『話題休閑・招かざる来訪者5後2』



宴会場から自宅への帰り道。
月夜に照らされた道を一人で歩く の視界。

濃紺色の空色が木々を黒く塗りこめ、唯一の明かりが天井に佇む月一つ。
その黒い木の陰からイスラが姿をみせた。

「どうしたイスラ? まさか迷子ではあるまい?」
小首を傾げた と感情を殺した顔をするイスラ。
蒼い の瞳と黒いイスラの瞳が双方に強い輝きを宿してぶつかり合う。

「……所用の帰り、と表現したら察しの良い君には理解できるんじゃないかな?」
唇の端だけを持ち上げてイスラは言った。

「敵同士になるのが確定でも、そう尖るな。疲れるだろう」

イスラとは袂を別つ。
これは やバノッサ・イオスだけが把握している事実で、他の面々には伝えていない。

イスラだけが無色の手先なのか、アズリアはどうなのか?
情報が少ない状況で迂闊に策を練るのは愚行であり無駄骨である。

理解しているからこそ流動化して流れていく事態に は身を任せていた。

「最初に突っかかってきたのはそっちだからね」
事実、一応は病人だった自分に喧嘩を売ってきたのは彼女である。
自分じゃない。
イスラは素っ気無く応じた。

「頑固だな、汝」
は意外に根に持っているイスラに嘆息する。

挑発して喧嘩を売ったは、売った。
だがイスラはスパイである。
イスラはスパイで外面は良くしておかなければならないのに、何故か 相手には刺々しい。
もう少しプロ意識を持って愛想良く振舞えないものかと は感じてしまう。

が発言したきり落ちる静寂。
イスラは値踏みする目つきで を眺めるだけで口を開こうとはしない。
でイスラが発言するまで根気よく待つつもりだ。

余計な口は挟まない。
それぞれの考えから二人は互いに静けさを守る。


「僕はずっと憧れてきたものがある。それが手に入ると知った時、僕はなんでもすると決めたんだ。だから僕の邪魔はさせない」
漸くイスラの固い声音によって破られる夜の静けさ。

言葉に含まれるイスラなりの警告。
漆黒の瞳が激しい何かに染め上げられ、決意を固めたイスラの拳にも力が入る。
イスラにはイスラなりにこの島に来た意義、はあるようだ。

「それが本当のイスラの願いなら我とて邪魔はせぬ。一々茶々を入れて回るほど我も暇ではない。ただ無色には良くない思い出しか無くてな」
は無色の派閥とまでは言っていない。
言葉を略しても分かる人間には がそれを示していると察するだろう。

「!? どういう意味だい?」
案の定、頭の回転の良いイスラは の台詞に反応した。

釣竿に垂らした餌は小さいのに獲物は見事に食いついている。
は顔色一つ変えずその様を脳裏に描いた。

「我と共に召喚事故で呼ばれた兄上が二人おる。島に来ている我の兄上とは違う兄上だ。その兄上達が無色の被害にあってな……生死の境を今尚彷徨っておる」
は無色から現在被っている被害をイスラへ伝える。
内容的には嘘ではないが真実でもない。
曖昧な話だ。

「………」
イスラは口を真一文字に引き結ぶ。

最初からイスラを敵だと判断する がそう簡単に自身の身内を語るとは思えない。
咄嗟に自分に対する心理作戦か、果ては揺さぶりかと考えて黙り込む。
一応は訓練を受けた身分。
ここで一番油断ならない相手に対処法を間違い、今後の『プラン』に支障をきたしてはならない。
自身の絶対の願いを叶える為には全てを捨てる覚悟がイスラにはある。

「とまあ、イスラに事情を説明し八つ当たりしても無駄だ。大本を絶たねば兄上達は助からぬ。悠長に島で暮らしておる場合ではないのだがな」
島暮らしはハヤト・トウヤを助ける上で必須条件。
イスラ相手に手の内を明かす真似はまだしない。
どうとでも取れる意味合いを残し は自分の気持ちを語った。

「もし」
乾いた唇を舐め、イスラは慎重に頭の中で音に出すべき言葉を組み立てる。

これが彼女なりの揺さぶりなら逆に情報を掴んでやる。
イスラは腹を決めた。

「もし、 がお兄さん達を助けられなかったら。君自身はどうするんだい? お兄さん達を想って泣き暮らす? 復讐をする? それとも」

彼女はなんと答えるだろう?
尋常ではない力を持った、彼女は。

期待しているのか、不安なのか。
イスラの心臓はドキドキ激しく波打っていく。

「何も」
口早に放たれたイスラの問いに、 は至極落ち着いた態度で呟いた。

「え?」
空耳かと勘違いしてイスラは聞きなおす。
無論 は答えの復唱などせずに語り出した。

「時間だけはどの世界でも共通。慈悲に満ち、残酷。どれだけ幸せでも、不幸せでも時は流れ人は歳を重ねていく。聞えは悪いが死んでしまえば全ては終わる。
流れる時は留まらず常に変化を齎す……兄上が逝ねば辛いし寂しい。胸が張り裂ける。だが時は遡れぬ、二度と取り戻せはしないのだ」

