『先生の休日2』



濛々と立ち上る湯気。イスアドラの温海、と呼ばれる島の海岸沿いの一角。

持参して来いなんて命令された水着を握り締めアルディラは遠のきかける意識を自尊心で掻き集め、こちら側へ持ってくる。

アティに休日を与えると決めた翌日。
要は先生の休日当日、何故かアルディラはイスアドラの温海へ呼び出されていた。

「良い湯加減だぞ? 着替えはあそこの簡易テントですれば良い」
クノンに調達してもらったというワンピースタイプの白い水着。
身に着けた が温泉に浸かりながら緑色の三角テントを指差す。

「え、でも」
曖昧に頷きアルディラは戸惑いを隠せない。

「アティはアティの休日中。ならば護人も護人で休日を愉しめば良いではないか?
ラトリクスはクノンが。ユクレスと狭間の領域はフレイズが。風雷の郷はメイメイが留守を預かってくれておる。
無論カイルの船にはヤードがおる故、防犯面では心配ないぞ」

アルディラの戸惑いをまた的外れに受け止めた が、律儀に説明をしてくれるものの。
アルディラの困惑は止まらない。

「あ〜、いい湯加減だな」
同じくクノンにトランクスタイプの水着、なるものを用意してもらったカイルが胡坐をかき湯船に浸かっている。

天然の岩場を利用して作られたかつての福利厚生施設。
この島を作ったニンゲンが使っていたという露天風呂。

ちゃっかり はイオス・カイル・ヤッファ・アルディラを誘って休日を満喫? していた。

「ふぅ〜」
ヤッファもヤッファで に逆らうだけ疲れるのは分かってる。
なので余計な文句は言わず の厚意に甘える事にした。

矢張りヤッファもクノンが用意した水着を着用済みである。

「アティ達にくっついて行ったキュウマ・ファルゼン達にだけ休みはズルイであろう? だから我等も休日、だ」
手を前後に払ってアルディラに行動を促し、 は抱えた白テコ姿のイオスと一緒にニッコリ笑い合う。

今の に何を言っても無駄だ。

ヤッファの目線がアルディラに語る。

「………分かったわ、着替えてくるわね」
多くを語らずアルディラはやや疲れた足取りでテントへと歩いていった。

「しっかしアルディラまで誘うとはな。来るとは思わなかったぜ」
丁度良い湯加減に顔を紅くしたカイルが鼻を擦る。

「そうか? アルディラだとて疲れを感じないわけではないのだぞ? 休息はとった方が良い。
この世界に温泉があるとは知らなかったが、我の世界では珍しくもない。他の兄上が教えてくれたのだ。こうやって疲れを癒すのだと」

長い髪を首元で一本に結び結い上げた は丁寧に、頭にタオルを乗せて大真面目な顔で応じる。
正しい温泉スタイル(?)はどうやらハヤト仕込みらしい。

「ヤッファが云うにはこの島を守った召喚師が見つけた温泉らしい。その者の恩恵に素直にあやかるのも偶には良かろう。我は好きだぞ、温泉」
身体の奥からジワジワ温まる感触。
カイルと同じ様に顔を赤らめた が微笑めば、カイルは複雑な顔になる。

そんなカイルへイオスは刺すような殺気混じりの視線を送った。

を巡る不毛な争いを傍観してヤッファは大きく息を吐き出す。

余談だがアティ達はウィルに伴われ、蒼氷の滝と呼ばれる山奥の滝へピクニックに出かけた。

向こうはアティにつられてスバルやパナシェ、マルルゥといった子供組。
それからウィルにつられてベルフラウやスカーレルも同行。

だからこちらは本当に静かで、休息と表現するのに相応しい面子と環境が整っている。

「大人の骨休めは静かな波音と心地良い花の香りに温泉。それから我がオウキーニに頼んで作ってもらった弁当がある。ヤッファもアルディラも。足りる、事を知らねばな」

腹を割って話し合いたい。
例えこの先彼等と戦うことがあっても。

は願い考え、アティの休日とセットで護人の休日も企画した。

ファルゼン(ファリエル)やキュウマも誘うつもりだったが、彼等はアティと一緒にピクニックを選んでいて。
彼等にも考えがあるのだろう。

は結論付けて残りの二人を誘ったのだった。

「足りる?」
の含みある台詞にヤッファは片眉を持ち上げる。

「そう。この島は良くも悪くも楽園だ。島を守った者の願いそのままの。過去の歴史が不幸故、各集落の交流が薄いのは遺憾だが。島は楽園そのモノだ。
緑に溢れ、争いはなく、静かで平和だった……血生臭い世界に暮らす我等からすれば、楽園ではないか」
腕に抱えたイオスが沈まないよう気をつけて は持論を展開した。

「楽園……か。おとぎ話に出てくるような、って限定するならそうかもなぁ。海賊の俺から見てもこの島は豊かだ。 が定義する楽園、には当て嵌まるな」
イオスから肌を刺す視線を頂戴しつつ、カイルは に近づく。

