『ひとつの答え3』




やや重苦しい空気が漂う の自室。
バノッサは全員の顔を見渡し最後に付け加えた。

『どう解釈するかは手前ぇ等に任せるぜ。こっちは勝手にやって来て身内を助ける為に偶然を装ってたんだからな』
言ってベッドの端に座り込み、彼等が彼等なりに結論を出すのを待つ。

ハヤト達が何故エルゴの王になったか等の説明は省いた。
それでも が島で頑張っていた理由は説明できただろう。
受け入れるも撥ね返すも彼等の自由。
そう、自由なのだ。

「………」
掴んでいたスカーレルの上着から手を放し、ベルフラウは腕組みをする。

唇を噛み締め真っ直ぐ前を見据えた。
微妙な部分でこちらへの深い介入を避けていた
特にアティに対する距離の取り方は少し不自然だった。

ウィルとあれだけ仲良くなって、カイルとさえ温泉に行ったりしていたのに。

アティとは確実に距離を置いていた。

その理由が今なら分る。
剣の主であり兄の命を助ける事の出来るアティと、どう接していいのか。
正直迷ったのだろう。

そしてアティを信じて……? 信じて?

ここまで考えたベルフラウは頭を左右に振り電光石火の素早さで が被った毛布を掴んだ。

「!? ちょ、ちょっと! ベルフラウ!?」
呆気にとられるソノラの咎める言葉は聞き流す。

毛布の異常を感じ取った の抵抗もこの際だから封じておこう。
ベルフラウは力技で から毛布を剥ぎ取った。
捨てられた子犬の顔をした が居る。

「証明したいわ、わたし」
言うなりベルフラウは の頬を引っぱたいた。
ジャキーニ退治を持ちかけられた時の怒りとは別の憤りを伴い、渾身の力を込めて。

「わたしが島に来て、不本意ながらも生活を余儀なくされて。そして先生が手にしてしまった剣を巡っての争いに巻き込まれて。
わたしが何を考えて何を得たのか。証明して見せるわ、 に、先生に、皆に」
呆然と目を見開く とその他。
唯一バノッサだけはベルフラウの行動に驚かずベッドに腰掛けたまま成り行きを見守っている。

「少しは頭を冷やしなさい。泣いてる暇があるんだったら、サイジェントのお兄さんが助かるよう少しでも頭を動かしなさい。
先生なら大丈夫よ、自慢の弟が恋してる女(ひと)だもの。腐っても元主席、立ち直るでしょう。先生なりの遣り方で」
ベルフラウは を真っ直ぐ見据え諭し踵を返し部屋から去った。

口を薄っすら開けて固まるスカーレル達を留まったオニビがスカーレル達の背中を押し部屋から追い出していく。

ジンジン痛む頬を押さえて固まる の頭を撫でてバノッサもまた姿を消した。



待ち続けるのはやっぱり辛い。
兄と別れたあの時を思い出してしまうから。

ファリエルは激しく揺れる自分の気持ちを持て余しながらベルフラウ達を待ち続けていた。

「ファリエル、行動に出るわよ」
二十分程度か。
小屋から出てきたベルフラウが外で大人しく待っていたファリエルに告げる。
数分遅れて惚けたスカーレル達がオニビに促されて外へ出てきた。

『どうしたの……? ソノラ? スカーレルにヤードも』
まるで自分のとても大切なものを砕かれた顔で。
何処か痛い顔をするソノラ・スカーレル・ヤードにファリエルは不安を募らせる。

「それがさぁ、ベルフラウが の頬を引っぱたいたの。頬に手の痕がつくくらい」
困惑を隠せずソノラが帽子の位置を直すフリをしてファリエルへ教えた。
目を丸くしてベルフラウを凝視するファリエルだが、ベルフラウは動じない。

「まったく……まだ分らないの? 本当にそれで海賊だったんだか、呆れるわね」
「ピピー」
心底呆れ果てた風のベルフラウに呼応してオニビが鳴く。

「いい? の優しさはある意味危険なのよ。何故だか分かる?  の優しさは真綿の優しさなの。相手が傷つかないよう自分が危険を背負って。
そりゃ は強いから怪我する心配なんてないけどね? それって間違ってるじゃない」

『でも はわたし達を友達だって思ってるから。だからあんなに後悔して悲しんで』

聞いていると のお節介を非難しているようにも聞えるベルフラウの言葉。
勘違いしてファリエルは思わず を庇う台詞を吐いた。

「それが間違ってるのよ! 大体この島での事件に巻き込まれたのはわたし達よ? じゃないでしょう!!
お兄さん達が危険だから島に来たっていう の気持ちは否定しないわよ。
だけど……この事件の当事者はわたし達なの。 や、 のお兄さんや、イオスじゃないわ」

自分の人差し指で自分の胸を指差してベルフラウは反論した。

「最初の頃は助けになってくれて、わたし達を守ってくれて。感謝してる。ただいつまでも に頼るのは可笑しいでしょう。まるで母親から親離れできない子供みたいじゃない。
だから だって心配するしお節介を焼くし、際限なくわたし達を守ろうとするんじゃない」

