『ひとつの答え2』



ウィルがイオスに誘われ去っていった の住む小屋前。
半分男の顔を覗かせるようになった弟を見送りベルフラウは両手に拳を作った。

「ウィルは、弟は『今の自分に出来る事』を成しに行ったわ。だからわたし達も『今の自分に出来る事』をしましょう。悪いけどファリエルはここで留守番宜しくね」

帽子を取り傍らのオニビと笑い合うベルフラウ。
何かを閃いた風のベルフラウは深く説明せず「ついてきなさいよ、どうせ避けて通れないんだから」なんて。
妙に一人悟ってスカーレル・ヤード・ソノラを引きつれ堂々と小屋へ侵入。
一応の礼儀として の部屋前でノックを三回。
した後に、

「事情を聞きに来たわ。包み隠さず説明しなさい!! 怒って言ってるんじゃないのよ? 知る権利がわたし達にもあるから主張させてもらってるわ」
毅然とした態度で言い切り の返事を待たず部屋へ侵入を果たす。

この辺りの切り替えの速さはマルティーニ一族のDNAが成せる業なのかもしれない。

の自室、のベッドの上。
合わせる顔がないといった態か、毛布を頭から被った が蹲っていた。
長い蒼い髪が毛布の端から所々出ている。

「かっ……」
咄嗟に「可愛いっ!!」等と言いかけたスカーレルの口を、ソノラが少し飛び上がって塞ぐ。
ベルフラウは仁王立ちして を見下ろした。

「さあ、 が持つ事情とやら。包み隠さず話して貰おうじゃないの? 本当は召喚師見習いなんかじゃないんでしょう?
ここまで必死に島を、先生達を、わたし達を助けてきたのには深い訳があるんでしょう? 白状しなさいよ」

深呼吸を一つしてからベルフラウは一気に言った。

子供特有の無遠慮だといえばそうなのかもしれない。
それでもベルフラウには島で培ってきた経験がある。
誰かを信じ行動する気持ちも手に入れた。

だから今度は自分の番。

の話を聞いた上で自分が自分で考えて動き決めるのだ、全てを。

「……我は傲慢だったのかもしれない」
永い永い沈黙の果てに はか細い声でこう言った。
ソノラは張り詰めた空気に唾を飲み込む。

「我は名も無き世界の神をしておる。我の世界から人が消える事件があってな。実体を調査するべく、我はリィンバウムへやって来た。
ハヤトとトウヤなる者達が召喚事故に遭ったのに乗じて」

皆の顔を見て話せない疚しい自分が情けない。
は溢れる涙と嗚咽を堪えながら必死に舌を動かし始める。
みっともない言い訳はしたくなかった。

「ハヤトさんとトウヤさんは、ゲンジさんと一緒で名も無き世界の住民ね。驚いたでしょう? リィンバウムに」

 今更だ。

が人間離れしているのは容姿からして分るし、神様だと言われたところで驚きはしない。
ベルフラウが話を続けやすいよう相槌を打つ。

「我も驚いた。サイジェント付近で召喚された我等はリィンバウムの習慣を知らず、街へ辿り着いたは良いものの。どうするべきか途方に暮れておった」

怖くて顔が上げられない。
バノッサに頼るのも筋違いだ、兄は自分が巻き込んだのだから。
説明くらい自分でしなければいけない。

「無色の派閥。ハヤト兄上とトウヤ兄上を間違って召喚した、召喚師が所属していた派閥の名前。この意味分かるか、スカーレル?」
ベッドに体育座りで座ったまま、しかも毛布を頭から被ったまま。
顔を上げずに は部屋にいる筈のスカーレルへ問いを投げかける。

「碌な目的じゃないっていうのは確実よね、ヤード」
「ええ」
名指しされたスカーレルが同じ境遇のヤードに意見を求め、ヤードもスカーレルの考えに同意した。
ベルフラウもソノラも互いに顔を見合わせ微妙な顔つきで笑い合う。

