『招かざる来訪者2』



リペアセンターへ足を踏み入れた は、クノンとイスラの出迎えを受けた。

「奇妙な取り合わせだな」

クノンはイスラをなんとも思ってない。
これは断言できる。

でもイスラは大なり小なり島側の存在・クノンを警戒する筈。
なのにイスラはのんびり珈琲を啜っていた。

「患者と看護婦が一緒で何か不都合が?」
昨日のショックから立ち直ったイスラは、いち早く の台詞に反応する。

「いや。ところでクノン、我に用事とは? 場所が悪いなら移動するが」

イスラ自身は不快じゃない。
不快なのは彼が後生大事に身に着けている件(くだん)のペンダントなのだ。

つい無意識に刺々しい口調になって はクノンに尋ねる。

「いえ、それには及びません。まず最初にお飲み物は如何ですか、 様」
相変わらずクノンは顔色一つ変えずに をもてなす。
それでも がイスラに対して嫌悪感に近い感情を出しているのに驚いていた。

「ならば紅茶を貰おう、イオスの分も構わないか?」
は顔色一つ変えず、クノンの心情についても言及せず淡々と喋る。

 やれやれ、我とした事が。
 無色に対して快い感情を抱いてはおらぬのを。
 クノンにまで知らせてしまうとは修行が足りぬ。

 当時は深く考える間もなかったが我は相当怒っておったのだな。
 オルドレイクの策に。

もう四年近くになる。
首謀者のオルドレイク、バノッサ達セルボルト兄姉の実の父親が亡くなってから。
人間も召喚獣も、エルゴさえ己の欲を満たす道具として扱った彼に相応しい最後だったものの。
本人があの事件を顧みる時間は少なかった。

 無意識にバノッサ兄上に遠慮しておったのかもしれん。
 これを機にバノッサ兄上達と一度話し合ってみたい。
 兄上や姉上達がどのように無色を捉え、今後どのように関わるつもりなのかを。

平穏に刻まれる年月に胡坐をかいていては足元を掬われる。
はちゃんとこれからについて明確なビジョンを持っていようと考えを改めた。

「かしこまりました、 様」
胸中だけにハテナマークを浮かべ、表向きは何時ものクノンがティーセットへ向かう。

考え込む の顔色を見ているだけのイスラ。
珍妙な静けさがリペアセンターの一角を支配した。

「ミャー」
の頭上を陣取ったイオスが珍しく鳴く。

基本的にイオスは饒舌でもないし自己主張が激しいタイプでもない。
軍人として常に目立たない風を装えと、習慣付けられた生活が長いせいもあった。
兎に角イオスにしては珍しく、思案顔の の注意を引くべく小さな声で一声鳴いた。

考えるよりもまず行動しなければ何も変わらない。

の悪い癖、どこでも考え込むを中断させてイオスは肉球でパフパフ の頭を撫でた。

「すまない、イスラ。汝を放置してしまったな。深く考え込むと周囲が見えなくなる、我の悪い癖なのだ」
イオスの意図を理解して は素早く気持ちを切り替える。
突然 に普通に謝られて逆にイスラは僅かに目を見開いた。

「構わないよ。考え事しながら気を遣われても逆に怖いから」
イスラが普通に応じ、そこへクノンがティーセットを持って帰還。

珈琲の香りに消されてしまう紅茶の香り。
は別段気にせず紅茶の香りを胸いっぱい吸い込んだ。

メイメイ辺りから仕入れてきたのだろう、いつかファミィの元でご馳走になった帝国産の超高級茶葉使用の紅茶である。
イオスも の頭上から飛び降り、ティーセットの乗ったトレイに座り込み紅茶の香りを堪能。
へにゃんと耳を垂れた。

様は昨晩、わたしの気持ちを言い当てました。あれがわたしの感情と呼べればですが。どうして 様はわたしの気持ちを理解されたのでしょう?」

クノンにとっては初めての事象。
相手から心配される気持ち。

味わった事の無い彼女は激しく動揺し、そして知りたいと考えた。
があの時何を考えクノンを労わったのか。

「先ずは他の者が汝をどう捉えておるかにもよる。我は頑固者でな? しかも理屈屋でもある。
我の汝に対する解釈がこうだ。
汝の属する立場を表せば、医療機械人形・フラーゼン。だがクノン、汝は確固たる意思と思考を持つ一個の個でもある。
杓子定規な汝の対応を他の者は『クノンは機械人形だから』と解釈するだろうが、我は違う。生真面目な汝の性格と認識しておる」

ここまで一気に喋って、 は喉の渇きを癒すべくティーカップへ口をつける。

クノンは顔色を変えず の長い台詞を電子回路で咀嚼してから、静かに反論した。

様の仰る言葉の意味は理解出来ますが、わたしがそこまで感情を学べているとは考えられません」
数ミリ、眉根を寄せたクノンの苦渋に満ちた気持ちがひしひしと伝わってくる。
は目線だけで話を続けるよう求めた。

