『ひとつの答え1』




雲ひとつない快晴。
この島では高確率で拝める空の風景。

ファリエルは陽光を浴びながら気遣わしげに小屋を見遣った。
ファリエルと同じ理由でユクレス村にやって来たスカーレルもベルフラウも揃って問題の小屋へ目を向ける。

「湿度は急上昇だよ、あそこだけ」
流石のウィルも落ち込む に対し嫌味の一つも言えず。
日中は多湿を保つ の自室を避けて外へ避難している。

、泣いてた?』
とウィルが暮らすユクレスの小屋の付近。
ヤッファに了解を取って丸テーブルを野外に引っ張り出してウィル達はお茶会をしていた。

「多分」
声を出して泣かないあの傍若無人の頑固さには自分も脱帽。
ウィルは扉の向こうから の気配を探った結果を踏まえファリエルに答えた。

「まったく!! 先生も先生なら、 よ!!」
苛々が最高潮のベルフラウが激しく頭を左右に振って、その衝撃でベルフラウの帽子が風に乗って流されていく。
頬を膨らませる姉に、ウィルは仕方なくテコに姉の帽子回収を目線で依頼した。

「仕方ないわよ、ベルフラウ。先生が無理したのは自分のせいだって は思い込んでるんでしょう? そうなのよね? ウィル」
怒りのボルテージを上げるベルフラウを宥め、スカーレルはウィルに確かめる。

「うん。お兄さんが叱ったけど効果なし。イオスも励ましたけど……あれは相当落ち込んでるね。確かに碧の賢帝は砕かれたよ?
でも先生は生きているじゃないか。なのに があそこまで落ち込む理由が分らない」

額に手を当ててウィルが苦悩の色を深めていく。

「ジメジメし過ぎてキノコが、ううん、キノコを通り越してプチドートスが繁殖しそう!! じれったいわねっ」
帽子を飛ばしたベルフラウが自分の身分も忘れ去って。
頭を掻き毟る。

島に来た当初は良家の子女の仮面を護っていたベルフラウも。
随分本来の自分を前面に押し出し、表情もコロコロ変える歳相応の少女の心を取り戻していた。

『その事、なんだけどね』
努めて控え目にファリエルはこう切り出す。

アズリアに与えてもらった勇気、無駄にしたくない。
でも。
少し声が震えてしまったのはご愛嬌。
ファリエルは自分に出来る精一杯を行うために口を開く。

「あら、ファリエルは話してくれる気になったの?」
ティーポットから葉の開ききった茶葉をスプーンで取り出し、新たな茶葉を用意して。
スカーレルはさらっと重要な単語を吐いた。
「は?」
ウィルはスカーレルの台詞を聞き間違いかと考え、眉根を寄せ。
「どういう事よ、スカーレル」
含ませたスカーレルの物言いから何かを感じ取ったベルフラウはあからさまに。
弟と姉はそれぞれに反応を返す。

「アタシだって伊達に海賊の相談役やってないって事よv」
 うふv

ウインクするスカーレルを、ベルフラウとウィルは揃って顔を背け視界から追い出す。

図太く、基、逞しくなっていくマルティーニ姉弟にスカーレルが吹き出し。
気分を害した風でもなくお代わりの紅茶を注いで回る。
帝国製の芳しい紅茶の香りがテーブル周囲に充満した。

は偶然この島に来たんじゃないの。喚起の門によってこの島に召喚されたのは事実なんだけど、目的があって島に来たの』
気弱になる自分をなんとか誤魔化し、ファリエルは胸に秘めていた の秘密の一部を白日曝す。

「「!?」」
ベルフラウとウィルは驚愕に目を見開きファリエルを凝視した。

『わたしは偶然にその目的を知ってしまって。島に害になる訳でもなかったから協力したわ。協力っていっても少しだけ、だけど』
想像以上に驚いてくれたベルフラウとウィルに怯えつつ、ファリエルは言い繕う。

『個人的な話だから、わたしからどうこう言えないわ。というより言いたくないの。そうでしょう?
わたし達、護人だって皆に島の真実を告げられなくてあそこまで拗れちゃったんだし。 から聞き出した方が良いと思う』
非常に言いずらそうに告白するファリエル。
ウィルとベルフラウの視線が突き刺さって居心地の悪いファリエルに更に……。

