『先生の休日1』




キョロキョロと周囲を警戒しつつ歩いているのはベルフラウだ。
珍しくオニビを留守番させて一人テクテク島を歩いている。

「ベルフラウ、こっち、こっち」
ソノラが木の間からひょっこり顔を出し、ベルフラウを手招きした。

ベルフラウ・ソノラ共に周囲を警戒しつつ木の間へ滑り込む。
獣道程度の足元が怪しい小道をソノラが先頭で次にベルフラウが続いて歩くこと数分。
森の中偶然出来上がった小さな広場、巨木の洞まである密談にはもってこいの場所である。
柔らかい草地に直に座り込んでいるのは、 とスカーレル、アルディラの三名。
ソノラとベルフラウも三人の近くに座った。

「ふむ、ベルフラウも来たか」
アルディラと熱心に何かを喋っていた が顔を上げた。

「大変だったのよ〜。ソノラとスカーレルが消えて、わたしまで外出でしょう? ヤードとカイルに変な顔されたわ、先生は呑気に『いってらっしゃい』だったけど」
腰に手を当ててぼやくベルフラウにアルディラが忍び笑う。

「ヤードとカイルならスカーレルが抑えてくれよう。アティに気付かれなければ良い」
さり気にヤードとカイルは問題外。言ってのけて は口角を持ち上げた。

「うんうん、先生にバレなきゃ大丈夫だよ」
猫のように目を細めてソノラが尤もらしく頷く。

「その割にソノラ? 貴女随分怯えて船から出て行ったじゃない。一緒に居てアタシ笑い出しそうになっちゃった」
スカーレルが口元を手で押さえ意地の悪いツッコミ。
嘘の外出がばれやしないかと内心ビクビクしていたソノラの行動が相当可笑しかったらしい。

「ぶーぶー!」
ソノラはスカーレルに向かって拳を振り上げお決まりの文句。

そんなスカーレルとソノラをさらっと無視してベルフラウはアルディラと の方へ身体の向きを修正する。

「お姉様までこの会に参加するなんてびっくりだけど、心強いわ」
毛の先程の打算もない。
満面の笑みを湛えるベルフラウに笑い返したアルディラの笑みはぎこちない。
流石の頭脳明晰・理知的融機人といえど嘘をつくのは心苦しいようだ。

 アティをどうやって取り込むのか?
 算段をつけるためアルディラが表立て動き、キュウマが背後を護るか。
 アルディラの提案だろうがキュウマもキュウマだ。
 この会話を盗み聞きしてどうするつもりなのだろう??

木の陰に気配を消して鎮座するキュウマ。
神である の眼は誤魔化せない。
数ミリばかり小首を傾げ は何度か瞬きをした。

の座った太股部分に座り込んだ白テコ姿のイオスも同じ仕草をして興味深そうにアルディラを見据えている。
アルディラのような女性になりたいと目標にしているベルフラウの羨望の眼差し。
まともに浴びてアルディラは戸惑いながら努めて冷静さを保っていた。

「話というのは云うまでもない。先日我々で結成した『アティとウィルの初々しい恋愛を見守る会』のメンバーでもう一押し、したいと考えてな」
はイオスの頭を撫で、艶やかな毛並みの手触りを愉しみながら本題を持ち出す。

「傍から見ててむず痒いのよね、あの二人」
頬に手を当てたスカーレルが思案顔でぼやく。

一部の恋愛下手を除外すれば二人が惹かれあっているのは一目瞭然で、傍で見せ付けられる方が当人達の初々しさに苛々させられている。
いい加減自覚してくっつけ、というのがスカーレルの本音だ。

「うんうん。ウィルも立派な男だよね〜、ちゃーんと先生守っちゃって! アタシ、ウィルの事もっと醒めた子供かと思ってたけどさ。ちょっぴり先生が羨ましいもん」
イスラの事件の時のウィルを脳裏に浮かべソノラが次に発言する。

「でも先生は無自覚よね、ウィルもだけど」
ベルフラウは大袈裟にため息をつき頭を左右に振った。

「相思相愛なのは間違いない。アティは自身の責任感から、恋愛感情には気付いておらぬようだがな? ウィルはこの非常事態に恋愛など、と控えておるようだ」
一番客観性を持った二人の現状を が口に出せば、スカーレルは目を丸くした。

「あら〜? そうなの?? アタシは逆だと思うけど。非常事態だからこそいつ何があるか分からないじゃない? だから気持ちには正直になるべきよねぇ??」
スカーレルは頬に手を当て思案顔のまま言った。

「スカーレルに同意見だわ。わたしもそう思う。ここではマルティーニの家とか無関係なんだし、最悪死ぬ事だってあるじゃない。
帝国は本気みたいだし……この間のイスラのスパイ事件もあるし」
心持ち俯いてベルフラウが呟く。

この一連の会話にアルディラは参加するタイミングを逸し、口を開きかけたが発言せず噤む。
アティの近しい面々からアティの状態を探るつもりがまさか恋愛を見守る話題だとは。
アルディラ自身想像もつかなかっただろう。

 アルディラ、キュウマ。
 汝等が使おうとしている部品は『魂』が『感情』がある。
 それを無視してでもアティを使う覚悟が汝等にはあるのか?