「アルディラ様はアティ様達とお会いになってから随分元気になられました。精神的にです。
わたしではアルディラ様の気持ちを理解して差し上げられませんでした。だからアルディラ様は……」
クノンは言い淀み視線を床へと落とす。

が考えたよりも根深いクノンの悩み。
電子回路にだって魂は宿る、 は知っているからこそクノンを助けたいと思った。

「良いかクノン。感情を学ぶ上で一番大切なのは知識ではない、経験だ」
人差し指を立て左右に振って は舌を鳴らす。

「生まれたての赤子が感情で相手を傷つけぬ術を持っておると汝は思うか? 歳を経て赤子は子供になり、自身の感情を学んでいくのだ。
家族と会話をし、友と喧嘩をし、教師に叱られ。様々な体験を通して自我を知り感情を知る」
ロレイラルの機械は既に基礎的な感情をインプットされた状態だから、多少の機転も利く。
ただそれだけで、根本的に人並みな感情を持っているかという問題は別である。

「僕も の意見に賛成かな。本だけで得る知識と実際は結構違うからね。学んで知るモノじゃない部分もあると思うよ、特に感情みたいな目に見えないものは」
黙って の講釈を聞いていたイスラが、意外にも を擁護する。

暫しの逡巡をみせ、クノンは時間をかけて顔を上げた。

「これからじっくり学べば良い。ただ気持ちは表裏一体だぞ? 相手を大事に思うからこそ憎く感じ、相手を恨むからこそ気になって仕方がない。
汝の得意とする数学の方程式のように明確な答えは無い。全て汝が感じたままが答となる」
はクノンの縋るような瞳に内心だけで苦笑し、最後にやんわりと釘を刺す。

気持ちを持つ生物は誰しも心に闇を持つ。
悪魔でも天使でも、神でも。
マルルゥのような妖精だって、スバルのような鬼人であっても。
必ず持っている。

その闇に、自分の汚い部分を直視できる覚悟があるか否か。
が、クノンのこれからを左右するのだ。

「検討してみます。 様、貴重なお時間を下さり」
「クノン」
頭を下げて感謝の気持ち? らしきものを顕すクノンを は止める。
険しい顔で重々しく首を左右に振った に、クノンも動きを止めた。

「我は昨晩クノンを友だと想っていると告げた。この場合、汝が発すべき言葉は有難うであろう? 畏まった感謝の言葉など友には、我には要らぬ」
が極上の笑みを浮かべクノンへ断言。
刹那、反応に困ったクノンは、 の笑顔に見惚れ数秒間だけ彼女らしくなく機能を停止する。

アルディラとは正反対の性格を持つ なのに、アルディラよりも自分を理解している。
不思議と厭な気分はしない。
寧ろ、胸の奥の回路が仄かな暖かさに包まれる錯覚さえ覚えてしまう。

「可愛いんだね、笑うと」
不覚にもイスラも の笑顔に見惚れ、率直な感想を漏らす。

昨日アレだけ敵愾心を剥き出しにしてきた美少女が今日はその事に一切触れない。
何事もなかったようにイスラに接し普段の自分を曝している。

つまり はイスラだけに警告しているのであり、 だけが把握していると暗に告げているのだ。
勝手に動け、自分もそうするからとの宣言通り、 もイスラの思惑を蹴散らして彼女の思惑で動く。

ただの偉そうな態度を取る高飛車かと思ったら大間違いだ。
彼女は自分よりも策士なのかもしれない。

イスラはドキドキ波打つ己の心臓を宥めつつ裡で考えた。

「有難う御座います、 様」

クノンはクノンで、初めて出来た自分の友達、という存在に戸惑い、喜ぶ。
島の住人はクノンを『医療機械人形』としか見てこなかったし、クノンもそれに相応しく振舞っていた。
それ以前にアティ達が漂着するまでは集落同士の交流など皆無で、現在だって活発に交流しているわけでもない。

を真似て少々ぎこちなく微笑み、クノンは中座した。

隠し切れない喜びを公に出すのが恥ずかしいのだろう。


「お綺麗な友情ごっこだね」
クノンが去るとイスラは軽薄な笑みを浮かべ、 に皮肉を放つ。

「上っ面の己を好きになってもらうよう振舞う、よりはマシであろう」
「正直は美徳って事かい? あんなもの時と場合によるよ」
は大して怒りもせず言葉を返すが、イスラは露骨に嫌な顔をして吐き捨てた。

「………優しすぎるのだな、汝の姉は」
強がってもイスラの音は誤魔化せない。
彼の音色に耳を傾け、イスラの毒舌なんのその。
は至ってマイペースにイスラへ深い同情の眼差しを送る。

「何を言ってるのか分からないよ、
穏やかな性格の少年に相応しい、柔らかな笑顔。
嘘の笑顔を貼り付けたイスラは挑発的にこういって、とびきり人が良い笑みを に見せたのだった。



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 波紋を投げかけながら島の皆や敵と触れ合っていく主人公。次に落ちるのは誰だ!? ブラウザバックプリーズ