『話題休閑・砕けゆくもの5後』



一足先にアティを伴って戦場から抜け出したアズリア達。
部下の兵士達も数名も引き連れカイル海賊船近くの資材置き場にて鍋の準備中である。
材料は目の前の海で釣り上げたり捕獲した新鮮な魚介類。
風雷の郷に住む老人、ゲンジが差し入れてくれた『味噌』なる調味料を使用したシルターン風の鍋である。

クツクツ煮える魚介類の潮の香りと相反する の困りきった顔。
眺めるだけで珍しく、碧の賢帝を砕かれ心乱した友の存在を。
弟の暴挙を一時でも忘れているアズリアであった。

「さて、鍋でもつつきながら話をしようぞ」
常よりミスミの周囲の温度が下がっている。
はまるで死刑宣告された囚人の様な態度でミスミが座る席の前に。
自分の席を用意され座らされていた。

「説明とやらを存分に窺いたいですね」
あの時のお仕置きの報復か。
キュウマもミスミの怒りに便乗し、表向きは相変わらずのポーカーフェイスで。
内心は笑いを堪えながら鍋奉行を務めつつ、場に集まったアズリア・ギャレオ・ビジュ・テコ姿のイオス・アズリアの部下。
に鍋を振舞っている。

「我がビジュに近づいたのは、アズリア達が島に上陸しアティ達と接触を持った直後だ。自慢ではないが我には死相が見える。ある程度ぼんやりとだがな」
アズリアが席に着いたところで、 が渋々と喋り始める。

ビジュの存在を隠していたのは悪いと思いこそすれ。
何もここまで怒らなくても……。

等とこれまでの自分の言動を棚に上げ は反省していない。

「まったく驚いたぜ。出会って早々『死相が出ておる。死にたくなければ協力せよ』だったもんなぁ、誘い文句がさ」
久々に食べるまともな食事に相好を崩し、ビジュが次いで の誘い文句を声に出した。
帝国兵士の数人が彼女らしいと忍び笑いを漏らしイオスに睨まれる。

「良くも悪くも、ビジュは己の置かれた状況を客観的に見る事が出来ると踏んだのだ。ウィルとベルフラウを人質に取った時にな?
どのような姑息な手段を使っても生き延びようとする。卑劣に感じるかも知れぬが時として、とても大事な心構えとなる」

ビジュは現実的である。
誰よりも。
だからこそ旗色の悪くなった部隊に留まり殉職する玉にも見えない。

死相が浮かんでいた事もあり、 はビジュを仲間に引き入れる事にしたのだ。
一番の道化役を買って出てもらうために。

「……ビジュは私達が不利になったら敵に寝返ると。 は睨んだんだな?」
アズリアはこの島で覚えた鍋に舌鼓を打ち慎重な言い回しで口を挟んだ。
「酷ぇな。俺の図太さを買ってくれたんだよ、うちの隊長さんは」
「ビジュ!! 貴様、アズリア隊長に向かって失礼な口をきくのは慎め!!」
顔を真っ赤にして激昂するギャレオの愚直なまでの誠実さ。
目の前にキュウマとミスミはやんわり苦笑い。

自分達も主従だ、規律だと様々を重んじるがギャレオほどじゃない。
もっと肩の力を抜けば良いものを、なんて余計な心配までしてしまう。
無論、そこまで心にゆとりが出来たのはアティと が。
二人が島の住民が抱える蟠りを解してくれたから。なのだが。

「お生憎様、って奴だな。俺自身は帝国軍を捨てた身分だ。何なら帝国から支給された武器諸々はアンタ達に返すぜ」
 ビジュはふてぶてしい態度を取りつつ、すっかり角が取れた空気を醸し出す。
刺々しい『ぐれ』に対する嫌悪感も、他者に対する見下した感もない。
軽く降参のポーズを取ってニヤニヤ笑いながらギャレオをからかう始末。

「汝等は島の本質を知らぬし。ヤードが剣を持ち出したことは無色の派閥も知っておった。ならば最悪、無色の派閥がやって来ないとも限らぬ。
無色は誰彼構わず闇に引きずり込む。内側から組織を壊す。だから……ビジュは保険だったのだ」
の全てを明かさない説明。
まだ何か隠している を問い詰める事無く、誰もが の喋った範囲の説明を頭に叩き込む。

「ふむ。 は枠に囚われぬ同士が欲しかったのじゃな? わらわ達では帝国軍を敵だと思ってばかりでまともに見れなんだ。ましてイスラを監視したかったのであれば、尚更」
上品な箸使いで魚の骨を取り除き、口に運んでミスミが言った。

「ビジュは我の話しを最初は疑っておったが、帝国軍から無事退役させると確約し仲間にした。尤も今日の活躍でアズリアから温情はもぎ取れると考えたのだがな?」
箸先で抓んだタコの切り身を口で拭きかけ冷ましながら。
小さく舌を出して は悪戯の見つかった子供の顔でアズリアの顔色を窺う。

