬行動を停止して立ち竦んだ。

「ああああAaAAAaaa……ウ、ウソ……ジャ……」
ここで始めてアティが外部の刺激、ベルフラウとウィルの声に反応を示す。

「「答えて!! 先生っ!!!」」
ベルフラウが、ウィルがアティをきつく見据えて声の限り怒鳴った。

ついで怒鳴りながら魔法障壁を姉弟揃って拳でドンドン叩く。
この際みっともないだとか魔法障壁に通用する攻撃ではないだとか。
理路整然とした御託はノーサンキューだ。

 ドンドンドンドン!!

大人達が口を開いて間抜けた面を曝すのとは対照的に、ベルフラウとウィルは大真面目に壁を叩き続ける。

「「先生!!」」綺麗にハモって怒鳴りながら。

怒りすら孕んだ懇願はアティに如実な変化を齎す。
遺跡が一瞬揺れて、何かが断ち切れる音がして。
光が点灯していた壁から光が消え、魔法障壁が徐々に薄まっていった……。

「そんな!? 接続が切られた」
本来の薄茶色の瞳を取り戻しながら、アルディラが呆然とアティと生徒達を交互に見る。

「汝が考えておるよりアティ達の繋がりは柔ではない。嘗めるでないわ」

 バス、バシュゥウウ。

は言い捨て様容赦なくアルディラの頬数ミリ先に銃を打ち込む。
バチバチなんて電線が千切れた音がして遺跡の一部がダメージを受ける。

「召喚獣として理不尽にこの世界へ誘われた汝が、こんどは島に誘われた生贄を道具扱いするのか。目には目を、歯には歯を。
等といった思想に由来するものならこの場で汝を処分する」

の言葉は鋭すぎる。

鋭利な刃物よりも、強力な召喚術よりも破壊力がある。
アルディラは頭を殴られるのと同じ衝撃を受けよろめいた。

「なんの権利があって私を糾弾するの?」
アルディラは刺々しく態度を硬化させ に聞いた。

「人の命が掛かっているからだ。既に死んだ者の命ではない、現に生きている者の命が危うくなるからだ。分かるな、この意味」
銃口をアルディラの額に定めて が淡々と答える。
「……っ」
の殺気は本物だ。
アルディラは の美しい蒼い瞳に本気の色を見取って下唇をきつく噛み締める。
噛み締めすぎて血がジワジワと滲んでくる。

「過ぎ去った時は取り戻せぬから美しい。後悔はあの時にしておくべきだったのだ、汝もキュウマも。
汝等で解決したならば我も口を挟まなかったかもしれぬ。だが今を生きる者の命までも利用するとは言語道断」
右手で銃を持ち、左手で懐から短剣を取り出して。
は短剣を後方へ投げた。
狙い違わず短剣はキュウマの左肩に突き刺さる。

「同じあの世になら送ってやるぞ、心置きなく死ね。護人として偽善を被り続け同胞達の信頼を中途半端に浴びながら、自分の欲のみに塗れて」
は顔色一つ変えずに銃口をアルディラへ向けたまま宣告した。
文字通りの死刑宣告にアティとベルフラウ、ウィルが今度は慌て出す。

「知ったような口を!! 貴女に何が分かるというんです」
の短剣が深々と突き刺さった左肩を庇いながらキュウマが遠くから割って入った。

「では汝等に我等の何が分かるというのだ。申してみよ。確かに我等はリィンバウム側の人間だが正規の召喚師ではない。ヤードは一応はぐれ召喚師だがな?
召喚術とは無縁に暮らしていた者の命を脅かしておいて、自身が正義だとでも申したいのか? リィンバウムに復讐するのだと息巻くのか」

一歩、アルディラの立つ場所へ踏み出して は口撃を緩めず続ける。

冷たい の口調から少なからず が本気で怒りかけていると悟ったファルゼン。
キュウマの監視をカイルに任せ自分はアルディラの方へ音を消して移動し始めた。

「詭弁だわ」
ほんの少し落ち着きを取り戻したアルディラが反論する。

「詭弁で結構だ。心ある存在なら誰しもが『幸せになりたい』と願う。それ自体を我が否定するつもりはない。
……笑顔で騙して仲間面して利用して、アティを利用して得る遺跡の力は本当に汝等を幸せにするのか?
そうまでして幸せになる権利、汝等は持っておるとでも? 権利があるなら証明してみせよ!」

言いながら はトリガーにかける指に力を込め。

アルディラは非常時用に忍ばせてある内側の胸ポケットに隠したサモナイト石へ指を伸ばす。
一触即発。
どちらも互いに譲らない状況。
場の空気が一気に張り詰める。


『もう止めて!! アルディラ義姉さん』
肌に突き刺さる痛々しい空気を打ち破る声。

サモナイト石を握り締めたアルディラの前に少女が立ちはだかった。
鎧姿のファルゼンが消え、少女が現れたのだ。
青白い光を纏った少女は沈痛な面持ちでアルディラに訴える。

「動くのが遅いぞ、ファリエル」
一同、次々に急展開する事態に対応できない中、 だけが一人少女に向かって難癖をつけたのだった。



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 ファリエルもやっと表舞台に出てきました。ブラウザバックプリーズ