「スラム育ちの孤児達が集う家、フラットに拾われた我等はある程度平穏な生活を送っておった。唯一の特異点を除けば」

努めて明るい空気を保とうとしてくれる島での仲間。
島に漂着してきた仲間。
仲間等と思って良いのか分らなかったけれど。
はベルフラウ達の気遣いにそっと感謝して、自身は言葉を綴る。

「特異点? が神様だった事?」
ソノラが見当違いの意見を挟み込んだ。

「違う。ハヤト兄上とトウヤ兄上は、召喚儀式の知識もないのに召喚術を自在に操れたのだ。
四つの世界、全てから召喚獣を召喚することが可能だった。真名を探ることなく、彼等と心通わせて」

はソノラの考えを否定してハヤトとトウヤの『力』を説明した。

この場には本格的な召喚術の知識を持つヤードとベルフラウが居る。
きっと彼等にはその意味の重大さが瞬時に理解されてしまうだろうとぼんやり考えながら。

「なっ……馬鹿な!? そんな馬鹿な!!」

 ガタン。

室内の何かが床に転がった衝撃がして、続いてヤードが悲鳴をあげる。

「え?? 何が馬鹿なの??」
「だってそうでしょう? 熟練の召喚師だって四つの世界から召喚獣を呼べたりはしないわ。先生だって碧の賢帝の力で四つの世界の召喚獣を操れるようになったのよ?
ヤードだってお姉様だって一つの属性しか扱えないじゃない」

ソノラの素朴な疑問にベルフラウがすかさず的確な講釈を施し、 の言葉を脳内で咀嚼していたスカーレルは仰け反った。

「嘘!? 予備知識もない異界の子供が召喚術使いたい放題??」
素っ頓狂な声を発し話を要約したスカーレルに、ヤードとベルフラウが頷いて肯定する。

「まるでエルゴの王ですね。古の昔、真名だけで相手を縛る誓約とは異なり、心通わせ召喚獣を友としたエルゴの王さながら、です」

最後まで、そう最後まで の話を聞くと決めた。
彼女を識る為に。
遠慮していては彼女の涙の理由を理解できない。

ヤードは固まるスカーレルとソノラに落ち着く間を与えず自ら発言した。

「半ば作られたエルゴの王、だ。無色の派閥は兄上達を召喚しようとしておったのではない。
己の子供を媒介にサプレスから魔王を召喚しようとしておったのだ。サプレスのエルゴを生贄にな」
もぞもぞ毛布の中で は身体を動かす。
抱き締めたい衝動に駆られつつ、消極的なヤードが珍しく積極的なのでスカーレルは懸命に自身の欲と戦う。

「しかし媒介にされた……現在は我の姉上でもある、姉上達は最後の最後で助けを求めた。
道具として扱われ続け最後に消えてしまう己の運命に耐え切れず。そうして呼ばれたのがハヤト兄上達だ」
ソワソワするスカーレルの上着の端をソノラとベルフラウが協力して握り締める。
毛布お化けになっている には分らないが、 の安全はソノラとベルフラウが守っていた。

「魔王の器になったのか、サプレスのエルゴを宿しているか。無色は確かめたがったでしょうね? 違いますか、 さん」
理知的な瞳を瞬かせヤードは推論を素早く組み立てた。

こんな所で無色に所属していた己の知識が役立つことに半ば嫌気がさしながら。
聞けば聞くほど も被害者。
己の世界の庇護者を護るべく異界に誘われ無色の企みに巻き込まれた立派な被害者である。
どのような経緯で無色に育てられた子供の妹に納まったかは……現在の の『危なっかしさ』を間近にしていれば。
理由はなんとなく本能的な部分で理解してしまうヤードであった。

「当りだ、ヤード。無色は姉上達を我等に接触させ、様子を伺っておったのだ。事故で召喚されたハヤト兄上達が利用できるモノなのか、否か」
はヤードの考えまで気が回らない状態。話の続きを喋る。