様々な『何か』を一気に削ぎ落としたベルフラウはさっぱりした態度で持論を展開する。

ベルフラウは自分の考えに自信を持っていた。

は優しい。
本来なら兄だけを助ければ良いものを。
アティ達を見捨てることが出来ずに暗躍した。

入れ込み過ぎてアティを遠ざけアティを護ろうとして挫折。

差はあれどアティが常に笑顔で相手を和ませようとしていたのと似ている。

傷つけてはいけないと危険から相手を遠ざけるアティと。
ある程度はそれで納まる。

だがこれからは?
無色が蔓延(はびこ)るこの島で、 とアティにぬくぬくと護られて全てが終わり『よかったね』で済むとでも考えているのだろうか。

「この島に来てわたし達は変わった。誰かを、他の世界の友達を作った。お互いの考えの違いはあるけれど乗り越えてきたわ。
その全てが の力だけじゃない、わたし達自身が勝ち取った努力の証よ。
だから証明しなくちゃいけないの。わたし達だけでちゃんと戦えるんだって。 にも先生にも頼らずに、わたし達だけで」

拳を天へ突き上げたベルフラウに呼応してオニビもメラメラ燃え上がる。

渇を入れる意味で の頬を叩いたが、果たして に通じるているか。
あの兄は恐らくベルフラウの気持ちを理解していただろうから彼に任せるか。
それとも誰かに頼んで を引っ張り出さなくてはいけない。

ちゃんとベルフラウは次を考えていた。

「素晴らしい観察眼です、ベルフラウさん」
白旗があったなら間違いなく自分は旗を振りかざすだろう。
ヤードは一通りベルフラウの持論を拝聴し潔く己の浅はかさを認めた。

「悔しいけど の優しさって底なしなのよね。優しいし、こっちがどんな反応をしても本当の意味で は怒らないから。勘違いしてたわ、アタシも」
肩からさげたフサフサの毛皮の飾りを左右に振って。
スカーレルも肩を落とす。

『……本当はわたし達が を守ってあげなきゃいけなかったのかもしれない。過去に囚われ前に進めないわたし達の間違いが、 のお兄さん達を苦しめているんだから』

の魂の輝きと強さと優しさと。
あの安堵感に包まれて誤魔化されていたのかもしれない。

ファリエルは成長薄い自分に胸中だけで涙しながら苦い口調で応じた。

「そうだよね。嵐が起きて島に来たのは剣がそうしたから、なのかもしれないけど。……戦うことを選んだのはアタシ達だよ。先生を客人として迎え入れて……先生と一緒に戦いたいって考えたのは紛れもないアタシ自身の考えだもん。
の強さに頼ってばかりなんてらしくないよ……うん、アタシはアタシの力で乗り越えたい!」

ソノラも考え、考え。言葉を選びながらソノラなりの考えを明かす。

「わたしもソノラみたいに考えて。それで の間違いに気付いたの。 はもう少し島に無関心でも良かったのよ、性格上無理だろうけど。
真に努力すべきはわたし達だったのに の考えに甘えて鍛えてもらって。最悪!! だから自立するの」
腰に手を当ててベルフラウは胸を反らせた。
隣を浮遊するオニビも踏ん反り返る。

「わたしはお姉様に の事情を話しに行くわ。
ヤードは風雷の郷をお願い。スカーレルはヤッファに事情を話してから船へ戻って。ファリエルはアズリア達に説明してね。
それから が小屋から出てくるようにフレイズに説得を頼んで」

最低限の保険をかけベルフラウは全員に今の話を伝えようと決める。

「先生が気になるけど、今警戒するのは無色よ。イスラという手駒を失った彼等が向かう先って行ったら遺跡しかないじゃない。
遺跡を調べに行かなきゃ。
の事を説明したら全員遺跡へ集合、異変がないか調べに行くのよ」

遺跡の方角を指差しベルフラウが指示を出した。

アティから教わった全てはベルフラウの血と肉に成り現在のベルフラウを構成している。
理知的に考え冷静さを失わず、でも自分らしさを殺さず戦う。
非常時だからこそ大切な事。
心の中で復唱してベルフラウは自分から行動を起す。

『そうね。オルドレイクの事だもの。剣が使えないと分かったら直接遺跡に接触しようとするかもしれない』
ファリエルはオルドレイクの嘲笑を耳に蘇らせ身を捩った。
あの不気味さと気色悪さはファリエルの許容範囲を超えている。

「可能性は高いです」
腐っても元弟子。
ヤードがオルドレイクの行動を予測しファリエルの推察を肯定した。

「油断していられないわね」
スカーレルもすっかり表情を引き締め本来の凛々しさを取り戻す。

とアティの喪失に気を取られていて失っていた自身の勘。
ベルフラウに取り払ってもらった視野のなんと広いことか。

アティが、ウィルとベルフラウに与えた影響に裡だけで舌を巻きながらスカーレルはグッと一回奥歯を噛み締めた。



Created by DreamEditor                       次へ
 主人公のお節介焼きの本質を見抜いたベルフラウの巻。そして当事者と被害者の差を説明する凛々しさ炸裂!
 ブラウザバックプリーズ