『話題休閑・砕けゆくもの5後2』
アズリアは一人狭間の領域を訪ね、ある事実を確かめようとしていた。
幸いな事に不足した魔力を補うためにファリエルは休憩中で、休憩中の彼女とアズリアは水晶に腰掛け夜空を見上げる。
『そうですか。
は無事だったんですね』
アズリアから海賊船近くでの夕食の顛末を聞き、ファリエルは安堵に胸を撫で下ろした。
ファリエルだって出来る事なら の帰りを待ちたかった。
けれどその前に、狭間の領域の護人としての義務がある。
無色が闊歩するこの島でファリエルがしなければならない事。
それは自分が万全の体調を以て戦闘に望み、足りない部分をフレイズに助けて貰いながら狭間の領域を護る事である。
後ろ髪引かれながらファリエルは家へ戻ってきていた。
「ああ、身体の方は。イスラを追払った後、ミスミとキュウマが気を利かせてくれてな。私とギャレオ、ミスミとキュウマで鍋を食べさせた。
今はビジュに送られてユクレスへ戻っている頃だろう」
こうして敵だった筈の少女と真剣に喋っている自分が居る。
そんな日がやってこようとは。
つくづくこの島は人の人生を狂わせる。
内心だけで考えてアズリアはファリエルに が家路に着いたまでを一気に喋った。
青白く瞬く何かがアズリアの鼻先を掠め、ファリエルの髪の上に留まる。
不可思議な発光体と不可思議な生物達。サプレスの住民が暮らす狭間の領域も、無色が台頭してきてからは深い静寂に満たされていた。
「他愛のない話だ。だがもしかしたら、意味ある話になるかもしれない。
の特異さを早くに気付いていたファリエルに聞いてもらいたいんだ」
アズリアとて軍人。
伊達や家名で隊長を務めていたわけじゃない。
ほどでなくとも。
人を観察する目はあると自負している。
だからこそ狭間の領域に赴いたのだ。
『はい』
友達の名前がアズリアから出て、ファリエルは無意識に背筋を伸ばした。
「アティが孤児だというのは知っているか? あいつの両親は他の国の兵に殺されたんだ。アティの目の前で」
人気のない狭間の領域の空気は特に澄んでいる。
胸いっぱいに冷たい空気を吸い込み。アズリアは意を決して喋り始めた。
『え!? 先生のご両親が!?』
ファリエルは、アズリアの口から飛び出した衝撃の真相に腰を浮かせる。
「当時のアティの心の傷は相当深かったらしい。誰にも心を開けず、家で引き篭もっていたそうだ。それを助けたのが村人達だ。
幼いアティの閉ざされた心を暖め、励まし。優しい気持ちを取り戻したアティは軍学校への入学を希望する。村の恩返しの為に、何より、自分自身の手で誰かを護る為に」
アズリアは淡々と語りながら手振りでファリエルに座るよう指示した。
『先生らしい……発想ですね』
小首を傾げ水晶に座り直しながら。
ファリエルは悲しい顔つきで笑った。
「軍学校入学当時の私も知らなくてな。事ある毎にアティに突っかかっては一方的に喧嘩を売っていた。子供だったのだな、私は。
まぁ、アティはあの調子で勉強し主席で軍学校を卒業。陸軍に入隊する」
既に知っているかもしれないアティの経歴をアズリアは空で言ってのける。
「初任務でアティは諜報活動をしていた旧王国の手先を見つけてな。そいつの言葉を信じて逃がしてやってしまったんだ。だが」
『諜報活動員の訴えは嘘だったんですね? 先生の優しさに付け込んで逃げた』
一端言葉を切ったアズリアにファリエルが問いかける。
アズリアはゆっくり頷いた。
「帝国を走る列車を乗っ取り人質を取って立て篭もったんだ。その列車の中にマルティーニ家の家長殿も居てな。
アティは気になっていたのだろう、諜報員の動向を。密かに調べていて列車乗っ取り事件に遭遇、解決した」
当時の自分ならアティの行為を鼻で笑うだろう。
けれど今なら分る。
アティは、友はきっと『信じ』たかったのだ。
自分の良心を、諜報員の言葉を。
疑うよりも手を差し伸べたかったのだ。
傷ついた自分を癒してくれた村の家族の様に。
結果は伴わなかったがアティは今でもこの件は後悔していないだろう。
不思議とアズリアには確信がある。
『そうだったんですか』
自分だけじゃない。
大なり小なり誰もが失敗と成功を繰り返しながら生きている。
良い事ばかりじゃない。
悪い事ばかりが続いて辛い時もあるのだ。
今更ながらにファリエルはアティの優しい笑顔の裏の、本当の気持ちへ想いを馳せる。
彼女が本当に護りたいものはなんだったのだろう、と。
「問題はそれだけでは済まない。自分で取り逃がした諜報員が、自国の要人を襲ったのだ。タダで済むわけがないだろう?
