『先生の休日4』
懲りずに反乱を起こし敗北したジャキーニを取り囲むアティ達。
巨木の倉庫前、項垂れるジャキーニを黙認できなくてオウキーニがイスラの誘いを話す。
「……だから! あんさんは」
「分かってます、オウキーニさん。心配しないで下さい」
帝国の、イスラの甘言に乗らなかったジャキーニ。
必死にジャキーニを弁護するオウキーニへアティは笑いかけた。
「皆さんには甘いといわれてしまうかもしれませんけど……私は」
白いコートの端を握り締めアティは上目遣いに護人達へ縋る目線を送る。
「良いのよアティ、構わないわ。原因の一端はヤッファにもあるんだし」
「アティ殿が良いなら異論はありません」
「ウム」
「元々半分は俺のせいだからな」
順にアルディラ→キュウマ→ファルゼン→ヤッファの弁。
ヤッファが怠けて管理していたサモナイト石がジャキーニに悪用された事実もあって、アティが望んだとおりジャキーニ達へはお咎めなし。
一家はこれ迄と一緒で果樹園での労働に携わる事で結論を得た。
「有難う御座います」
顔を輝かせお辞儀するアティを囲む護人四人。
遠巻きに眺め は無表情。
ウィルはアティを心配そうに一瞥し、ベルフラウは弟と先生を交互に観察し肩を落とす。
海賊の反逆モドキには興味がない。
イオスとバノッサは戦闘終了後、とっとと帰還している。
「………」
アティを中心に話が纏まれば だって口を挟みはしない。
戦闘には適度に参加、義務を果たした 。
このまま留まっても己がでしゃばる場面は巡ってこないだろう。
踵を返し
が家路につくと背後を音もなく着いてくる存在が一つ。
「どうかしたのか? キュウマ」
大木の洞兼倉庫から十二分に距離を取ったところで立ち止まり、
は背後を振り返らず声をかけた。
「いえ、貴女らしくないと思ったので」
の背後を着いてきたキュウマも別段驚かず用件を口にする。
アルディラに頼まれてそれとなく を監視していたキュウマ。
位の実力者なら自分が後を尾行けてきていると理解するだろうと踏んでの行為だ。
キュウマの狙い通り は気配に気付きこうして自分から糸口を曝け出す。
アティよりは何かを知っているような 。
何処まで化けの皮を剥げるか、キュウマは唾を飲み込み
の次言葉を待つ。
「ほう? ハリセン振り回して説教でもすればよかったのか? 我が出向かずともアティが居れば話は纏まるだろう」
キュウマの微かな皮肉を感じ取った
は矢張り僅かな皮肉を持って応じる。
「……オウキーニと仲が良い貴女には、彼を非難することが出来ないかと思ったのです」
暗に自身の監視を滲ませる言葉を織り交ぜ、キュウマはもう一度言った。
身体の変化は一切ない変わりに
が醸し出す空気が、キュウマの言によって明らかに変わる。
「成る程、随分曲解されたものだな」
柔らかかった の雰囲気は硬質になり、鋭さを持つ。
表面上は穏やかに紡ぎ出された の第三声。
キュウマは無意識に身構え全身の筋肉を緊張させた。
「わたしは感じた事をそのまま口にしているだけです」
雑念は一切振り払う。
余計な一言はきっと彼女に見抜かれこちら側の致命傷となる。
本能で悟りキュウマは無駄を省いた台詞で返す。
「ならばそれは汝の解釈として正しいのだろう。我が違うとも正しいとも申せぬ」
続けざまに飛ばすキュウマの言葉の棘は を掠める事無く、何処か遠くへ飛んでいく。
あっさりキュウマの言質を容認して
は始めてキュウマを振り返った。
「勘違いしてはおらぬか? キュウマ。何が善で悪かは個人が決め全てに通じる理(ことわり)ではない。各々に信じる光と嫌悪する闇がある。
そしてそれは一つとして同じにはならぬ。修羅の道を歩んだ汝には理解できるであろう?」
ポーカーフェイスの は、同じく感情を顔から消したキュウマへ次なる言葉(棘)を投げ返す。
夕日の逆光に照らされてキュウマの顔には影が落ちていた。
「仰る意味は」
キュウマの唇が動き意味ある言葉を形成する。
「我は我の身勝手な正義を振りかざしておるに過ぎぬ。幸い、我の正義が大多数に利益を齎すモノだったから受け入れられただけだ。
我が持つ力を容赦なく振るい、我が頂点だと天狗になるつもりはない……。キュウマが感じるほど我は強大無比でもない」
瞬きもせず
はジッとキュウマを見据えた。
「謙遜ではなく本心からの言葉だったとしても俄には信じられません。貴女の様な力を持っていたら……いえ、貴女の力を以てすれば帝国を追払う事も可能な筈。
それもせず、傍観に徹しコソコソ島を嗅ぎまわる。疑ってくれと謂わんばかりではないですか」
これまでの の不可思議な行動の一端、監視していたキュウマは把握している。
彼女が隠している何かの正体は掴めていないけれど。
意図的に何かを動かす の行動は不審点が多い。
実力だって碧の賢帝を持ったアティを確実に上回るし、頭の回転も悪くない。
よって帝国を壊滅させる事も、 ならやろうと考えれば出来る筈なのだ。
なのに加速度的に変化する島の状況を愉しんでいる様にさえ見えてしまう。
島の悲劇の過去の表向きを知っているのに変化を起こそうとする 。
傲慢だ、キュウマは思う。
「ならば疑え、キュウマ。我を、我が信じる正義を、我が願う未来を。汝が納得するまで我を疑えば良い。少なくとも汝の願いと我の考えは重ならぬだろうからな」
唇の端を持ち上げ皮肉気に口だけ笑う 。
瞳からは一切の感情が消されている。
キュウマの監視がオウキーニまで及んでおったか。
シアリィには十分注意させた故、予想範囲内ではある。
しかしキュウマ直々に我に接触してきたという事は?
