『招かざる来訪者1』




ベルフラウ・ウィル両名による『居場所確認事件(別名:帝国軍子供人質事件)』も落ち着きを見せる最近の島。
アティも手馴れた様子で青空教室の授業を進めている。

「まずは昨日の復習だね、パナシェ」
ウィルは書き方の本を片手にパナシェにつき、パナシェの板書を確かめる。
「うん」
パナシェも慣れた様子で『副委員長・ウィル』に不得手な部分を教わり始めた。

「だあああぁぁぁ〜!!! だから、こうすれば」
「……違うの、良い? ここで足しているからこの時点での答が4よ。それから」
苦手な算数に頭を掻き毟るスバルと、根気良くスバルに算数を教える『委員長・ベルフラウ』
因みにアティはマルルゥ相手に初歩の算数をレクチャー中だ。

「うむ、形になってきたな」
背後でアティから借りた戦術指南書を読みふけりつつ、周囲をきちんと観察。
が大分形になってきた授業風景を眺める。

「わしがアティを扱いたからのう。そこそこ使える先生にはなっただろう」
腕組みをしてゲンジが悦に入り、 とミスミの微笑をかう。

アティの無自覚さが招いたベルフラウとウィルの不安。
アティ自身が身を呈して示した事もあり、彼女達三人の関係は至って良好。
ウィルはユクレス村を離れるつもりは無いけれど、こうしてきちんとアティやベルフラウに接している。
ウィルという名の一人の少年として。

「しかしこんなに丸く収まるとは、わらわも想像つかなんだ」
華美過ぎずかといって質素すぎもせず。
美しい風合いの着物の裾で口元を優美に隠し、ミスミは鈴が転がるような上品な笑い声をたてた。

「世界は汝が想像するよりも広い。様々な考えと信条を掲げた者達が割拠するリィンバウム。アティやベルフラウ、ウィルが持つような柔軟な思考を出来る者もおるという事だ」

が遭遇した人数全員分の違った考えと願い、行動。
どれ一つとっても『まったく同じ』ものは一つとしてない。

は未だ自分が知らないリィンバウム全てに想いを広げ、自分に言い聞かせるよう零す。

「ああ、わらわも目が覚める思いじゃ。息子のスバルばかりを心配してはおられぬかも知れんな。一つ、わらわも奮発しようか」
学問と格闘する息子へ慈愛に満ちた眼差しを送り、ミスミは小首を傾げる。

「手習いの先生ならヤードを推薦するぞ。あ奴は召喚術の心得もあるし、リィンバウムの学も持っておる。アティとは違った意味でミスミの良き師となってくれるであろう」
はミスミの少ない言葉から『ミスミは自分も勉強がしたいと考えている』
こう察してさり気なくミスミ用の教師を推薦した。

風雷の郷の長であるミスミが外界に興味を持つ。
これはこれからの島のあり方を考える上で非常に重要だ。
遅かれ早かれ遺跡は壊され(というより は確実に壊すつもりだ)島の結界も消え、島は世界と繋がる。
その時、これ迄の黴臭い考え方を上の者がしていると、島全体が萎縮してしまう。

それは良くない。

ハイネルの願いとは逆だし、 も島の友達が自身で生き方を選べる環境が島に出来上がるべきだと考えていた。

「ふふふふ、考えておく。それにしても 、ウィルとベルフラウ、少々疲れた顔をしておるが何かあったのかえ?」
ミスミはずっと気になっていたのか、やや髪の乱れたウィルとベルフラウを扇子の先で示す。
何度か瞬きをして は無邪気な微笑をミスミへ向けた。

「人質にされてあの二人、強くなりたいと我に訴えてきてな。とある伝手を頼って我直々に訓練をつけたのだ」
大事な部分を大幅に省き は事実だけをさらっとミスミへ教えた。

鍛えるなら一度に。
元々に話を持ちかけていて、結論を出したウィル。
強くなりたいと願った友達の為に、ファルゼンとフレイズも無理矢理引っ張ってきて、ベルフラウも加えた 一行。
メイメイという頼りになるのか微妙なラインの助っ人も足して、無限界廊へ挑む。

手馴れた ・バノッサ・イオス・メイメイを他所に苦戦するウィル達。

歴戦の兵達を相手にするウィル達を影ながら支え、絶対に助けたりはせず。
サイジェントに勝るとも劣らないスパルタ戦闘訓練が無限界廊にて展開されていた。

つい数時間前まで。


「成る程、訓練、なんとも懐かしい響きじゃ。わらわもスバルを身篭るまでは鬼姫として恐れられ幾多の戦場を駆け巡っておったものだ。久方振りにわらわも腕を」
「止めはせぬが今は早計ではないか? キュウマ辺りが心労で倒れるぞ」
は肩を竦めてミスミの勇み足を留める。

