『砕けゆくもの5』



「あはははははは!!! あははははははははははははははははは!!」
残されたイスラは突如として笑い出す。

可笑しい、といった意味合いと。
自分の考えに浮かれる気持ちが篭った不思議な笑い声。

無色を無事? 追払えたミスミとキュウマは息を吐き出す間もなくイスラの動向に身体の緊張を高めた。

逆に とビジュとイオスは僅かに精神的な余裕もあり。
笑い出したイスラを横目にポーカーフェイスを保っている。

「!?」
イスラの赤い瞳が歪み自分を捉える。
イオスは直感的に悟った。

へ向けるイスラの少々変わった執着は、 に近しい人物へも向けられ始めているのかもしれない。
狂気を宿して笑うイスラの瞳に映る自身の顔。

「あはははははははは!!! 素晴らしい! 君達は本当に僕の考えを見事に裏切ってくれる。これは褒美だよ」
歪むイスラの口元と素早く踏み出される彼の足。
イオスは視野に納め呆気に取られるビジュとキュウマを槍の棒部分で追払う。

仲間であるイオスの威嚇にビジュとキュウマは左右に分かれて地面を転がる。
その間にイオスはイスラの剣を槍で受け止めていた。

「甘いよ」
薄っすら笑うイスラには紅の暴君から流れ込む『力』がある。
イオスが反撃する時間を与えず槍を紅の暴君で払いのけ、イオスの背後を取った。

「さあ、 !! 彼を殺されたくなかったら僕と戦え。全力の力を持って僕と」
紅の暴君をイオスの首筋にあてイスラは に要求を突きつけた。
「イスラ、お主……何を考えておる!!!」
ミスミは長刀を捨て手にしたサモナイト石を持ったまま動きを止める。
「アティの碧の賢帝は砕けた。今の僕に勝てるのは だけだ。さあ……邪魔するものは居ない。戦え!! 僕と」
ミスミの問いかけを無視してイスラは再度要求を口にした。

「ふふふふふふふ……」
フルフルと肩を震わせ、耐えていた は堪えきれずに笑い出した。
大声をあげて笑い出した にキュウマが怯えるくらいに。

「あははは……。イスラ、君は冗談の感性も鋭い気質を持っていたのか」
ついでに人質になっているイオスも肩を震わせ笑っている。
イオスからは微塵の焦燥も感じられず、逆にこの状況を愉しんでいるかに見えた。

「懐かしいな、イオス。我と汝が互いに敵同士だと考えておった時の事だ」
の脳裏に蘇る鮮やかな緑。
フロト湿原の美しい風景と、イオスを捕らえたフォルテ。
それから震えながら己の命を捨てようとしたイオス本人に。
理不尽な命令を大真面目に実行しようとしたゼルフィルド。

語りながら は思い出していた。

「ああ、懐かしいね。敵だった に怒られたのは衝撃的だったよ」
ハリセンで叩かれた頭の痛みが蘇る。イオスは苦笑しながら へ応じた。
「なんと!? 、イオス。お主等は敵同士であったのか?」
イオスと の間延びした語らいに、ミスミも参戦すると場の張り詰めた空気が一気に崩壊を始める。

「ミスミ様、そこは今驚くべき部分ではないで」
「そうなのだ、ミスミ。我の友である村娘をイオス達の軍が狙っておってな? 我は友を護る為にイオス達とは敵対しておったのだ」
キュウマが慌てて会話に割って入ろうとするものの。
に無視され言葉まで奪われる。

の傍若無人振りを影から見ていたビジュが、気の毒そうにキュウマを盗み見た。

「縁は異なものと申すであろう。安心するが良い、現在は和解を果たしイオスも我の友の村娘も仲間だ」
アメルの細かい説明は混乱を招くだけ。
は解決に至る全てを省いてミスミへ関係改善が成されたと告げた。

「成る程、面白い関係だったのだな。お主等は」
一応は人質になっているイオスを無視してミスミは胸を撫で下ろした。
胸元に手を当てて「良かった」等と感慨に耽っている。

「ですからミスミ様……」
「諦めた方が良いんじゃねぇか? うちの隊長も悪ノリするタイプだからな〜。見たところあの鬼姫さんも似たタイプだろ?」
二度目にキュウマが口を開けば、今度はビジュが言葉を遮り。
労わるようにキュウマの肩を叩き彼の無駄な努力を止めに掛かった。

「イオス、丁度良い。汝はどうして欲しい? 我は汝事イスラを撃ちぬくべきか?」

蘇るゼルフィルドの姿。
在りし日のルヴァイドの頑なな魂の音色。
イオスの軍人として徹しきるために被った仮面。

運命に手繰られながら魔手に気付かないマグナ・トリス・アメル・ネスティ。

矢張り何も知らず見守っていた自分。

全てを思い出しながら は狙いをイオスの心臓へ定めた。
あの時のゼルフィルドの行動に倣って。

「遠慮する。よりによって君の手であの世に逝かされるなんて、最悪だ」
に狙われながらイオスはキッパリ言い切った。
「同じ帝国出身の君に一つ良い事を教えてあげるよ、イスラ」
紅の暴君の刃がイオスの首の薄皮を切り裂いていく。
感触を感じても焦らず。
イオスは隣のイスラへ唐突に話しかけた。

