『もつれあう真実1』




何やら沈痛な面持ちで禁止された遺跡へ向かう、カイル一家+アティ+ウィル+ベルフラウ。

その後を優雅に、気配を完全に殺して尾行するのは。
「君と僕とは敵同士じゃなかったのかな?」
イスラは と並んで歩きながらこの展開について眩暈を起こしかけていた。

背後にイスラ自身が見込んだ精鋭の帝国軍が控えているが、彼等も戸惑いを隠せない。
なんせ敵の中でも高ランクの手練が自分達に混じっているのだ。

「利用できるものは敵でも使った方が楽だろう? 裏切りは汝の十八番、好きな時に裏切って我に斬りかかるが良い。返り討ちにするがな」
イスラと並んで歩く はイスラの皮肉に皮肉で応じ、にっこりと極上の笑みを浮かべる。

幾分頬を引き攣らせたイスラは乾いた唇を舐めた。
呼吸さえ慎重になってしまうのは隣に彼女が居るからなのか?
それとも背後に居る自分の部下達に会話が聞かれるから、だろうか。
早鐘を打つ自身の心臓に内心だけで文句を言い、イスラは背筋を伸ばす。

「まったく……自分から進んで憎まれ役かい? 僕と一緒に行動して、この事が彼女達にバレたら君だってスパイ扱いだ。それとも彼等に涙を見せて許しを請うのかな?」
イスラは芝居がかった動作で肩を竦める。

数百メートル先にアティ達は居て、閉ざされた遺跡の入り口前でなにやら話し込んでいた。
遠すぎて彼等の会話まではこちらの耳には届かない。

「憎まれ役、か。懐かしい響きだな」
マグナを思い出し、ルヴァイドやイオスを思い出し。
懐かしさが勝り、 はしみじみした感想を漏らす。

敵と歩いていて警戒心の欠片も持たないこの美少女。
神がかり的な美しさを併せ持った少女に、帝国兵達はツッコミすら入れられずにいる。

「まぁ、憎まれ役は我が引き受けても構わん。どう転ぼうと我が勝利して全ては終わるのだからな」
悠然と微笑み勝利宣言。
の行動や言動は人を食ったような部類のものが多い。
揶揄したいわけじゃないだろうに、皮肉気な喋り口になるのは当人の地なのだろう。

イスラは久しぶりに と喋りながら結論付けた。

「大した自信だね、根拠は?」

相手が戦う気が無い、しかもこちらも任務の最中だ。
アティ達を倒す前に を倒しておきたいのは山々だが分が悪い。
アティ達に尾行を気取られてしまうし、折角遺跡内部に侵入できそうなのにチャンスを逃す。

総合的に考えてイスラはこの事態を愉しむ事にした。

「我が諦めてはおらぬからだ」
は、世間話をする態度で切り替えしてきたイスラに当然といった態で答える。

「?」
流石のイスラもこの返答には虚を付かれたようで、その顔色に疑問符が浮かぶ。

「汝の美学からすれば散り際は潔く、が主義なのだろうがな。生憎我は聞き分けの無い我儘な子供なのだ。
駄目だといわれても諦めがつかず足掻く……その足掻きが実は一番厄介だとも知っておるからな」
唇の端だけを持ち上げて が軽薄に哂えば、抜刀したアティが周囲の骸骨を実体化? させていく。
遺跡を護るよう立ち上がる骸骨達に挑んでいくカイル一家。

「互いの利害は現在のところ一致しておる。本番に備えゆっくり見物と行こうではないか? そうであろう、イスラ」
背伸びをしてイスラの唇に人差し指を当て、 はしたり顔でこう告げる。
先生の休日から実に五日後の出来事であった。





抜刀する事で遺跡を刺激し、彼等が蘇る事は知っていた。
遺跡に蘇る幽霊を鎮めていたファリエルを見ていたから分かる。

アティは遺跡内部を歩きながら、つい数十分前、耳にした青年の声に思いを馳せていた。

ウィルとベルフラウを助けに荒れた海へ飛び込んできた時に聞えた声。
それから、夜の砂浜で聞えた青年の声。

どれもが同じで違う気がする。

 やっぱり さんも誘えばよかったんでしょうか?
 カイルさんは心配要らないって言ってましたけど。

ヤードが遺跡の中枢部の施設を見て驚愕、我に返って施設の意味を口にしだす。
アティはヤードの講釈に耳を傾けながら、それでも の事を考えてしまう。

 最初はサプレスの女神様かと思ったんですけど、違うみたいですし。
 私なんかより…ウィル君と仲が良いですし。
 って、べ、別に羨ましいとかそういうのじゃなくて。

自分で考えて自分の考えに弁明しているようでは先生失格。
まだまだ、とゲンジに叱り飛ばされるだろう。

  さんみたいになりたい……。
 その為には五千年という時間が必要なんでしょうか?
 そんなに過ごしたら、私お婆さんになっちゃいます。
 というか人はそんなに長生きできないですし、どうしましょう……。