「カイル達が漂着し、帝国が来て随分騒がしくなったが。島に住む者達が笑い互いに支えあって生きていく生活。
とてつもなく豊かではない。それでもかつての島から考えれば遥かに幸せな生活であろう? アルディラ」
は湯船に浸かるタイミングを計っていたアルディラに向けて考えを放つ。

彼女の胸にわざと棘を刺す内容であったとしても、アルディラには理解して欲しかった。
ハイネルが願った楽園は目の前にある。
楽園を壊して手に入れるモノは正しいのか。
音にこそしていないけれど はアルディラに問いかける。

「あら、今日は のご高説も休暇じゃなかったの?」

曇る眼鏡に注意して湯を身体にかけ、体温を慣らしてから湯船にアルディラが浸かる。
クノンが用意したアルディラの水着はアルディラが普段着ている服にデザインが良く似ていた。

の隣に座ったアルディラは髪を纏めながら冗談めかして軽く を睨む。

「高説ではない。ただ汝等は過去の不幸を気にする余り、現在の島の楽園度を見失っておるように感じられたからだ。
争いの過去は辛い記憶だろう。汝等にとって『過去』にはなっておらぬのかもしれん。それでも時間は確実に流れる、残酷なほど着実にな」

ホカホカ立ち上る白い湯煙と温かい湯。
心地良い温泉に不釣合いな直球ドシリアスな話題。

アルディラが説教と捉えたのとは異なり、ヤッファは無言で の単語、単語を頭で咀嚼する。

自分が護衛獣として行動を共にしたハイネルの言葉を思い出しながら。

「汝等が立ち止まっていたら、島を託してくれた救い主に悪いではないか? 島の頂点に立つ護人から意識改革を行おうと思ったのだ、余計な我のお節介という奴だ」
温泉に温められた の桃色の指先が、 自身の顔に付いた温泉水を払いのける。

「俺らは懸命に島が形になるよう折り合いをつけるだけが精一杯さ。楽園といっても、四つの世界から無理矢理召喚された世界の住人が住んでるんだ。
最低限の決まり事は必要でな? 争いが終わってからずーっと平和だった、わけでもねーんだぜ」
長い鬣を の悪戯で結い上げられたヤッファはしみじみ。
当時を懐かしむ口調で回想? し始める。

「ふむ。集落として形にするのに時間が掛かったのか」
「まぁな」
なのに の忌憚のない解釈にヤッファは苦い顔をして肯定した。

「争いの後だろ? 陸に縁のない俺らには分らない。ただ、大変だったのはなんとなく分かるぜ。
俺もカイル一家の三代目を任されてるからな。人を纏める大変さは一応理解しているつもりだ」

ヤッファの苦労の一端、始めて知って、今更ながらに自分は第三者気分だった。

反省してカイルが取り成すべく自分の考えを述べる。

あの嵐を脱したカイル一家の手下達、彼等を纏めるのは三代目としての力で解決するものじゃない。
自身の力に加え、彼等と繋いだ信頼が何よりモノを云うのだ。

「ほう? カイルにしては大人な意見だな」
熱血直情型でなくちゃーんと海賊の頭はしていた? 模様。
は率直な感想を漏らす。

「お褒めの言葉感謝します、姫君?」
湯船の中で腕をおってお辞儀をするカイルの仕草は、海賊なのに優雅さが漂っている。

「??? だから何故我が姫君なのだ?」
お辞儀をされた は何が何だか分からず、顔一杯に疑問符を飛ばす。

の目的を知ってから を姫扱いし出したカイル。
にとっては何が何だかである。( 本人を除いた周囲は多いに納得している)

「あら、お似合いよ?」
「ああ、似合ってるぜ」
の困惑を他所にアルディラはクスクス笑ってカイルを援護。
ヤッファもニヤニヤ笑ってカイルの言葉を認めている。

一人を除いた全員が意思の疎通を図っている。

なんだか自分だけのけ者にされた気分で は口先を尖らせた。

それが余計に三人の笑いのツボを刺激し、湯船に笑い声が満ちる。
イオスでさえ同じ考えか。
小刻みに身体を痙攣させ懸命に笑いを堪えていた。

「???」
コクリ。首を捻った の頭からタオルが落ちる。

風に舞ったタオルが湯面に落ちて温水を吸って底へと沈んでいく。
イオスが一声鳴いて律儀に温水水泳を披露、潜って のタオルを拾ってきた。
ネコ(テコ)になっても体力はあるらしい。

「この島が平和になっても、楽園になっても。それでも、忘れる事なんて出来ない過去もあるのよ。気持ちはそう簡単に切り替えられないわ」
自嘲気味に呟くアルディラ。

アルディラの言葉は確かに届いていたのに、 は何も言わなかった。



Created by DreamEditor                       次へ
 寧ろ主人公より温泉に行きたいのは私です。海を拝む温泉は素敵な癒しスポットでしょう。
 アティが送っているのはほぼゲームと同じ流れの休日。
 書いてないけれどきちんと、ウィルを誘ってます。ブラウザバックプリーズ