イスラが真剣に訊いてきたのか? そんなこと実は にとってはどうでもいい。
漠然と、自棄的な音を持ったイスラに自分の意見を『識(し)って』おいて欲しいと願う。
イスラに死相が見えるから。
今迄見た中で一番色濃い死相が。

「だから何もせず、毎日を懸命に生きる。我にはそれしか出来ないだろうな。兄上達の代わりに生きる等大層な意味はない……。
ただ悔しさに歯を食いしばって生きていくしかあるまい。それ以外に何が出来よう?」
それが本来の の役割であり、立場である。

その立場がなかったとしても は行動を起こさない。
ハヤトとトウヤは復讐に燃える を望まないから。

敵を見たらきっと腸(はらわた)が煮えくり返り相手を半殺しにするだろうし、何年、何百年たっても怒りは収まらないだろう。

それでも兄が好きだと言ってくれた自分で居たいのだ。
周囲から傲慢だと誹られようとも。
ただ時折己の不甲斐無さを嘆き、流れる時間と格闘するしかない。

「………」
先程とはまた違ったニュアンスを持ってイスラは沈黙する。

正直な感想は『 という存在が分からない』である。

彼女の気質は高飛車なだけではなく、鋭く、鋭利な刃物を髣髴とさせるキレ者だ。
短時間の会話でそうイスラは解釈している。

イスラが把握している範囲では、 は命を粗末にする者を嫌っているし、実際に制裁も付け加えている。

それなのに復讐も考えずただ生きていくなんて納得できない。

ほどの実力があれば彼女の兄を不幸に追いやった元に、これ以上ない仕置きをする事が出来るからだ。
釈然としない気持ちを抱えイスラは次の の言葉を待った。

「復讐から生まれるのは新たな復讐の火種だけ。連鎖する怒りを他の者に味合わせたくない。我の偽善であるのは重々に承知しておる」
はイスラに、それから自分に聞かせるよう彼女にしては珍しく静かに言葉を紡ぐ。

「兄の命を奪った者の命を奪っても、兄は戻っては来ぬ。冷たいように聞えるかも知れぬが永遠など何処にもない。遅かれ早かれヒトは寿命が尽きて死ぬのだ。
早いか遅いか、非業の死か、幸福な死か。
残された者が兄の死をどう受け止めるか。それだけの問題だ」

締め括りに言い捨てて は手でイスラに隠れるよう指示した。

繰り返される命の連鎖。
五千年もの間見守ってきたから分かる人の孤独と苦しみ。
失う事は辛い、悲しい。
それでも時間は流れる。
残された面子で生きていかなければならない。

死を選ぶ選択肢もまた当人の自由ではあるが。


暗闇に浮かび上がる二つの影。
一つはフワフワ浮いていて、もう一つは頭に何かを乗せて歩いてくる。
二つの影の足元から地面に伸びる影が、 と隠れたイスラにも見えた。
「アオハネさ〜ん!! どこに居るですか〜??」
 フワフワ浮いている影・マルルゥが大声で叫ぶ。
〜!! 早く帰らないとヤッファに怒られるよ」
さり気に を貶める発言をかまして を捜しているのはウィルだ。
は一度もイスラを見ずにウィル達の影へとゆっくり歩み寄っていく。

「ウィル、マルルゥ、すまないな」
口で謝ってる割にはこれっぽっちも悪いと思っちゃいない。
バレバレの口調で が二人へ謝罪をいれた。

マルルゥは気がつかないけれど、ウィルは眉間の皺を一気に深めた。

「すまないって今何時だと思ってるんだよ、
「悪いがそっくりそのままの言葉をウィルへ返すぞ」
一人で外出していた を嗜めるウィルに は澄まし顔で反論。
よりウィルとマルルゥの夜歩きの方がよっぽど危ないと皮肉っているのだ。

「ヤな性格だよね、 ……」
露骨に顔を顰め肩を落とすウィル。
嘘がない部分ではとても付き合いやすい彼女だったりするのに。
時々ウィルに何かを促すように意地悪になる。

「お互い様だ」
といえば矢張り澄ましたままでウィルの一撃を受け流す。

「マルルゥを仲間外れにしないで欲しいです〜」
宙をグルグル円を描きまわってマルルゥは一人悶える。
とウィルの口戦についていけずなんだか激しい疎外感を感じて。

「「してない、してない」」
「してるです〜!!!」
揃って手を左右に振った とウィルに、マルルゥはもう一度大声で叫んだのだった。



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 キャラが勝手に動くんです。イスラも最初はこうなる予定じゃなかったのに(遠い目) ブラウザバックプリーズ