会話に積極的に加わっているフリをしつつ、アルディラの様子を盗み見て は唇の端を僅かに持ち上げる。
イオスは の笑みを横目に自分は麗らかな日差しを浴びまどろむ。

裏切りや諜報、護人というからどれだけ手際が良いのか考えていたが。
自分が考えるより彼等の行動原理は分かり易すぎた。
真っ直ぐ目的だけに向かっていくから余計性質(たち)が悪い。

「先生も働きすぎだよね、島の学校に、家庭教師、戦闘が始まったら先頭きって戦いに出て行くし。少し休んだ方が良いよ。一人で何でも抱え込んで。
に言われてアタシも反省したんだけどね? 碧の賢帝を持ってる先生は凄く強い、本当、頼りになる。でも頼ってるだけで……アタシ、自分だってちゃんと戦えるって事忘れちゃうよ」
握り拳を固めソノラが自分に言い聞かせるよう喋る。

「ソノラの言う通りね、アタシも何だかんだいって先生の事アテにしちゃってたもの。腐っても海賊一家のアタシ達がよ?
仲間として頼るならまだしも、アテにしてる。由々しき事態だわ」
ソノラの台詞に『うんうん』なんて頷いてスカーレルも本心の一部を吐露した。

「わたしも の話を聞いて流石にグッときたわ。先生は強いけど先生だけに甘えるのは気分が悪いの。わたしだって戦えるわ、先生ばっかり矢面に出すのは厭よね」
ベルフラウが口早に告げた。

アティ抜きで彼女を語れば全員が全員、 の発言もあって前向きな言葉が多くなる。

碧の賢帝をアテにしていた自分達を顧みて、改めてどうして自分が戦っているのか。
自問自答を大なり小なりしている。
おぼろげながら結論を出したソノラ・スカーレル・ベルフラウ。
三人の答えに内心で満足の吐息を零し、イオスの背を手で撫で は話を本題へ戻した。

「汝等が理解しておるなら話は早い。無理して笑って皆を安心させておるアティに休みを与えようと思う。
幸い、帝国も表立って動いておるようではなさそうだし。いざとなれば帝国は我が抑えよう。ウィルと一緒に休暇を、というテーマなのだが」

気を張り詰めさせているアティと、子供心に背伸びを、というより爪先立ちしているウィル。
いい加減あの二人を休ませたい。

は考えて友(ウィル)の恋も成就させるべく策を巡らせる事にしたのだ。

気分は恋のキューピット第二弾(第一弾はオウキーニとシアリィ)、である。

「いいかも!!! そうよ、ウィルだって訓練だ勉強だって詰め込みすぎなのよ。働きすぎで先生もウィルも倒れたら元も子もないわ。
って鈍いくせに案外良い考えが浮かぶのね!!」
興奮したベルフラウが の背中を遠慮なく叩く。

ベルフラウから見ていても は好かれている。
ヤッファだって恋愛感情ではないが、 に一目置いているし、ウィルだって友愛の意味で に好感を持っている。
自分だって は嫌いじゃないし……。
あのクノンが に特に懐いてしまったのにも正直ビックリだ。
カイルも何だか と仲良くしているし、スカーレルなんて早くから にラブコールを送っている。

が、当の本人は天然記念物並のボケを以て全てを無意識にかわしていた。

ベルフラウからすれば信じられない鈍さである。

「??? ……我は鈍いのか、ソノラ?」

人を見る目はこの島の人間の中ではダントツである。
自分は神なのだから。
モノの見方はどちらかと云えばエルゴに近い だ。

鈍いといわれて疑問が沸き上がるのは致し方ない。
尤も、ベルフラウが口を滑らせた『鈍い』という言葉は別のニュアンスを伴っていたのだが。

「は? え!? えーっと……えっと……分からないや、アタシには」
右に、左に。
眼を左右に泳がせたソノラは名指しされ、身体を硬直させつつ、乾いた笑みを零し逃げた。

の兄とこの場にも居る白いテコ(イオス)からは云うまでもなく。
スカーレル、カイル、その他? にも多少の好意を持たれている
は己に向けられる恋愛感情方面には疎すぎた。
疎い、なんて単語で片付けられるレベルではない。

「先生の休日、面白いかもね♪ アタシは賛成よ」
ソノラの窮状を察してさり気に話題を再度戻したスカーレル。

「………」
スカーレルの一言がきっかけで『アティの休日プラン』に花が咲く『アティとウィルの初々しい恋愛を見守る会』メンバー達。

その会話を聞きながらアルディラはただただ、会話を聞くしか出来ず辛そうに目を伏せた。

「……ミャ」
そんなアルディラを冷たい瞳で捉えていたイオスは、鼻をヒクヒク動かして緩やかに身体を伸ばす。
島を照らす日差しだけは相変わらず暖かかった。



Created by DreamEditor                       次へ
 恋のキューピット第二弾、らしい主人公の矛先はニブニブ先生と生徒へ。
 アルディラは『密談』の内容を知らなかった模様。
 主人公の考えを探ろうとするも失敗に終わる、残念(笑)ブラウザバックプリーズ