所謂、政治的判断という奴でアティは軍隊から去った。表向きは自らの除隊志願という事で」
後は知っての通りだ。
付け加えてアズリアは小さく息を吐き出す。
これからがアズリアにとっての本題なのだから。
「似ている、とは思わないか? 誰かを護る為に奔走するアティと今の
は」
『え……?』
唐突な話題転換にファリエルは間抜けな返事をアズリアへ発した。
「 は元々アティと違って強いのだろう。優しすぎるがな? だが、あの頑張りは無理がある様に見える。
剣を砕かれる前のアティと似ていて痛々しい。全てを自分で背負っている感がある……違うか?」
鋭い眼光でファリエルを射抜きアズリアは自分の疑問をぶつける。
『
は、ただ……』
ファリエルは歯切れの悪い口調で言葉を濁す。
立場的に の友達でも、ファリエルが話して良い部分ではない気がする。
は兄を救う為に戦っていると。
運命を正す為にこの島に居ると。
「別にファリエルから の生い立ちを聞こうと考えている訳じゃない。私の個人的な考えなんだが。
は人間ではない、はぐれでもない。本当は何者なんだ?」
アズリアは静かに切り出した。
『………』
何も言えなくなってしまってファリエルは俯く。
アズリアに全てを話してしまった方が良いのか。
自分の揺れる気持ちと葛藤しながら。
「
自身が言う、気紛れや下らない正義感にかられて私達を助けただと? あの言葉を鵜呑みにするほど私も愚かではない」
は酔狂で誰かを助ける阿呆だ。
自分の利益にならなくても誰かにお節介を焼く。
ただアズリア達は明確に敵だった存在である。
安易な考えで
が自分達を助けたとは、俄に信じられていないアズリアだった。
『確かに はわたし達とは違います。とても凄い存在です。だけど
は普通の女の子なんです、本当は。お兄さん想いの、家族想いの普通の女の子なんです』
バノッサに甘える 。
ファリエルと湖で遊び、フレイズと時折空の散歩をし。
イオスと槍を交える 。
普段の を見るにつれファリエルは感じていた。
は本当は普通の女の子なんだと。
『凄い力を持っているけど、だからって全てが強いとは限らないんです。柔らかい暖かな心を持ってるんです、 は。
今頃は先生の事で自分を責めて……凄く傷ついていると思うから』
「だから立ち直るまで待っているのか?」
ファリエルの懸命の説明、最後の言葉を奪ってアズリアは現実を突きつけた。
大切だから争うことも時には必要だろう。
真綿の優しさは残酷で、それでイスラは全てを投げ捨てて無色に下ってしまったのだから。
自らの失敗を省みてアズリアが言う。
「 なら自力で立ち直るだろうさ。表面上は。だがそれで良いとは思えない。アティもそうだが、 も勝手すぎるだろう。
表面上を叱るだけでは
自身が嫌悪する『ただの馴れ合い』ではないか」
『アズリアさん』
鋭いアズリアの指摘にファリエルは言葉に詰まった。
ファリエルの窮状を無視してアズリアは震える声を隠し次の一言を絞り出す。
「
の本当(真実)を知りたい。好奇心で何が悪い? 相手を知る為に躊躇していたら取り返しが付かなくなる、私とイスラのように」
だったら。
自力で立ち直って逆にアティを叱り飛ばし励ますのだろう。
でもそれだけでは駄目だ。
が心の奥に抱える何か。
少し怯えた風に何かを見詰める の怯えの原因を知りたい。
時がたってから聞いては意味がない。
誰もが混乱の中にある今だから理由を知りたい。
と真の意味で対等に立ち共に戦う為に。
「相手に良かれと。気遣ってばかりだと本当に失ってしまうのかもしれないな、絆を」
万感の想いが篭ったアズリアの独り言にファリエルが返せる反応はない。
アズリアもファリエルの返答を求めていないようで、張り詰めた空気を四散させ立ち上がった。
「邪魔をした、済まなかった」
美しい風景が霞む。
重苦しい話題を提供し一方的に逃げるのはアズリアの本意ではない。
だがこの少女に行動を促すだけの切欠は与えた。
手ごたえを胸にアズリアは去って行く。
『このままじゃ、駄目なんだ。
に頼ってばかりじゃ』
ファリエルは紫色に光る水晶に映る自分の顔を見詰め、両頬を叩く。
固い決意を込めたファリエルの宣言を狭間の領域の住民だけが聞いていた。
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