「ハヤト兄上達に宿っていたのはサプレスのエルゴ。サイジェントで起こる揉め事を収める事に強まる兄上達の力。業を煮やした無色は別手段をとって魔王を召喚する事にした。
無色の呪縛から解き放たれた姉上達が、ハヤト兄上達を利用しなかったから」
『その別手段、魔王の器兼生贄が俺だ』
それまで姿を現さず静観していた の兄が突如出てきた。
登場と共に吐き出される台詞にソノラがギョッとして固まる。

「兄……上……」
驚いたのは も一緒だ。
バノッサに語らせない為にバノッサを召喚するサモナイト石を結界で護っていたのに。
兄の力の前では意味がなかったらしい。

『俺等にとっては過去だ、気にするな。俺は召喚師の父親と母親の間に生まれながら、能力が低かった。それを理由に母親共々父親に捨てられてな。
当時は召喚師に対して良い感情を持っていなかった。
当然、ぽっと出のはぐれだったトウヤとハヤトには敵愾心剥き出し。何かとつけて因縁つけてたな』

あの頃の心境を冷静に見ている自分が居る辺り、それも末期だ。
バノッサは唇の端だけを持ち上げ皮肉気に哂う。過去の自分を。

『どう足掻いてもトウヤとハヤトの召喚術を上回る力が得られない。絶望しかけた俺にある男が干渉してきた。
そいつは俺に送還術の力が込められた宝玉を与え、送還術の力を逆に使うよう命じた。
宝玉は俺の願い通りサプレスから次々と悪魔を召喚し俺に従わせた』

手のひらを握ってひらいて。
バノッサは自分に集まる視線を感じながら続きを語る。

『今となっちゃ笑い話さ、過去のな。
俺は知らなかった、宝玉を与えた無色の派閥の召喚師が俺の父親だったと。
俺は知らなかった、宝玉に蓄えられた負の力で魔王を召喚する手筈だったと。
俺は知らなかった、トウヤとハヤトを誤召喚した召喚師が俺にとっては弟妹だったと。
俺は知らなかった、俺自身の秘められた力を』

過去に対する贖罪ではない。
過去にあった事実を淡々と語るバノッサは余計な主観を入れず極力諸々を省いて説明した。

『ある程度は省略するが、野望に燃えた愚かな俺等の父親は魔王の餌食になって死んだ。その時俺は俺自身の力を知り魔王の能力を殆ど奪ってな。
一気に血縁者ができ騒がしい毎日がやって来たって訳だ。この御転婆と一緒にな』

何かを言いたそうに毛布の下で蠢く
頭の位置を手のひらで捉えバノッサは僅かに入っていた身体の力を抜いた。

別に彼等に嫌われても痛くも痒くもない筈なのに。
思ったより自分は誰かの反応を気に出来る大人になってしまったらしい。
柄にもなく緊張していた自分に内心だけで嘆息する。

『この島を作った無色の始祖、ともいえる輩どもが作った遺跡。あれがハヤトとトウヤの力を脅かしている。エルゴの王、誓約者となったあいつ等の力を奪っている。
そう教えられた は島へ来た。ハヤト達を救う為に、ある種の償いをする為に』

一先ず に纏わる四方山話はここまで。
暗に滲ませバノッサは言葉を切った。

「償い? 何を償うの? だって無色にお兄さんを殺されかけてるんでしょう? 立派な被害者じゃない」
の説明に加え、バノッサの語りもあって脳はフル回転。
黙り込んでしまったヤード達を尻目にベルフラウは果敢に疑問点を突く。

『何れ話すさ』
流石に自分が現在のセルボルト当主だとも告白できず。
バノッサは素っ気無く応じてベルフラウの追及をかわしたのだった。



Created by DreamEditor                       次へ
 もう一度説明させる必要は薄いかなと、結構悩みましたが入れてしまいました。
 ベルフラウの為に!! ブラウザバックプリーズ