『話題休閑・先生の休日4後』




フレイズとファリエルは を招いてのんびりお月見中。

狭間の領域に張り巡らせた結界はアルディラとキュウマの眼を逃れるには絶好の場でもある。

『そうなの、キュウマまで』
の説明にファリエルは表情を暗くした。

「彼女を巡る状況は一段と複雑化してきましたね。今日わたしが窺った範囲では、シルターンの護人が彼女に表立って接触した様子はありませんでしたが」
長方形に切り取られた水晶の椅子に腰掛けフレイズが顎に手を当て言葉を零す。

フレイズの正面、瞑想の祠入り口部分にファリエルと並んで腰掛ける は悠然と微笑んだ。

「構わぬ。我らが正しいともあ奴等が正しいとも厳密には決められぬのだ。互いに信じる未来が違うだけの話」

どう転んでも必ず勝つ。

の決意はこの島に来る以前から固まっているもので、島の住民を、彼等の事情を知ったからと主旨変えはしない。

どちらも自分の我を通したいだけなのだから、勝った方が我を通せる。

些か乱暴ではあるがそれ位白黒ハッキリさせなければ、ハイネルの悲劇をもう一度再現してしまうだけだ。
荒療治だが護人全員に認識させなければならない。
ハイネルの死を受け入れ、これから未来(さき)を考えて生きなければ駄目なのだと。

流れ出した時は緩やかでも留まる事はないのだと。

『うん、 の言う通りだね。わたしも自分の考えが絶対に正しいって言い切れないし。そもそも兄さんが誰も頼ってくれなかったのも原因だとは思うの。
核識になる度に失っていく自分の精神……わたしじゃ力になれなかったかもしれない。でも知りたかった、あの時に』

ファリエルは組み合わせた両手に力を込める。

「後悔は一度きりで十分だ、二度は起こさせない。強力な助っ人が加わったからな」
結界に反応する固体。
こちらへ迷わず向かってくる存在に は口角を持ち上げた。

「助っ人、ですか?」
フレイズが形の整った眉を顰めたタイミングで、その存在は馬鹿丁寧にお辞儀をしてから瞑想の祠へ一歩踏み出し立ち止まる。

「失礼します、 様、ファリエル様、フレイズ様」
エプロン部分の白いパーツを指先で抓み、クノンは片足を折って再度優雅に一礼した。

『ク、クノン!?』
咄嗟にファルゼンに変化しようとして、自分が『ファリエル』と呼ばれているのに気がつくファリエル。
オロオロするファリエルを黙って見守る無表情のクノン。
呆然として美形が台無し、薄っすら口を開いた顔で固まるフレイズ。

そんな三人を眺めご満悦の

様のご指示通りアルディラ様に悟られず、アティ様の仲間に加わる事に成功しました。こちらは 様が望まれたデータディスクです」
クノンは に近づき一枚のディスクを差し出す。

はディスクを受け取り、更にクノンがセットし始めるディスクを映像化する機械の配線を手伝った。
呆気に取られるファリエル&フレイズを他所にミニシアターが出来上がる。

様が仰った遺跡の見取り図です。ハイネル様が核識となり、無色の派閥に抵抗した折りに多少は破損していますが。ルートは以前と変わりありません。
ジルコーダ事件で喚起の門が正常に起動している状態を考慮しますと、遺跡内部のシステムはある一部分を除いてはほぼ稼動していると推察できます」

ミニ発電機からの電力を得て動き出す映像化機械。

水晶に映し出される遺跡の見取り図、クノンは一々指差して道順を示し淀みなく説明する。

「ふむ。欠損したある一部分は封印の剣により力を奪われたハイネルの意識、それから新たな生体部品だな?
尤も分断されてマトモとは評しがたいソレをハイネルの意識と呼ぶには憚られる」
遺跡内部の映像を間近に は冷静に応じた。
クノンは の鋭い指摘に黙って頷く。

「サプレスの召喚陣、シルターンの妖術、メイトルパの呪術、それらを統合し、物質に干渉するライン、境界線を保持するロレイラルの機器。
これらは剣により活動が低迷してはいますが完全に沈黙してはいません。
恐らく鍵となるアティ様が剣で干渉すれば遺跡は復活し、アティ様が遺跡に取り込まれる可能性が高くなります」

淡々と言葉を紡ぐクノンの最後の台詞に反応して、ファリエルはその場に立ち上がった。

『それじゃぁ兄さんの二の舞だわ! でも……先生は思慮深いし、そう気安く遺跡に近づかないと思うんだけど?
わたし達護人だって互いに近づかないようにしている危険地帯なのに』
ファリエルが遺跡の映像を、辛そうでもきちんと正視する。

彼女が何かを決意してこれまで以上に力強く輝いているのは目に明らか。
ファリエルを眺めフレイズは口元を緩めた。

の魂に惹かれてファリエルの魂も美しく輝く。
主として彼女に仕え術を使い彼女を現世に繋ぎ止めた己。
躊躇いがないわけでもなかったけれど、フレイズは現在のファリエルをより好ましく感じていた。