「君と違い僕は臆病者なんだ。死ぬ覚悟が出来てるなんて。物分りの良い覚悟を僕は持ち合わせていない。とても大切なものを見つけたからね」
イオスの首筋に滲み出る血。

「命乞いかい?」
紅の暴君を握る手を強めイスラは短く問い返す。

「いいや? さっき僕は言っただろう? 『良い事を教える』と。大切なものを護る為に僕は形振りかまわない。
それから、こういった『ヘマ』を恥ずかしいとも思わない。窮地に陥っても僕を見捨てないでくれる仲間がいるから」
風前の灯。
イオスの命はイスラが握っているのに、イオスは無頓着だ。
逆に己が助かるのは確実といわんばかりの言動をとる。
イスラは神経が逆撫でされ顔を不快感で眇めた。

「詭弁だ。どうして」
『詭弁じゃねぇよ』
ただ直向(ひたむき)に相手を信じると。
言外に含ませるイオスに理解を示せないイスラ。
困惑の色を強め呟いた刹那、背後から聞えた声の主によってイスラは真横に飛ばされた。
慌てて立ち上がるイスラの前に立ち塞がる男が一人。

「信頼できる仲間は強き剣よりも価値がある。これが教えだよ、イスラ」
首筋の傷を指先で確かめてからイオスが一人拍手をバノッサに送る。

『イオス、手前ぇは黙ってろ。今回は仲間だから仕方なく、だ』
おどけるイオスを一睨みで黙らせバノッサはイスラへ向き直った。

イスラは突然現れた見知らぬ、だが、威圧感のある男に目を見張る。
イオスは両腕を広げ肩を竦めバノッサの邪魔をしないよう後退した。

『俺は手前ぇには興味がない。だが身内を傷つけるなら容赦はしない』
バノッサは剣先で紅の暴君の剣先を素早く左へ払う。
紅の暴君を構えなおしたばかりだったイスラは、バノッサの一撃の重さに紅の暴君を手放した。

『手前ぇは何を望む? 何を俺の妹に望む? アイツはああ見えても優しい馬鹿だ。手前ぇが下らない価値観を押し付けりゃ気にするし、深く傷つく』
痺れる手を呆然と眺めるイスラの鼻先に剣を突きつけ、バノッサは怒りの篭った声音で。
顔に浮かぶ感情は殺して言った。

『戦えだと? 甘えてんじゃねぇよ。呪いだろうが、何だろうが手前ぇで解決しやがれ。それだけの頭と手を持っていて何をしていた? 勝手に俺の身内を巻き込むな』
純粋に沸き上がる兄としての怒り。
人知を超えた の力を利用しようと企むイスラの矮小さへの怒り。

……力が無ければ何も出来ないと、頑なに信じきっていた過去の己に眼下のイスラが重なって見える。

「知ったような口をきくな!!!」
『手前ぇの本音を知らないから、俺は言ってるんだ。勝手に勘違いするんじゃねぇよ』
激昂したイスラへ自身の魔力を急激に高め、バノッサは静かに威圧した。

『引け。紅の暴君如きで有頂天になるなんざ、子供じみた真似は止めろ。 には有効でも俺には通用しない』
瞬きせずバノッサはイスラを視線だけで射抜き駄目押しした。

闇色に染まりあがったバノッサの瞳はどんな言葉よりも雄弁に。
妹が心底大事だと力強く輝いている。
腫れ物に触るように自分に接してきた姉の人目を気にする柔らかい光とは真逆の輝き。

「………」

 ギリ。

イスラは奥歯を噛み締め転がった紅の暴君を拾上げると、逃げ出すように崖の戦場から去っていく。
バノッサはイスラの小さくなる背を眺め鼻で笑った。

「ふ〜、相変わらず迫力あるなぁ。隊長の兄(あに)さんは」
自分の極秘任務も無事終了。
終えた安心感からか、ビジュが頭を掻きながら真に平凡な感想を一人洩らした。

「無事にイスラも追払えのは何よりじゃ。 、無論この後説明してくれるのであろう? わらわもビジュの演技力には感心したわ」

 にこぉ〜。

等と擬音が似合うミスミの笑顔、に反比例して瞳は冷たさを増している。

ミスミが怒っていると察した は上目遣いにミスミを見上げながら。
の不幸を楽しそうに待っているキュウマの鉄面皮に、ハリセンを叩き込んでやろうかと考えるのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 イオス人質エピソードも絶対入れたいモノの一つでした。でもやっぱり最後の〆はバノッサさんで。
 ブラウザバックプリーズ