「成る程、そうだったんですか」
背後からヤードが現れ腕組みして妙に納得した口調で呟き。
「ふぅーん、 もちゃっかり隠し事してたって訳か」
ヤードと連れ立ってやって来たソノラも。
指先で帽子の鍔を上に向け口を真一文字に引き結ぶ。
少々憤った口調と態度になっているのはソノラが怒っているからだろう。

「ヤードにソノラ、どうしたの?」
妙に二人が真剣なので、ウィルがのほほんと二人に用件を遠巻きに尋ねた。

「ぶーぶー!!! どうしたの? じゃないでしょう!! 先生も心配だけど、アタシ達は の事もきちんと心配してるの!! 様子くらい見に行くわよ」
頬を膨らませソノラは一気に言い切った。
「まぁまぁ、ウィルだって口には出さないけど を心配してるわよ。先生の次にね」
フォローになっているんだか、なっていないんだか。
微妙な線のスカーレルの発言にウィルは紅茶を気管支に流し込んでしまい咽返る。
「そうね、先生の次に心配してるでしょうね」
ベルフラウもスカーレルの発言に深い理解を示し、うんうん頷いている。

は気にしてる。自分の我儘で先生を追い詰めたんじゃないかって。でも違うよ、 のせいじゃないし、先生のせいでもないと思う。誰のせいでもないよ』
激しく咳き込むウィルは既に無視。
ファリエルは話題を強引に へ戻した。
「ファリエル……」
ファリエル自身も激しく自分を責めている。
察してソノラが友達の名を呼んだ。
『ごめんね、ソノラ。友達だって言ってくれたのに、言い出せなくって』
泣き笑いの顔でファリエルがソノラに謝る。

ファリエルの責任範囲を超えた の存在と、島での役割。
自分から暴いてしまうのは躊躇われる。
落ち込んでいない ならきっと自分から喋るから。

「ううん。 のハリセンは怖いし、仕方ないよ。ファリエルを責めるよりも を問い詰めないとさ。何にも解決しないじゃん」
小屋を視野に納めソノラは胸を張った。

難しいことは分らないし、無理に分かりたくもない。
でも が落ち込むのも、アティが部屋から出てこないのも間違ってる。

これだけは断言できるソノラだった。

「ソノラさんの言う通りですよ、ファリエルさん。これでもわたし達はかなり怒ってますからね。 さんの隠し事に対して」
「そうねぇ〜、アタシも怒ってるかも。一人で頑張っちゃうなんて約束違反じゃない? ヤードと先走ったアタシ達を叱っておいて、 も同じ事してるんだから」
ヤードの次にスカーレルが。
に対する不満を公にする。

「じゃぁ僕はお節介ついでに先生復活でも手伝うか」
に対する各々の意見で盛り上がるお茶会。
なんだかんだ言ってこの場に集まった全員、否、 を知る皆が を心配しているのだ。
と、ウィルの頭に影が落ち、ウィルが座る背後に人型のイオスが立つ。

「イ、イオス!? についてたんじゃないの?」
背後を取られたウィルが椅子から飛び上がり勢い良く後方を振り返った。
「彼女の兄に不興を買ってまで引っ付く訳にもいかないだろう」
『そうですね』
困った風にぼやいたイオスの言葉をファリエルがサラッと肯定。
やや引き攣った笑みを浮かべるイオスと自分の意見の威力が分らないファリエル。
対照的な二人にベルフラウが口元を歪める。
吹き出したいけれど不謹慎なので耐えているのだ。

「悔しいけど僕の慰めは意味がない。ウィル、良かったら一寸僕に付き合わないか? アティを慰める品を捜しに行きたい。彼女の引き篭もりも治さないとね」

無色もオルドレイクの治療で精一杯だろう。
イスラも今のところ目立った動きはナシ。
自分に出来る部分から働きかける。

かつての の行動を思い返し、イオスも自ら攻めに打って出ることにした。
膠着する現状を打破するべく。

「行く!!」
イオスの言葉が本当なんて確証はない。
ただの気分転換かもしれない。

でもウィルは大人しくしているつもりもなく。
即座にこう答えた。

「うわっ、早っ!! 即答だよ、ウィル」
ソノラが鳥肌を立てて素直なウィルの反応にビビる。
素直じゃないウィルがアティの為にと公衆の面前で認めるとは思わなかったのだ。

「愛よねぇ〜v」
うっとり呟いたスカーレルをウィルは耳を真っ赤にして無視した。



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 長―――いアティと主人公の真の触れ合い物語、始ります。ブラウザバックプリーズ