「だがアルディラは躊躇うアティを喚起の門へ連れ出した。ファリエルが警戒しておらなければ、今頃アティはハイネルの代価品として遺跡に納まっておったかもしれん」
高貴な輝きを放ちながら は真剣に問題を議論する。

当然 は自分が放出する輝きには無頓着。
出会った当初、フレイズとしては随分驚かされたものだ。
だが を知れば知るほど彼女に惹かれる自分を痛感する。

存在だけで輝く彼女ではない。

行動を以て気高くある彼女はどんな天使よりも女神よりも強く、誇り高い。

だからこそ目が離せない。
フレイズはファルゼンに申し訳ないと内心で謝りつつ、表立ってアティと接触せず裏方に徹する。
ファリエルと の為に。

「確率は高いと思われます」
次に今日の驚きはなんといってもクノンだろう。
と同じく熱心に語るクノンにフレイズは自分と同じ心境を見出している。

恐らく によりクノンの魂は人並みの何かを得たのだ。
によって変化を遂げたクノンは主より を選んだ。
アルディラの為だろうが、フレイズには分かる。

クノンも魂の奥深くの部分で に惹かれているのだ。
無意識のうちに深く、激しく。

『……その事なんだけど、幾らアルディラ義姉さんでも単独じゃ遺跡には入れないわ。遺跡周囲は戦いが特に激しかった場所なの。
この島の結界の話は覚えてるでしょう? 島の結界は戦いで命を落とした召喚師達の魂もこの島に封じているの』
ファリエルは落ち着きを取り戻し、腰掛けながらクノンの考えを否定した。
クノンと が同時にファリエルの瞳を凝視する。

『だから碧の賢帝・紅の暴君、どちらかの力に反応して幽体で復活する可能性が高いわ。事実、今も活性化する遺跡の魔力によって無理矢理眠りを妨げられてる。
ジルコーダ事件の後も数人が幽体で遺跡周囲を徘徊していたわ。再び眠りについて貰ったけど……それは仮初。彼等は死して尚眠りにつけない』

二人の視線を受けてファリエルは経緯を詳しく語った。

「ふむ。遺跡に乗り込む事は護人といえど容易ではないのだな? だとしたらこちらから罠を張る必要がある。
ファルゼンが遺跡の幽霊達を鎮める場をアティに見せる。
当然アティは遺跡に疑念を抱く。中へ入りたいと考えるだろう。碧の賢帝が鍵となっている部分も勘付いておるだろうしな?
カイル達を伴って……護人は何かを隠しておるから、カイル達と遺跡へ向かうと思う。その好機、アルディラとキュウマは見逃すまい」

は指折り数えて策を順番に口に出していく。

「ですが、 様の計画ではアティ様が遺跡に取り込まれてしまいます」
『そうよ! 相手はアルディラ義姉さんとキュウマよ!?』
が、クノンとファリエルに即行で却下されそうになる。

「ハイネルは完全に消えたわけではない。核識として、二つの剣に。三つのハイネルがおる。
我が碧の賢帝に宿るハイネルへ干渉しアティの取り込みを防ぐ。最悪な? 出来ればアティのストッパーはウィルに任せたいのだ」

は二人の反対に動じる事無く持論を展開した。

『ウィルに? ……年齢差を越えた絆は感じるし、まぁ、先生とはお似合いだとは思うけど。飛躍しすぎじゃないの?』
ファリエルは年齢相応の少女の顔になり、少女らしい感性を持った答をはじき出す。
どう贔屓目に見てもアティとウィルは相性の良い先生と生徒だ。

「恋愛感情は低いが、アティの責任感と誰かを守り通す信念にはピッタリ当て嵌まる存在だろう?
ウィルはアティが引き受けたマルティーニ家の子息。必ず島から脱出し目的地まで送り届けると誓ったのだ。軍学校の試験にも合格させるとも請け負ったらしいぞ。
そのアティがウィルを見捨てて自我を手放すとは考えられん」

人差し指を左右に振って得意げな だが、あくまで推論の域を出ない話である。

「理解できますが……矢張りその案は乱暴です、 様」

感情の流れやアティの行動パターンを考慮すれば分からなくもない。
だが分が悪い。
こちらに圧倒的不利な策、駄目なものは駄目。

クノンはもう一度反対した。

『わたしも納得できないわ』
ファリエルもクノンと同じ考えである。

「………ファリエル様、クノン。止めても無駄です。例えファリエル様が 様の考えに賛同せず、協力しなくても。 様は別の人物を使って計画を実行しますよ」
「なんだ、フレイズは見抜いておるか」
黙って会話の成り行きを見守っていたフレイズが重々しい口調で告げれば、 は悪戯の見つかった子供のように舌を出す。

「魂の輝きが違いますからね、 様は」
フレイズは澄ました顔で答えになってない答を紡ぎ出したのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 主人公、アルディラ達より先手を打つらしいです。アティ先生を代価に、遺跡へ乗り込む模様。
 一種の賭けだけれど負けるつもりはないらしい(笑)
 神様は強運持ちなので美味しいトコ取り!? ブラウザバックプリーズ