『もつれあう真実2』
抜刀した姿で苦しみ始めたアティ。
ヤードの忠告に従い、アティを剣から、遺跡から引き剥がそうと近づくカイル達を牽制するのは。
「ふ〜ん、所詮は寄せ集め集団。結束の弱さが前面に出てるんだね」
虚ろな瞳をカイル達へ向け、苦しむアティを見守るラトリクスの護人・アルディラ。
茶番劇の導入部分を見下ろしイスラは目を細めた。
「否定は出来ぬな」
は場に介入する素振りすら見せない。
素っ気無く肩を竦めてイスラの考えを肯定した。
眼下の敵同士の混乱を傍観する上官と敵の仲間。
一種異様な風景に帝国兵達は押し黙ったきりである。
「アティが碧の賢帝で遺跡に接触してからアティ自身は苦しみ出した。遺跡とあの剣は密接な関係があるんだね。
……なのに、護人達はそれを隠していた。今はアティに何かしようとしているし、実に面白い展開じゃないか」
背後の部下の手前、剣の曰くを知っているフリは出来ない。
イスラは惚けて今知ったかのように状況把握を始める。
「魔力の流れは遺跡からアティへ向かっている。苦しみ具合を見ると、精神を侵食されておるのだろう。剣とは一種の鍵なのかもしれん、遺跡にとって」
は僅かに眉間の皺を深めただけ。
イスラの、 にしか見抜けない大嘘を見逃す。
今イスラの正体を暴いたところで が利益を得るわけでもない。
島を強襲する無色が誰であるかを確かめるまで、イスラには泳いでいてもらわなければならないのだ。
碧の賢帝を手放す事も出来ずに目を見開いて叫ぶアティと、アティを保護する魔法防御壁。
遺跡が意図を持ってアティを引きずり込もうとしているのは明白で、カイル達は焦っている様だった。
にも関わらず
は動こうともしない。
「成る程? だから遺跡の閉ざされた入り口は碧の賢帝で開いた、こう解釈するんだね」
イスラも の静観を訝しく感じつつも、この仮面を剥がす訳にもいかず。
冷酷な帝国の諜報員を装って会話に乗る。
任務とは無関係に遺跡には入ってみたかったので、イスラからすれば美味しい状況だ。
「うむ。だから護人の一部はアティに遺跡へ近づくなと申し渡した。要は碧の賢帝を遺跡に近づけるなと忠告しておったのだ」
ヤッファの苦い顔。
ファリエルの悲しそうな顔。
二人の護人の魂の音を思い出し、
は口元を歪める。
何も知らせずに事が済めばこれほど幸せな事はない。
ヤッファも、ファリエルもこう考えたのだろう。
アティを第二のハイネルにしない為に、ハイネル復活を諦めて忠告した。
なのにアルディラはアティを道具扱いしようとしておる。
しかもアルディラは遺跡に操られる事に抵抗がない。
カイルやヤードに詰問されても緩やかに微笑み多くを答えないアルディラ。
理知的がトレードマークの彼女らしくない行動にベルフラウもウィルも激しく動揺している。
「じゃぁ、ラトリクスの護人は例外か。頭がオカシイ人間の叫び方をするアティを、嬉しそうに眺めてるじゃないか。しかも……遺跡にも意思がある?」
アルディラとカイル達の遣り取りを聞いて、イスラはにべもなく言う。
それから遺跡について再び推論を始める。
「遺跡の意思、とやらはアティとアルディラを魔法障壁で守っておるな。ソノラの銃も、カイルの拳も、ヤードの召喚術も……無効か。無論、スカーレルの剣も届きはせぬ」
が見下ろす先で、仲間達がアティを助けようと必死に魔法障壁を攻撃する。
ソノラの銃が火を吹き、カイルの拳が壁に当たって火花を散らし、ヤード渾身の召喚術が壁に当たり魔力を撒き散らす。
どの攻撃も一向に効果があるようには見えず、苦しむアティの声も段々と小さくなっていく。
ベルフラウとウィルが懸命にアティの名を呼んでいた。
「碧の賢帝の力が欲しいのかな?」
イスラは小首を傾げて目覚め始めた遺跡の壁面を眺める。
抜刀したアティは強い。
彼女が主席で軍学校を卒業した優秀な元軍人だった事実を差し引いても、だ。
即ち、アティを主と認めた碧の賢帝の力が凄いとも置き換えられる。
封印の剣がどれだけ威力を持つのかイスラには未知数だっただけに、一つの可能性として考えられるだろう。
遺跡は碧の賢帝の力を取り込みたいのかもしれない。
この可能性も。
「違うな。碧の賢帝だけが欲しいなら、アルディラは剣について調べたいとアティに嘘をついて奪っておっただろう?
剣と剣の主が揃って始めて遺跡やアルディラにとって利益になるのだ。
先程のアルディラの言葉は届いておっただろう? 遺跡を復活させる為に足りない部品を補うのだと」
しかし
は緩やかに首を振りイスラの考えを否定した。
「生体部品、ってところか……」
不快そうな声音でイスラは小さな囁き声で応じる。
「有体に申せばそうだろう。我が先程申したアティの精神が侵食されておるというのは本当だ。アティ本来が持つ魂の音色が、別の不気味な音に書き換えられておる」
は瞬きもせずジッと混乱を極めるカイル達を見詰めるだけ。
まだ行動を起こす気配はない。
あれは幽霊ハイネルから感じた音とも違うが、間違いなくハイネルでもある。
歪み、撓み音色は酷く耳障りだ。
あれがハイネルの寸断された意識の一部……闇?