「コロコロ主旨が変わる兵士を抱えておけるほど私も寛大ではない。帝国に戻り次第、適当な理由をつけビジュが除隊するよう取り計らおう」
ずずーっと鍋の汁を啜り。
温まった身体を少し熱く感じながらアズリアは腹裡を覗かせない常の表情を浮かべて確約した。

「隊長!!」

 ダンッ。

ギャレオはアズリアの発言に椀を置いたテーブルを平手で叩く。

「ギャレオ、ビジュは良く頑張ったと思う。悔しいが私の器だけであったら、ビジュはここまで立派にはならなかっただろう。
イスラの甘言に騙されて裏切り、先程の戦闘でツェリーヌの召喚術で死んでいたかもしれない。せめてもの餞(はなむけ)だ」
一人熱くなる副官に曖昧な笑みを浮かべ、アズリアはアズリアなりに。
無関係であるはずの己の部下を助けてくれた への礼だと暗に告げる。

「あ〜、アズリア隊長の読みは当たりだと思うぜ? この島はバケノモノが住む島だと俺は信じきってたからなぁ。
アズリア隊長が海賊達と手を結ぶ位なら……と、島に来た当初の俺なら考えただろう」
二杯目のお代わりを元同僚の帝国兵士に頼んでビジュは話の流れを元に戻す。

「最初は俺だって『生きてこの島から帰れるなら、この小娘の誘いに乗るのも悪かねぇ』って考えたさ。最初はな……。
あの地獄の特訓とあの胡散臭い占い師が俺の考えの甘さを打ち砕いたけどよ」
少しばかり遠い目をしてビジュは一人黄昏た。

当たり前だが『地獄の特訓』とは、メイメイが開いた無限界廊に無理矢理押し込まれ死ぬか生きるかを彷徨った事を指す。

「胡散臭いなんて失礼ねぇ〜。腕はぴか一よ♪ 売ってる武器だって使えるモノばかりじゃない。便利だし頼りになるし〜」
「うおっ!? 酔いどれ店主!? いつの間に」
心臓が丈夫になったビジュですら飛び上がって驚いた。
気配なくやって来た酒臭いメイメイにアズリア・ギャレオ・ミスミ・キュウマも目を丸くする。

「ふふふふ、酒あるところにメイメイさん在り!! ってねぇ〜。にゃはははははは♪」
いつの間に拝借したのか。
メイメイはアズリアの部下の手元にあったはずの酒瓶を手にヘラヘラ笑っている。
「あ、侮れないな。店主」
最近顔見知りになったメイメイの裏技と思しき登場にアズリアが素直に反応した。

「ん〜、凄いでしょう、って言いたいトコだけど。本当はヤッファに頼まれちゃったのよ。この間秘蔵のお酒を分けてもらったし。断れなくてねぇ。
に遅くならないうちに帰って来い』って。言伝してくれって」

以前にヤッファから奪った酒の代金だと。
渋い顔のヤッファがメイメイにメッセンジャーを頼みに来た。

ユクレスとメイメイの店の距離を考えると不思議な依頼であるが。
この場に送り込むに相応しい人物はメイメイに限られるため、致し方が無い。

というヤッファの考えも在った。

「ならば仕方ない。イオス、ビジュ、護衛を頼むぞ」
の頬に生気が戻ったのを確かめ。

アズリアにしては珍しく強引に話をぶった切り、 の身柄をテコ姿のイオスと彼女の部下になったかつての部下へ預ける。

「いや、我は」
「お〜、任せとけって」
口を開きかけた の言葉をビジュが堂々と遮り。
何かを言いたそうな の首根っこを掴み上げ、小五月蝿く鳴くイオスを引き連れて去っていく。
アズリアは自分の考えを汲んでくれたビジュに心の中だけで礼を言った。



「すまない。本当なら私が残って を助けなければならなかったのに。貴女方に残っていただいてしまって」
の気配が遠のいてからアズリアは を護るべく残った二人に頭を下げる。
敵に成ったとはいえ事の発端は弟が起したもの。
ならば責は姉である自分が負うものだとアズリアはあの時考えていた。

「構いません、 様に助けられたのは我々も同じですから」
キュウマも空腹が満たされ緊張を解きアズリアへ応じる。
「それにな? わらわ達にも親子の情はある。仲間の情はある。そなた達の心境もわかるつもりじゃ、お互い様であろう?」
裏切りの連続に疲れ果てるアズリアをミスミは労わった。
身内を失う辛さはミスミも十二分に心得ている。

「それに の意識を逸らしてくれた。鍋を用意して、わらわ達が説教をできるようにして。
アティを気にしておるのは、わらわ達も同じ。
しかし は優しすぎる。アティがああなったのは己だと真っ先に責めてしまう」

ついでアズリアをフォローしようと考えた理由も明かし、共犯者の笑みを浮かべれば。
アズリアは吹っ切れた顔で黙って首を一回縦に振った。

「どっち道落ち込むとしても。一呼吸置いてから落ち込んで欲しいしねぇ、 には」
メイメイが眼鏡を外しマジモードで最後に呟くと、全員が。
が帰っていったユクレス村の方角へ顔を向けたのだった。



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