アティのこんな考えをウィルが知ったら、形振り構わずアティへ抱きつき『お願いだからあんなの( )みたいには成らないでくれ』と懇願しただろう。

一人青くなったり紅くなったりするアティにベルフラウは白けた眼差しを送った。

更にそんなアティを呆れ果てて眺めているのが尾行組の 達である。

「アティ、自分から言い出しておいて遺跡を観察しないとは。何事か」
は一人百面相を続けるアティの大物さ加減に肝を冷やす。
もう少し真剣になって貰わなければ、自分がココまでお膳立てした意味がなくなる。

 ファリエルに頼み込んで無理矢理あの演技。
 (遺跡の前で幽霊を鎮める)を行って貰ったのだぞ!!
 アティよ、汝は危機的状況に陥っても呑気にしていそうで我は怖い。
 ハイネルそっくりではないか……。まったく、世話が焼ける。

額に浮かびかける青筋と は格闘していた。

「君の着眼点はズレてるよ、この遺跡の素晴らしさを理解していない」
イスラも遺跡の内部がこれ程だとは想像以上で、興奮気味に頬を紅く染める。

「分かっておる、分かっておるわ。人造エルゴを作り上げようとした慣れの果てであろう。
サプレス・シルターン・メイトルパの技術をロレイラルのプログラムでカバーし、四つの世界の集合体を作る=エルゴ、であろう」
が苛立ちを隠さずヤードの講釈を端折って纏めた。

 この気配はアルディラか。
 予防策としてファリエルにアルディラの後を追わせて正解だったな。
 キュウマもアルディラから離れて遺跡に接近中。
 大方、この遺跡がアルディラの話通りに機能しているのか確かめに来たのだろう。

 もつれるな。
 全ての糸が。

 だがそうしなければアティが願う『相互理解』には程遠い。
 表面上仲間面して笑い合うただの騙し合いで終わるだけだ。
 いや、そうなったからトウヤ兄上とハヤト兄上が生命の危機に瀕しておるのか。
 頭が痛い。

「へぇ……理知的な会話も出来たんだね」
イスラは の理解力の速さに内心で舌を巻く。

ただの皮肉屋嫌味ったらしい、理屈ばかりが先につく頭でっかち。
かと思いきや、柔軟性も持っている。
状況判断は自分と同じかそれ以上。
お綺麗事ばかり並べるアティや姉とは違う。
現に自分(イスラ)を利用してちゃっかり遺跡内部へ入り込んでいるのだ。

しかもイスラが敵対の気持ちを抱いた時点で戦うとまで言っている。

「申し忘れておったか? 我は自身を正義だとは申しておらぬ。我が望んだ先を掴む為に奔走しておるにすぎぬのだ。汝よりも狡賢いぞ……恐らくはな」

「何度言われても中々信じられない、っていうのが僕の本音だよ。口ではどうとでも言えるからね。どうとでも」

沈んだ調子でイスラを宥める と、その の言葉を真実と受け止められないイスラ。

この品の良い美しい存在が『狡賢い』とは想えない。
闇を抱える自分とは正反対の光に見える。
だから無意識に彼女の意見に反発してしまうのだ。

 むぅ……我も大概強情だと称されるがイスラも負けるとも劣らぬ。
 このような部分はアズリアに似ておる気がするが……。
 指摘したらしたで、矢張り否定するのだろうな。
 闇を内包させられたイスラには信じられるモノなど何も無いのかもしれん。

イスラのペンダントは間違いなく無色絡みのもの。
が無色から連想するのは禄でもない人材育成術だけ。
初期のクラレットやカシス、キール。
三人を見てきた だ、無色の無体は骨身に染みている。

イスラも家名など関係なく辛い仕打ちを受けたのだろう。
察するに余りある。

「汝の様な名家の金持ちと一緒にするな。我はスラム育ちで現在もスラムで暮らしておる。
生き延びるために追い剥ぎだってしておった。何もしないで金が落ちてくる汝の生まれとは違う」
は憮然として早口に言い捨て、何かを発見したアティに顔を向けた。

「スラム……育ち………」
眉を顰めたイスラの口を が問答無用で自分の手のひらを使い塞ぐ。

本当なら だって生まれで相手を差別したくはない。
ミニスのような例だって居る。

 まったく……イスラよ。
 汝はウィルやベルフラウと似たような生い立ちかもしれんが同情せぬ。
 貧しいからと捨てられる子の気持ちなど汝には分かるまい。
 邪魔だからだと追払われる召喚獣の哀愁を理解できるまい。
 汝の名家の人間としての重荷とは違った苦しみ。
 我が汝の重荷を理解できぬのと一緒だ。

今こうしてイスラと話している間にアティは抜刀し、遺跡の一部に剣をつきたて始める。
明らかに変わった遺跡の空気に の産毛が逆立つ。

「……安心しろ、逆に我は汝の様な名家の人間の苦労を察せられん」
これ以上の舌戦はしたくない。
三文芝居の開幕のベルの音を聞きながら、 はイスラを見向きもしないで最後に付け加えたのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 主人公の本領発揮、裏で? 暗躍です。
 表立って遺跡探検に加わるつもりはない主人公、ちゃっかりイスラにひっついて遺跡内部へ侵入。
 性質が一番悪いです(笑)ブラウザバックプリーズ