いや、普段は耳にすることない石や樹。
沢山の物言えぬ存在に耳を傾け精神がそちらへ動いたのか。
元々神である我なら意識的に遮断するが。
意識的に耳へ通す音色全てを人が受け止めた結果。
矢張り神の座は人には荷が重いのだろうな。
魂が持つキャパシティを越える負荷。
碧の賢帝に見込まれたアティですらこの様(ざま)だ。
かつてハイネルが一時的にでせよ『核識』となれたのは、無色の派閥にとっては幸運であり悪夢であっただろう。
早々『核識』になれる人間など見つかりはしない。
娑婆に出た剣が主を選ぶと見せかけ『生贄』を選んだのは……。
矢鱈と沢山の召喚師をこの台座にするよりは効率的だから、だろうな。
適格者を最初から剣に触れさる為、剣の力を使わせる為。
力を引き出させる事により遺跡の力自体も戻ってくる。
一石二鳥か。
ここまで考えて
は下唇を軽く噛み締める。
「抽象的な説明より具体的に出来ないのかい? 君は自分専用の言葉が多すぎるよ」
イスラが何気なく注意すれば は一瞬キョトンとした表情を浮かべ。
まじまじとイスラを見詰めるも直ぐに視線を逸らす。
「……碧の賢帝から声がすると。以前にアティは申しておった。碧の賢帝を介して遺跡がアティの何かを排除しようとしておるかもしれん。
アティを遺跡の一部として利用する為に、遺跡自身が」
アティそのモノが消えるとは表現しない。
そこまでイスラに情報を提供する義理は になかった。
もイスラも互いに上辺の言葉を流しているだけ。
まだ本当に互いの立場を確かめてもいない。
「防御の一部でさえ海賊達は打ち破れない。素晴らしい機能だね」
目一杯に涙を溜めるベルフラウを慰め気丈に立ち尽くすウィル。
先生ご自慢の生徒達の無力さを視界に入れイスラはうっとりした表情を、表立っては浮かべ遺跡を褒めた。
「もう少しこの遺跡について詳しい何かがあれば良いのに!! 上手くいけば遺跡の力を逆に利用できるかもしれない。
そうしたら遺跡を要塞にし、ここを軸として島を手に入れられる」
余裕綽々のイスラの台詞に背後の帝国兵達が一斉に気色ばむ。
イスラが正しいなら、自分達は早く任務を終えて帝国へ帰れる。
そんな郷愁の気持ちを滲ませた雰囲気に
はイスラをねめつけた。
「分かっておるくせに、そのような楽観論を口に出すな。碧の賢帝、真の主であるアティでさえ遺跡の意思に叶わず自我崩壊一歩寸前。
あれを他の召喚師にさせたら一発で廃人だな……」
呆れ果てた の台詞に帝国兵は感嘆の声をあげ、彼女の意見に動揺する。
の発言通りアティは確実に何かに体を蝕まれている。
圧倒的な力を誇示する隊長の旧知であすらあの状態。
果たして自分達がああなったら……。
想像して召喚兵は身震いした。
「適切な指摘有難う。僕も無謀だと思うよ……今の遺跡を制御しようっていうのはね」
イスラは部下の存在を歯痒く感じつつ、 の思惑に気付き毒づいた。
何も知らない愚か者ならイスラの甘言に乗って遺跡の餌食になったかもしれない。
寄せ集め。
女のくせに軍人の頂点を目指そうとする姉への嫌がらせ。
それが現在姉が指揮するこの海軍の部隊だ。
荒くれ者や問題児ばかりが集う部隊、としても名を馳せている。
副官のギャレオは役に立ちそうでもこの部下達は問題外。
イスラは遺跡の意思を確かめたくて碧の賢帝を一度は手中にしたいと考えていたし、うまく運べば召喚師の一人や二人。
アティが現在味わっている台座へ納めてみようとも考えている。
尤も最速 が発した言葉の数々で全て台無しになってしまったが。
質が劣るといっても召喚師は召喚師。
イスラと の遣り取りを聞いていれば、厭でもあの遺跡に接触するのは危険だと理解できただろう。
姉にもそう進言するに違いない。
この状況で姉が部下を捨て駒扱いしないのもイスラには分かりきっている。
現に苦りきったイスラの返答に幾人かの召喚師が安堵の表情を浮かべる。
「賢いな、汝は」
口角を持ち上げ哂う の瞳はこれっぽっちも笑っちゃいない。
自分の策に嵌ってくれたイスラに深く感謝だ。
イスラは帝国所属の諜報員。
背後の兵士はアズリアが預かる帝国兵。
ここで が喋った(流した)情報は多少彼等にもアズリアにも流れる。
その方が簡単に核識になろうという人間(召喚師)が出ないかもしれない。
帝国軍そのモノに個人的恨みはないので として出来る精一杯の警告を送る。
イスラは
の安い挑発に気分が高揚していく自分を感じていた。
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