アティが遺跡の何かについて嗅ぎつけたのだろう。
本来、碧の賢帝を持つアティは無意識に遺跡の意思に導かれておる節がある。
しかもジルコーダの事件の折、喚起の門も見ておるからな。
碧の賢帝の誕生の謎にアティは近づいておるのかもしれん。
考えは顔に微塵も出さない。
だってハヤトとトウヤの命が掛かっている場面でキュウマを茶化せるほど強くない。
「負け惜しみですか」
勝ったのか? それもと自分の思惑通りに彼女の仮面が剥がれているのか?
頭の中であらゆる想定を打ち立てながらキュウマは尋ねる。
「信頼の気持ちは強制して繋ぐものではない。我が受け入れられないからといって、そう感じる気持ちは悪ではない。
相性は誰にでもある。キュウマは我を疑わしいと申した。ならば我に出来るのはキュウマが我を疑っておるのを容認するだけだ、違うか?」
「………」
キュウマの双眸がこちらの思惑を探る目つきに変化する。
「真実が常に汝にとって都合が良いとは限らぬ。逆も然り。だから我を光の、正義の固まりだと捉えるのは止めよ。
我は我が信じた選択を取っているだけ。正しいかどうかは誰にも判定できぬのだ。無論汝の行動もな」
はキュウマと戦う事態があるかもしれない。
こう匂わせて自身の考えは伏せておく。
無色の手先がイスラしか分かっていない現段階、手札をキュウマには曝せない。
最終的な敵は無色であり、更なる最終段階としては。
寸断され歪んだハイネルの闇の核識とだって争うかもしれないのだ。
『かもしれない』ばかりの状況で断言はせぬ。
すまないな、キュウマよ。
汝の気持ち願い知らぬ我ではないが、我も譲れぬ。
譲れない二つの願い。
ぶつかりあってどちらかが砕けなければならないとしても。
は譲るつもりなんて最初から頭に無い。
そもそもの原因を誰も考えないからだ。
一人で成しえようとするから駄目なのだ。
誰も彼も。
一人で重荷を背負う行為は麗しいがそれではな。
繋いだ手を離し一人立ち向かう事がどれだけ間違っているか。
我が証明してみせよう。
アティも護人達も、イスラもアズリアも。
この島の運命の核を担う面々は兎角一人で重荷を背負いがちである。
いや望んで背負っているとしか には思えない。
何のために他人という存在が要るのか、そもそも『助け合う』なんて単語が彼等に存在するのか疑ってしまう位に。
「悪などこの世に一つもない、逆に善などこの世に一つもない。矛盾する考えだが矛盾ではない。シルターンに生まれた汝になら理解できよう」
古い日本の御伽噺に出てくるような、龍・鬼・妖怪が人と住まうシルターン。
相反する感情が表裏一体だと理解できる土壌がシルターン出身者にはある。
踏まえて
が念押しすればキュウマは唇を引き結んだ。
まだまだ甘いな、キュウマ。
我は汝が考えるほど清廉潔白でもないし悪でもない。
自分に素直であるだけだ。
時効を迎えた遺言に縛られる汝には分かるまい。
知らせてくれたゲンジに感謝だな。
踵を返し、キュウマと腹の探りあいをしていたなんて感じさせない の歩き。
遠ざかる
の背中を見詰め、キュウマは彼女を立ち止まらせる言葉を持たない自分に苛立つ。
焦るか? 苛立つか?
己の底の浅さを見たか?
キュウマ、汝は汝が感じるほど成長しておらぬわけではない。
気付いてくれれば良いのだが。
ギリ。
奥歯を噛み締めたキュウマの気配を感じ取り、 は目を伏せる。
しかしながら互いにかける言葉は最早ない。
賽は投げられた。
キュウマが動きアルディラが画策する。
向こうがその気ならこちらは防ぐだけ。
ゆったりした休日気分は消し飛び、再び島には闇が迫ろうとしていた。
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