ミスミが見せる立ち居振る舞いはミスミが只者ではないと暗示している。
も出会って直ぐに彼女が手練だと悟ったが、まさか母親の彼女まで戦いに繰り出すわけにも行かない。
キュウマに怪しまれない為には彼女を引き入れるわけにもいかず。
結局 はミスミへ普通に接することにした。

「はははは、キュウマ殿もスバルの心配に姫の心配。頭を悩ます頭痛の種は尽きないか」
黙って女性陣の会話を拝聴していたゲンジが豪快に笑い出す。
口を大きく開いて『ガハハ』と笑い出したゲンジにつられて笑う と。
少々バツの悪そうなミスミ。

「どうしちゃったんだ? 母上達」
爆笑するゲンジに、控え目に笑う に、袖で顔を隠すミスミ。
見知った保護者達の普段見られない行動にスバルは背後を振り返り首を捻る。

「さあ? 大人には大人の都合があるんでしょ? さ、スバル! ラスト一問よ」
それはそれ、これはこれ。
堅実なベルフラウは背後の騒ぎをさらっと無視し、スバルを最後の一問に向かわせた。


「あら、思ったより賑やかなのね」
そこへ波紋の一人が表面上はにこやかな顔色浮かべてやって来る。

ゲンジは にだけ目配せし確認を求めた。
が一度だけ瞬きして合図を送ると、ゲンジは機転を利かせミスミを伴い青空教室を後にする。

勘の良いミスミと嘘が苦手なアルディラ。

彼女達を同じ場所に立たせるのは拙い。
すくなくとも、遺跡がどうアティを欲しているか分からない現段階では。
事情を知るゲンジの咄嗟の判断に感謝しながら は去り行くミスミとゲンジに手を振った。

「アルディラさん、こんにちは」
マルルゥと『楽しい算数』をしていたアティは顔を上げて笑顔を浮かべる。
波紋の一人、アルディラもアティへ笑顔で応じた。

「思っていたよりも素敵な先生ね、アティ」
「え? あ、そうですか?」
アルディラの褒め言葉にアティは頬を染め、どことなく嬉しそうに語尾を弾ませる。

「アティ先生の授業、興味はあるんだけど長居は出来ないの。クノンから伝言を預かってきたわ。
貴女が助けた少年について話があるの。時間が空いているときで構わないからリペアセンターへ顔を出してくれない? それから、
手短にアルディラはアティへ伝え、最後尾でゲンジを見送っていた に近づく。

「クノンが貴女に会いたがっているの……構わないかしら?」
の真正面に立ち控え目にアルディラが切り出す。
「構わない。アティ、楽しい授業だったぞ」
は指南書の本を小脇に抱え立ち上がる。

なんとなくアルディラ自身が に喋りたい事があると感じ取って一足先にラトリクスへ向かう。
別れの言葉と、褒め言葉をアティに送ればアティは相好を崩した。

「ウィル。午後は我は自由行動をする故、汝も好きに動け。何かあったらテコを使いに寄越すが良い」
「うん、分かったよ」
勉強と訓練ばかりでなく島を知る事も大切。
常に と行動を共にしているわけでもないウィルは慣れた調子で手を振った。

「ではな」
アルディラに促されつつ は残りのメンバーへ手を振る。

「「「さようなら」」」
スバル・パナシェ・ベルフラウが に手を振り返す。

マルルゥだけが『ナウバの実が〜、えーっと』等とブツブツ呟き、懸命に算数をしていた。


アルディラと並んでラトリクスまで向かう道中。
はアルディラが話し出すまで黙って小道を歩いていた。

「クノン、の事なんだけど何かあった?」
青空教室のある島の中央から十二分に離れた場所まで来て、漸くアルディラは口を開く。

「いや? 我が夜更けにリペアセンターへ押しかけただけだ。汝にも許可は貰ったであろう? 他に何かあったのか?」
は怪訝に感じてアルディラへ問い返す。

クノンへの非礼は詫びた。
クノンがまだ怒っているなら話は別だが、アルディラの態度からクノンが怒っていると感じられない。

「表向きは何も。ただあの子悩んでいるようなの。本当ならあの子も情緒的発達を遂げていても良いのだけど。
生憎話し相手が私だけだったから、感情面での発達が遅れていて。正直なところ私が相談相手として相応しいのか悩んでいたのよ」

頬に手を当てて嘆息するアルディラ。
島を護る事だけで、自分の心を鼓舞するだけで精一杯だった不器用な融機人。

 互いに本音をぶつけ合うのが怖いのだな。
 そして気持ちが離れてしまう事が怖いか。
 ハイネルとの別れがアルディラを臆病にさせている。

「………そうか、我でよければクノンにそれとなく聞いてみよう」

散り散りに千切られ飛んでいくアルディラの音。
それは種族が同じだからか、在りし日のネスティと似ている。

乱れた音を聴きながら、 は当たり障り無く返事を返す。

するとアルディラは幾分安堵した様子で胸を撫で下ろしたのだった。



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 マルティーニ姉弟だったので急遽、副委員長なる役職を捏造(爆)ブラウザバックプリーズ